“勝つ”ために人間としての誇りに訴えかける
いつの時代でも、「上司」の姿勢は注目を集めるものだ。『新入社員の理想の上司』なるアンケートが実施されているのも、その時々で社会を牽引するリーダー像を探り当てたいからだろう。
新入社員が選ぶ『理想の上司』ランキングにおいて、芸能人とともに上位を占めるのがスポーツ選手や監督だ。世界のトップレベルで活躍する彼らの精神論は、ビジネスシーンにも応用可能なものだ。
サッカー日本代表のコーチや年代別代表の監督を歴任した山本昌邦氏も、独自のリーダー論を持つ。中田英寿氏、宮本恒靖氏、中村俊輔選手らをはじめとする新旧の日本代表の成長過程を間近に見てきた山本氏は、なでしこジャパンの佐々木則夫監督との共著『勝つ組織』(角川書店)で、21世紀にふさわしいリーダー像を披瀝している。
──過日発売された『勝つ組織』を読むと、スポーツにおけるリーダー像や組織のマネジメント論が、ビジネスの様々な場面に当てはまることが分かります。
山本 スポーツのチームも企業も、人を育てるという大命題は同じです。ここで言う「人」とはスポーツチームなら「選手」、企業なら「部下」になりますが、どちらも組織にとって大切な財産です。競争社会だから、リストラが必要だから、といった理由で社員を切り捨てるのは簡単ですが、部下の可能性を引き出すのが組織を束ねるリーダーの役割だと考えます。
──部下を育てるということですか?
山本 いえ、そうではありません。講演などでも良くお話をするのですが、私は優秀な選手を育てようと思ったことは一度もありません。努力できる選手を育てようと、心がけていました。
──なるほど……具体的なアプローチはどのようなものでしょう?
山本 仕事で悩んでいるときに、上司から「こうすればいい」とか「こうしなさい」と言われた経験はありませんか?
──あります。
山本 ほとんどの人が一度は経験したことがあると思いますが、上司に言われたとおりに行動するよりも、自分で考えた末の行動のほうが意欲を持って臨めますよね? 自分の意思でやることは疲れません。部下を持つ立場にある人間は、「こうしたほうがいい」と答えを提示するのではなく、「どうしたらいいと思う?」と問いかけるべきでしょう。
──部下に考えさせるわけですね。
山本 上司と部下という立場が表に出た組織の統率は、20世紀までのやり方だと私は考えています。企業は終身雇用を保証できなくなっていますし、転職が当たり前になっています。現代の若者気質を踏まえても、権力で抑えつけるようなコミュニケーションは成立しません。そうではなくて、部下が能動的に仕事に取り組める環境作りが大切でしょう。「こうしたほうがいい」と教えるのではなく、「どうしたらいいのか」を部下自身に考えさせる。そのために、上司の「問いかけ力」が問われます。
──部下が正しい答えへ辿り着くために、上司がうまく誘導していくということですね?
山本 上司が良い質問をすると、組織内のコミュニケーションは円滑に、活発になります。私自身の経験でも、ミーティングが予定の時間をオーバーすることがありました。必要以上に時間をかけるのは良くありませんが、選手同士の意見交換が熱を帯びた結果なので、こちらからストップをかけるわけにはいきません(苦笑)。選手たちは時間を忘れて、熱心に話し合っていました。まさに、自分の意思でやることにはストレスを感じない状態です。
──『勝つ組織』の共著者である佐々木則夫さんも、「問いかけ」を意識しているとお話していますね。
山本 部下との会話が盛り上がらないというのは、上司にとって悩みの種ですよね? ジェネレーション・ギャップがあるので、趣味や流行の話題をしても噛み合わない、と。とくに女性の部下をお持ちの上司は、頭を悩ませることが多いのではないでしょうか。
──共通の話題を見つけることが、なかなか難しいと感じます。
山本 会話のキャッチボールをしようとするから難しいのであって、ある程度は聞き役に徹したらどうでしょう? なでしこジャパンの選手たちも、グラウンドを離れれば若い女性たちです。佐々木さんとは30歳以上も離れている選手もいます。それでも、佐々木さんが彼女たちとスムーズにコミュニケーションをとっているのは、まさに聞き役となっているからでしょう。
──聞き役にまわることで、部下とのコミュニケーションをはかることができるというのはそのとおりだと思います。では、仕事でミスをしてしまった部下との接し方で、気をつけることはありますか? あるいは、ミスによってモチベーションが下がってしまった部下の気持ちを、組織へ引き戻す際に注意することは?
山本 サッカーでもビジネスでも、ミスは起こりうるものだと思います。問題はミスの原因です。積極的なトライをした結果なのか、個人的な不注意によるものなか、それともミス・コミュニケーションによるものなのか──。原因は様々でしょうから、それに応じた対応が必要になります。積極的なトライをした結果であれば、前向きな努力があったことになります。残念ながら成果をあげられなかったとしても、そこに至る努力に着目すべきでしょう。小さな努力を見逃さずに評価する。そうした上司でありたいと思います。
──『勝つ組織』というタイトルがついていますが、山本さんや佐々木さんのお話からは、「勝たせなければいけない」という力みが感じられませんね。
山本 我々が共通して大切にしているのは、以下の三つに集約されます。部下の声に耳を傾ける。部下の能力を認める。部下に最高の環境を提供する。具体的には、部下と一緒に汗を流し、悩み、大きな夢を描くということです。組織の先頭というのがリーダーの立ち位置ですが、21世紀に求められるのは一人ひとりの個性を尊重し、それによって組織全体を輝かせる調整型のリーダーでしょう。上司という立場を利用して部下を牽引するのではなく、部下への心配りや優しさ、人間としての誇りに訴えかけていきたいと、私は考えています。
──山本さんの次回作を期待しております。本日はどうもありがとうございました。
山本昌邦
サッカー解説者1/2004年アテネ五輪代表監督
1958年生まれ。国士舘大学卒業後、ヤマハ発動機サッカー部(現ジュビロ磐田)でディフェンダーとして活躍。日本代表にも選出される。現役引退後は20歳以下日本代表のコーチと監督を歴任し、1998年から2002年まで日本代表コーチを務め、2002年日韓ワールドカップのベスト16入りに貢献した。04年のアテネ五輪では、23歳以下のチームを率いた。その後はジュビロ磐田の監督を務め、現在はNHKサッカー解説者として活動。ビジネスマン向けの講演も多い。
問い合わせは株式会社SOMEDAY Tel 03-5444-8080
Text:Kei Totsuka
Photos:Kiyoshi Tsuzuki
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