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Ryu Murakami

村上龍

小説家

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確信を持てる挑戦などない

1976年、24歳で鮮烈なデビューを飾って以降、尽きぬエネルギーで次々 と衝撃的な作品を生み出し続けてきた村上龍氏。押しも押されもせぬ人気作家でありながら文壇にとどまらず、映画監督、TV番組のインタビュアー、音楽イベ ントのプロデューサーなど様々な場を持ち、多面的な活動をしている。その真意は? そして、村上氏が関わり続けているキューバへの思いとは。作家、村上氏 にとっての挑戦とは?

●キューバへの思い
金銭的利益以外、何に価値を置くか?

「RYU’S CUBAN NIGHT」は回を重ね、また毎回盛況ですよね。11月にビルボードで行われたライブでは、ファウストのメンバーも楽しく過ごさせていただきました。村上さんは作家という枠にとらわれず、プロデューサーとしても活動なさっているわけですが、そもそもこのキューバ音楽のイベントをやろうと思ったのはなぜでしょう?

RYU'S CUBAN NIGHT @ Bilboard Live Tokyo

これを話そうと思うと30分くらい話さなきゃいけないんだけど。まあ、ものすごく乱暴にまとめると、僕自身もキューバにあれだけ素晴らしい音楽があると知らなかったので、驚きがあったんです。そして、彼らは音楽家としてすごくレベルが高いのに、国が貧しいから音楽家も貧しくて…もちろん他の国に比べるとそれほど貧しくはないんだけど、そこで自分にできることがあるかなと思って。最初はたまたまという感じだったんですけどね。最初は僕の友人たちの代理店、ラジオ局、出版社とかの人に声をかけて。みんなキューバに行って生で聞くとびっくりするんですよね。そうしているうちに協力者も増えて、最近はそれほど重荷になっていないですけどね。

最初は重荷、御苦労もあったわけですね?


最初のころはスポンサー探しとかが結構大変でしたよね。

キューバに滞在して現地の方々と関係を築く間に、この地に貢献したいと思うようになったのでしょうか?

『KYOKO』という映画の撮影で滞在していて、その間にたくさんのミュージシャンを知ったのがきっかけですよね。でも僕はキューバに貢献しようとかいう思いでは全然なくて。自分が知っている凄くいいものは人にも薦めたいタイプなんです。「あの映画いいよ」とか、「この本は面白いよ」とかね。で、キューバの音楽もまさにそう。小説家って自分が知っている他の人が気付いていない情報を作品の中に織り込む、ということをやっているだけなので、だから、そういった意味ではこのイベントでも同じようなことですよね。

キューバに惹かれる理由は、歴史的な興味もあってのことですか?


僕の場合はまず音楽からですね。

CUBAN NIGHTで「リーマンショックとか世間では言っていますけど、そんなこととは関係なく彼らはずっとこうしてきたし、これからもそうだろう」と仰っていましたね。

僕がキューバの音楽が素晴らしいというのはその言葉通りで、そこに文化的な、歴史的な背景とかを入れるのはよくないと思うんです。単に、声がいいとか、演奏の能力が高いとか、踊りが上手いとか、そういうことが素晴らしいんであって、それ以外に意味はないんです。いい音楽に経済状況とかそういったことは関係ない。

ステラボールで行われたキューバンナイトではフロアの皆さんも踊っていて、本当に盛り上がって楽しいひとときでした。まさに、経済的なことと関係ない「人間にとって大切なものや、幸福な瞬間」といったことを体で感じさせられた気がします。

幸福って曖昧で、定義もはっきりしていないですから、何にいちばん幸せがあるのだろうとか、そういうことを考えるより、自分にいちばん気持ちがフィットしたり充実したり、刺激的なことを、何かを始めることですよね。僕は「何が幸福か」とか考えなくていいと思うんです。「自分は何に一番充実感があるのか」ということを考えればいい。僕で言えば、そんなことを考えているより小説を書く方が早い。自分が何をしているときがいちばん充実感があるかということを、それだけを考えればいいと思うんです

