Vol.4
二年目の挑戦
「Faust Racing Team」ル・マンへの戦い
スーパー耐久シリーズ2009第3戦、鈴鹿500km。
決勝日は6月7日、日曜日。レースの終る翌日月曜日から、海の向こうでは「Faust Racing Team」が最終目標にしている「ル・マン24時間」の長い一週間が始まる。
今年のル・マンには世界同時不況の影響などないようだ。ワークス15台を含む全82台のエントリー申請があり、最終的にスタートラインに並ぶチームは55 台。ゼロからスタートしたばかりのプライベートチームにとって、困難な状況は変わらない。それでも「ル・マン24時間を走りたい」という強い想いからスタートした「Faust RT」の戦い。一歩、一歩、前に進むことだけを考えている。夢を具体的にイメージできるものだけが、そして諦めない強い意志だけが、美酒を口にできることを、自らの体験で知っているからだ。
シーズン・イン直前のアクシデント
アクシデントが起こったのはシーズン開幕直前の「ツインリンクもてぎ」でのS耐・公開テストの走行中。初戦にドライバーとして参戦する予定だった崇島のド ライブ中に、スピンアウト。左リアからコンクリート壁に激突し、マシンが大破してしまったのだ。ポルシェの左リアは燃料ラインのある箇所で、運悪くマフ ラーからの熱が漏れたガソリンに引火、炎上してしまった。ドライバーは無事だったものの。マシンの方はエンジンのあるリア部を中心に修復不可能か?と思わ せるほどの状態。レース2週間前という時期では、初戦をパスせざるをえなくなってしまった。
マシンの損傷は相当だったものの、幸いにも修理の施せる範囲であり、今回の第三戦、鈴鹿に間に合った。参加ドライバーは昨年、鈴鹿を走った安藤、堀ロバートに加えて、「Faust RT」初参加の小嶋禎一の3人となった。
新メンバー・小嶋「ル・マン」への想い
小嶋禎一(こじまただかず)―42歳
ここにもル・マンを目指した一人の男が居た。
日伊の「ミッレ・ミリア」(※)、日仏の「ル・マン・クラシック」(※)のいずれにも連続して参加するクラシック・カーの愛好家。仕事もクルマ関連、趣味もクルマ。要するにクルマが”めちゃくちゃに好き”なのだ。ル・マン24時間の行なわれるサルト・サーキットも「ル・マン・クラシック」で経験済み。また、この日本で2006年から2年間行なわれたル・マン・チャレンジ/JLMC(JAPAN Le Mans Challenge)にもカーボン・ボディのポルシェ(996RS-R)で参戦。4戦を戦い、シリーズ2位を獲得している。
ル・マン・チャレンジはJAF公認の全日本戦で、「Road To Le Mans」と冠され、その名の通り、ル・マン24時間参戦に直接結びつくレースだったのだが、エントラントが思うように集まらず、主催者であるACO(フランス西部自動車クラブ)が3年目の開催を断念したレース。小嶋の「ル・マン」へ賭ける想いも、そこでいったんは萎むことになった。
実は、小嶋と堀の出会いもその頃に遡る。2005年、最初に出会った時に、もうル・マンについての最初の言葉を交わしている。
「ル・マン、いつか一緒に走ろう」と。
会話の中の単なるキャッチボールだったかもしれないが、小嶋も堀も、その言葉を忘れてはいなかった。
初めて会ってから数ヶ月後、小嶋は「ル・マン・チャレンジ」に堀を誘っている。その話は実現に至らなかったが、今、こうして鈴鹿の舞台で、同じクルマのドライバーとして一緒に走ることになった。それはおそらく「縁」と呼ぶほど単純なものではないだろう。二人の胸の奥にある、深いところの何かが、磁石のように引き合ったとしか思えなかった。それは言葉だけでは言い表せない共通項、意志の力によるものだろう。
小嶋は語る。
「ル・マン24時間を走る機会は、おそらく一生に一度しかない。アマチュアである僕には勉強が必要で、クルマ、パーツ、サポート、資金、ドライバー、経験値、ひとつひとつをクリアしていくしかないんです」
モータースポーツは純粋な競技スポーツとは違う特殊なフィールドだ。人、モノ、金、すべてを揃えることから始まる。まして目標とする舞台は欧州、ワークスチームも参加する世界最高峰のレースだ。習慣の違い、言葉の壁、モータースポーツ固有の複雑で難解なレギュレーションや政治的かけひき。アマチュアの憧れだけで昇れる場所ではない。
一生に一度と語る言葉には「本気」の重みが感じられた。
※「ミッレ・ミリア」
1927年から戦争での中断をはさみ30年間開催されているイタリアの公道レース。大事故があり一旦は中止となったが、1967年、クラシック・カーのレースとして復活した。クラシックとは名ばかりで、200km以上もの速度で公道を疾走する本格的なスピードレース。死をも厭わない酔狂なドライバーたちの走りと伝説のクルマの勇姿に、沿道の観客は興奮のるつぼと化す。イタリア全土を1000マイル走ることからその名が付けられた。日本でも、本場イタリアの粋なスタイルを踏襲したクラシック・カーレースとしてカタチを変え、スピードよりも正確に走ることを重視した「ラ・フェスタ・ミッレ・ミリア」が毎年開催されている。著名芸能人が出ることや、TV放映もり、一般にも人気が高い。
