人々をアドベンチャーの世界へいざなう、それが僕の仕事だ
カナダ、オンタリオ州をベースに、世界に活動の場を広げるナチュラリスト、ロビン・タプレー。冒険家である彼は、同時に初心者も楽しめるアウトドアプログラムのプレゼンターでもある。自身が知る大自然の感動を、より多くの人に伝えること、それが彼が自らに課したミッションだ。
冒険家にして、自然愛好家、そして博物学者
旅行記者として、筆者はカナダ・オンタリオ州には何度も通ってきた。カナダならではの大自然やアウトドアライフを取材することも多い。そうしたワイルドな旅取材の際、ガイドとして、あるいはアドバイザーとしてしばしば登場するのが、ロビン・タプレーだ。
初めて出会ったのは、10年近く前のこと。北米五大湖のひとつ、ヒューロン湖のジョージアン・ベイをゾディアックでクルーズし、手つかずの無人島でキャンプしながら旅をするという、ユニークな冒険ツアー。その企画をしガイドも勤めたのが彼だった。ゾディアックの操縦桿を握り、「最高だ!シャンプランになった気分だ!」とカナダを開拓した有名な探険家の名前を叫びながら、無人島の入り江に突き進んでいく姿が印象的だった。
それ以降もアウトドア系の取材では、何度もロビンがナビゲーターとしてやってきた。テーマはハイキングだったり、地質だったり、星空観察だったり、その都度まったく違うのだが、とにかくしょっちゅう彼が登場し、テーマに合わせた専門的な説明をしながらガイドしてくれるのだ。
ついこの間も、マスコーカのスノーモビル・ツーリングの取材(記事はコチラ!)に行ったら、彼が現れた。そして2日間一緒に、雪まみれになってスノーモビルで旅をした。このときは何もない雪原でのサバイバル方法も伝授してもらった。
聞けば、つい最近、何人かの冒険ライダーを連れて、ニュージーランドでの森の中のトレイルを巡る自転車ツアーを敢行してきたばかりだという。そしてしばらくしたら今度は、新しいツアー開発の下見でエベレストに行く予定だとも。
いつも思っていた。
いったいこの人は何者なのだろうかと。
「そんなこと聞かれても困るな。ナチュラリストというほかない。はっきりいえるのは、自然の中にいるのが好きということだけだ」
自然の中でプリミティブな行動に没頭する快感
カナダのメディアなどからつけられたあだ名は「ネイチャーナッツ」(自然オタク)。とにかく自然に関することならなんでも首を突っ込んでしまう。
実際、彼と一緒にハイキングなどしていると、八方にセンサーが着いているかのような観察力に驚かされる。目はまるで拡大鏡みたいに岩陰の苔まで見分け、耳は高性能の集音マイクのように姿の見えない小鳥の鳴き声まで聞き分ける。そしてどんな場所にいてもすぐに「なにかおもしろいもの」を見つけて教えてくれる。そして驚くべき知識で解説してくれる。すると、何気ない岩や雑草まで、全てが意味のあるものになり、その存在が驚きになっていくのだ。
「オンタリオの自然や湖に囲まれて育った僕にとっては、それはごく当たり前のことなんだ。子供のころから外にばかりいて、何か見つけて、その正体を知るのがすごく好きだった。それが、石であれ、草であれ、星であれね。ひとつ知ると次にもっと知りたくなる。そのクセが今も続いているだけなんだ」
専門分野が広いのも、彼にしてみれば単に興味の対象の全てが自然の中にあったから、そしてそのどれもが知りたかったから、ということなのか。
1年間で40日以上はテントの生活をするという。自然の中で、何を考えているのだろう。
「実はほとんど何も考えていないと思う。たとえば、森の中でキャンプをする。場所を探して寝るところを作って、火を焚いて食べるものを用意する。そんな、生きることのベーシックな行動に没頭しているだけなんだ。そして疲れて横になり、星を見たり風の音を聞いたり、鳥の声を聞いているうちに寝てしまう。ごくシンプルだよ。日常のつまらないことを忘れるには、これは最高の手段だと思うな」
もちろん、アウトドアを舞台にしていれば、危険な目にも合う。野生動物に目の前で遭遇することも珍しくない。
