Vol.1
無謀なのか? 「Faust Racing Team」挑戦のはじまり
飽くなき挑戦——。これは、ル・マン24時間を目指す男たちの記録である。モータースポーツが好きな方ならおわかりだろう。それが、どれだけ険しい道なの かを。純粋に“ル・マンを走りたい”。そんな想いを抱いたひとつのチームが挑む一本の道。いつか辿り着けると信じた男たちの生き様がここにある。
ル・マン市。フランス中部に位置する、人口約15万の小都市。毎年6月、昼の時間がもっとも長くなる夏至の頃、この街は40万人にものぼるカーレーシングファンで溢れかえる。
お目当ては、世界最大の自動車耐久レース「ル・マン24時間」(以下ル・マン)の観戦。世界3大レースのひとつとして数えられ、その歴史は1923年に までさかのぼる。F1で有名なモナコグランプリのように、市街地の一般道を利用したサルト・サーキットコースで行われる。「耐久」は単純にマシンスピード を競うのではなく、いかに長く走らせ最後までレースを続けられるかを競う過酷なレース。その最高峰が「ル・マン」だ。全長13.629kmのコースを24 時間で最も多く周回を重ねたチームが優勝となる。
かつてル・マンでは、往年の名ドライバーたちが数々の好勝負を繰り広げてきた。参戦したいと思うのは、レーサーたちの夢……。
レーサーになるという男の夢
2008年3月23日、栃木県「ツインリンクもてぎ」。真っ白なボディのポルシェのシートには、コースへと走り出す瞬間をじっと待つ、ひとりの男の姿があった。
堀主知ロバート――。かつて、20代でカートにのめりこみ、ローン地獄に落ちた経験を持つ。クルマ好きの多くが、F1界に彗星のごとく現われた不世出の天 才ドライバー、アイルトン・セナに熱狂していた頃。堀も同様にして、セナとナイジェル・マンセル(セナの3シーズン連続チャンピオンを阻止した)の激闘に 熱くなり、F1中継を食い入るように見ていた。世界でもっとも速いクルマと、世界でもっとも速いドライバー。その称号を賭けて競い合う晴れの舞台。堀に とっては、その場所に自分のいないことがなぜか無性に腹立たしかった。
同時期に放送されていたパリ・ダカールラリー(以下パリダカ)。
世界でもっとも過酷なモーターレースと呼ばれている。ブラウン管には2輪クラスでゴールに飛び込む優勝者の姿があった。歓喜に沸き、バイクを放り出した勝 者の足は、奇妙に曲がっていた。そのドライバーは、足の骨を折りながらも完走し見事に優勝したのだ。堀の目は再び釘付けとなった。それは、勇敢な優勝者に でも、その過酷さにでもない。4輪クラスを果敢に走っている年配ドライバーの存在に目を奪われた。彼の脳裏によぎったのは「これなら、いけるかも」という 淡い期待。歳を重ね、お金に余裕のある立場になれば、挑戦できるのではないか……。いつしか堀のなかには、おぼろげながら“パリダカ出場”という言葉が浮 かぶようになった。真の目標がル・マンだと気がつくのはもう少し後の話……。
オーバー40のプライベートチーム
もてぎのピットに話しを戻す。
彼が乗っているのは、「Faust Racing Team」(ファウスト・レーシングチーム、以下Faust RT)の「ポルシェ911GT3 JGN」(※1)。堀を含めて3人の実業家が集まって作ったプライベートチーム(※2)である。ドライバーは、出資者である自分たち。いつもは、大きな会 社の会長やCEO、あるいは医師としてハードに働いている男たちだ。40歳を超えた今も、レーサーとしての夢を追い続けている。そんな3人が、2008年 冬に、ある決意をした。「耐久レースなら入賞も夢じゃない。チームワークで勝てるかも」と、プロレーサーたちがこぞって参戦してくるスーパー耐久レース (以下S耐※3)への参戦を決めた。
この日のもてぎは、S耐シリーズ参戦前の公開テストを行っていた。各クラスの上位陣のほとんどが姿を見せ、実戦さながらのシミュレーションを繰り返してい く。シリーズ開幕前の大事な調整日である。Faust RTもテストに参加していたが、そこには掘とチームスタッフのほかに、もう1人のドライバーがスタンバイしていた。
安藤琢弥――。普段は医師であり、某医療グループの理事長を務める。「18歳でクルマの免許を取ってからの数年は、カーレースに魅入られていた」と話す生 粋のクルマ好き。シビックなどのワンメイクレースに参加し腕を磨いていたが、その頃からは随分と時間が経ってしまった。それでも2年ほど前からは、人に誘 われるまま再びレースに参戦。レースへの熱き想いがふつふつと湧き上がってきた矢先、チーム結成の話しを聞かされた。
