捨てられている「振動」を、電力に変えていきたい
日常の生活の中で、知らぬ間に発している音や振動。それらを電力として活用する。そんな挑戦を続けているのが、株式会社音力発電の代表、速水浩平。
現在も研究者として開発を続けながら、究極にクリーンな発電を目指す彼の技術は、今や国内外を問わず、熱い視線を向けられている。311東日本大震災を通して、今、新たに電力との関わり方について再考を求められている日本において、彼の挑戦は、なお一層の期待が高まる。彼が考える21世紀型のエネルギー利用とは……
子どものころの発想を発明へとつなげる
緑に囲まれた長閑な田園風景が広がる慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス。その敷地内にある慶應藤沢イノベーションビレッジに速水浩平が代表をつとめる株式会社音力発電がある。従業員7名の小さな会社だが、多数の企業からアクセスがあるという。
速水が試みているのは、音や振動による発電。その発想の原点は、幼いころの記憶にある。
「小学校のときの理科の実験で、発電すれば、モーターが回って、モーターが回れば発電するというモーター発電機の仕組みを知りました。なるほどそれならば、電気で音を出せるスピーカーも同じように、音によって電気を発生させることができるのではないか……そう思いついたのです」
速水少年のそのアイディアは、成長していく中でもずっと頭の片隅に住み続けていた。そして大学に進学してから、その発想をもとに研究を始めた。最初はすぐにできるだろうと考えていた。だが、たしかに電気は発生するが、その電力はごく微弱なものにしかならならず、思っていた以上に難しい。周囲からも「音を使った発電機なんて絶対に無理だ」と言われていた。
「しかし、何を言われても、不安に思ったことは全くありませんでした」
速水ははっきりと言う。
「一つの実験を行って失敗したら、次の実験を行うだけ。その失敗を通して、また新たに実験が思いつく。成果はまだ上がっていないけれど、それはまだ研究の途上にあるからだと考えていました。試してみたいことがある限り、諦めるという選択肢はありませんでしたね」
そして繰り返し実験するうちに、少しずつ発電力は上がってきたのだ。
やがて、一つの考えに思い至る。
「音とは、即ち振動である。それならば、振動によって発電することもできるのではないかと、気付いたのです」
そこから、「音力」だけではなく「振動力」に注目。すると世の中には至るところに振動があることに気付いた。人が歩くとき、車が走るとき、風が吹くとき……その全てが利用できる可能性がある。その時から速水の研究は加速し始める。
未来への可能性を秘めた発電機
速水は「振動」というキーワードから、次々にこれまでに存在しなかった発電機を開発してきた。
その一つに、「発電床」がある。その名の通り、発電する床だ。目安としては、60kgの人が発電床を軽く踏みながら通ることにより瞬間的に0.1~0.3Wの電力を生じる。この発電床は、既に実用化に向けて試験導入が行われている。たとえば、オフィスフロアの廊下。停電時でも、踏むだけで明かりが点灯し、非常階段への誘導灯になっている。また、水族館や大型商業移設などでは、人が通るたびに美しいイルミネーションが点灯。電力消費を抑えながら、楽しませてくれる。さらに、来年以降には大手タイルメーカーと共同開発で、タイルとして市販される予定だ。
さらに車が生む振動、風の力も利用した発電機がある。道路施工会社と共同で、道路に「発電床」を埋め込む実験を行っている。また、日常生活の中の小さな振動もエネルギーになる。たとえばリモコンのボタンを押すという操作もまた、人が生み出す振動の一つだ。それをエネルギーに転換するのが、「振力電池」。これによって電池のいらないリモコンを作ることができる。
これらはさらに大きな可能性を秘めている。
エネルギーへの新しい一歩
311の震災後、福島第一原発の事故や、計画停電などの問題に直面している。その経験を通して日本ではエネルギーに対する意識は大きく変化しつつある。もちろん、これまでも、地球温暖化対策からCO2削減のためエネルギーハーベスティング技術は注目を集めてきた。しかし現在はより切実に、安全でクリーンな電力利用が求められている。
速水自身も、この震災で電力について改めて思いを巡らせた。
「オフィスの周辺は計画停電の区域に入っており、夜の停電では辺りが真っ暗になりました。それでも私たちは暮らせていた。そう考えると、もしかして今まで電気を使いすぎていたのかもしれないなあ……と」
しかし、速水にとって節電は必ずしも便利さや文明を手放すということと同義ではない。LEDや、電力消費の少ない家電など、技術の進化とともに便利でありながら電力の消費を少なくする方法は増えている。
また、石油などの化石燃料や原子力に頼らないエネルギーを生み出す方法も発展している。その中には風力や水力、太陽光やバイオマスなど、さまざまな形が存在する。その中でも速水が振動力にこだわるには、そこに大きな魅力があるからだ。
「振動力は、人が活動しているところには必ずあるものなのに、これまで利用されませんでした。歩くこと、車で走ること、スイッチを押すこと、そのどれもが私たちの暮らしに大きな負担にはなりません。そして、どこにでもあるからこそ、日常生活に溶け込みやすい技術なのです」
人々が当たり前の生活を営む過程で生じる振動のささやかなエネルギーを、電気として利用できるのだ。
「これまでの新しい商品、新しいサービスは、同時に消費電力を増やすものでもありました。つまり、便利になり社会が発展するほどに電力は使われる、まさに負の連鎖だったのです。しかしこれからは違う。新しい商品、新しいサービスのなかには、消費電力を減らすばかりか、消費者自らの力によって、個々で必要な電力を賄うことができるものがうまれてくると思います」
エネルギーと社会の関係性が、これまでとは全く違うものへと変化していくと、速水は考えている。
「日本にはそれを実現するだけの技術力があります。振動のエネルギーを様々な場面で利用するということは、遠い未来の話ではありません。私はいずれこの技術で日本の産業の一端を担えればとても幸せなことだと思っており、今はまだ夢ですが、少しでも実現に近づくよう努力していきたいと考えています。そして、新しい電気との関わり方を世界に広めていきたいですね」(敬称略)
株式会社 音力発電
http://www.soundpower.co.jp/
速水浩平
株式会社音力発電 代表取締役
1981年、栃木県生まれ。慶応大学環境情報学部卒業後、同大学院政策メディア研究科に在学中の2006年9月に株式会社音力発電を設立。ビジネスコンテストでの表彰や新エネルギー賞など数々の賞を受賞。音力、振動力などを用いた発電を開発し、多方面から注目を集める。
Text: Sayako Nagai
Photos:Kiyoshi Tsuzuki
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