「幸福」を考えない。

ひとりひとりに幸福というのがあって、それはひとりひとり違うもの。でも、なんとなく「幸福」というもの、「最大公約数的な幸福」というようなものがあって、それを求めなければいけない、という状態の方が怖いですよね。本当の豊かさ、本当の贅沢、本当の幸福、そういう文を僕は書いたことがない。それは読む人が、こういうことを贅沢というのだろうなとか感じることがあったとしてもね。僕自身「今、自分は幸福だ」と感じることもないです。充足した時間はありますよ。それに例えば、この料理は旨いな、とかそういうことを思ったとしても、それは単に旨いというだけで、「幸福」とは違いますよね。

——確かに「幸福」という言葉は日々安易に使われ、消費されている。知らず知らず入り込んでくる「幸福というイメージ」は、自分のものではなく誰かのもので、それを求めることは恐ろしく空虚だと皆が気が付き始めている。自分自身の好きなことを追求して、そしてきっと、それでも永遠に幸福と満足を得ることはないのだろう。しかし鮮やかな軌跡は残る。それはファウストの求める人生そのものではないだろうか。
 

音楽にしても、革命の歴史にしても、医療や教育などの国の制度にしても、最近キューバという国がとても気になります。2007年にはチェ・ゲバラ没後40周年、2009年は革命50周年という節目の年が続き、映画が話題になっていることもありますが、チェ・ゲバラが再び、若い世代の注目を集めていることを、どのように感じられますか?

ゲバラの人気の6割くらいはロマンチシズムだと思うんですよ。ただ今回ソダーバーグが作った映画はものすごく良くできていて、それはロマンチシズムというよりも…結局今、去年のサブプライム問題やリーマンショックがあったあたりから、「経済活動においても金銭的利益以外のどこに価値を置くか」ということを皆考え始めていると思うんです。ある人は環境だと言うかも知れないし、ある人はフェアトレードみたいな公正さ、と言うかも知れない。とにかく「お金儲けだけやっているという人はもう格好悪い」という感じになってきている。金銭的利益だけじゃなく、どこに価値を置くかということを考えている人は多くなってきていると思うんです。そういう時にチェ・ゲバラの生き方というのはすごく胸を打つものがあるんじゃないかな。

村上さんご自身もゲバラには特別の思い入れがあると思うのですが、映画をご覧になっていかがでしたか?

映画に関しては、ものすごく感動したので、簡単に感想を言うことができないです。後半(『39歳 別れの手紙』)の方は、辛くて見ていられなかった。

映画『チェ 39歳別れの手紙』より (C)2008 Guerrilla Films,LLC-Telecinco Cinema,S.A.U. All Rights Reserved

———主演のベニチオ・デル・トロとスティーブン・ソダーバーグ監督が7年の歳月をかけて綿密な取材を重ね、ゲバラの姿を忠実に描き出した2部作の映画『CHE』。愛と自律をもって死の間際まで革命家として戦い続けたゲバラの姿に、村上氏は自らの思いを重ね合わせたのだろう。アンフェアなことに鋭敏に反応し、暴きだし、曖昧さを否定し、臓腑の底から湧きあがるような本能やエネルギーや怒りを掘り起こし、常にギリギリで戦ってきた、それが村上龍という作家なのだ。

●村上龍の挑戦
確信を持って挑戦する人はいない


ファウストは「鮮烈に生きる」という言葉をキーワードにしているのですが、村上さんはまさに「鮮烈に生きる男」。作品からもほとばしるようなものを感じます。そんな村上さんが、これまでの作品の中で最も挑戦、冒険的だったと思うものは何でしょうか。

それはもう『半島を出よ』です。

それは取材が困難な状況だとか、テーマの大きさが挑戦的だったということで。

北朝鮮のコマンドを語り手にするというのは、挑戦とかいうレベルではなく、ほとんど無謀な試みなので。それは…やっぱり一番チャレンジャブルだったと思いますね。

 

その挑戦の最中に何か恐れを抱いたことはありましたか?