※「ル・マン・クラシック」はル・マン初開催から80年目の2002年にフランスで始まったレース。参加資格はフランス伝統の耐久レース「ル・マン24時間」に1978年まで参戦した車両か、もしくは同型車が対象。2005年に山口の MINEサーキット、2007年にFISCOで「ル・マンクラシック・ジャパン」という名称で開催され、本国以外で行なわれたのは日本が初めて。
土砂降りの練習走行から一転、快晴の予選
鈴鹿サーキットはテクニカルなコースとして有名だ。経験値の少ないドライバーであればあるほど、走りこみの量が、即タイムとなって表れる。フリー走行の木 曜日、金曜日ともドライ路面を期待していた「Faust RT」のドライバー達だが、残念ながら金曜日は雨。いきなり堀が1コーナーでスピンするなど、入念な走り込みのできるような状態ではなかった。フルウエッ トの路面はレインタイヤ装着で、ドライ路面の20秒落ち。その状況は他チームも変わらない。ドライバーも、ただ周回を重ねるだけで、「予選前に撤収」のリ スクだけは間違っても犯せなかった。
土曜日の予選は、昨日の雨が嘘のような晴天。
それでも湿度だけは高く、ピット内に立っていると汗が滲む。午前中のフリー走行に続き、午後はAドライバー30分、Bドライバー30分、Cドライバー20分のタイムアタックが行なわれた。
予選はAドライバー+Bドライバーの合計タイムで争われ、スタート順が決まる。最初に飛び出した堀、続いて安藤、小嶋とそれぞれがタイムを出す。
「予選は気が楽、ちょっと攻めちゃったよ」という、地元コースの利を活かした安藤がチームトップタイムの2分18秒台を出した。堀は21秒台、初参加の小嶋が22秒台と手堅くタイムをまとめる。予選は総合13位。これなら完走でシングル順位が狙える位置だ。
耐久レースにおいて、トップチーム以外の予選タイムは大きな意味をなさない。いかにレースの本番セッティングを出せるかがポイントとなる。これもル・マン の予行演習のひとつなのだ。ギヤチェンジひとつひとつについても丁寧に、走行ラインも安全マージンを取りながらのアタックだ。
決勝では、耐久と言いながら、スピードを競うレースであることに変わりはない。負けるのが何より嫌いな連中の集まる場所。競ることもあるだろう、踏むべき ところは全開だ。高速コーナーを抜けていく瞬間は、一般人では体験できない横Gと、恐怖心、それに打ち勝つ闘争心溢れる自分を体験できる。そのためには予 選は、ほどほど、「ちょっと攻めたよ」ぐらいが適度なのだろう。
鈴鹿500km-3時間26分の戦い
S耐で争われる500kmという距離は、先頭の車両が500kmを超えた周回、鈴鹿なら87週目でチェッカーが振られる。レース中のアクシデントの状況にもよるが、その時間はスタートから約3時間30分後。多くのチームが3名のドライバーで戦う。「Faust RT」のレースプランは安藤、堀、小嶋の順で、1回目と2回目のドライバーズチェンジは、およそ1時間と10分後。一人当たりの時間は短いが、エアコンのない車内で、当日の気温を考えれば体力の消耗は相当なものになるだろう。
決勝レースを前に、昨年の鈴鹿で1stドライバーを務めた安藤にスタート前の心境を聞いてみた。
「責任重大です。繋がないといけないからね」
スタートしてから数週は、ダンゴ状態。パッシングの回数も多く、最もリスキーだ。ここは鈴鹿を一番走りこんでいる安藤にまかせる他はない。
スタート前の心境を、初参加の小嶋にも聞いてみた。
「マシンをいたわって最後まで完走したいですね。勝ちたい、早く走りたいという気持ちは抑えてね。」
小嶋は海外レースでの経験から、アマチュアでも楽しめるレースを数多く知っている。世界最高峰のレース「ル・マン24時間」は、世界一の草レースであることも。プライベートチームの中にも、準ワークスのようなチームもあれば、それこそ草レース感覚のチームもある。長年培った自動車文化の奥行きが日本とは全く違うのだ。小嶋が、クルマを大事に乗るという意味は、クラシックカーレースの経験からだけでなく、その先の「ル・マン24時間」を想い描いているからなのだろう。
さらに小嶋は続ける、
「1周速く走っても仕方のないのが耐久レース。なるべくギヤチェンジを少なく走るのが僕の務め。回転を上げてマシンに負荷をかけながら走るのではなく、3速で行けるコーナーは4速、2速で曲がれるコーナーは3速で試してみる。」
耐久レースでは、燃費走行の技術だけでなくマシンの耐久性を上げるようなドライビングも試されるのだ。確実に繋ぎゴールする。これが「Faust RT」のル・マンへの戦いだ。
ピット騒然!? 堀が巻き込まれた?
