Vol.23
復活、そして充足の時を経て
レッドブル・エアレース2015開幕!
超高速!超低空! 最大時速370km、最大重力10Gという、常人なら一瞬でブラックアウト(失神)する飛行機で駆ける世界最速のモータースポーツ、レッドブル・エアレース。
2009年、アジア人初のエアレーサーとして初参戦した室屋義秀は、世界のトップパイロットがひしめく中ルーキーイヤーを戦い抜いた。2年目となる2010年にはさらなる熾烈なバトル、そして突然の3年に渡るレース休止。室屋の行く手には、常に多くの困難が立ちはだかり、そして常にそれを乗り越えて来た。2014年、復活したエアレースに登場したその顔には、もはやルーキーの面影はない。今年2015年、念願の日本開催を迎えるレッドブル・エアレースで、室屋はいかに更なる高みを目指すのか––。
これは、空に自由を求めたひとりのFaustが、大空の覇者へと昇りつめるまでを追うドキュメントである。
2014年10月26日、オーストリア・スピルバーグ。室屋義秀は4年ぶりに“復活”したレッドブル・エアレースのシーズン最終戦を終え、安堵と同時に決して小さくはない充足を感じていた。
2014年最後の第8戦、結果はスーパー8進出を逃す9位。年間総合順位も同じく9位にとどまった。シーズン開幕前に「上位半分(全12パイロット中、6位以上)を目標に掲げていたことを考えれば、物足りない数字にも見える。それでも室屋は「シーズン前の準備とか、チーム体制含めていろいろなことが整わないなかでのスタートだったが、開幕戦から着実に進んでいけた」と言い、淡々とこう続けた。
「(エアレースが休止していた)この3年間、結構トレーニングしてきたので、開幕当初は技術的に少し余裕があったんですけど、他のパイロットもみんな次第にブラッシュアップされて追いつかれてきた。そうなると必然的に機体が速いほうが上位に行き始めてきたっていうのが、後半戦のレースでした。でも、そのへんはだいたい予定通りというか、こんなもんかなと思っています」
室屋の言葉通り、開幕当初は成績も上々だった。第2戦(クロアチア)では3位と自己最高成績を記録するとともに、自身初となる表彰台にも立った。室屋もその話題になると照れたように笑い、「チーム体制もまだ十分ではないなかで、みんなで踏ん張ってやってきた結果、そのご褒美が出たのかな。気分的にはボーナスみたいな感じです」と話す。
来るべき勝負の年に
しかし、表彰台に立ったのはその一回だけ。第3戦以降の結果は振るわなかった。それでも室屋は「後半戦も自分自身の状態はよくなっていた」と、あくまで自らが定めた物差しで判断しているからこそ、充実感すらうかがわせるのだ。
室屋があまり結果に頓着しないのは、順位はあくまで相対的なものであり、それよりも「自分で納得のいくフライトができるかどうか」に集中しているからだ。と同時に、「2017年をメインターゲットに(2014年からの)4年計画で動いている」からでもある。そのために、今は自分のフライトを安定させることこそが重要と考え、来るべき勝負の年に備えている。
ところが、2014年も師走を迎えようかというころ、室屋は「勝負を少し前倒して2016年に勝ちに行く」と、方針転換を決意した。
レッドブル・エアレースの日本初開催が決定――。図らずも、そんなビッグニュースが飛び込んできたからである。
日本初開催となるレッドブル・エアレースは2015年シーズンの第2戦として、5月16、17の両日、千葉・幕張海浜公園で行われる。室屋にとってはエアショーで何度も飛んだことのある、いわば“準フランチャイズ”とでも言うべき会場がレースの舞台となる。
地元開催である以上、当然メディアの注目は唯一の日本人パイロットである室屋に注がれる。そうなれば、「今は自分にとって2017年へ向けた準備段階だから」では済まされず、ある程度順位にもこだわらなければならない。勝負を1年前倒しせざるをえなくなったのには、そんな事情があることは否定できない。
しかし、勝負を前倒しするという大きな決断ができたのは、それだけが理由ではない。「日本開催をきっかけに、チーム体制の強化を一気に進められる」という見通しが立ったからでもある。その先陣を切って、とでも言うべきか、まずは室屋の新たなパートナーとなる機体、エッジV3の投入が決まった。
これまで室屋がレースで使用してきたエッジは、旧バージョンのV2。だが、最新バーションのV3に比べて性能が劣り、「どこかで機体を入れ替えないと、今の機体ではやっぱり勝てない。それは見えていた」。室屋は当初「2015年中にできれば」と考えていたが、日本で行われる第2戦に間に合わせるべく投入することを決めた。「そこで機体が一気によくなるんで、後半戦へ向けて手堅くフライトを固めていって、最後2戦くらいは表彰台に持っていけるように」と目論む。
