Each Surfing Story Vol.2
ラトビアの世界選手権で知った
泥臭く勝つという哲学
ある時はウインドサーファーとして熾烈なレースを戦い、またある時は経営コンサルタントとして、企業間のさまざまな交渉に粘り強く取り組む。杉浦万正のことを、そんなふたつのステージを生き抜くスマートでタフな現代人と言ってしまうのは簡単だろう。だが本当の彼はもっと不器用で泥臭い。今年、世界選手権(RWC)で入賞を果たした彼へのインタビューから、その真の姿が浮き彫りになっていく。
ラトビアのリエパヤで開催されたRWC(Raceboard World Championship/レースボード世界選手権)の5日目、レ-スコミッティから最終レ-スが行なわれることが告知された。4日間で13レ-スをこなし、杉浦方正の暫定順位は6位。1位から5位の上位グル-プには少しあいてしまったが、6位以降は混戦状態だった。気を抜けば一気に10位以降に順位が落ちる危険性もあった。
「なんとしても6位を死守する」
杉浦は、そう心に決め、JPN15のナンバ-が入ったセイルに風を乗せ、レ-ス海面に出ていった――。
このラトビアでのレ-スまでに、杉浦は北欧から欧州に渡って、計3レ-スに出場した。
まずはフィンランド。メルステンという湖で行なわれた大会には、コースレーサー30名ほどがエントリ-。全8レ-スをこなし、惜しくも2位という成績を残した。その後、フィンランドからオ-ストリアのウィ-ンへ。そこではパトリック(スロバキア)と合流。彼はRWCにエントリ-するレッドブルからスポンサードされている選手。彼のキャンピングカ-に同乗し、次のレ-ス会場があるチェコへと向かう。 ラトビアまでの1400キロにも及ぶ長距離ドライブはこうして始まったという。
「でも、ストレスが溜まってケンカばかりしていましたけど」
いくつもの山を越え、ケンカを乗り越え、ようやくロシコシという湖に到着。しかし、ロシコシカップでのレ-スは無風のためにキャンセル。
「チェコでレースが無かったことは残念でしたが、欧州選手の道具のセッティング方法がチェック出来たので、無意味ではなかったと思っています」
その後は、チェコからポーランドを経由して、いよいよラトビア(リエーパーヤ)へ。現地では、RWCのレ-ス海面で練習しつつ、最終調整として、ウスマ湖で行なわれるUSMAカップに参戦。エントリ-数は50名ほどだが、アジアからの参戦はもちろん杉浦のみ。ラトビアで日本人は非常に珍しいのか、雑誌の取材を受けたり、ラジオにも出演したという。
「現地の人は、初めて見るアジア人に興味津々でしたね。レ-スは5レ-スやって総合3位で終えることができました。次は、いよいよ本番だっていう感じで気持ちも乗ってきました」
自分の勝ち方、勝負に勝つ技術を体得したい
今年のRWC(Raceboard World Championship/レースボード世界選手権)は、6月14日~19日、ラトビアのリエパーヤ(リュパ-カ)で行なわれた。
レースのルールは、非常にシンプル。レース前に告知されたコース図に従い、スタ-トしスクエア型のコ-スを2周する。海面に浮かべた4つのマ-ク(大きな円錐形のブイ)の間隔は風速に応じてショートレグ、ロングレグと設定し直す。、レースには時間制限もあり、トップがフィニッシュ後、20分以内にゴールしないと失格。
エキップメントルールとして、ボ-ドは1艇、セイルは2枚(9.5㎡)、フィン2枚しか使用できない。どんな道具をいくつでも使用していいフルオ-プンの大会とは異なり、RWCはヨットにも似て、選手はほぼ同じ条件下で戦うのが特徴だ。杉浦は会社員なので海外遠征に行くと道具の輸送費だけでも莫大なオ-バ-チャ-ジがかかる。そのため、経済的な側面からも道具制限があることは非常に助かるという。
