Vol.6
交錯する期待と不安
S耐2009ラストラン
スーパー耐久シリーズ2009第7戦、岡山スーパー耐久。
かつてF1も開催されたこのとある岡山国際サーキットでのワンデイレース。
第6戦の富士SUPER TECで確実に手ごたえをつかんだ「Faust.RT」にとっては、シーズン2戦を残すが、この地が2009スーパー耐久のラストランとなる。
登録ドライバーは堀、佐藤、木村の3名。前戦に引き続きの体制でレースに臨む。
レース前日、午前のフリー走行は順調そのもの
9月5日土曜日、快晴のサーキット。通常の開催なら予選の日だが、予選と決勝が同日に行われるワンデイレースのため、この日はS耐参加チームの専有走行が3セッション行われる。Faust.RTは木曜日現地入りし、金曜日のスポーツ走行で、すでに1分40秒台のタイムをマーク。予選に向けての確実な手ごたえをつかんでいた。
昨年も岡山の耐久に出場したドライバーの佐藤は、前走の富士に引き続きの参戦で、
「今回のクルマは前に進むね~、いい感じだよ」と顔がほころぶ。
全戦参加している堀も、
「この状態でセッティングを詰めれば、いい勝負になるよ」と、今までにない感触を得ているようだ。
岡山に入る前に、Faust.RTのポルシェのエンジンはオーバーホールされ、前走時より500rpm余計に回せるようになっていた。最高回転アップで馬力も出ているため、ドライバー達の反応も上々なのだ。さらに、アンダーステアが解消され、低速コーナーの部分、岡山サーキットの後半、連続するタイトなコーナーでは抜群のコントロール性を示していた。問題は、前半部の高速コーナーに対応できるような、足回りのセッティングだけで、それが今日の専有走行の課題となっていた。
この岡山では、マシンだけでなく、人間の方も調子がいいようだ。レーシングスーツを脱いだ堀の身体は、日焼けしているだけでなく相当に締まっていた。聞けば、体脂肪を8.5%に、体重を12kg落としたとのこと、シーズン初戦のボテッとしていたシルエットは微塵もない。趣味にしているウエイクボードと食事療法で、この日のために身を削ったようだ。サーキットへの対応も、ホンダS2000をネットで購入し岡山に持ち込んだ。前日にはポルシェでの走行も含め3.5時間走り抜いている。身体は悲鳴を上げたらしいが、それが自信となっていることは確かだ。
一方、佐藤の方も勢いがある。
「走りこんでクルマに慣れてきた。攻め方さえちゃんとしていればタイムは出る」と、ここを目標にしっかりと乗り込んでの発言。前走時には聞かれなかった言葉だ。
最終セッションでミッショントラブル
午前中の2回の専有走行では、ともに41秒台前半をマーク。明日の予選に向けては上々のてごたえだ。ラップタイムは総合9~10番手だが、まだまだ時計は詰められるはず。ただ、3速シフトが渋く、入りにくいことから、午後の最終セッション前までにミッションを積み替えることになった。
ちょうどその頃には、東京からきたFaust.RTの応援団やレースクイーン、取材陣がチームに合流。ピット内の雰囲気も華やいで、いい感じのまま第3セッションを迎えることになった。
足回りのセッティングを変え、ミッションを載せ替えた第3セッション。ところが、思うようにタイムが伸びない。どうやら5速が吹けないらしい。すぐに、原因は判明、メカニックが5速と6速を組み間違えたのだ。ドライブする上では、シフトチェンジをするゲートの位置が違うだけなのだが、シフト回数の多いレースでは、ドライバーに与える負担は大きいものとなる。身体に染み付いているシフト操作と違うイレギュラーな操作を強いられるのだ。
4-5-6速間でシフトチェンジをする度に、頭で考えなければいけない。とくにシフトダウン時にミスをすれば、最悪の場合、後続車に追突されるかスピンが待っている。
これではタイムも伸びようがないし、ストレスだけがタマっていく。しかも最終セッションだけに、予選用セッティングの詰めも残っている。
自動車レースにおいてチーム内のトラブルというのは、日常茶飯事といっていいだろう。いい顔、笑顔だけで過ごせる場所ではない。暴力的なスピードと巨大な質量をコントロールするのはドライバーだが、ドライバーのミスもメカニックのミスもクラッシュや、最悪「死」と直結する。コクピット内のドライバーはマシンの挙動に対してシビアになるし、それが、メカニックによるミスなら、ひとことぐらいは言いたくもなるだろう。
堀がマシンから降りてきて、しばらくたって、その瞬間がきた。
メカニックに対し派手にキレたのだ。手こそ出なかったが、周囲は一瞬静まりかえった。いい感じの練習セッションだったが、最後に後味の悪いものなった。
ただ、このぐらいで落ち込むメカもいなければ、ドライバーもいない。精神的なタフさがなければやっていけないのがレースなのだ。寝て起きればすぐに予選が待っている。
予選は過去最高の7番手!