「日本開催が決まったことで、スポンサー活動なども含めて、非常にやりやすい環境が整ってきた。パイロットのトレーニングはずっと続けているので、あとは今年、チーム体制の強化ができれば2016年シーズンはかなり戦えるようになる」
とはいえ、中長期的に立てられた計画の前倒しはそれほど簡単なことではない。来る2015年シーズンの開幕に向け、室屋は必ずしも順調とは言えない準備状況について、苦笑まじりにこう語る。
「昨年まで使っていた機体(エッジV2)が本当は昨年11月末には(活動拠点であるアメリカ・カリフォルニアに)届くはずが、トラブルがあって実際に届いたのはクリスマス直前。エンジンは昨年最終戦(オーストリア・スピルバーグ)の後、すぐに外してドイツのミュンヘンにある工場でアップグレードさせたので状態はいいと思うけど、1月上旬にようやく機体に載せたばかりで、1月半ばには分解して(開幕戦が行われる)アブダビへ送らなければならない」
室屋自身は2月の頭にアブダビに入り、3日間程度のトレーニングキャンプを経て本番を迎えることになっているが、実際のレース機でフライトできる時間があまりにも短い。当初の予定では11月末からはレース機でトレーニングができるはずだったのだから、かなりの誤算である。「ヨーロッパ勢は10月にレース終わってそのまま機体を持っているから、2か月ちょっとトレーニングをしている。正直、どのくらい差があるか……」。室屋は不安を口にする。
戦術を磨き、会心を目指す
その一方で、2015年シーズンには頼れる味方も手に入れた。チーム室屋に新たに加わったタクティシャン、ベンジャミン・フリーラブである。
昨年途中からチームに帯同しているフリーラブは、データ分析のスペシャリスト。自らもアメリカで教官を務め、今年から米国のアンリミテッド・ナショナルチームメンバーになるという飛行技術に優れたパイロットであるとともに、フライトデータの解析に優れる。2012年に行われたアドバンスクラスのエアロバティックス世界選手権WAACの際、室屋がフリーラブに機体を貸したことが縁で知り合い、昨年の第7戦(ラスベガス)からすでに“スポット参戦”してもらっていたのだが、2015年からタクティシャンとして正式にフルチームメンバーとなった。
現在、室屋の機体にはデジタルデータのレコーティングシステムが搭載され、Gや速度など多くのデータを収集できるようになっているのだが、それを解析し、フライトの修正につなげるのがフリーラブの役割だ。室屋曰く、「基本的には前のフライトでここがダメだったという箇所を直していく。飛んで直す、飛んで直すを繰り返す地道な作業」だが、頼もしいスタッフのサポートを受ける室屋は、「トップの機体とはタイムにして1.5秒から2秒の差があることは、感覚では分かっていたが、それが計算上はっきりと分かった。戦略、戦術を考えてくれる人が入ってくれたことで、その分を埋められる」と、手応えも口にする。
「コース取りがズレたりするのはビデオで見ても分かるんですが、ゲートを通過した後にバンクに入るまでコンマ何秒かかったとか、その後のGのかかり具合だとか、そういうことがデータ上で明らかになってくる。そういう修正点が各セクターに1個くらいはあるので、それを全部直していくと、1、2秒は速くなる。同じポイントでだいたい同じことをするので、ただ漠然と気をつけるのではなく、明確な注意点が分かることは大きい」
室屋は2014年シーズンを振り返り、表彰台に立った第2戦、それもファイナル4でのフライトを「会心の1本。感覚的にはほぼ計算通りにできた」と語る。
果たして会心のフライトとはどんなものなのか。
室屋は「タイムはよくても、“たまたま速いだけ”みたいなフライトも結構あって、それは僕らパイロットが見れば分かるもの」と言い、会心のフライトで得られる感触をこう表現する。
「プランしたコースに行けるかどうか、ですね。プランした角度で回っているかどうかとか、本当に細かいイメージがある。同じように飛んでいたとしても、余裕があってできていたときと、焦っていたけどたまたまできたときとでは、全然フィーリングが違います」
会心の1本――。フリーラブのサポートを得た室屋がそう実感できるフライトを増やすことができれば、自然と順位も上がってくるはずだ。室屋は自信ありげに語る。
