ベルトラン・ピカール&アンドレ・ボルシュベルグ
「ソーラーインパルス」は人生そのもの。冒険に終わりはない
ファウストA.G.が、2009年5月の試作機完成の段階からその動向を見守り続けている、太陽光エネルギー飛行機世界一周ミッション「ソーラーインパルスプロジェクト」。テストフライトの様子や昼夜連続飛行成功といったニュースが舞い込むごとに、2013年に予定されている世界一周飛行への期待と、石油に代わる太陽光エネルギーの未知なる実力に胸を躍らせている方もいることだろう。スイスの高級時計メーカー「オメガ」がシミュレーションシステムや機体開発などをサポートしていることでも話題だ。
さる10月初旬、そんな当クラブ大注目のプロジェクトを率いる人物が来日した。リーダーでスイス人冒険家のベルトラン・ピカール氏とパイロットのアンドレ・ボルシュベルグ氏である。
「こんにちは、よろしく」――と、都内某ホテルにてにこやかな表情で挨拶の言葉を投げかけてくれた両名。彼らとのインタビューは、終始地球への愛情と冒険心に満ちたものとなった。
日々前進を続けている「ソーラーインパルスプロジェクト」ですが、現在はどんなことに取り組んでいるのでしょうか。
――ベルトラン・ピカール(以下P):まずは2012年に大西洋を横断するという大きな目標があるのですが、その前にヨーロッパの国々の間を飛ぶという実験をクリアする必要があります。ソーラーパネルを搭載した試作機「HB-SIA」の飛行距離は徐々に伸びていて、9月はジュネーブやチューリッヒといったスイス国内の上空を飛ぶ実験に成功しました。次はぜひ国境を越えたいですね。そのために今、私たちがやらなければならないのは、より多く飛んで飛行機の性格を学ぶこと。そして、ヨーロッパ上空を5日間連続で飛び続けることです。この秋は、2013年に実際に世界一周をするための試作機第2号の開発も始まったんですよ。
今回の来日は、どのような目的なのですか?
――P:「ソーラーインパルスプロジェクト」はスタートから現在まで、ヨーロッパのパートナー企業のバックアップによるヨーロッパのプロジェクトとしてここまで開発を進めてきました。時計ブランドのオメガやドイツ銀行、ソルベイなどがサポートしてくれています。しかしこれからは、グローバルなプロジェクトとして進めていきたいと思っているのです。そのためには、日本やアメリカの企業にもパートナーとしてぜひ加わっていただきたい。今回の来日では、記者発表会のほかに日本のパートナーを見つける目的も含まれています。これまで私たちは、さまざまな国の企業や人々の前でこのプロジェクトのことを説明してきましたが、多くの人々が共感を示してくれているんですよ。地球環境に優しい新しいプロジェクトとして、歓迎してくれています。なぜなら、太陽エネルギーのみで昼夜飛び続けるソーラーインパルスのような飛行機はこれまで地球上に存在せず、まさに革命だからです。
環境問題から地球を救いたいという気持ちは、全世界共通ということですね。
――P:実のところ、多くの人々が太陽エネルギーの存在を知っていますが、それを使っている人はほんのわずかだというのが現状です。このプロジェクトの目的は、人々に太陽エネルギーの実用性を理解してもらい、実際に使おうと思ってもらうこと。ソーラーインパルスで地球を救おうとか、そんな大袈裟ことは言いませんよ。そう言ってしまったら、クレイジーですからね(笑)。そうではなく、限りある石油や化石燃料と比べると太陽エネルギーは再利用できるものであり、それを利用していくことにより環境問題の解決に近づくのだということを伝えたいです。生活のクオリティは保持しながら、太陽エネルギーを普及させること――それが私の目標。大変難しいことなのですが、政府や行政機関の理解を得ることができれば、夢ではないと信じています。
試作機「HB-SIA」と一般的な飛行機とでは、操縦法や乗り心地にどんな違いがあるのでしょうか?