恐れは抱かないんですけれど、何かこう、矛盾した感じで始めるんですよね。絶対無理だなあというのと、なんとかするだろうなというのと。常に矛盾した精神状態で書かなきゃいけないんですよ。書けるとも思えないし、書けないとも思わない。

エッセイ(『ハバナ・モードすべての男は消耗品であるVol.8』)の中でもその時の精神状態について「でもどうにかなるだろう」と書かれていましたね。

そうですね。挑戦というのは皆どっちかに傾いてやるんですよ。本当にチャレンジャブルなことというのはどっちの精神状態もある。「できない」というのと「いや、なんとかするだろう」という思いが同時にあるんです。自分にそう言いきかせなければならない時もあるんでしょうけれど、「絶対にできる」と言って挑戦する人なんていないんじゃないかな。

極限のせめぎ合い。偉業と呼ばれるものや、リマーカブルな作品はそういった緊張感の中で生み出されていくのでしょう。そんな中でも「絶対できる」と信じるポジティブな精神力と思考回路を持っている人が、冒険家やアーティストに限らず、例えば実業家として活躍している人にも多いように思えます。どんな状況にあってもポジティブに考える力のある人が、何かを成し遂げていくというか。

経済人でも成功している人は必ず「絶対なんとかなる」というのと、「今のままじゃ駄目だ」というのを両方持っているんですよ。だからその人がエッセイを書いたりインタビューで話したりするときには、そのどちらかで話すと思う。でも「絶対なんとかなる」という確信を持ってしまうと、もう考えなくなるんですよね。物事を疑わなくなる。だから確信を持っている人なんて絶対にいないと思いますよ。

小説家への冒険や挑戦ということではどうでしたか? 大学在学中に処女作『限りなく透明に近いブルー』を書いたときはどんな気持ちで書き始めたのでしょう。

それは冒険でも何でもないですよ。だってそれしか生きていく方法がないんだもん。
サラリーマンという設定を最初から除外して生きてきたので。大学もちゃんと卒業できないだろうし、もうすぐ仕送りも止まっちゃうかも知れないという状況で。そんな時『群像』の新人賞募集を見て、それまで書きためていたものをまとめようと思ったわけですけど。

作家になりたいという思いがあったわけではなかった?

全くないですよね。何になりたいというものもなかったというか、「何か」になりたいとは思っても、サラリーマンにはなれないという強迫観念みたいなものがあると、なれるものが限られちゃうんですよね。

『13歳のハローワーク』でも作家になったいきさつと、好きなことを仕事にしようということを書かれていましたね。「人間としてもかなりやばいことをやりながら」過ごしていた、と13歳向けに書いてしまうところが相当面白かったのですが。
よく「作家は人間に残された最後の職業」と言いますが、それでもずっと書き続けていくことに対して、途中で「もうやめてしまおうか」と思ったことなどはあるのでしょうか?


ありませんね。

書くエネルギーやモチベーションを保ち続けることに苦労はなく、常に興味の対象があると。

モチベーションを保つのに苦労することはないですよね。興味というより、とにかく何かで食っていかなければならない。そして一番自分に向いたことというか、飽きないことで食べて行ってもいいわけですよね。そうすると好奇心も持続する。

作家という職業は村上さんにとって?

他の仕事は僕よくわからないので。結局僕がテレビのインタビュアーとか番組をやっているのも、小説家として得た情報とかブランドでやっているようなものだから、最優先事項ははっきりしていますよ、「小説を書くこと」という。

 

書き方も文体もどんどん変わっていきますよね。初期の頃と、例えば『五分後の世界』などで冷静に情報を組みたてていくものと、その後も…。

脳の状態が変わってくるんですよ、脳細胞がどんどん死んでいくので。日々何個死んでいくって言ってたかな。水割り一杯で1万個とか死ぬわけでしょう? だからランボーやロートレアモンのような非常に象徴的な作品は、絶対若い時でないと書けないですよね。『限りなく透明に近いブルー』だって24歳の時でなきゃ書けない。『コインロッカーベイビーズ』だってそう。あれは27、28歳の時ですけど、その頃の脳でなければ書けない。どうしても言葉のひらめきみたいなものが遅くなってくる。コンピュータに例えると若い頃はメモリも新鮮でビシビシ積んでいるのだけど、HDの容量は少ないんです。データがない。年取ってくるとメモリは古くなって演算スピードが落ちるけど、その分データは豊富になってくる。書き方も当然それに応じて変わってくると思うんですよね。文体も少しずつ変わってくる。

今後、最も挑戦したいことはどういったことですか?