決勝レースは1stドライバーの安藤の、粘りの走行が続く。ストレートスピードの速いポルシェだが、S字からデグナーと続く上りカーブではクラス下の後続 車にピタッと合わされ突付かれていた。予定周回数を終えてピットに戻ってきた安藤はグッショリと汗で濡れている。予想以上の暑さのようだ。
タイヤ交換、燃料補給をして堀にバトンタッチ。そのピットアウトした周回にアクシデントが起こった。ピット内モニターにヘアピンでスピンするクルマが次々と映し出された。どうやらエンジンブローした車両のオイルに乗ってしまったようだ。
「Faust RT」のピット内が騒然とする。掘が出て行ったタイミングを考えれば、ちょうどヘアピンに差し掛かるタイミングだったからだ。コースにはイエローフラッグが出て、セーフティカーが入る。追い越し禁止だ。堀は上手くヘアピンを切り抜けたのか?
モニターは画面が切り替わっていて状況がつかめない。無線の調子が悪く、問いかけても堀からの返答がない。長い1分と数秒が過ぎた。ホームストレートを通過する#9「Faust RT」のポルシェ。最悪の事態は避けられたようだ。
レース後、堀に聞いたところ。
「ちょうどオイルフラッグが見えてアクセルを緩めたら、前の2台はそれが見えなかったのかそのままズドン。一瞬アドレナリン出ました(笑)」
紙一重の差だったのだろう。そうそう悪いことは続かない。
セーフティカーが20分ほど入り、コースではオイル処理が行なわれた。インディレースでもお馴染みだが、セーフティカーの出ているタイミングでピット・イ ンを行なうチームは多い。直前にピット・インをした「Faust RT」は、ほぼ1周タイムロスしたことになるが、こればかりは予想も出来ないし避けようがない。耐久レースでは、むしろオイルに乗らなかったことを感謝す べきなのだ。
再スタートも無事にこなし、2ndドライバー堀も予定通りのドライバーズチェンジ。
ピットでツナギを脱ぐなり、
「体力の限界、スポーツでしょコレ!」と満足そうに一言。
時間は16時、まだ6月というのに、サーキットの温度は下がらない。車の中は灼熱地獄だ。8月の富士スピードウェイが思いやられる。
3rdドライバーは、いよいよ小嶋。
コース上は剥がれ落ちたタイヤのカスや細かい砂でラインを外すと危ない状態。特にS字から西コースにかけては危ないようだ。抜かれる時にも抜くときにも細 心の注意が必要な時間帯。それでも小嶋はコンスタントに周回を重ね、一時は17番手まで落ちた順位も着実に上がっていく。終わってみれば、昨年の総合17 位を上回る13位。目標としたシングルチェッカーこそ適わなかったが、結果を見れば十分に満足のいくものだった。
クールダウン-富士の戦いに向けて
走り終わった時には、誰の顔にも満足感が溢れていたが、レース終了後、一息入れて落ち着いた状態でのドライバーズ・ミィーティングは、「満足さ」とは少し違ったものだった。
口火を切ったのは小嶋だった。
「納得がいかない。もう1回走らせてくれないかな、ダラダラと走っているだけで、ピリッとした走りが出来ていない。」
安藤「S字を押さえられればなんとかなるんだけど。後ろから突付かれるのは辛かった。一度抜かれたら、心が折れてしまった。反省。」
堀「2~3秒は詰めなアカンよな。でもこれ以上、どうやって詰めんの?」
アマチュアとはいえ、全員がレース経験者、それぞれが仕事の合間に時間を作り、練習もして望んでいる。2年目の今年、このままではいけないと感じている。
「ル・マン24時間」への道程が甘いものではないことを誰もが知っているから…
次戦に続く(8月1日~2日・富士スピードウェイ)
スーパー耐久レースのオフィシャルサイト
http://www.so-net.ne.jp/s-taikyu/
もてぎテスト走行のリザルト
http://www.so-net.ne.jp/s-taikyu/2008/testday/result/
現在発売中の「GOETHE」(幻冬舎)にてドライバー堀の挑戦を掲載中!
2009/02/05
ファウスト・レーシング・チームのオフィシャルスポンサー
「PIUBELLO」(ピュウ・ベッロ)
Text:Yuji Takahashi
Photo:Hiroshi Kodaira
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