白い砂浜が続くきれいなビ-チだが、強風のコンディションとなれば景色は一変。杉浦がウスマ湖でレ-スをやっていた時、レ-ス海面では20m/sもの強風が吹き、強風と荒波の中、道具を壊してしまった選手も多数出たという。
今回RWCのレ-スに参戦するに当たって、杉浦にはひとつ大きなテ-マがあった。
「自分の勝ち方、勝負に勝つ技術を体得したいという思いがありました。これは自分の頭の中のイメ-ジですけど、アスリ-トとして努力することと勝負に勝つことはまったく別なことだと思うんです。きっと勝つ技術、勝負の哲学があるはずだと」
ここぞという時に力を出し、勝負に勝つ技術。レースは、力を持っている人が必ず勝つわけではない。
「 “こういう準備と気持ちで試合に臨めば、こうなるはず”という仮説検証を繰り返すことをやってみようと思ったんです。やっぱり自らの極限に挑戦するのは、大舞台でしか検証できないことですから」
5日間の過酷なレースが
スタート
RWCの最終的なエントリ-数は48名。昨年ドイツで開催された世界選手権では、150名もの選手が参戦したが、今年は長引く世界不況のために遠征を取り止める選手が続出。とはいえ、トップ選手は前年同様エントリーしている。やはり結果を出せていない選手には厳しい経済環境のようだ。
レ-ス初日の海面は、2~4m/sの微風だった。スタ-ト付近は、風のいい場所の取り合いで怒鳴り声など険悪な雰囲気になる。なぜならコ-スレ-スではスタ-トが命と言われるほど重要だからだ。だが、欧州の選手はスタ-トよりもスピ-ド勝負に重点を置いているのか、杉浦は無理せず絶好のスタ-ト位置を確保できた。
「これはいけると思いましたね」
1レ-ス目を7位、2レ-ス目を4位で終えた。やれる手応えを感じた。
「微風だと先行逃げ切りという自分の(アジア人の)得意パタ-ンで勝負できる。何より最初に前を走ると心理面で相手に与える影響がすごく大きいんです。得意な風域でいい順位を走って、こいつは走るヤツだって認知させると、相手も遠慮するんです。そうして一度認められるとスタ-トラインにいても前にいけるし、余裕を持てる。ウインドって、すごく精神的な要素が大きいんですよ」。
3レ-ス目を6位で終え、総合で7位。ライバルたちに自分の走りを見せつけ、強く印象付けることができた。だが、2日目は強風が吹き、順位を落とした。3日目は、5m/s 前後の中風で8レ-スは4位、9レ-スも4位と順位を上げた。そして、4日目、15m/s 近い強風の中、4レ-スが行なわれ、13レ-スでやっと7位に食い込むも、また強風のレ-スで結果を残せなかった。
「風が強いと、どんなに頑張って最初のマ-クまでトップで行っても下りのときに抜かれてしまう。強風じゃ小細工がきかないし、彼らは大きな体に任せてブッ飛んで行くんで、どうしようもないですね。しかも、トップ5の選手はオリンピックを目指し、道具のサポ-トを受けているフルタイムレ-サ-。会社員の自分とは背負うプレッシャーや気迫の違い(追い込まれ方が違う)を感じた。でも、6位以降は混戦だったんで、彼らには何が何でも勝ちたいという気持ちが強かった」
耐えることができる人間が最終的に勝利する
ボ-ドやウエアなどのメ-カ-からスポンサ-ドされてフルタイムで活動する選手。彼らは遠征費用なども出て、道具の支給もあり、非常に恵まれた環境でウインドに集中できる。アジア諸国であれば、比較的裕福な日本、韓国、シンガポールなどの先進国以外は、ほとんどが国からのサポートがある。彼らはウインドサーフィンで生計を立て、オリンピックを夢見て、ただそれだけに専念する。しかし、そういう選手は選ばれたごく一握りの選手のみだ。
一方で杉浦は、都内のコンサルティング会社に勤める会社員である。この大会のために会社の有給を消化し、1年前から準備してきた。道具もメ-カ-から支給されるわけもなく、今年に入ってマスト2本、セイル3枚、ボード1本を自費購入した。それぞれ単純に10万円以上するので、それだけでもかなりの支出だ。これに遠征費用などが加わる。
