高層ビル登頂の裏側
世界中の超高層建築を許可なし予告なしに登ることで知られる、通称「フランスのスパイダーマン」こと、アラン・ロベール。昨年3月、世界一の高さ(828m)を誇る超高層ビル、ブルジュ・ハリファ(アラブ首長国連邦・ドバイ)の登頂に成功した彼が12月、ファウストA.G.アワード2011授賞式出席のために来日した。
授賞式出席の詳しい模様は、授賞式レポートや受賞者インタビューを読んでいただくことにするが、実は今回の来日には、ロベールにとってファウストA.G.アワード出席のほかに、もうひとつ重要なミッションが存在していた。
それは、東京で新たな挑戦を見つけること。すなわち、高層建築の下見である。
ロベール流の下見の基準は、「高いだけではつまらない」。ロベールは挑戦意欲をかきたてられる高層建築のことを、「デザインなど、建築的に美しいビル」と表現する。
「それは女性だって同じだよね?」と、フランス人らしい茶目っ気を加えながら答える。
実際、都内の高層建築を見て回るなかで、ロベールが「ここに一番登りたい」と最も強い興味を示したのは、「曲線を描いたデザインがとても美しく、高さもある」というビルだった(本人の意向でビル名は伏せる)。
では、現実的に登れるかどうかを、ロベールはどんなところで判断しているのだろうか。
「(構造物の)隙間に手や足を入れてみて、きちんと固定できるか。自分の手足を休めるための水平部分の場所があるか。また、実際にビルの一部を叩いたりして、強度が十分かどうかを確かめることもあるね」
確かに、ロベールは下見をするなかで、遠目に眺めて終わりにするようなことは絶対になかった。建物の下まで行って、手で触れ、素材を確認する。そうした作業を欠かさなかった。
当然、そこでは「これは登れない」という、無念の判断を下さなければならないこともある。
「手や足を引っ掛ける場所がなかったら、基本的には無理だし、引っ掛ける場所があっても、その間隔が広すぎると登れないからね」
とはいえ、世界中のビルを見渡しても、しっかりと手で握れる都合のいい取っ手が等間隔で付いているビルなど、ほとんど存在しないだろう。見た目のデザイン性は重視しても、そこを人間が登ることを前提にビルを設計する建築家など、言うまでもなく皆無だからだ。
必然、ロベールは、ビルの壁面にあるわずかな凹凸を入念に確認することになる。授賞式前の休憩中、彼がコーヒーをすすりながらテーブルの端に手をかけて、「これくらいあれば大丈夫かな」と言ったのは、第一関節が引っ掛かるくらいの幅だから、およそ2㎝程度。そんなわずかな突起の有無が、判断基準となる。事実、ビルの壁面をよじ登っていく彼の写真を見せてもらうと、その何枚かは凹凸らしい凹凸がなく、まるで手足が壁に吸い付いているようにしか見えないものまである。
例えば、壁面に格子状の板が備え付けられていたビルを見ていたときには、「これはとても登りやすそうだ」とロベール。実際に地上数mの高さまで、あっという間に登ってしまうという一幕もあった。
もちろん、彼が登る高層建築はそんな「登りやすい」ものばかりではない。我々が見たら、「一体、どこに手や足を掛けるのだろう」と首をひねってしまうようなところを、これまでいくつも登ってきた。
命綱は本当は使いたくない
「下にある構造物(柵や梁など)が上にはない場合もあるから、正面からだけでなく、四方からよく見て、頭の中で頂上までのルートが想像できるかどうかが重要なんだ」
ブルジュ・ハリファを登ったときのように、公式なイベントに招待された場合を除けば、「命綱は絶対に使いたくない」とロベールは言う。だからこそ、入念な下見を欠かすことはできず、頂上までのルートを完全な形でイメージすることが大切なのだ。
言い換えると、頂上までのルートさえイメージできれば、それほど多くの装備は必要としない。極論、目の前にあるどのビルにでも、今すぐ登ることも可能ということになる。
「確かに、仮定の話としてはできる。でも、実際問題としては、自分を支えてくれている人たちがいるのだから、最低限の準備は必要だね。さすがに僕も、そこまでバカなことはしない。その点は十分考えてやりたいと思っているよ(笑)」
今回の来日で、ロベールはいくつかの高層建築を見て回った。本当はそのすべてを明かし、彼が何を見て、何を感じたのかを紹介したほうが、これを読んでいる人たちにとっても、より具体的にロベールの思考をイメージしやすいことだろう。
しかし、ロベールは「それは秘密にしておきたい」と話す。
「以前、警察に捕まったときには10時間も尋問された経験もあるし、ビルの名前を明かしてしまうことで警戒されても困るからね。今回、何を見たかについては、文字にはしないでおこう」
残念ながら、ロベールの東京視察について、これ以上詳しく伝えることはできない。それでも、彼が“もうひとつのミッション”を完遂させたことは間違いない。果たして、我々はいつ、どこで、スパイダーマンの姿を目撃することになるのだろうか。
滞在わずか3日間で慌ただしく帰国の途についたロベールではあったが、東京での新たな挑戦に大いなる意欲を見せていた。
公式サイト
http://www.alainrobert.com/
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アラン ロベール
“フランスのスパイダーマン”/フリークライマー
1994年のシティバンク/コーポビルディング(184m)から始まった、高層建築物への登頂で知られる。これまで、世界130か所以上の高層ビルや有名な建築物を命綱なしで登ってきた。それらの多くは無許可での挑戦だったため、頂上で待ち受けた各国の警察官に逮捕されることでも、おなじみである。2011年3月28日、世界で最も高いビルである、アラブ首長国連邦ドバイのブルジュ・ハリファ(828m)でフリークライムに挑み、6時間40分をかけて登頂に成功。これはイベント主催者から要請を受けての“公式登頂”だったため、命綱を装着しての挑戦であり、同記録はギネスブックにも登録されている。2011年ファウスト挑戦者賞受賞。
Text:Masaki Asada
Photos:Kiyohi Tsuzuki
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