――アンドレ・ボルシュベルグ(以下B):「HB-SIA」は、すべてが“スロー”ですね(笑)。普通の飛行機の場合、状況に応じてスイッチを切り替えるといった臨機応変な対応をしていくものなのです。ところが「HB-SIA」の場合は、何が起きているのか現状をしっかり確認しながら操作していくので、パイロットとしては忍耐が必要です。
――P:私は16歳のときに初めてハンググライダーに挑戦したのですが、「HB-SIA」の乗り心地はその感覚と似ていると思いますね。
――B:確かにそのとおりです。気流と風をうまく利用して飛ぶので、上手にバランスを取らなくてはならない。そのためには、フライトシミュレーターをつかって飛ぶ練習も必要なんですが、実はNASAの元パイロットでさえ「HB-SIA」のシミュレーターの操縦は難しくてできなかったんです。 そのくらい普通の飛行機と「HB-SIA」の操縦は別物だということですね。私自身は15歳から飛行機を操縦していますが「HB-SIA」のほうが断然気分がいいですよ。自然のエネルギーを使って飛んでいるのですから。
お2人とも、10代半ばからすでに冒険家だったのですね!
――P:私は祖父も父も冒険家でしたからね。そして、ルイ・アームストロングやエドモンド・ヒラリー、チャールズ・リンドバーグといった著名な冒険家たちとも実際に会う機会に恵まれたことも自分にとっては大きいですね。彼らは会ってみると、ごく普通の人間なんですよ。ただし、冒険によって生じるリスクになんら抵抗がないんです。彼らの偉大なるチャレンジは、「成し遂げたい」という気持ちがあると同時に「失敗する」という可能性もあるわけです。それでも達成してしまったという事実に感心すると同時に、自分もそうありたいと思っています。
――B:私の場合は、飛ぶことに憧れていたんです。初めて飛行機を操縦したときは恐怖心など微塵もなく、ただエキサイティングでした。人はそれぞれ「やるべきこと」があると私は思っていて、パイロットとして操縦するのは私のやるべきことなのです。どんな分野であっても、そういった使命感を持って生きている人には敬意を払いますね。
このプロジェクトが終わっても、冒険は続けられますか?
――P:きっと、「ソーラーインパルスプロジェクト」に終わりはないと思います! それに、続けないとアンドレに給料を払えなくなりますから(笑)。世界一周を達成できたら、次はそれを見た人たちが我々のメッセージを受け取り、ライフスタイルを変化させていこうとしてくれるはずです。我々はそのサポートをしていくことが大切だと思っています。また、我々の考えることや活動をインターネット上で伝え続けていくつもりです。冒険家のスピリットも、エネルギーの再利用も、政治的な話もすべて。
――B:2人とも24時間、365日このプロジェクトのことを考えて生きています。自宅でくつろぎながら読書をしていたとしても、良いアイデアがそこに書かれていたらメモを取ったり、インタビュー中に何かひらめいたりすることもあるんです。たとえ日曜日にベルトランから電話がかかってきてもまったく苦痛に思わない。それは、この仕事が楽しくてやりがいがあり、ずっと続けていきたいと思えるものだからです。家族も全員応援してくれています。
――P:そう、このプロジェクトは我々のパイオニア精神の集大成であり、人生そのもの。だから終わりはないのです。
Solar Impulse(ソーラーインパルスプロジェクト)
http://www.solarimpulse.com
プロジェクトをサポートする時計ブランド『オメガ』の公式サイト
http://www.omegawatches.com/jp/spirit/pioneering/solar-impulse
ソーラーインパルス プロジェクトチーム
ベルトラン・ピカール Bertrand Piccard (右)
1958年スイス・ローザンヌ生まれ。祖父は気球飛行家で深海探検家のオーギュスト・ピカール、父は海洋探検家のジャック・ピカール。幼い頃より冒険に親しみ、85年にはハンググライダーでヨーロッパチャンピオン、99年には世界初となる気球での無着陸世界一周飛行を成功させた。2003年、太陽エネルギー飛行機による世界一周を目指す「ソーラーインパルスプロジェクト」を開始する。それらの功績により、フランスの最高勲章であるレジオン・ドヌールや、オリンピック勲章を授与されているほか、社会活動にも力を注いでいる。