「久しぶりに乗ったら、また(レースの)面白さに気付いてしまって。でも、20歳くらいのときは、ずっとキレたまま走れたのになぁ。いい大人になると、それができない」。
穏やかな口調で話す安藤。しかし、レースに対する思い入れは非常に深い。当時のように走れない歯がゆさを味わいながら、今回のS耐参戦には並々ならぬ闘志 を燃やしている。「耐久は1人でスプリントを走るのとは違う」と言う。今までのレースとは違う緊張感にプレッシャーを感じている。耐久シリーズは、本戦で 走れなければ意味がない。それでも、テスト走行や予選で攻めきれなければ、上位を狙うどころか上達もしない。
再び安藤は語る。「耐久に挑戦するのは、若い頃からずっとクルマとレースが好きだったから。僕の中では、まだまだ走り足りない」と。
3人の男の挑戦
堀は、20代でカートを始めた。4、5年は没頭したが、まだ若かりし頃のこと、カートをやり続けるのはローンとの闘いでもあった。「うまくなりたい一心だった」が、ドライビングテクニックが上達するよりも先に、懐が悲鳴をあげた。
今は違う。この歳になって、仕事は忙しくとも、大人としてのゆとりが出てきた。
最初にプライベートチームを作ろうと声を掛けたのは堀である。安藤を引き入れ、そしてもうひとり、同じく某企業の会長職に就いており、多忙を極める男に目をつけた。
佐藤茂――。忙しい仕事の合間を見つけて、長いことラリーをやっていた。それも今となっては10年前の話。
「スキーに行くときの雪道は、今でも攻めたい気持ちにかられますよ。ラリーは横を向けて走るんです。でも、サーキットでは横に向けちゃダメ。前へ、前へタイヤを使っていかないといけない」
かつては、歴代のランエボ(ランサーエボリューション ※)を乗り継ぎ、砂道や雪道を駆け抜けていた。しかし、サーキットでは勝手が違う。
「僕がマシンを潰しちゃうわけにはいかないから」と慎重にならざるを得ない。そこで佐藤は、事前に様々なサーキット場が入ったゲームソフトを購入した。子 供に内緒でやりこむ予定だったが、テスト走行前には残念ながら時間が無かった。しかも、多忙を極めるその体。不運にもこの日は予定が入ってしまい、テスト に参加すらできなかった。もちろん参戦への意欲は失っていない。サーキットには不慣れで不安もあるが、長い時間を走り続けることには自信がある。
「長距離は好きだし、ラリーをやっていた経験からも眠くなければ何時間でも走れますよ。今度はチームのひとりとして、サーキットで力を発揮したい」
レーサーとして新たなる挑戦を誓う。
S耐を選んだ理由
Faust RTでは、ドライバー3人が“割り勘”で参戦するということをルールとしている。「一緒に走ろうよ」という気持ちを大事にした結果だ。いくつかスポンサーもついてくれているが、マシンの維持管理から登録費、その他かかわる費用はすべて3人で持っている。
なぜそうまでして参加したかったのか? 理由のひとつは、「やっぱり上手になりたい」という熱い想い。
S耐は、決められた時間内で(4時間や24時間など)最も多く周回するか、決められた長い距離(500kmなど)を最も短い時間で走りきったチームが優勝 となるレースである。但しマシンは、誰でも購入可能な「市販車」と定められており、限られたレギュレーションの範囲内での改造が認められている(ファイン チューニングと呼ぶ)。日本のモータースポーツにおいては、唯一の本格的耐久レースシリーズだが、市販車ベースのマシンで競い合えることから、プライベー ターチームの参加が多い。その理由のひとつに、必ずしも速いクルマが優勝するのではなく、信頼性、耐久性、安全性、そしてチームワークが試されることにあ る。プロレーサーも多く参加しているが、チーム、ドライバー、ともにプロアマを問わない、熱いバトルが繰り広げられるのが何よりの魅力だ。
Faust RTの3人のドライバーたちは、このS耐にスポットで4戦(全7戦中)参戦することにした。
排気量3501cc以上の車両であるSTクラス1には5台が出走する。そのうちの1台が、Faust RTのマシン。まだ、デザインがペイントされていない真っ白なボディが初々しい。
サーキットの洗礼
さて、テスト走行の結果はどうだったのか?
