今こそバック・トゥー・ベーシック。
基本に戻るべきなんだ。
2008年4月から、自然動力のみのヨット「パンゲア号」で4年という長い世界航海 に出ている冒険家マイク・ホーン。ファウスト.A.G.では、彼の動向を定期的に リポートしてきたが(「シャルコーがフランス人で初めて南極上陸した際の祝杯 を再現」「日本・横浜に寄港して子どもたちと交流」「ゴビ砂 漠で三ツ星ランチ」)、今回はニューヨークに寄航中のホーン氏本人を直撃して、インタビューを敢行。偉大なる冒険家の人となりとは? ホーン氏はパンゲア号のミッションから、次なるプロジェクトまで、そして父として、人としての人生哲学を、たっぷりと語ってくれた。
From Faust A.G. Channel on [YouTube]
PANGAEA Expedition 2008-2012
ワールド・トレード・センターに程近いバッテリー・パーク・シティは、ハドソン川に面して高層ビルが立ち並ぶエリアだ。そこにぽっかりと浮き立つように存在する小さなヨットハーバー「ザ・ノース・コーブ」に停泊していたのが「パンゲア号」。マリーナ周囲にあるベンチで昼食をとるビジネスマンたちは、このコンパクトなヨットが、4年という歳月をかけて世界7大陸を制覇する壮大なプロジェクトを敢行中のヨットだとは、思いもよらないだろう。
Tシャツに短パン、そして日に焼けた顔で出迎えてくれたホーン氏と、このせわしい大都会とのコントラストは、どこかちぐはぐにも見える。
「僕は都会派ではないからね、大きな街に近づくと匂いでわかるよ。魑魅魍魎とした街や汚染、人間の匂いがするんだよ」と冗談めかして笑うホーン氏。氷河やジャングル、砂漠といった手付かずの自然に囲まれた日々を送る彼にとっては、こうした都会はちょっと居心地が悪いのだという。
そんな彼が、「パンゲア・ヤング・エクスプローラーズ・プロジェクト」では、テクノロジーや情報に囲まれて育った“イマドキの子供たち”を率いて旅している。知識や情報は備えていても、人生経験に乏しいのが彼らの現状だ。早朝に出勤して深夜に帰宅という親が少なくない今、子供が親とともに体を動かして体験・学習する機会は少ない。また、学校での教育はカリキュラムを追うだけで、精神的な成長を促すことに手が回っていない、とホーン氏は嘆く。
「昔の人々は地球・自然と繋がりをもって寄り添うように暮らしてきたけれど、今の子供たちは地震や津波を見て自然は危険で、敵だとさえ思ってしまっている。これは、自然が変わったんじゃない、人間が変わってしまっただけのこと。だから彼らに、自然は忌むべきものではなく、共存可能だということを教えているんだ」
このプロジェクトで子供たちは、マストの揚げ方から、航路のプランニング、山での登山方法まで、冒険の基礎を実践して学んでいる。
「現代の父親のうち、いったいどれくらいの人が、そんなことを子供に教えられるか? たいていの父親は、リッチになったら、あんな車を手に入れろ、なんてことは教えているんだろうけどね」と、ホーン氏はおどけてみせる。
今までに世界中の何千という子供たちを“第2の父親”として指導してきたホーン氏。彼がヤング・エクスプローラーズ・プロジェクトに込めた思いは、子供に自然を体験させることだけではない。
「異なるバックグラウンドをもった子供たちが集まっても、互いのカルチャーを理解した上で、『地球を守る』というひとつのゴールを見据えると、皆が団結して困難を乗り越えていく。これは、世界が一丸となり平和を目指すプロセスにも置き換えられるはずだろう? この10年で、人々は大きく変わってしまった。お金や地位など余計なことは考えずに、『平和で幸福であれ』と願うだけでいいはずなのに、人生のウィッシュ・リストに色々と注文を書きすぎている。今こそ、バック・トゥー・ベーシック。基本に戻るべきなんだ」
冒険であれ、人生であれ、「すべては、シンプルに」がホーン氏のモットー。何事も大きくなって複雑化すれば、いざ問題が起きたときにすぐに解決できなくなるからだという。それを裏付けるかのように、現在、パンゲア号は4名の少数精鋭クルーで航海を続けているが、パンゲア・プロジェクトが思っていた以上に成長しているため、ゆくゆくは世界の各地にローカル規模の陣営も設置することを視野に入れているという。そして2012年以降も、パンゲア・プロジェクトは続いていく予定だ。
プロジェクトの先に見える
ゴールとは?
