偉大なる父から受け継いだ「芸」の真髄
中村梅玉(歌舞伎役者四代目)
10年前の2000年3月。昭和を代表する歌舞伎役者であり、「女形の至宝」と称された中村歌右衛門がこの世を去った。2011年3月、新橋演舞場では、その追善供養となる舞台が開かれた(震災の影響により、3月11日(金)、12日(土)、17日(木)、18日(金)の上演は急きょの休止)。演じられたのは、歌右衛門とも縁の深い「伽羅先代萩」。その舞台の中で仇役である八汐を演じたのは、歌右衛門の志を引き継ぐ息子、中村梅玉。彼は、歌舞伎という表現の世界で、異なる時代、異なる性別、異なる立場の役に数多く挑戦してきた“ファウスト”な一人である。大役を担う彼に心境について伺った。
――お父様の中村歌右衛門さんはどんな方でしたか
我が父ながら、実に大きな役者でした。「昭和を代表する女形であった」と、みなさまに言っていただいておりますが、私自身もそう感じております。最近では、父の舞台をご存じない方も多くなってまいりましたが、この追善公演を機に、父のことを思っていただければ幸いです。
――お父様から直接ご指導を受けることはありましたか。
父は、後進の教育には非常に熱心に取り組んでおりました。市川団十郎さんや中村吉右衛門さんなど、現在第一線で活躍している歌舞伎役者たちも、父の指導を受けておりました。私も含めて立役なので、直接役の指導を受けたことは少ないのですが、父の生き方や舞台への取り組み方には、たくさんのことを学びました。
――今回の演目「伽羅先代萩」の「政岡」は、歌右衛門さんの当たり役だということですが、このお話の見どころは。
「伽羅先代萩」は、伊達藩のお家騒動を題材にした舞台です。若君を守ろうとする政岡と、乗っ取りを企む一派の八汐。八汐は、政岡を追い落とすために政岡の息子を殺めることになります。そのシーンは八汐の見せ場でもあり、同時に政岡の見せ場でもあります。政岡は、わが子が殺されても若君を守るために泣くことができない。そして八汐はその政岡を見て、己の策略を巡らせる。お家騒動の物語に「忠義」という大きなテーマが横たわっています。
――八汐という仇役を演じてみていかがでしょうか。
八汐を演じるのはこれで三度目になります。普段は、若武者や優男といった二枚目のお役をいただくことが多いのですが、仇役というのは演じていてとても面白いと思いますね。自分の中にはない、冷酷さを演じるのは、ある種、発散になるのかもしれません。
――演じている時には、役になりきっておられるのですか。
「なりきる」というのとは違います。そこがいわゆるテレビや映画と大きく違うことだと思います。例えばこの「先代萩」では、八汐という女性を知ることから始めます。彼女は主人公である政岡の仇です。そして同時に、伊達藩の乗っ取りを企てる大物の妹という立場なので、相応の身分があります。そして政岡という主人公を追い落とそうという迫力を持たなければなりません。その背景を理解し、人となりを知ること。それを「性根を入れる」という表現をします。そしてその「性根」と共に重要なのが、「型」です。
――「型」とはどのようなものですか。
「先代萩」に限らず、古典の演目には、連綿と受け継がれてきた型があります。それは、舞台でその人物の人となりをよく表わすために練られた表現の方法です。八汐の所作の中にも、彼女の人となりを表す表現の型があります。その人物に「なりきる」と云うのではなく、型をつくることで、よりお客さまから見たときに八汐らしさが見えるのです。型を無視した演技をすると、やはり上手くいかない。特に若いうちはその型を踏襲していくことが大切です。経験を積んでいくうちに型が自分のものになってきたら、初めて自分なりの表現というものを試していきます。だからこそ、歌舞伎という芸は年を重ねることでより深みを増していくのでしょう。
歌舞伎の400年の歴史と、新しい時代の幕開け