明けた日曜日、6日。快晴。午前中に予選、午後が決勝だ。
予選は3セッションあり、Aドライバー+Bドライバーの合計タイムで争われる。Cドライバーの木村は予選のみの参加、セッティングに集中し、レース本戦は佐藤と堀、2ドライバーで戦う。
「予選でST-2クラスに負けるにはいかない。1分40秒は切る」と、堀はそう言い残しマシンに乗り込んだ。Aドライバーのスタートは朝8時30分。堀はピット出口で、誰よりも早くコースインを待つ。
ソフトタイヤでタイムが出るのは最初の5周ぐらいまで。タイムアタックは数周が勝負になる。
堀は、3周目に公言どおり1分39秒712をマークした。5周目になると、クラッシュしたマシンによる赤旗が出て、予選は一時中断。これ以上のラップタイムの更新は不可能かと思われたが、再度のコースイン後、最初のアタックがベストラップとなる1分39秒627となった。わずかなタイムアップだが、この時計がST-2クラスのマシンを100分の5秒押さえた。GT選手権に参加するプロドライバー達相手の7位なのだから、チームの士気は一気に高まった。
こうなると、佐藤も黙ってはいない。しっかりと1分39秒432をアタック3周目に叩きだす。このタイムもBドライバー中の7位。チームとしては過去最高の順位となる予選7番手を獲得することとなった。
予選を終えた佐藤は、
「上にST-2のマシンがいないのは気持ちいいね」と一言。
たしかにST-2クラスのランエボ軍団(ⅨとⅩ)は相当に速い。トップチームはプロレーサーを配し、マシンともどもかなりの戦闘力を誇る。初戦の鈴鹿で、雨の富士で、幾度どなく突っつかれ苦労した相手だ。今回は予選上位にそのST-2クラスのマシンがいないのだ。
この好結果に、ピット内は雪解けムード。昨日のことなど忘れたように穏やかだ。Cドライバーの木村は決勝用のセッティングのだめにコースに出る。すべてがいい方向へと向かっているように、この時は思えた…。
400kmの熱い戦いがスタート!
今年から100km短縮され、400kmで争われる「岡山スーパー耐久」。
決勝のレースプランは、佐藤が27ラップで、堀が50ラップ、残りが再び佐藤で約31ラップ。フルタンクスタートで、給油量、給油時間を短くする作戦だ。レースラップを1分41秒~42秒に設定、予選を見る限りでは、オーナードライバーのいる上位チームは、Cドライバーのタイムが2秒は落ちるため、後半もつれれば予選よりさらに上も狙えるはずだ。
ピット後ろにあるミィーティングスペースでは、にぎやかにレース談義。
木村「後ろのST-2クラスはチャンピオン争いもあるし、無理はしないはず。前半あきらめなければ、いけますよ」と、最初のドライバー佐藤に。
佐藤「こんだけ暑いし、後半も何があるかわからないよ」
堀「マレーシアより暑いんじゃない?」
木村「暑いですね~、どれだけ集中できるかが鍵でしょ」
初戦、鈴鹿のS耐にドライバーとして参加していた小嶋も遊びに来ている。
「楽しんでレースを走れることは少ないからね、今回は楽しんで」と応援。チームの状態がいいのを感じているようだ。
午前中の涼しさはどこにいったのか、決勝に向けて気温はどんどん上昇する。メカニックは路面温度の上昇に合わせタイヤのプレッシャーを下げる。決勝スタート前の気温は32℃、路面温度は40℃。いよいよFaust.RT、今シーズン最後のバトルが始まる。
シグナルグリーンのローリングスタート。山に囲まれたサーキットに爆音がこだまする。
第一ドライバーは佐藤。普段見せる笑顔とは裏腹に、気の強さは並みではない。スタートをガッチリと決め、1コーナーでは後続のランエボ勢を押さえ、ポジションキープの7位。予想されたこととはいえ、後ろからは、GTドライバー達が容赦なく抜きにかかろうとする。スタート直後は、あおられまくりのキツイ展開。それでも抜かさせない佐藤。一度前に出られてしまえば、抜くのはかなりやっかいだからだ。プラン通り41~42秒台でラップを刻む。数周後にはレースペースが42秒~43秒台のランエボは少しずつ離れていった。「最初さえ押さえられれば…」の思惑どおりの展開。
9週目からは周回遅れもからみだし佐藤のラップタイムも43~44秒ペースに。
11周目、トップを狙う上位の1台が、奇襲をかけるために早々とドライバーチェンジのピットイン。それによりポジションは5番手に。一時的とはいえ、この順位にピット内は沸く。
