Vol.28
大空の覇者が見つめるその先
室屋義秀、2017年レッドブル・エアレースワールドチャンピオンを獲得
すでにさまざまなメディアで報道されているように、室屋義秀がパイロットを務めるチームファルケンが、開幕前の宣言通り2017年レッドブル・エアレースのワールドチャンピオンに輝いた。レース結果だけを振り返れば、年間全8戦中4戦で優勝と、圧倒的な強さを見せたといっても過言ではないチームファルケン。もちろん、この軌跡をたどるまでには、昨年のシリーズ終了直後から2017年の年間王者獲得を目指し、大胆かつ緻密に戦略を練り直し、年間を通して攻め続けてきたことは、すでに多くのエアレースファンの知るところである。
2009年、アジア人唯一のマスタークラスパイロットとしてシートを獲得し、レッドブル・エアレースにデビューした室屋義秀。そこから8年間、途中3シーズンに及んだエアレースの中断や、活動の拠点を置く福島での大きな災害に直面しながらも、けして歩みを止めることなく、名実ともに大空の覇者へと登りつめた。その道のりを支えたのは、家族、チーム、仲間そして地元福島をはじめとするファンの大きな愛に違いない。
年間王者宣言。
そして、9万人が見守るなかでの母国二連覇の快挙
2017年1月、開幕前に行われた「Red Bull Air Race Chiba 2017 記者発表会」には、いつにも増して数多くのメディア各社が集まった。昨年の室屋の母国優勝がさらなる弾みとなり、レッドブル・エアレースならびに室屋への注目と期待は大いに高まっていた。
第三戦となる千葉大会は3年連続で千葉市・幕張海浜公園が舞台となり、記者会見には千葉市の熊谷俊人市長、レース機の離発着の場所となる浦安市の副市長も出席し、地元の歓迎ムードを。
この場で室屋は、今季の目標を年間総合優勝であると宣言。「すべての大会でコンスタントにポイントを獲得し、そのうちの何度かは表彰台に上がることで、年間王者の座を獲得できる位置にいる」と語った。
そして6月。第三戦の千葉大会で室屋は、みごとに母国大会の二連覇を果たす。第二戦の米国・サンディエゴ大会に続いて、自身初の二連勝と年間王者を目指すにおいて大変有利な勝ち星を得た。ただ、千葉大会での戦いは薄氷を踏むような思いで手にしたものであったことも事実だ。ラウンド・オブ14をわずか0.007 秒差で逃げ切り、ラウンド・オブ8では、マット・ホールのペナルティに助けられた格好。室屋自身もレース後の記者会見で、「(優勝した)サンディエゴ大会は覚醒しているような感じがあり、自分自身でも勝てるんじゃないかという感覚がありました。しかし千葉大会は非常に苦しい戦いで、ミスもあるなか、ラッキーで勝ち上がることができた。自分の力だけで勝ったんじゃないなと思っています」と冷静にコメント。それでも、たくさんの地元ファンと共に勝ち鬨をあげる姿は、チームファルケンが年間王者を争うのにふさわしい力を持つことを、私たちに強く印象づけた。
大空の覇者へ。
戦えるチーム体制と地元福島の声援が支えた、年間王者への軌跡
米国・インディアナポリスでの最終戦は、会場となった「インディアナポリス・モーター・スピードウェイ」のサーキットを強風が吹きつけ、ほとんどの選手がペナルティを免れないコンディション。室屋が年間王者になるには自身の優勝は絶対条件、加えて総合ポイントで室屋を上回るマルティン・ソンカが3位以下になることが必要だった。ラウンド・オブ14の直接対決では、室屋が競り勝ったものの、ソンカはファステストルーザーとして、ラウンド・オブ8に進出、そしてファイナル4にも勝ち上がってきた。
ファイナル4。1番目の飛行順で飛んだ室屋のフライトは、贔屓目なしに神がかっていた。パイロンが斜めに揺れているのがはっきり見て取れるほどの強風のなかで、1分03秒026という驚異的なコースレコードを叩き出したのだ。この時こそが、これまで追う立場だった室屋が、年間王者の座をチームの力で引き寄せた瞬間だった。その後をフライトしたマティアス・ドルダラー、フアン・ベラルデはともに室屋のタイムを上回ることはできない。そして注目のソンカは4番目の飛行順で、ペナルティなくセイフティに飛んだものの、タイムは伸びず1分07秒280で4位が決定。室屋を擁するチームファルケンが、見事に2017年レッドブル・エアレースのワールドチャンピオンとなった。