アンドレ・ボルシュベルグ André Borschberg (左)
スイス・チューリッヒ生まれ。スイス連邦工科大学ローザンヌ校機械工学部、ならびにマサチューセッツ工科大学経営学部卒業。スイス陸軍航空学校でパイロット訓練を受けたのち、戦闘機の操縦に約20年携わる。その一方、マッキンゼーで経営コンサルタントとして5年間勤務した経験があり、そのうち1年間は東京で生活を送ったことも。2003年に「ソーラーインパルスプロジェクト」に参加し、現在はパイロット兼ソーラーインパルス社CEOとしてチームを統括している。
Text: Megumi Inoue
Photos: Hiroshi Endo
2010/11/11
-
フランク・クラーク C.G.インターナショナルCEO アロハ・ファイト・スピリットで繋ぐ
楽園ハワイへの夢
2014/05/01 -
フェリックス・バウムガートナー ベースジャンパー 困難を乗り越えて、天空へ
2013/07/23 -
山本昌邦 サッカー解説者1/2004年アテネ五輪代表監督 “勝つ”ために人間としての誇りに訴えかける
2013/07/04 -
櫻井玲子 グライダーパイロット いつかはエベレストを見下ろしたい
2013/03/07 -
鬼塚勝也 アーティスト/元ボクシング世界王者 腕一本で勝負する世界
2013/02/14 -
谷口けい アルパインクライマー “世界の山を巡る旅人”
2013/01/10 -
中村俊裕 NPO法人コペルニク代表 世界の貧困に立ち向かうために必要なこと
2013/01/10 -
平出和也 アルパインクライマー 未踏の絶壁の向こう側
2012/12/13 -
田部井淳子 登山家 今も変わらない、山が魅せる世界の驚き
2012/10/25 -
西本智実 指揮者 流れる河のように、たゆみなく歩きたい
2012/10/19 -
竹内洋岳 登山家 ものすごく特別な今さら――14座登頂の意味
2012/08/30 -
カイル・メイナード モチベーショナルスピーカー、作家、アスリート 誰にでも生きる使命・目的がある
2012/06/14 -
白戸太朗 スポーツナビゲーター/株式会社アスロニア代表取締役 挑戦も貢献も人間がわくわくする本能
2012/05/24 -
アラン ロベール “フランスのスパイダーマン”/フリークライマー 高層ビル登頂の裏側
2012/03/22 -
アラン ロベール “フランスのスパイダーマン”/フリークライマー 自由と勇気
2012/02/23 -
斉藤 実 海洋冒険家 単独西回り世界一周を成功させた
世界が賞賛するシングルハンドセーラー
2011/11/24 -
マイク・ホーン 冒険家 今こそバック・トゥー・ベーシック。
基本に戻るべきなんだ。
2011/11/17 -
海老原露巌 墨アーティスト 「書」から、五感の全てで芸術を感じて欲しい
2011/11/02 -
鈴木一也 オーシャンアスリート/会社員 日台親交を泳いで紡ぐ110キロの挑戦
2011/10/27 -
荻田泰永 北極冒険家 北極に生きる男
2011/10/20 -
為末 大 プロハードラー 貢献の意思がアスリートを強くする
2011/10/13 -
角幡唯介 ノンフィクション作家・探検家 極限状況下で生を感じた冒険譚を記したい
2011/10/06 -
篠塚建次郎 ラリードライバー 自分の行き先は自分で決める
サハラの砂漠も人生も
2011/09/29 -
本多有香 犬ぞりレーサー 大好きな犬たちと冒険できることは、
私にとって何物にもかえがたい時間です
2011/09/22 -
浅野重人 ラフティング競技監督 激流の中でスピードやテクニックに挑む!
競技ラフティングの知られざる極意
2011/09/15 -
岸川至 カープ・アイランド・リゾート&パラオ・ダイビング・センター・オーナー 世界のダイバーが憧れるポイント
パラオのブルーコーナーを発見した男
2011/09/08 -
伊藤慎一 プロウイングスーツ・パイロット 身にまとうはスーツ1枚!
