灼熱のマレーシアを激走!
「24時間耐久レース」は終わらない
K4GP-2011 Sepan 24Hours Endurance Race in Sepang
「24時間耐久」-その言葉は、まるで男たちを誘う囁きのように聞こえる。
2011年2月、ファウスト・メンバーの一人である加藤仁が率いるチーム「Club Zone Rouge(クラブ・ゾーン・ルージュ)」は、マレーシア・セパンサーキットで開催されたK4GPに参戦した。「海を越えた異国で、モータースポーツという趣味を楽しむ」―そんな男たちを追ってみた。
男とクラブとK4GPと
まずはチームを主宰する加藤仁である。車が好きで走ることが好きな加藤は、愛知県で医療法人の理事長を務める。青春時代は日本のモータースポーツ創世記と重なり、自らもジムカーナやラリーに参加していたが若い頃に憧れていたルノー・アルピーヌを中古で手に入れてからは、その魅力の虜になってしまう。
自ら仲間を集めクラブ「Club Zone Rouge」を主宰し職場の車好きや、レースで知り合った新しい友人たちとイベントやレースに参加、現在まで至っている。今回のゲストの藤田一夫や堀主知ロバートはレースを通じて知り合った仲間で、堀とは国内外のクラシックカーレースにアルピーヌで参戦した経緯がある。
そんな加藤が第1回大会から10年間、参加し続けているアマチュアレースがK4GPである。
K4GPは軽自動車のエンジンを搭載した車両で競うエコランのような耐久レース。JAF公式戦ではない、いわゆる「草レース」で、仲間や家族と休日を楽しむサンデーレースだ。現在は年2回ペースの開催だが、2年に1度、マレーシアのセパンで耐久レースが行われる。日本国内では24時間のレースを騒音の関係から開催できないため、このセパンK4GPだけが、国内主催者の24時間耐久として、多くの趣味人(プロドライバーも含め)を集める大会となっている。
K4GPを、エコラン「のような」耐久レースと呼ぶには理由がある。
エコランは一般的に燃費性能を競うのだがK4GPでは規定燃料での到達距離、サーキットでいえば周回数を競う、あくまで「速さ」を競うレースであることだ。資金力で差のつきやすいマシン能力に燃料制限を加えることで、チーム間の均衡を図り競技そのものを楽しくしている。一般的に速いマシンは燃費が悪く給油回数増によるロスタイムがハンデになるようになっている。
また、K4GPを語る上での欠かせない特徴がゆるやかなレギュレーションからくるマシンの多様性である。安全のために最低限必要な規則・基準があるだけで、マシン製作に関しては参加チームの信頼関係で成り立っている。そのため、市販軽自動車から往年のレースカーのレプリカまで、ユニークな車両が混在してサーキットを疾走する。「Club Zone Rouge」のマシンも往年のル・マン24時間を走ったアルピーヌM63のレプリカだ。
アルピーヌM63ビバーチェとは?
今回セパンを走るアルピーヌM63ビバーチェの原型となっているのは、1963年ル・マン24時間レースを走ったアルピーヌM63。当時、ルノーのチューナーでレースマシンを手がけていた自動車会社アルピーヌが、ル・マンに初めて挑戦した車がM63で、8台が製造され、その中の1号車を加藤は所有しており、昨年のル・マン クラシックで完走を果たしている。
今回走るレプリカマシンは、そのM63から直接型取りしたファイバーボディを、レース専用車であるビバーチェの上に架装してある。フレームはケージ型形状の鋼管スペースフレームで、エンジンはスズキのK6Aを搭載する。2008年10月から製作の準備を開始し、2010年7月に完成、10月には富士のK4GPでテストを行い、年が明けたセパンでの本番を迎えることとなった。加藤のアルピーヌへ対する「こだわり」に共鳴したビルダー達が作った渾身の作品だ。
レース準備~レース前日まで
海外レースというと国内レースに比べ敷居が高い。輸送や通関手続きなど個人で参加する場合は、慣れた人でも手間ひまがかかるものだが、K4GPでは主催者側がすべてをパッケージング。参加者は最小限の人的・金銭的負担だけで済むようになっている。マシンについては船便の手配がセットされ、個人についてはタイアップする旅行会社でのツアー選択が可能。走るために必要なライセンス講習なども、当日現地で行える。
「Club Zone Rouge」ではレース前日の金曜日入りスタッフと、搬入が必要な木曜日入りスタッフに分かれマレーシア入り。木曜に現地入りしたスタッフは金曜日の午前中にサーキットで、コンテナからマシンを降ろしピットに搬入。夜には当日マレーシア入りしたメンバーとホテルで全員ミーティングを行った。
