世界の貧困に立ち向かうために必要なこと
世界には貧困に喘ぐ多くの人々がいる。
一日に何度も水を汲みに行くために、学校にすら通うことができない子供たちがいる。また、十分に収入のない女性たちが、子どもを抱えて貧しさに耐えている。
世界には、日本にいては想像もできないような、苛酷な現実が存在しているのだ。
こうした問題をインターネットを通じて解決するNGO法人コペルニク代表、中村俊裕。
彼が描くこの先の未来とは……
中村が発展途上国の貧困を目の当たりにしたのは、国際連合に勤めていた時のこと。途上国のODA(政府開発援助)に携わり、世界各地の貧困と向き合ってきた。しかし、その国連を辞め、新たな挑戦を始めたのが、今から3.5年前の2009年のこと。
「国連の仕組みの中では、足りないものがあると感じたのです」
ODAは飽くまでも政府間でのやりとり。官僚たちが話し合い、その支援内容が決められていく。関わる人間は限られているため、実際に途上国の中で暮らしている「ふつうの人々」の視点が欠けていた。問題点を解決するための新しい試みを取り入れることも難しく、結果として貧困の中で暮らす「ふつうの人々」の元に支援はいきわたらない。
「本当の意味で貧困を解決するためには、違う仕組みが必要だ。そして、彼らが本当に求めているものを届けなければならないと考えたのです」
こうして立ち上げられたNPO法人コペルニクは、途上国の現地NGOと、テクノロジーを持っている企業・大学、そして寄付者の3者をインターネットでつなげる仕組みを作り出した。
しかし、その船出は順風満帆とはいかなかったという。「これまでは国連というものの信頼の下で働いていましたが、コペルニクになってからは、寄付を募るにも、そのハードルがまるで違いました」。
まずは知名度を上げる努力をしなければならない。そしてそのためには、実績を積んでいく以外に方法はないと考えた。プロジェクトを立ち上げ、企業の協力を求め、地道に、確実に歩を進めて行った結果、わずか3.5年の間に60近くのプロジェクトを成立させ、11ヵ国9万0000人たちにそれまでの生活を変えるテクノロジーを届けることができた。そうした全てのプロジェクトの結果、途上国の「ふつうの人々」の元に、確実に支援は届いている。
「現地の人々に特に好評なのは、ソーラーライト、浄水器、そして調理用コンロですね」
日々の明かりを灯すライト、命を支える水を浄化するもの、食事を作るもの。いずれも日常を暮らしていくために欠かすことのできないテクノロジーだ。彼らの生活は、このテクノロジーによって劇的に変化するという。
「実際に、東ティモールの村にソーラーライトが届いたことで、子供たちは夜になっても勉強ができるようになり、親たちは内職ができることで生活が潤う。毎月、灯油を買って明かりを灯していたけれど、ソーラーライトは太陽電池で充電できるので、むしろ長く使うほどに安くなると喜んでくれています」
しかし、こうした品々も、常にもろ手を挙げて歓迎されるばかりではない。寄付金で賄うことで、現地の市場に見合う価格になっているとはいえ、消費者であることに変わりはなく、好みや意見も当然、ある。
「最初に私たちが現地に持って行った浄水器は、紫外線で雑菌をなくすタイプだったのですが、不評で……別のメーカーのものを持っていったら満足してくれました。実際に持っていってみないと、分からないというのが大変な点でもありますね」
求められているものは何かを知る
2011年3月11日、東日本大震災が日本を襲った。
ちょうど東京に出張中でその惨状を知った中村は、コペルニクのスタッフと共に、何かできることはないかと、被災地に問い合わせた。「必要な物のリストが上がってきているのを見たところ、懐中電灯と電池というものがありました。ライフラインが寸断され、明かりがなくて困っているということを知ったのです」
すぐさま、ソーラーライトを手配し、被災地へと送った。コペルニクでは、こうした自然災害の被災地への支援活動も行っている。この場合は、品物は全て寄付で賄われた。被災地への寄付が終わってからも、東京都内や被災地以外からも「非常用に」と言ったニーズもあり、販売も行われた。「ソーラーライトは実にシンプルなテクノロジーです。しかし、このシンプルさがとても強かった」。
日本では、電気を必要とするものや、複雑な操作のものを「最先端」だと考えがち。しかし、いざという時に求められているものは、もっとシンプルなものだった。
「こうしてすぐさま対応できたのは、ライフラインが断たれた被災地の現状が、途上国の貧しい村と似た現状にあったからです」
途上国のニーズも、同じように電気もなく、水道もない。その現状をよく知っているからこそ、すぐに対応することができたのだ。
現在、途上国を新たな市場として興味を持っている企業も多く、コペルニクは彼らへのアドバイスも行っている。そこで大切になってくるのが、日本とは全く異なる環境の国であるということだ。「そのためにはまず、彼らのニーズを理解してほしい。実際に現地に足を運び、チャレンジして欲しいと思いますね」。
中村はそうした先進国のテクノロジーを販売するため「テクノロジー売店」の開設を試みている。現在でも途上国の農村部ではシャンプーなどの日用品を売っている小さな小屋のような売店がある。そこに、各企業の試作品などを置き、彼らのニーズをより詳細に知り、流通の拠点としようとしているのだ。
「貧困を削減することはもちろん大切です。しかしチャリティに終始してしまっては、この先に広がり、続けて行くことはできない。こうした試みを通じて、途上国全体のニーズを知ることにも繋がっていきます。つまり、貧困の削減ということだけではなく、新たな市場開拓のチャンスにも繋がっているのです」
シンプルに、この先へ
現地の人々のニーズを知り、それを確実に届けていく。それを実現するためには、何よりも現地の人々と信頼関係を築き、交流していくことが必要だ。しかし、彼にとって、彼らとのコミュニケーションはハードルですらないという。
「同じ人間同士、分かりあえないはずはありません。失礼なことは失礼だし、嬉しいことは嬉しい。宗教的なこと、文化的なことを理解すれば、何の問題もありません」
大学を卒業後、大学院から海外へ。仕事を通じて各国を回る経験を通して、理解し合えないことはないという思いを強くしていった。その彼の行動力こそが、世界を変える力につながっているのだろう。
世界の貧困をなくすという、志を持つ彼が、挑戦を続けるエネルギーの源は何だろう。
「今、一番の楽しみは二歳になった娘と過ごす時間です」
現在、ウブドのコペルニク本部の向かいに住む彼は、昼には昼食を摂りに家に帰って、娘の顔を見るという。娘と共に遊び、本を読み聞かせる穏やかな時間が、彼を満たす。
「新しい挑戦をしている以上、予測を越える出来事もたくさんあります。けれど、それもまた面白いと思っています。あとは、運動して、良く寝て食べて……それが大事ですね」
彼の生き方もまた、シンプルでありながら、力強い。
中村俊裕
NPO法人コペルニク代表
NPO法人コペルニク共同創設者兼CEO
京都大学法学部卒業後、ロンドン経済政治学院における大学院修士号を取得、マッキンゼー&カンパニーなどで働き、その後国連開発計画に勤務。東ティモール、インドネシア、シエラレオネ、ニューヨーク、ジュネーブを拠点に働く。それらの経験から2010年、Kopernikを立ち上げる。現在はインドネシア・ウブド在住。
コペルニク
http://kopernik.info/ja
Text:Sayoko Nagai
Photos:Kopernik
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