Vol.38
夜の優しさ
Dubrovnik, Croatia/クロアチア、ドゥブロヴニク
写真家・竹沢うるまが切り撮る“現在の地球”
いま、世界一周の途中。
夏イタリア南部バーリの港から出たフェリーは、夜のアドリア海を東に進む。夜の海はどろどろと闇に溶けて何も見えない。風もなく水面は凪ぎ。そのせいか船が実際に進んでいるのかどうかもわからない。船内でうとうとと眠り、目が覚めると外はもう明るく、船窓の外では入り組んだ湾の向こう側で朝陽が輝いていた。甲板に出て潮風にあたると、海の優しい匂いが鼻をくすぐる。海からそのままそそり立つような岩山が複雑な湾を作り出し、その山の裾野には木々の緑が苔のようにへばりついている。青いはずのアドリア海はその木々を反射して、濃紺の海にどろっとした緑を溶け込ましたような色をしている。その海に突き出すように城塞都市ドゥブロヴニクの旧市街がある。
外から見る限り中の様子は、高く強固な城壁に阻まれてわからない。かつて海洋貿易で栄えた海洋国家ラグーサ共和国の名残である旧市街は、その街並の美しさから多くの大型クルーズ船が寄港し、世界中から訪れる観光客で賑わっている。
陽が沈み、街中のランタンが灯り始める頃、メイン通りを外れ入り組んだ狭い路地に足を踏み入れると、そこは生活のかおりに満ち満ちている。長きにわたって数えきれない人びとが歩くことによって摩耗し滑らかになった石畳に、足早に自宅に向かう街の住人たちの足音が響き、通りに面した窓には洗濯物を取り入れる主婦たちの姿があり、窓から漏れて来る明かりを覗き込むと家族団らんで食事をしている人びとが眼に入ってくる。
その夜の雰囲気は、これまで過ごして来た夜とはまた違う。闇夜にうごめく獣の気配や危険のかおりはそこにはなく、闇の中に温もりがある。ここでは夜は安息の時間帯。その優しい夜の街並が心地よく、あてもなくふらふらと夜の路地を歩き回った。
しかし、夜はいつだって平穏だったわけではない。ドゥブロヴニクは紛争による破壊からその美しい街並を守るために1970年代に非武装化していたのにも関わらず、1991年のユーゴスラビア紛争の際に、多くの砲撃を受けた。その時にはきっと、夜は長くて暗く、暗闇の中に恐怖を内包していたのかもしれない。いまあるこの街の夜の優しさは、こういった歴史的経験に基づいて生まれたものなのだろう。
旧ユーゴスラビアの国々を旅する際、1991年から始まったその紛争から眼をそらすことはできない。戦いの傷跡はまだそこにある。その歴史のうごめきをより深く感じるためにボスニア・へルツェゴビナへと向かった。
写真家・竹沢うるまは今現在、陸路での世界一周の空の下にいる。2010年3月に東京を出発し、アメリカからスタート。中米、南米、アフリカ、ヨーロッパ、中近東、アジアを巡り、日本へと帰る旅。帰国は2011年、場合によると2012年になるという。
目的は“現在の地球の姿”を、その若く瑞々しい感性で写真で記録すること。この連載は、地球のどこかを旅するうるまから届く、生の写真とエッセイをお届けするものだ。 さらに、うるまが本当のゴールとするものは、30年後に再び同じルートで世界を撮影して巡り、写真を比べること。そして、ひとりの人間の半生の間に、地球はどこに向かったのかを映し出すこと。
「私たち人間は、この地球という星のことを、一体どれだけ自分の言葉で語れるでしょうか。“ボクらが生まれた星”はいったい今どんな姿なのか、ひとりでも多くの人に伝えたいと思います」――竹沢うるま
竹沢 うるま
1977 年生まれ。写真家。「うるま」とは沖縄の方言でサンゴに囲まれた島の意。出版社のスタッフフォトグラファーを経て、2004 年独立、URUMA Photo Officeを設立し活動開始。雑誌、広告の分野で活躍し、海外取材は通算100回を超す。世界中の自然を主なフィールドにする自然写真家。現在、世界一周の旅を敢行しながら作品を寄稿中。立ち寄った国はすでに10カ国を超えた。
公式サイト www.uruma-photo.com
著作物
写真集「URUMA –okinawa graphic booklet-」(マリン企画)、「Tio's Island ~南の島のティオの世界~」(小学館から2010年7月20日に発売)。その他ポストカード、カレンダー等。
個展暦
2005年「TWILIGHT ISLAND」(DIGZ原宿)、2007年「Rainbow's End」(Palau Pacific Resort)、2007年「URUMA -日本の異次元空間を旅する-」(丸善・丸の内本店)、2008年「Tahiti ~タンガロアが創った島々~」(PENTAX FORUM)、「Tio's Island」(大手町カフェ) 、2009年「Tio's Island ~南の島のティオの世界~」(KONICA MINOLTA PLAZA)
2012/08/09
いま、世界一周の途中。
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