あまり先のことは考えていないんですよね。今とにかくやっていることの質をなるべく上げるということしか考えていない。…僕よく分からない、なぜみんな将来のことを聞くのかなあと思うんですよね。「次回作は何ですか」とかね。『半島を出よ』のときにも書き終わった瞬間に「次回作は?」って聞く人がいて、殴ろうかと思った。「せっかく書き終わったのに何言ってんだ、この人は」と思ってね。来年の計画は、とか、なんで先のことを聞くのかなあと思うんですよね。現在の興味の対象は、小説がメインなので小説を書くためのことですよね。興味というとちょっと違うけど、追いかけていることは、現在取り組んでいる『群像』や『文学界』に連載中の小説に書いていること。
 

皆仕事以外に打ち込むことを持っていて、それを「趣味」と呼ぶのだろうが、私には趣味というようなことをやっている暇はない、とも仰っていましたね。

そうなんですよ。趣味と呼べるものがないので、最近困ったなと思っているんですよ。ただ、僕の周りにはみんな趣味がない人ばかりなんですよ。(クリエイティブ系に限らず)経営者とかでも趣味がない人多いですよ。

仕事が趣味、というような。


「仕事があって、趣味がある」というのが、はたして一般的な普遍的なものかどうか、ということに凄く疑問がありますね。リフレッシュするための何か、というのはわかるんだけど。例えば、スキューバダイビングをしにタヒチに行きますとかって、皆さん答えるわけでしょう? それは趣味じゃないもん、リフレッシュに行くんだもの。

旅は?かなりいろいろなところに行かれてますよね?

最近、旅に行くのがそんなに好きじゃないんだとわかってきたんですよね。全く知らない国に行くのは好きなんですよ。でもその間に飛行場に行ったり、チェックインしたり、ホテル行ったり、それがなんだか面倒で。取材でもプライベートでも結構いろいろな所に行きますけど、「旅行」みたいなことが好きじゃない。

村上さんの好きなキューバで言えば、「今ハバナ・モードとでも呼べるような状態でこれを書いている」と『ハバナ・モード すべての男は消耗品であるVol.8』の書き出しにありましたね。ホテルのテラスでモヒートを飲んで、どこからともなく哀愁の音楽が流れてくる、そんな「ムード」に浸りに行くのではないと。

キューバはずっと好きで今も行くんですけど、僕よくわからないんですよね。たとえばラッフルズホテルでシンガポールスリングを飲んで、「なんかいい感じ」とかね。
「ここでいろんな人がシンガポールスリング飲んだんだね」とか言いながら、本場で、ここで生まれたというカクテルを飲んで喜んでいるような雰囲気。

確認ですよね。既に持っている情報をその場で実際体験して、ああ、こういう味ね、こういう感じねって確認する作業というか。

僕も飲んだりすると思いますけど、30分で飽きますよね。

ヘミングウエイがここでモヒートを飲んだんだ、とか。

僕も友人をキューバに連れていくと言いますよ。「お前の座っているその席でヘミングウェイがモヒート飲んでいたんだぞ」なんて言うと、そのたびに皆「おおお!!」とかって凄く感動するんですけどね。

誰かを案内するたびに同じことを言ったり。

でも、ムードに浸るというのはないんですよね。ムードに浸るというのはなんか「なぞっている」と思うんですよ。そりゃ、ビーチも綺麗な所で潜ったりするとやっぱり気持ちいいい。僕もスキューバダイビングをよくやっていたので好きですけど、きれいな海に魚がいて時間があれば潜るし、ビーチに寝転んだりすると気持ちいいですけど、それはただそれだけ。すぐ飽きちゃうんです。

何度でも行きたいと思ったのはやはりキューバですか?