「ベンジャミンが入って課題もはっきりと見えてきて、フライトは落ち着いてきている。だから、表彰台はそんなに追っかけなくても向こうから近づいてくるというか。そこにあまりこだわりすぎなくても、自分のベストでやっていけば自然と届く位置に来ているんじゃないかなと思います」
昨年、4年ぶりに復活したレッドブル・エアレースで、室屋は全8戦すべてを飛び切った。それはレッドブル・エアレース参戦3年目にして初めてのことだった。
ルーキーイヤーの2009年は全6戦のうち1戦を欠場。翌2010年は全8戦のうち2戦を欠場したうえ、ラスト2戦はレースそのものが休止。結局、2年合わせても9戦しか飛んでいないのだ。これもまた、2014年シーズンを終えた室屋が充実感を得ることのできたひとつ理由でもある。
Top 5 Triumphant Air Race Moments from 2014
「今まで全部飛び切ったことなかったんで、おもしろかったですね。8戦ずっとコンスタントに飛ばすだけでも意外と大変。とりあえず8戦全部飛び切ったのもひとつの成果だと思います」
そして2015年、期待と不安が入り混じるなかで新しいシーズンを迎える室屋にとって、日本開催が大きなモチベーションになっていることは間違いない。
「誰もが海外までレースを見に行けるわけじゃないし、テレビで見たことはあっても生で見たことのある人は非常に少ないと思うので、日本でエアレースを見てもらえることがまずはうれしい。飛行機を知らない人にもこれを機にエアロバティックスを知ってもらえるでしょうし、チームにとっても日本で活動しやすくなる。取り巻く環境が2016年に向けて一気によくなると思うんで、そういう意味では非常に大きく進む一歩だと思っています」
室屋にとってはエアレースパイロットとして通算4年目のシーズン。だが、それは単なる“4回目”を意味しない。
大空の覇者へ大きく歩みを進める可能性を秘めた重要な1年が、まもなく幕を開ける。
RED BULL AIR RACE 2015開幕戦をlive webcastで!
予選2月13日 13:00 - 18:30 (現地時間) 日本時間21:00スタート
Race Day決勝2月14日12:00 - 18:00 (現地時間)日本時間20:00スタート
http://www.redbullairrace.com/ja_JP/event/abudabi-2015
http://www.redbullairrace.com/ja_JP/live
アブダビ、アラビア湾のコルニッシュ・ブレイクウォーターが舞台となる開幕戦。室屋義秀とTeam MIROYAをライブで応援しよう!
Yoshihide Muroya
室屋義秀
1973年1月27日生まれ。エアショー、レッドブル・エアレースパイロット。国内ではエアロバティックス(アクロバット/曲技飛行)のエアショーパイロットとして全国を飛び回る中、全日本曲技飛行競技会の開催をサポートするなど、世界中から得たノウハウを生かして安全推進活動にも精力的に取り組み、スカイスポーツ振興のために地上と大空を結ぶ架け橋となるべく活動を続けている。
2008年11月、アジア人初のレッドブル・エアレースパイロットとなり、2009年からレースに参戦。2010年も善戦するも、レッドブル・エアレースは2011年から休止に。2011年、エアロバティックス世界選手権WACに出場。2012年アドバンストクラス世界選手権WAACに日本チームとして出場、2013年再びWACに出場し、自由演技の「4ミニッツ」競技で世界の強豪と争い6位に。2014年復活したレッドブル・エアレースに12人のパイロットの1人として参戦継続。第2戦で自身初の表彰台3位へ。ホームベースであるふくしまスカイパークにおいては、NPO法人ふくしま飛行協会を設立。航空文化啓蒙や青少年教育活動の基盤作りにも取り組む。東日本震災復興においてはふくしま会議への協力など尽力する。2009年、ファウストA.G.アワード挑戦者賞を受賞。
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室屋義秀 公式ページ
http://www.yoshi-muroya.jp
Team Yoshi MUROYA公式ページ
http://yoshi-muroya.jp/race/
レッドブル・エアレース公式ページ
http://www.redbullairrace.com/ja_JP
Text : Masaki Asada
Photos&Movie : Red Bull Content Pool
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