「けれど今までのところ、死にそうな経験をしたことはない。たとえばユーコンではグリズリーと鉢合わせしたこともあったけれど、彼らの行動パターンを知っていたから、どうすればいいか、本能的にわかったんだ。だからあわてることなくそっと離れて難を逃れることができた。後から考えたらかなりヤバかったなと、怖くなったけれどね(笑)。多分これまでの経験から、いろいろな状況に対応できるシミュレーションができているんだろうね」
クライマックスは、自然の中での感動の共有
ロビンの視野にあるのは、エクストリームな冒険だけではない。
「今まで、南極からマダカスカル、南米のパタゴニアなど、ユニークな場所もいろいろと訪れてきたけれど、極地であれ、地元であれ、自然の面白さはどこも同じようにある。実際、子供のころからなじみ深い、ここカナダのマスコーカやアルゴンキンの森でも、今だに歩くたび発見があって夢中になってしまうんだ。」
そして、ひとりでアウトドアを満喫するのもいいが、より楽しいのは誰かをその中に連れていき、自分が得た感動をわかちあうことだという。
「必ずしも、ハードなアウトドアライフにこだわることはないんだ。ハイエンドなリゾートに滞在して豪華な食事や優雅な部屋を堪能し、昼間はワイルドな自然に触れる。そしてホテルに戻ったらスパでリラックスする。そんな楽しみ方も僕はいいと思う」
むしろそうした一般的な旅行者に、自分が知っている自然のすごさをどうやって紹介していくか、それを考え工夫をすることこそが彼のチャレンジだという。
たとえば、トロントの北にあるマスコーカ地方の高級リゾート「JWマリオット・ザ・ルソー」では、彼は一般の宿泊客向けにアウトドアを楽しむための様々なプログラムを考案し、ときに自らガイドも行っている。その中のひとつに冬のナイトハイクというのがある。スノーシューを履き、雪の上をあるいて真っ暗な森の中に入り込む。ヘッドライトを消すと、大自然の闇の明るさに驚かされる。静寂に耳を澄ますと地球が回る音のようなものを感じることができる。オオカミの鳴き声をまねて本物のオオカミと交信し、満天の星空を観察。
さらには冬の森で生き延びるための方法までレクチャーする。食べられる木の実やお茶にすることができる葉、逆に食べてはいけない植物などなど。秀逸なのは、ガマの穂を使ったサバイバル術。そのあたりから摘んできた穂をほぐし、綿のように広げる。これにファイアースチール(現代版の火打石)で火花を起こすと、一気に炎が燃え上がるのだ。
ナイトハイクの参加者から、感嘆の声が漏れる。「ガマの穂がなければ白樺の樹皮でもいいし、枯れ草でもいい。とにかくよく見ること。森の中には何か役立つものがきっとあるから」
こんな風に、自然へのなじみが無かった人に何かを伝えられたとき、そして感動を共有できたときこそが、最大の喜びの瞬間だと、ロビンはいう。
「アウトドアの経験がない人も抵抗なく大自然の中へ飛びこめるような、様々なアイデアを考えているんだ。人々を日常から連れ出して、自然の中へ、アドベンチャーの世界へいざなうこと。要するにそれが僕の仕事ということだ」
ネイチャー・トレイルズ ホームページ
http://www.tapleynaturetrails.ca
ロビン・タプレー
ナチュラリスト
1961年、オンタリオ州マスコーカ生まれ。野生動物、野鳥、植物、地質、天文など多分野に精通し、アルゴンキン州立公園やジョージアン・ベイなど、オンタリオ州各地の自然を体験するツアーを行う「ネイチャー・トレイルズ」を主催。また世界各地へのアドベンチャーツアーにもアテンド。さらに新しいリゾートのエコロジー・プランニングや、各地の国立公園の自然保護プログラムやアウトドアアクティビティのアドバイザーとしても活躍。オンタリオ州ロンドンにあるファンショウ・カレッジではナチュラル・ヒストリーのクラスで教鞭もとる。
Text:Hiroko Yoshizawa
Photos: Hiroko Yoshizawa , Faust A.G.
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