「ウインドのために仕事をしているようなもんですよ」
だから、ひとつの遠征、ひとつのレ-スが真剣だ。RWCはもちろん、腕試し程度のロ-カルな大会でも杉浦にとっては、時間を作り、身銭を切って遠征し、何かしらを得るための重要なレ-スなのである。それゆえ今回は6位内に入って、大会前に自分に課したテ-マをなんとか体得したかった。
「ほんと、最終レ-スが勝負でした。自分の得意な微風ではなかったんですが、強風の中、我慢して走った。10位を越えてしまうと、もう6位は取れないんで……。最終レースは途中まで、7位(フランス)、8位(ルトアニア)の選手に負けていたのですが、そこであきらめて博打に出るわけではなく、冷静に我慢してついて行き、最終マークのマーキングでインコースを抜き去った。最終的に14レ-ス目は7位に入った結果、2レ-スがカット(成績の良い12レ-スの成績で順位を決定)されて、目標の6位に入れた。もう本当にうれしかったですね。何より崩れなかった自分がうれしかった。」
自分の中である程度、思い通りのレ-スができたことで杉浦には、腑に落ちたものがあったという。
「勝つっていうことは、自分を完全にベストの状態に持っていき、いろいろなこと(海面調査、戦略、マインド、タクティクス、ボードスピード&コントロールなど)を完璧に積み上げ、マインドはフロー状態とし絶対的な自信を持って臨んだ結果として得られるものだと思ってました。
でも、実際はそうじゃなかった。もちろん、コツコツと事前準備はしつつも、完璧な状態で臨める試合なんて皆無に等しいし、むしろ試合では常に想定外のことが起こる。そこを前提にその時、いかに自分の心がブレずに耐えて戦えるか。カッコよく勝つことを目指すのではなく、我慢し、耐えることができる人間が最終的に勝利するんだと思います。とくにこのような長丁場のレースではね。今回のレ-スを通して、それが分かったし、少なくとも私は泥臭く我慢する戦い方でしか勝つことのできない人間だと理解しました。
もしかしたら、ベテラン選手となり20代の時の戦い方ではなく、30代としてのベテラン選手の戦い方を知ったということなのかもしれません」
レ-ス終了後、帰国した杉浦はス-ツ姿で走り回り、経営コンサルタントとして企業の経営者と会い、マネジメント改革のお手伝いをしている。同時にそろそろ、次のレース目標を定めようとも考えている。杉浦は、つねに上を目指して挑戦していくつもりだ。
「ラトビアの世界選手権では、めげずにやり終えて6位になった。これからもコツコツやり続けていきます。それが最終的に勝つことに繋がると思うので……」
杉浦は、清々しい表情で、そう言って笑った。
RWC(Raceboard World Championship/レースボード世界選手権)
http://www.raceboard.org/page0174v01.htm
杉浦万正(すぎうらかずまさ)
ウインドサーファー/レースボード級 日本代表
1975年生まれ。1995年、アトランタ五輪の最終選考となる南アフリカの世界選手権に最年少で出場。その後、現役を一旦引退するも、5年のブランクを経て復帰。近年の実績は世界選手権15位(2009)、全日本選手権3位、ドリームカップ1位、アジア選手権4位。そして今年の世界選手権(ラトビア)で6位入賞となった。職業は経営コンサルタント。近年はIFRS(国際財務報告基準)導入をテーマとした数多くの案件に携わっている。
所属:デロイトトーマツコンサルティング(株)
グローバル www.deloitte.com
ジャパン www.tc.tohmatsu.co.jp
スポンサー:Roial www.roial-japan.com/
Text:Shun Sato
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