もてぎの各ピットからは、すぐにでもコースに走りだせるようにとエンジン音が鳴り響いている。しばらくして、颯爽とコースへと滑り出していくマシンたち。各チームとも準備は万全だ。
一方のFaust RT。記念すべき第一走は堀だ。エンジンがうなりを上げ、同じく颯爽とコースへと滑り出しかけた瞬間……まさかのエンスト。
「いや、あれは、ちょっと恥ずかしかった。クルマが一台しかないので、大事に走ろうとして緊張した……」。アグレッシブな堀らしからぬスタート。3人のド ライバーがバトンをつなげていくチーム走行ということ、本戦前のテストで“もしも”のことがあってはいけないという気持ち、この2つがエンストを起こさせ た。 ドライバーチェンジ後の安藤も、やはり思うほどタイムが出なかった。同じようなプレッシャーを感じていたのだ。マシンセッティングを変更しながら、何度 もタイムアタックを繰り返す。終了直前でわずかながらタイムが縮んだ。それでも、プロレーサーが参戦している他のチームから比べるとその差は歴然であ る。
2分06秒764(1周のベストラップ)。出走20台中17位。1位との差は約10秒(1分57秒451)――。これが今のFaust RTの実力である。最終リザルトでは2分5秒から6秒の間に11台がひしめいていたが、言い訳にはならない。
「僕らはマシン性能がイチバン高いST1クラスで参戦している。上位5台に入らなければおかしい。でも、運転手が未熟ということと車が古いということで全 体の17位。18位以降は(スペックが最下位の)ST4クラスのマシンがいるだけ。本当に論外。悲惨な結果。ここままであかんか、という反省ばかり。悔し くて悔しくて情けなくて……」
テスト走行を終えた堀の表情は、夢のレース参戦の喜びよりも悔しさだけが残っている。努力はしてきた。本格的なサーキットレースへの参戦は初めてでも、 レース経験はそれなりにある。仕事を終えて夜遅くに自宅へ戻っても、車載カメラで撮影したコースVTRを見ながら、ギア操作などのイメージトレーニングを してきた。食事制限をしながらのパワトレもやった。素人なりに頑張って準備をしてきたつもりだった。だが、テストとはいえ結果は惨敗。
「耐久レースでのポルシェの強みは一発の速さではなく、耐久性に優れていること。だから入賞できる可能性はある。でもそれは、あくまで他がつぶれてくれた 場合。自分たちは、少なくともあと2秒速く走れないとダメなんだ。今のままじゃ素人が遊んでるとしか思われないよ」 参戦するからには恥ずかしいレースをしたくない。もちろん、堀と安藤に落胆している暇はなかった。本番はS耐シリーズ第1戦となる鈴鹿。そのときには、 佐藤も合流する。
チームがセッティングを詰めていき1秒縮める努力をする。ドライバー3人が思い切ったレースをすることで、さらに1秒を縮めていく。とはいえ、彼らは1秒 縮めることの難しさを知っている。果たして鈴鹿で満足のいくタイムを出せるのか? 誰もが不安を抱えながらも、すでに頭は鈴鹿のことでいっぱい。 Faust RTはそこでいい走りをするだけだ。
かくして、オーバー40チームのFaust RTの挑戦は始まった。彼らが何故“ル・マン”を目指したのか? 本戦では納得のいく結果を残していけるのか、そして本当に“ル・マン”への道は開かれるのか? 男たちの夢への挑戦はつづく。(第2話へ)
スーパー耐久レースのオフィシャルサイト
http://www.so-net.ne.jp/s-taikyu/
もてぎテスト走行のリザルト
http://www.so-net.ne.jp/s-taikyu/2008/testday/result/
堀主知ロバート(IT企業グループ会長兼CEO)
20代から5年ほどカートレースにのめりこむも資金難で引退。会社経営者となったその後は、事業に邁進するかたわらウェイクボードの選手としても活躍し、数々の大会での優勝経験を持つ。30代でクラシックカーレースに参戦し、カーレースの世界に復帰。
佐藤茂(某企業の要職)
大手企業の要職に就いている。かつては、海外のラリーレースに精力的に参戦し、ラリードライバーとしてのキャリアを積んできた。歴代のランサーエボリューションを乗りつなぎ、砂道や雪道を得意としている。
安藤琢弥(医療法人グループ理事長)
中京地区にある医療法人グループの理事長。自動車免許を取ってすぐに、自動車レースの面白さにハマり、しばらくはいくつものワンメイクレースに参戦して腕を磨く。臨床家の医師として、また経営者としても忙しくなり一度レースから離れるも、ここ数年、再びレース場へ顔を出すようになる。
現在発売中の「GOETHE」(幻冬舎)にてドライバー堀の挑戦を掲載中!
2009/02/05
ファウスト・レーシング・チームのオフィシャルスポンサー
「PIUBELLO」(ピュウ・ベッロ)
Text:Faust A.G.
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