「まずは、より大きな船舶を導入すること。そして、個人レベルでは、早く登山をしたり南極を歩いたりといった冒険に出たいね」
冒険家として、かれこれ20年以上もあらゆるアドベンチャーに挑戦してきたホーン氏だが、まだまだ飽き足らず、荒々しい自然に早く身を投じたい様子だ。
「どこかでデジャ・ヴュはあるけれど、実際にはいつも未知の状況が待ち構えているから、冒険に飽きることは絶対にないね、断言するよ。もし、物事に飽きて何も学ばない日々を送っているとしたら、それは無駄な人生だよ。僕は、一生冒険することを止めない。冒険することで、自分の生を感じるんだ。だから、もし-50度の氷上で食料もなく1ヶ月過ごすことになっても、僕は平気だ。どんな状況でも、自分が生きているなら、そこには生きる理由があるということだから」
ホーン氏の言葉を聞いていると、生かされているという使命を噛み締めて、全力で冒険を続けている姿が目に浮かぶようだ。知らない場所へ行ったり、新しいことに挑戦したりすることをせず、自分の世界を小さな箱に限定する人間もいるが、彼はあえて自分の範囲を超えた“未知の世界”へと飛び出していく。その原動力は、いったいどこから来るのか。
彼曰く、それは、家族のサポートだという。とはいえ、彼が1年間のうち妻と会うことができるのは、なんとたった3、4日。よほど強い信頼関係で結ばれた夫婦でなければ、このタフな環境は乗り切れないはずだ。
「家族からサポートされているという自信は、冒険をする上で最も重要な糧だから、妻には感謝しているよ。僕は、結婚相手としてはパーフェクトじゃない。ホリデー時期しか会えない旦那だからね(笑)。でも、父親としては、自信があるよ。自転車やiPadを買い与えるといった、誰にでもできること以上の一生ものの経験をプレゼントしているからね」
実際に自分の幼い我が子を連れてアマゾン川を下ったり、北極の氷上を歩いたりしてきたホーン氏だけに、子供の教育における父親のコミットメント強化を説く言葉には説得力がある。
「僕の両親は、決して僕のやることを否定しなかった。彼らは多くの自由を与えてくれたから、僕も子供たちに同じようにしているんだ。僕は子供のころ、いつも自然に関する質問を両親にしていたのだけれど、妹は、『なぜ○○をしてはいけないのか?』といった善悪にまつわる質問をしていたんだ。今、彼女は何をしていると思う? 裁判官だよ! 幼いときの才能は潰さずに、それを延ばしていくことが、いかに重要かわかるだろう」
こんな愛情深い父親に育てられた21歳になる娘は、カレッジを卒業し、現在クルーとして旅を共にしている。友達とパーティにあけくれてもおかしくない年齢だが、「冒険家のライフスタイルが好き」と断言する彼女の凛々しさを見れば、マイク・ホーンが良き父親であることは一目瞭然だ。目を細めて娘を眺めながら、「今までいろいろやってきたみたいだけど、同じ船にいる今は僕の監視下にあるから安心(笑)」と年頃の娘をもつ父親らしいコメントも。
「僕は自然を愛している。そして、知らない場所へ行き、自分自身と戦うことが何よりの楽しみなんだ」
そんなセリフを堂々と吐くことができる父親は、文句なしにカッコイイ。
“一生青春”という言葉がぴったりの彼のことを、いったい誰が止められるだろうか。大海原で、雪山で、いかなる状況においても全身全霊で生を謳歌するホーン氏の姿は、何かに打ち込む世の男たちの背中を押してくれるはずだ。
マイク・ホーン
冒険家
南アフリカ出身の世界的探検家。エンジンつきの乗り物を一切利用せず、自然動力移動にこだわり、1997年に南米大陸単独横断、2000年には緯度ゼロの赤道1周4万キロの旅に成功。2004年の北極圏の単独周航に続いて、2006年にはノルウェー人探検家ボルゲ・オウスランドとともに、パーマネント・ダークネス(真冬の北極は太陽が上がらず、常に暗闇となる)のなか、犬・モーターつき乗り物に頼らずに北極点まで到達。人類史上初の快挙となる。2008年から2012年までは、自然動力のみで世界7大陸を探索する「パンゲア・プロジェクト」を遂行。探検家として以外にも、モチベーターとしてインドのクリケットチームの強化に携わり、ワールドカップ優勝に貢献するなど、多方面から支持を集めている。
マイク・ホーン公式サイト
http://www.mikehorn.com/
Text: Yumi Komatsu
Photos: D. Sharomov/Mike Horn
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