そうなんですよ。趣味と呼べるものがないので、最近困ったなと思っているんですよ。ただ、僕の周りにはみんな趣味がない人ばかりなんですよ。(クリエイティブ系に限らず)経営者とかでも趣味がない人多いですよ。

仕事が趣味、というような。


キューバでなければあの音楽は聞けないですからね。だからそれは行かなければいけない。でもやっぱり飛行機が嫌ですね。

村上さんが熱くなる瞬間や、熱くなるものって何でしょう、いつもクールな印象ですよね。

小説を書くコアなモチベーションはホットなものですよ。でも、クールじゃないと書けない。小説を熱く書く人なんていないでしょう。熱くなっちゃうと言葉も浮かんでこないし。

村上さんと仕事の内容は切っても切り離せない、小説を書くから村上龍なのであって、それがなくなったら村上龍ではない、ということでしょうね。

まあ、たくさん書いていたから、今はそんなに杓子定規には考えていないですけどね。でも小説を書いていたらいいかっていうことでもないです。僕は飽きっぽいので、金太郎飴みたいなものを書いているのは嫌ですよね。もちろんひとりの作家だからテーマはあまり変わらないかも知れませんけど、文体とか物語の構造とかはそれぞれ違うし、そもそも同じことをやるのが好きじゃなんですよ。だから、ただ小説を書いていればいいというものではない。「この前もこれ書いてたな」みたいなものを書くんだったら、もう書かないほうがいいかも知れない。

まさに、挑戦し続けている。では村上龍とはこうであるという定義、目指すものはご自分でありますか?

そんなもの考えたこともないです。「自分」とかはどうでもいいんです。作品が大事なんだから。どういう作品が作りたいというものはあっても、10年後、 20年後こうなっていたいとか考えたこともない。そんなに自分の将来を考えてたりしている人がいたら、僕は気持ち悪くて会いたくないですね。どんなに立派な人に会っても作品が馬鹿みたいなものだったら…。だから「自分をどうしたい」とか考えるのはよくわからない。目は開いているわけですから、ことさら「何に目をむけるべきか」なんていうことも考えなくていいんじゃないかな。

———誰もがオンの時には、こういったぎりぎりの挑戦をしていると思う。閉塞した社会だろうが、世界恐慌が起ころうが、とにかく前に進まなければならない。明日のことなどどうして考える必要があるのか。心配してどうなるのか。夢を語ればその夢は叶うのか。人の挫折した話なんか聞きたいのか。そもそも挫折って何だ。そんなもの俺には関係ないし、在ったとしても語る必要もない。ファウストたちにも覚えがあるだろう、そんな声が聞こえてくるようだった。

Data

JMM(Japan Mail Media)

http://ryumurakami.jmm.co.jp/
『カンブリア宮殿』(テレビ東京)

http://www.tv-tokyo.co.jp/cambria/
現在講談社『群像』にて『歌うクジラ』を、文芸春秋『文学界』にて『心はあなたのもとに』を連載中。

『チェ 28歳の革命』公開中 『チェ 39歳別れの手紙』1月31日より公開
http://che.gyao.jp/

Profile

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Ryu Murakami
村上龍

小説家


1952年長崎県佐世保市生まれ。
1976年、武蔵野美術大学在学中に『限りなく透明に近いブルー』(講談社)でデビュー。
同作品で第19回群像新人文学賞、第75回芥川賞を受賞。以降数多くの話題作を発表し続けている。
主な作品に『コインロッカーベイビーズ』(講談社1980年・第3回野間文芸新人賞)、『69』(集英社 1987年)、『愛と幻想のファシズム』(講談社1987年)、『イビサ』(角川書店1992年)、『五分後の世界』(幻冬舎1994年)、『インザ・ミソスープ』(読売新聞社1998年・第49回読売文学賞)、『共生虫』(講談社2000年・第36回谷崎潤一郎賞)、『希望の国のエクソダス』(文芸春秋 2000年)など。財政破綻した近未来日本を舞台にした渾身の作品『半島を出よ』(幻冬舎2005年)では第58回野間文芸賞、第59回毎日出版文化賞を受賞。『トバーズ』『KYOKO』などで映画監督も務めている。
99年から金融経済を中心に扱ったメールマガジン「JMM(Japan Mail Media)」を主宰。エッセイ、テレビ番組などを通し、経済・社会問題に関する投げかけを積極的に行い、中学生へ向けた職業案内『13歳のハローワーク』はミリオンセラーとなる。
キューバのミュージシャンの日本公演「RYU'SCUBANNIGHT」や、キューバミュージシャンを追った映画『ポプラル!』のプロデューサーとしても活動。

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