――歌舞伎は江戸の昔から庶民に愛されてきた芸能です。今日に至るまで愛され続けている魅力は何でしょうか。
江戸時代から続く歌舞伎には、400年の歴史があります。とはいえ、私たちは常に400年前の演目を演じているわけではありません。江戸時代には歌舞伎は現代劇として演じられていたのですから、次々に新しい作品が誕生している。その表現方法も多岐に渡ります。「鷺娘」や「鏡獅子」のように舞だけで表現する演目もあれば、能や文楽から題材をとった「勧進帳」や「曽根崎心中」もある。一方で今回の「先代萩」のように、歌舞伎独自の演目もあり、勘三郎さんが取り組んでおられるような新劇と融合した演目もある。「これが歌舞伎です」という枠がないことが、歌舞伎の一つの魅力でしょうね。
――長い歴史を経て、歌舞伎の中で今なお受け継がれているものは何ですか。
新しい作品はいくつもありますが、長く愛され、何度も再演を重ねている演目の中には、変わらないテーマがあるように思います。そのテーマは「忠義」「親子愛」「義理」。現代の日本人にとってしてみれば、古臭く感じられる言葉ばかりですが、実はこれが根強く愛されているということも事実です。それは、日本人の精神の根幹に深く関わっているからではないでしょうか。
――歌舞伎座が新しく生まれ変わろうとしていますが、新しい歌舞伎座に期待するものはありますか。
舞台はどこでも同じです。古い歌舞伎座も、この新橋演舞場も、新しい歌舞伎座も。今度、日本最古の劇場と云われる、香川の金比羅歌舞伎に出演しますが、どこでも舞台に上がれば同じです。新しい歌舞伎座が、平成の歌舞伎の殿堂になるかどうかは、舞台に立つ私たち次第だと思っています。お客様に芸の世界に入り込んで楽しんでいただけるよう、表現していきたいと思っております。
――まだ、歌舞伎を見たことがないという人もいらっしゃるかと思いますが、そういった方へのメッセージをお願いします。
まずは劇場へ足を運んでいただきたいですね。「歌舞伎は古いもの」「退屈なもの」という思い込みや先入観を捨てて遊びに来てください。唄の表現や時代設定など、難しく感じられるものもあるかもしれませんが、ただ舞台を間近に見ていただければ、感性で共感できるものもたくさんあると思います。
――中村梅玉さんにとって、「挑戦」とは何でしょう。
歌舞伎の中には、異なる時代、異なる人物、異なる性別を演じることが多くあります。お役を演じるときはいつでも「挑戦」ですね。そして、その挑戦をするためには、「冒険」も必要です。時には海外へ行き、その土地に伝わる演劇を見て、直にその空気を感じる。そうして日本に帰ってきて、改めて日本文化が持つ魅力や、歌舞伎の面白さを実感することも多くあります。父、歌右衛門はよく「日々の生活も舞台上に表れる」と言っていました。役者としての幅を広げるためには、より多くの物事に興味を持つことが大切ですよね。
三月大歌舞伎
場所:新橋演舞場
期間:平成23年3月2日(水)~26日(土)
主な演目:六世中村歌右衛門十年祭追善狂言『伽羅先代萩』、六世中村歌右衛門十年祭追善狂言『吉原雀』
中村梅玉(なかむら・ばいぎょく)
1946年神奈川県生まれ。歌舞伎役者。1992年、歌舞伎座『祇園祭礼信仰記』(金閣寺)の此下東吉と『伊勢音頭恋寝刃』(伊勢音頭)の主人公・福岡貢で四代目中村梅玉を襲名。屋号は高砂屋。プライベートでは、推理小説を愛読し、音楽はジャズなど洋楽志向という。またワイン好きであり、楽しく飲めれば銘柄は問わず、家ではもっぱらテーブルワイン派。最近は健康維持のためにジョギングを始めている。
今後の公演日程などは中村梅玉公式サイトまで
Text: Sayako Nagai
Photos:Kiyoshi Tsuzuki
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