英国で育てられた由緒ある白鳥の子供が
いまアジアの地に舞い降りた
ASTONMARTIN CYGNET
高級車の定義とはなんでしょう。静かなキャビン、ふんだんに使われるリアルレザー、飽きのこないエンターテイメント、それとも500馬力のエンジン……。いまさらながら、そんなことを自問自答してしまうようなクルマと出会いました。アストンマーティン・シグネットです。
ご存知の方も多いと思いますが、このクルマはトヨタIQをベースにアストンマーティンが仕上げました。なので、全長は3mとなり、価格も500万円を切ったタグを付けます。これだけでも、V8ヴァンテージ系ともDBS系ともかけ離れたキャラクターであることはおわかりいただけるでしょう。アストンマーティンのアナウンスによれば彼らはこのクルマを“ラグジュアリー・テイラーメイド・シティカー”と定義するそうです。
ではなぜ、アストンマーティンは他のメーカーのクルマをベースとしたのでしょう。その答えはじつは簡単です。というのも、こういった小規模自動車メーカーにとっては常套手段で、これまでも多くのメーカーが同じようなことをしてきました。アストンマーティンの過去モデルで言えば、当時のジャガーをベースにしたDB7がそれにあたります。親会社フォードの手腕により、“DBシリーズ”の名でリリースしました。もちろん、今日のラインナップはそれとは違い独自性を持ちます。レーシングコンストラクターであるプロドライブの技術を使い、アストンマーティンらしい世界を演出します。ル・マン24時間レースで培ったノウハウも大きく役立っていることでしょう。
ただ、現CEOのベッツ氏は進化の歩みを止めません。常にマーケットニーズを読み取り、そこから新しい発想を具現化します。カーガイである彼は顧客と一緒にサーキットへ足を運ぶ機会が多く、そこからヒントをいただくこともあるとか。どうやらDBSにヴォランテ(オープンモデル)を追加したり、クーペにリアシートを装着したのも、そこでの顧客との会話が根底にあるようです。で、その中で近年声が大きくなったのがコンパクトカーへのニーズ。スポーツカーの現行モデルとは異なる日常使いできるコンパクトなラグジュアリーカーが求められたのです。
と、ここまでで勘のいい方ならおわかりいただけたでしょうが、このプロジェクトをオファーしたのはアストンマーティン側。一説にはLFAのテストドライブで知り合ったトヨタ側トップからの提案とも囁かれましたが、そうではないようです。
ではその中身ですが、前述したようにスリーサイズは全長3m、全幅1.7m、全高1.5mとなります。2ドアというボディスタイルもIQと変わらなければ、4シーターというパッケージングも同じです。見かけの特徴はやはりフロントマスクでしょうか。かつて“2億円のスーパーカー”と称されたone-77を手掛けたデザイナー、マレック・ライヒマンがここにアストンのアイデンティティを注入しました。
ただしドアを開けて中に乗り込むと、それ以上の感動を覚えます。レザーやアルカンターラをたっぷり使った仕上がりはまさにアストンマーティン。聞いた話では、レザーはDB9と同質で70%にあたる量を使用というから驚きです。そういえば、乗り込んだときの匂いがDB9と同じでした。レザーの匂いかと思われます。
トヨタのエンジン搭載なのに
確かに違うのはなぜ?
エンジンはそのままトヨタ製1.3リッター直4DOHCを搭載します。デュアルVVT(可変バルブタイミング機構)付きのそれはレスポンスのいいエンジンとして定評があります。組み合わされるトランスミッションは6速MTを基本とし、CVTをオプション設定。どちらも省燃費という面で威力を発揮します。じつはこのプロジェクトのキモはここにあります。コンパクトで使い勝手のいいシティコミューターであると同時に、DBSを頂点とする他のラインナップにはない環境性能を持ちます。要するに、環境対策が叫ばれる時代の流れの中で、彼らはシグネットという答えを出したのです。フェラーリやポルシェのハイブリッドカー化でもわかるように、この規模のメーカーでもそれは重要な課題ですね。
それでは実際に走った印象ですが、ハードウエアを共有する今回のやり方ではIQとの違いは感じられないと思うのが当然です。ですが、実際はそれとは違う乗り味で、パワーこそありませんがアストンの他のモデルに通じるオリジナリティを感じました。操作系パーツに味があるというか、しっくりきます。現実にはエンジンマウントのブッシュを変えただけで、あとはレザーや遮音材の分量で重量増加しています。つまり、データだけでは機敏さを失ったと考えるのが正しい見解でしょう。もしかしたら、インテリアの高級感ある出来映えから視覚的にそう感じたのかもしれません。う~ん、でも確かに違うんですよ、細かいピッチングもおさまっているし、なにかアストンのマジックが施されたのでしょうか……。
シグネットはヨーロッパですでに発売を開始していますが、アジアではまず日本と香港のみとなります。グレードはスタンダード車の他、2つの発売記念モデルを用意。ローンチ・エディションと呼ばれるのがそれで、ホワイトとブラックがあり、それぞれが異なる個性を持ちます。詳細はここでは省きますが、2つのローンチ・エディションは両地域合わせて50台というから希少性は高いでしょう。こちらにはレザーバッグで知られるビル・アンバーグのカスタム・ラゲッジセットが付きます。グローブボックス・バッグ、脱着式ドアポケット・バッグ、旅行鞄、ガーメント・バッグ、トートバッグなどなど。フィアット500 トリブート・フェラーリを思い出す演出です。
最後にシグネットという名前ですが、これは白鳥の子供を意味するそうです。ドアを開くと白鳥が羽を広げたように見えるスワンドアのアニキたちに引っ掛けたんですかね。個人的にもなかなかいい名前だと思います。あとはマーケットでどれだけ羽ばたけるか。“白鳥の子は白鳥”であることを期待します。
主要スペック
Dimensions – Length | 3.0 metres |
Width | 1.7 metres |
Height | 1.5 metres |
Max power | 72 kW (97 bhp / 98 PS) at 6000 rpm |
Max torque | 125 Nm (92 lb ft) at 4400 rpm |
Max speed | 106 mph (170 km/h) |
Acceleration | 0-62 mph (0-100 km/h) 11.8 seconds [6-speed manual] 11.6 seconds [CVT] |
販売価格 | マニュアル 4,750,000円 CVT 4,900,000円 ローンチ・エディション マニュアル 5,775000円 ローンチ・エディション CVT 5,925,000円 |
アストン・マーチンオフィシャルサイト
http://www.astonmartin.com/
Text:Tatsuya kushima
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