ミーティングでは給油方法やそれぞれの持ち場確認、諸注意などが行われ、最後にメカ長の志村からエンジン回転数についてのチェック
「リミッターは6500rpmだけど、そこまで回さないでね。5500rpmでランプが付いたらシフトアップ。データログを確認すればわかるから、6000rpm超えた人は1回1万円の罰金だよ」
走るメンバーからは、「どうしても抜きたい時は回してもいいんですよね」
間髪入れずに志村は「ダメ」の一言。メンバーから一斉に笑い声が起こる。
集まったドライバー達は総監督の加藤を含め全8名。ここにはFaust RTの堀主知ロバートもゲストとして入っている。ピット&メカにはB.T.Rの志村ら3名。マネージャーにサポートメンバー、ファウストメンバーの応援団、取材スタッフを加えると総勢20名の大所帯だ。
「うちのチームは32歳から64歳の混成チーム。今回のセパンはアルピーヌM63レプリカでの本番レースだけど、若い人達を育てることも目的のひとつ。速さを競うレースだとメンバーが限られてしまうし、セパンを走るなんてめったに経験できることじゃないからね。もちろん優勝したい思いはあるけど、まずは全員で楽しみたいですね」と語る加藤。
サーキットが初めてというメンバーや、初めてレースマシンに触れるというメンバーがいる中で、勝ちを狙いにいく体制でないことは明らか。それでもベースとなったビバーチェは、同じセパンで2年前、Faust RTから参戦、優勝争いをしたポテンシャルあるマシン。若いメンバーが育てば、いつかはチームで……という思いが加藤にはあるのだろう。
レース当日~スタート前アクシデント
レース当日、日本は真冬だが、マレーシアは赤道に近く常夏だ。最高気温33℃、夜でも20℃は下回らない。2月は乾期にあたるが、日中のスコールは必ずといっていいほどある。タイヤは新品と中古のSタイヤ(市販のセミ・レーシングタイヤ)が1セットずつ、雨用のレインタイヤが1セット用意された
レーススタートの6時間前、まだ暗い内にホテルロビーに集合しサーキットへ移動。レース参加者全員によるミーティングが朝7時から始まった。場所はセパン・サーキットを象徴する最終コーナーの観覧席前、エスケープゾーン。レースが始まってしまっては見ることのできない景色を全員で共有しようという主催者側の粋な計らいだ。夜が白みはじめ、7時30分、雲間から朝日がこぼれた。
8時、練習走行の開始だ。8人ドライバーがいるため一人3周と短いが、燃費計算のために中1周のラップタイムを計測する手はず。ところが、OUTラップの次周にピットに戻ってきてしまうドライバーがいたり、クーラーBOXの蓋が開いてドライバーが水を浴びてしまったりと、ドタバタの内に1時間が過ぎてしまった。後半は、レース用ミッションに不慣れなメンバーに対して、「タイムは気にするなよ~、操作を覚えよう!」と指示が飛ぶ。
2時間の練習走行が終わると一段落、マシンはスタート前の給油を行う。コース外に設けられた給油所へ行き、給油口のキャップをひねったところでアクシデントが起こった。ゆるんだキャップが「ポン」と音を立てて飛び、ガソリンが噴出したのだ。幸い消火器を使用する事態にはならなかったが、「Club Zone Rouge」の一人が、腕を中心に右半身にガソリンを浴びてしまった。
原因はキャップにある圧抜きの穴が詰まっていて、タンク内が高圧になり、キャップが緩んだところで一気にガソリンが噴出したのだ。大事には至らなかったが、モータースポーツが危険と隣りあわせであることを実感した瞬間だ。給油中に必ず消火器をもって身構えるスタッフが居ることはダテではない。
笑顔と緊迫のル・マン式スタート
レース前には、耐久レースを盛り上げるための仮装大会が行われた。全チーム参加のコンテスト形式で、それぞれのチーム員が「お馬鹿」なカッコでコース上に並んだマシンの前でポーズをつける。「Club Zone Rouge」の仮装はスパイダーマンだ。時間はたっぷり1時間。マレーシアのテレビ取材も入り、スタート前の緊張をやわらげる。
レースのスタートは、合図とともに仮装した人がコースをはさんだ反対側のマシンに一斉に駆け寄り、ウインド上のシールを剥がしとって開始となる。変則式のル・マン式スタートだ。
正午ジャスト、いよいよ24時間耐久の長い1日が始まる。
8人でドライブするので頭割りすれば一人約3時間となるが、実際は燃料補給のタイミングで、そうはならない。ドライバー割りはスタートから3人がベテラン、次の二人が若手、夕方から夜が再びベテランで、一番辛い深夜が若手という順番。何事もなければ各ドライバーが2~3スティントを受け持つことになる。給油予定回数は13回だ。
