Vol.21
再び戻るべき場所へ
チーム体制の意義
晴れて日本チームとして臨むことになった、アドバンス世界曲技飛行選手権(WAAC=World Advanced Aerobatic Championship)。挑むパイロットは、室屋義秀と岩田圭司のふたりである。
国別団体戦の参加条件となる3人のパイロットを揃えることはできなかったが、それでも「日本チームとして世界選手権に出場する」ことには変わりがない。室屋はそのことに大きな意義を感じていた。言うまでもなく、そこには相応のメリットがあるからだ。
例えば、曲技飛行というのは天候の影響を受けやすいため、競技が途中で中断されることが珍しくない。だが、WAACには、世界から集まった80名もの選手が出場する。全選手が順番にフライトを行うだけでも相当な時間を要するうえに、一度競技が中断されれば、当然、待ち時間は長くなり、場合によっては自分の出番がいつになるのかも分からない。だからといって、競技の様子をずっと見ていては、心身ともに消耗してしまう。実際、自分の出番が回ってこないまま、その日の競技は終了、などということも起こりうるのだ。また、競技当日の朝には、ブリーフィング(競技説明)が行われる。アンノウン(規定、フリーと並ぶ、3種目のうちのひとつ)の場合であれば、そのブリーフィングで各国から一つずつ演技に盛り込む技が発表され、その後、演技構成を考えなくてはいけない。だが、もしも選手自身がブリーフィングに出ていたのでは、フライト順が早ければ、バタバタのまま競技に臨むことになる。これでは事実上、戦えないも同然。少なくとも、勝ちにいくことはできない。
あるいは、フライト後の採点でおよそ納得できない点数が出たとする。そこで選手が抗議しても感情任せのクレームだと受け取られてしまうが、マネージャーが、ある意味で客観的な視点から抗議することには大きな意味が生まれてくる。もちろん採点が覆ることはほぼないが、審判団を牽制するという点において、その効果は決して小さくないのだ。
さらには前年の秋、大会へ向けてのミーティングが行われるのだが、そこでルール改定なども話し合われる。表現は悪いが、ロシアなどの強国はそこで自分たちに都合のいい改定を行うことが少なくない。そうした場にマネージャーが出席し、目を光らせておくことも重要になるし、そういう体制があるだけでも審判団に対し、十分「強い」という印象・プレッシャーを与えることができる。
こうしたことをパイロットが自分ひとりでやるのは、あまりにも無理がある。とても競技に集中などできない。マネージャーが常に多方向に目を光らせ、チーム全体で情報を共有する。そうでなければ戦えないのが、世界選手権という舞台なのだ。日本チームで出場するとは言っても、強国と比べれば、その体制にはまだまだ大きな差がある。それでも、自分ひとりですべてをやらなければいけないことから考えれば、室屋にとって決して小さくない前進だった。「あとは、自分のフライトに集中するだけ」。そんな思いで室屋は愛機に乗り込むことができた。
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自分はパイロットでありたい
結果から言えば、室屋の総合順位は13位。とても満足できるものではなかった。しかし、室屋の言葉を借りれば、「90%くらいの力は出せた」。採点競技である以上、明確な数字として結果は表われる。とはいえ、それは人がつけるもの。「フライトの出来としては悪くはないかな」。それが室屋自身の実感だった。特に室屋が手応えを感じたのは、4フライト(規定、フリー、アンノウン×2)のうちの最後の2フライト。すなわち、アンノウンの2本である。これについては「及第点がつけられるレベル」だったと室屋は言う。
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「自分のパフォーマンスを出すためのフィジカルコンディションやメンタル的な準備といった、トータルなコンディション作りはうまくいった。それは、この1、2年で重点的に準備してきたことだったから。それに、今後、優勝するためには、もう一段、いろんな(演技の)見せ方が必要なのが分かったこともよかったと思う」
実際、アンノウンの2本については、総合順位で室屋より上位にいる選手よりも高得点を出している。
