「至上の瞬間は、あらゆる時に訪れる」
G.H.MUMMの静かなる挑戦
ディディエ・マリオッティ G.H.マム セラーマスター
時を遡ること1904年7月14日、冒険家であるフランス人医師ジャン=バプティスト・シャルコーを乗せた船が、フランス人として初めて南極大陸に到達。彼が、氷上のテーブルで祝杯をあげたのが、G.H.マムのシャンパン“コルドン ルージュ”だった。
それから一世紀たった今でも、G.H.マムは冒険者たちの良き相棒だ。F1のスポンサーを始め、7大陸を無動力で踏破する偉業を成し遂げた冒険家、マイク・ホーンをサポート。最近では、風力で海上を時速100㎞で走るヨットの世界記録保持者、アラン・テボウと正式なパートナーシップを表明した。
勝利の美酒と呼ばれるG.H.マムのスピリットを体現するのが冒険家たちであるならば、その変わらないスピリットを表現し、方向づけ、新たな価値をもたらすのが、今年、G.H.マムで最高醸造責任者をつとめて10年目となる、ディディエ・マリオッティ氏である。
――あなたにとって、冒険とはなんですか?
冒険というと、単独でヨットの世界記録を目指す人や、登山家などを思い浮かべますが、日常生活の中で、今の自分を越えようとすることは冒険ですし、越えようとする人は誰しも冒険家であると思います。
――挑戦を感じる瞬間はどんな時ですか?
毎日です。シャンパーニュ造りは、コントロール不能なたくさんのことに囲まれていて、毎日が挑戦の連続です。とりわけ、アッサンブラージュ(※)の作業がそうですね。収穫されるぶどうは毎年違うのですが、私にはメゾンのスタイルを一定に保つという使命があり、そのためにどの年のどのワインをどれくらいの比率でブレンドするかを決定しなければなりません。また、新しいキュヴェをつくるのもチャレンジです。
※アッサンブラージュ:ワインのブレンドの意。通常、NV(=ノンヴィンテージ)のシャンパーニュでは、収穫年の違うリザーブワインを調合し品質を一定に保つ作業を行う
――2006年はあなたにとってマムで最初のミレジメでしたね
ミレジメというのは、NVに比べるとそんなに難しくはないのですが、私にとって初めてのミレジメでしたし、2006年は暑い夏で、ぶどうはすごく熟れた年だったので、酸味をもたらすことが難しく、どのようにして、活気やフレッシュさをもたらすのか、に苦心しましたね。
通常、山の南側のピノ・ノワールを使うのですが、この年は、テーマ的に山の北の斜面のピノ・ノワールを使ったのです。北側の斜面のぶどうは苦味が特徴で、コントロールが難しいのですが、きちんとコントロールすることで、余韻のあるワインに仕上がるのです。
――2006年のミレジメはリリースされてから長い時間がたっています。満足のいく出来になりましたか?
ええ、満足していますよ。熟成期間は、ワインの複雑さに影響を与えます。すでにアッサンブラージュの段階でどれくらいの熟成期間を目的とするか、たとえば、5年とするか、10年とするかを意識しながら決めるのですが、私が求めていた表現というのができていると思います。つまり、果実のマチュアな部分が出てきてくれています。リッチなテンションをもち、ダイナミックな感覚に仕上がっていますね。リッチな、といっても重厚ではなく、エレガンスをもった豊かさに仕上がりました。
――今回の来日に際し、シャンパーニュの飲み方の新しい提案があると聞きましたが
シャンパーニュを飲む方法はひとつではありません、私はシャンパーニュを自由に楽しんでいただきたいと思っています。
たとえば、結婚式を祝うのに欠かせないお酒、といった一般的なイメージがありますが、特別でなくても「毎日を祝うお酒」であるということなのです。発泡性のお酒なのですが、シャンパーニュはワインです。ですので、いろんな料理に合わせていただくことができます。
コルドン ルージュでしたら、私は天ぷらと合わせるのが好きです。昨晩体験したばかりですが、唐揚げや餃子にも合わせることができると知りました(笑)。2006年のミレジメでしたら、もう少し複雑な強さのあるお料理に。日本食でいえば、焼鳥なども美味しく飲んでいただけます。ブラン・ド・ブランには、お刺身。世界中を旅していると、シャンパーニュと料理の組み合わせには、さまざまな可能性があるとわかります。今は、日本食を発見しつつあるところなので、日本食の名前を挙げてみました。
――G.H.MUMMは勝利の美酒と言われていますね
ええ。有名なスポーツ選手が味わう祝い酒であることもひとつの側面ですが、そうしたエリート的な楽しみ方をするだけでなく、日常に勝利をもたらすお酒でもあるのです。たとえは、「今日1日は最悪の日だった」といった1日の終わりにシャンパーニュを飲めば、その日を最高の気分で終わらせることができるでしょう?
――最後に「人生の至上の瞬間を求めて」というのが私たちファウストA.G.のコンセプトですが、ディディエさんにとって至上の瞬間はどういったものですか
私が思うに至上の瞬間というのは、それを捉える感覚さえあれば、人生に何度でも、実は毎日でも訪れるものだと思っています。唯一無二の瞬間というのは、華々しい時のことではなく、むしろ静かな時、それを感じ取る感性さえあれば、至上の瞬間は、あらゆる時に訪れるのではないのでしょうか。
たとえば美しい浜辺で海を見ている時にだって訪れるものです。景色の素晴らしさなのか、一緒にいる人なのか…至上の瞬間というのはそうしたものではないでしょうか。
時間をかけてつくり上げるシャンパーニュは、アートのようであり、変化する自然の豊かさを瓶に閉じ込めることで、よりマチュアな複雑性をもたらすことができる飲み物だ。「生まれ変わってもセラーマスター(最高醸造責任者)として働きたい。私にとってシャンパーニュづくりは仕事ではなくパッションですから」と語るディディエ氏が、これからどんな美酒を生み出すのか、また、どんな冒険家がその美酒で祝杯をあげるのかーー喜びを分かち合い、日常を最高にするために味わうスタイルを楽しみたい。
ディディエ・マリオッティ
Didier Mariotti
セラーマスター/最高醸造責任者。
1971年7月、コルシカ生まれ。
無類のワイン好きであり、ランス大学で農学と醸造学を学ぶ。豊かな専門知識と才能が認められ、異例の速さで最高醸造責任者に。2006年からG.H.マムのセラーマスターを務め、醸造からブレンド、カーブでの熟成期間まで、ワインのクオリティに関する最終決定を行う。
Text:Yumiko Akita
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