スタートドライバーは「Club Zone Rouge」の副会長である鈴木が担当。鈴鹿1000kmレースで優勝経験のあるベテランドライバーだ。並べられた車両間隔が狭かったため、スタートはごちゃつきボディコンタクトはあったものの、無事1周目の混乱を切り抜け、13位で戻ってきた。2周目にはジャンプアップし9位となるが、そこからは8位~12位の間で周回を重ねバトンを繋いでいく。
そして24時間、ゴールの先にあるものは…
レースはスコールあり、スピンあり、パンク・バーストありと耐久らしい展開となる。なかでもピット側を悩ましたのは燃費問題。当初計算していたラップタイムに比べペースが上がらず、燃費が良くなってしまっていた。また、ピットサインを間違えて早く入ってきてしまうドライバーがいるなど、計算上の「捨てガソリン」が出るほどにガソリンが余ってしまったのだ。給油回数も最終的には予定より1回少ない12回で済んでしまった。
24時間という長丁場レースながらコースアウトやスピンしても大事には至らず、大きなマシントラブルもなく順調に進んだ。心配されたスコールも数分間だけ。タイヤもパンクとバーストがそれぞれ1回ずつあったが、最後に残ったレインタイヤで、レース終盤を持ちこたえていた。
ところが、最後の最後、最終ドライバーの鈴木にバトンタッチする時にトラブルが起こった。アクセルワイヤーの不調を修理して走り出すと熱風が室内に吹き出したのだ。シートの後方にあるエンジンルームのフードが開いていたのだが、そのためクールスーツがまったく冷えない状態になり、鈴木は残り1時間30分を暑さに耐えて走らねばならなかった。悪いことは重なるものでレース終了間際にマシンからガス欠症状が出てしまい、残り少ない予備燃料タンクに切り替えての走行となった。耐久レースではゴールラインを切らなければ完走とは見なされないためスロー走行に切り替えるが、鈴木が最後の1周と信じてゴール前を通過した周回にはチェッカーフラッグが用意されていなかった。先頭を走るマシンはまだ後方だったのだ。
それでも残り1周を「亀」走りでこなした鈴木はレース終了直後、その心境を語った。
「右コーナーでエンジンが息つきしてたからヤバかった~。残り半周が本当に長かったですよ。汗でわからないかもしれないけど、ゴールラインを切ったら涙が出てきました。昔、レースで優勝した時以来です」
若手メンバーの一人はレースを振り返る。
「24時間全員で走ったけど、同じ車なのにコーナリングスピードやブレーキングポイントが先輩たちと全然違う。いい経験、勉強をさせてもらった」
また、別の一人はこう言う。
「堀さんのロングランの後に乗ったらタイヤの温まり方が違っていた。現役のS耐を走ってる人って違いますね」
その堀は終盤2時間30分のロングスティントを走っていた。そのことについて聞くと、
「今回のレースは課題を持って、いろいろ練習させてもらった。フォーミュラとハコの違いはあるけど、イメージ通りの走りができてタイムもまとめられたから、毎周サインボードを見るのが楽しみだった」
アマチュアからベテランと呼ばれる人まで、経験の差や思惑の違いを超えたところで集い、楽しむレース。それがセパンの24時間。結果をやたらと追い求めずに仲間がひとつの家族/ファミリーとして過ごす貴重な時間。加藤の言うところの「まずは楽しく」は、実践されたようである。
チームに同行した女性マネージャー、細田の言葉を最後に付け加えよう。彼女は元F1ドライバーのエリック・コマスのマネジメントを務めたこともあるプロ。以下はレース終了直前、インタビューに答えたものである。
「今まではプロレーサーの仕事ばかりだったけど、クラシック・ル・マンで加藤先生に同行して、アマチュアレースの奥深さを初めて知りました。こうやって仲間と楽しむJIN先生の生き方が好きですね」
チーム名:Club Zone Rouge #176
総周回数:411周
総走行距離:2278.173km
順位結果:クラス4位、総合11位
K4GP 24時間耐久レース・イン・セパン2011
日時:2011年2月12日
場所:マレーシア・セパンサーキット
加藤仁(かとう・ひとし)
医療法人の理事長を務める。アルピーヌを愛するレーシングチーム「クラブ・ゾーン・ルージュ」主宰。
Text&Photos:Yuji Takahashi
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