20周目には、路面温度が50℃を超えた。午後2時を過ぎ、直射日光を受けるサーキットは尋常じゃない暑さに。チーフの志村がドライバーチェンジに備え、クールスーツの氷を多くするように指示を出す。
27ラップ目、佐藤が予定通りのピットイン。マシンを降りた佐藤は、
「辛かった~、パッシングはされるわ、突っつかれどおし。お前を抜かすわけにはいかん!でがんばったよ」とハイタッチ。
「でも、マシンはイイよ、足もいい、スーツだけもう少し涼しくなれば問題なし」
他チームより早めのピットインで、19位とポジションは一時的に落ちるが、先の期待のもてる展開に、応援団も関係者も笑顔だ。
順次ピットインするチームが続き、ドライバー交代が一通り終わったと思われる42ラップ目では8位に、そして51ラップではなんと6位! 予選よりワンポジション上を手にした。上位マシンがトラブルを抱えて、15分以上のピットインを強いられたためだ。
この時の堀のレースラップは43秒台。トップを走るBMWの2台をのぞけば、ST-1クラスは42~44秒台。耐久レースならば、ほぼ互角といえる戦い。さらに、64週目には再び5位に。予想通りの混戦になってきた。ところが、Faust.RTのポルシェもしだいにラップタイムが落ちてきた。タイヤが限界を超えつつあるのか?
ピットからは無線で「10周早く入りますか?」と堀に。ところがこれで堀は発奮。次の佐藤に繋ぐまで、残りの周回、ペースを戻して走りぬいたのだ。
耐久レースの試練が舞い降りた…
いよいよラストスティント。81周目に堀がピットに入ってきた。給油、タイヤ交換、ドライバーチェンジだ。給油の際にトラブルがあり10秒ほど余計にかかったが。後続とは50秒差、それだけなら問題はなかった。ところが、運転席ではメカニックがステアリングをイジッている。どうやら堀の運転中、ステアリングにがたつきが生じたため、ナットを締めようとしているのだが、そのためにはレース専用の跳ね上げ式ステアリングを上げる必要がある。そしてそれがなかなか上がってくれない。
長い時間が過ぎた。作業を完了するまで、5分54秒のピットストップ。
これで上位入賞の夢は完全に絶たれた。
エピローグ
佐藤はキッチリと自分のスティントを終え、フィニッシュを受けた。
結果は完走、総合16位でクラス6位。
たらればはスポーツに禁物だが、ステアリングトラブルがなければ、総合5位も現実となったはず。参戦2年目、レースで戦えることは証明できたが、結果だけがついてこなかった。
予選だけの参加となった木村は、起きそうもないトラブルだけになおさら悔しさがつのるのだろう。メカニックの一人を捕まえ、
「同じ部品を使っていて、なんでうちだけが…」と声を詰まらせた。
マシンを降りてきた佐藤は、
「フロントの接地感は最高、2コーナーでリアが出ないし踏ん張れる。木村さんが乗った後の、最後のセッティングよかったんじゃない。こんなにキマったのは初めて」と、チームの善戦を称えた。
万全の体制でこのレースに臨んだ堀は、
「もう、一生懸命で満足するとかのレベルは卒業、次は結果もだよ」と、今回の手ごたえを闘争心へと転化させた。
耐久とはドライバー同士の戦いである以上に、「チームの戦い」でもある。ワークスチームのように、十分に新品パーツをストックし、レース毎に交換していくような体制をプライベートチームは取れないが、そのことは言い訳にもならない。限られた中でメカニックも最大限の努力をしている。ミスはドライバーにも起こるし、メカニックにも起こる。いつか訪れる24時間の戦いには何が必要なのか?不要なのか? そんな課題を突きつけられたのが、この岡山だったのだろう。
Faust.RTのスーパー耐久参戦、2年目シーズンはここで終わるが、チームの総合力は確実にアップしている。今後の活動は未定だが、夢を現実にする男達の戦いが終わることはない。
スーパー耐久レースのオフィシャルサイト
http://www.so-net.ne.jp/s-taikyu/
現在発売中の「GOETHE」(幻冬舎)にてドライバー堀の挑戦を掲載中!
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ファウスト・レーシング・チームのオフィシャルスポンサー
「PIUBELLO」(ピュウ・ベッロ)
Text:Yuji Takahashi
Photo:Hiroshi Kodaira
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