時速363キロ、距離23キロを飛ぶ鳥人
2011/08/04 -
速水浩平 株式会社音力発電 代表取締役 捨てられている「振動」を、電力に変えていきたい
2011/07/28 -
ボブ・ベイツ トランス・ニューギニ・ツアーズ オーナー パプアニューギニアの秘境と観光業を切り拓いた
“ブッシュパイロット...
2011/07/21 -
片山右京 KATAYAMA PLANNING株式会社代表取締役/元F1ドライバー/冒険家 徹底的にビビって
自分の良いところも悪いところも極地で知る
2011/06/30 -
二木あい フリーダイビング水中映像家 永遠の海の美しさを求めて
セノ-テでのギネス記録挑戦
2011/05/19 -
杏橋幹彦 フォトグラファー 純粋に体ひとつで海を感じながら、写真を撮ってみたい
2011/05/12 -
ロビン・タプレー ナチュラリスト 人々をアドベンチャーの世界へいざなう、それが僕の仕事だ
2011/04/07 -
アラン・テボウ 海洋冒険家 夢は人生が続く限り、私のなかで生き続ける
2011/01/20 -
栗城史多 登山家 “負け”もプロセス次第で“勝ち”...
2010/12/16 -
堀江謙一 海洋冒険家 ヨットで世界を3周、太平洋を8回横断して
2010/12/02 -
ソーラーインパルス プロジェクトチーム ベルトラン・ピカール&アンドレ・ボルシュベルグ
「ソーラーインパルス」は人生...
2010/11/11 -
鏑木毅 プロ・トレイルランナー 楽しむために、必要なこと。
2010/10/21 -
コンラッド・コンブリンク シルバーシー・クルーズ エクスペディション・ディレクター 世界一ラグジュアリーな探検旅行へ
2010/08/26 -
石川博文 プロウェイクボーダー ウェイクボードの夢しか見ない
2010/08/05 -
長屋宏和 元F3レーサー/「ピロレーシング」デザイナー 目標をありったけ考える。乗り越えた時の大きな自分のために
2010/05/27 -
栗城史多 登山家 苦しいことも嬉しいことも分かち合いたい。それが極地を目指す理由
2010/03/25 -
イヴ・ロッシー 冒険家“ジェットマン” 人間が空を飛ぶということ
2010/02/25 -
坂本達 自転車世界一周 サラリーマン冒険家 夢の先に見えるもの
2010/02/04 -
リチャード・ブランソン ヴァージン・グループ会長 Vol.2
冒険が結ぶ家族の“絆”
2010/01/07 -
三浦雄一郎 プロスキーヤー・冒険家 旗印を降ろさない
2009/11/26 -
白石康次郎 海洋冒険家 嵐には愛も勇気も歯が立たない。ひとり自分だけが打ち勝てる
2009/11/05 -
白戸太朗 スポーツナビゲーター トライアスロンは人生の縮図
2009/09/15 -
川島良彰 コーヒーハンター コーヒー界のインディ・ジョーンズ
2009/08/27 -
扇澤 郁 パラグライダー・パイロット 50歳は、まだ挑戦の折り返し地点
2009/07/23 -
リシャール・ジェフロワ ドン ペリニヨン シェフ・ドゥ・カーヴ(醸造最高責任者) 心に深く、降りて行く「旅」
2009/06/18 -
リチャード・ブランソン ヴァージン・グループ会長 美しい地球と生命を救うために新たなる地平へ
2009/05/21 -
室屋義秀 エアロバティックス&エアレース・パイロット 自由に空を飛びたい!——すべてはそこから始まった
2009/03/26 -
篠宮龍三 プロ フリーダイバー 真の冒険は海の深いところにある
2009/02/26 -
村上龍 小説家 確信を持てる挑戦などない
2009/01/29 -
ピエール・ガニェール フランス料理店オーナーシェフ 料理に理想はない 詩を編むのと同じことだ
2009/01/08 -
中里尚雄 海洋冒険家プロウインドサーファー 「自然とそこに行きたくなる」 その純粋な気持ちこそが冒険
2009/01/07