帰国後、都内で行われた記者会見。これまでいちばん辛かったことは何か、と問われた室屋は、次のように振り返った。
2009年にエアレースに参戦し、2年目の2010年は、入れ込みすぎて不本意なままシーズンが終わってしまい、さらに翌2011年からのエアレース休止が決まった。(補足:2010年に休止が決まった時点では再開時期は未定だった。)
そのまま、2011年3月の東日本大震災が発生。活動の拠点であるふくしまスカイパークの滑走路にも亀裂が入り、加えてガソリンがまったく手に入らず、飛行機を飛ばすどころではなかった。また国内の自粛ムードもあり、予定されていたエアショーのいくつかはキャンセル。国内でも飛ぶ機会がなく、本気で飛行機にはもう乗れないかもと思ったという。
さらには、エアレース休止の間に操縦技術を高めるためにと参戦したエアロバティックス世界選手権、通称「WAC(ワック)」ではまさかの予選で敗退。「これ以上のどん底はない、という状況だった」と口にした室屋の言葉は、偽らざる本音であろう。
それでも、室屋は飛び続ける。どん底を見たおかげで、何が必要なのかに気がついたのだ。以降、室屋はチームとして戦う体制の構築の重要さをこれまで以上に力説するようになり、事実、それに注力していく。
2017年、幼いころガンダムに憧れて空を自由に飛ぶことを夢見た一人の男は、道なき道を自ら進み、多くの愛に支えられ、名実ともに大空の覇者となった。それでも彼の挑戦は終わらない。チームファルケンが獲得したワールドチャンピオンの称号さえも、彼にとっては通過点なのかもしれない。チームファルケンは登りつめた頂で、新しい景色の先に次のゴールを見つけていることだろう。
Yoshihide Muroya
室屋義秀
1973年1月27日生まれ。エアショー、レッドブル・エアレースパイロット。国内ではエアロバティックス(アクロバット/曲技飛行)のエアショーパイロットとして全国を飛び回る中、全日本曲技飛行競技会の開催をサポートするなど、世界中から得たノウハウを生かして安全推進活動にも精力的に取り組み、スカイスポーツ振興のために地上と大空を結ぶ架け橋となるべく活動を続けている。
2008年11月、アジア人初のレッドブル・エアレースパイロットとなり、2009年からレースに参戦。2010年も善戦するも、レッドブル・エアレースは2011年から休止に。2011年、エアロバティックス世界選手権WACに出場。2012年アドバンストクラス世界選手権WAACに日本チームとして出場、2013年再びWACに出場し、自由演技の「4ミニッツ」競技で世界の強豪と争い6位に。2014年復活したレッドブル・エアレースに12人のパイロットの1人として参戦継続。第2戦で自身初の表彰台3位へ。2015年念願の日本開催実現、新機体V3を投入、コンスタントに表彰台を狙う。ホームベースであるふくしまスカイパークにおいては、NPO法人ふくしま飛行協会を設立。航空文化啓蒙や青少年教育活動の基盤作りにも取り組む。東日本震災復興においてはふくしま会議への協力など尽力する。2009年、ファウストA.G.アワード挑戦者賞を受賞。
Photo:Jörg Mitter/Red Bull Content Pool
室屋義秀 公式ページ
http://www.yoshi-muroya.jp
Team Yoshi MUROYA公式ページ
http://yoshi-muroya.jp/race/
レッドブル・エアレース公式ページ
http://www.redbullairrace.com/ja_JP
Text: Chiaki Iwata
Photo/ Movie: redbull content pool
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