「でも、乗っている感じとしては、実はフリーも結構よかったんですよ」
笑顔でそう話す様子が、納得のフライトを物語る。パイロットであることにこだわりを持つ室屋が何足ものわらじを履くことなく、飛ぶことだけに集中した結果、得ることのできた充足感だった。室屋はきっぱりと言う。
「僕はあくまでパイロットでありたい」
また、日本チームとして今年の大会に出場できたことは、自分が競技に集中できる体制が整ったというだけでなく、2年後、再びこの大会に日本チームが出場する土台ができたという点でも大きな意味を持つと室屋は考えている。「機体の手配などはもちろんサポートはする。だが(再来年に予定されている)エアレースが再開すれば、僕は(WAACには)行けなくなるし、それぞれ自分でやることがチームのためになる」
それはチームのメンバーに自立してほしいという意味だけではない。「究極的には、自分自身のためでもある」と室屋は語る。「僕が(世界で)勝つためには、誰かに追い掛けてきてもらわないと。下からの突き上げがないと、僕自身も強くなれないですからね。僕はあくまで自分のために、自分が勝つためにどうするかを考えたい」
手始めに来春、室屋は新人整備士を採用し、自分のメカニックとしていつでも大会に連れて行けるよう養成することを決めている。
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順位とは別の充足感
昨年のWACで、あまりにショッキングな結末を迎えたことを考えれば、13位という順位もそれほど室屋を落胆させるものではなかった。室屋は「もちろん順位としての結果は問われるが、それはさておき、内容的には満足に近い」と、自身のフライトを振り返る。
「こういう世界で生活していると、自分の満足とは別に、どうしても表向きは結果が必要になってくる。それはどこかでプレッシャーになるし、次のエアレースも含めて、やっぱり結果が出なければ、落ちていくしかない。それを考えると、理想を言えば、(アンリミテッドではなく)アドバンスだからっていうのもあるけれど、今大会では優勝争いをしたかった。でも、アドバンスとは言っても、どんな大会で勝ってもおかしくないようなパイロットが10人くらいはいる。それを考えれば、まずまずいいレベルまでは行けたかな、と思う」
室屋は「何より、あの状態からよくここまで来たなという感じはある」と話し、昨年の出来事をしみじみと思い返し、言葉をつなぐ。
「あのときは、もうやめちゃおうかなと思ったし、そこからすれば、よく踏ん張り切ったと思う。1年間、結構辛かったですからね。そういう意味では今大会は再ステップだったし、訓練の成果としてレベルが上がったという実感もある。実際に飛んでいても、去年とは余裕がだいぶ違う」。とはいえ、本当の意味で昨年味わった屈辱を払拭できるのは、同じ舞台でしかありえない。その思いもまた、室屋には確かにある。「(昨年のショックを)消すようにコントロールするんですけど、やっぱり頭のどこかに残っている。だから、そこ(アンリミテッドクラス)で勝つまでは続けるんじゃないかな」
室屋の視線は、すでに来年へ向けられている。来年は再びWAC、すなわちアンリミテッドクラスに挑む。日本チームから出場する選手は室屋ひとりだが、チーム体制は変わらない。「今年の経験がきっと生かされるはず」だと室屋は言う。この1年間の様々な活動を通じて、サポートしてくれる人も増えた。今後、チーム体制としてさらに強固なものが生まれていく可能性もある。今年出場したのは、室屋にしてみれば、1ランク落ちるアドバンスクラスにすぎない。しかも、そこで優勝できたわけでもない。国別団体戦にしても3選手以上という条件を満たせず、出場さえかなわなかった。
だが、それでも室屋が手に入れたものは決して小さくない。大空の覇者となるべく、室屋は描く理想に一歩ずつ、確実に近づいている。
Yoshihide Muroya
室屋義秀
1973年1月27日生まれ。日本を代表するエアロバティックスパイロットとして、現在まで170か所に及ぶエアショー実績を誇り、無事故。2008年11月、アジア人初のレッドブル・エアレースパイロットとなり、2009年からレースに参戦。参戦パイロット15人中、自己最高位は最終戦バルセロナでの6位。2010年も善戦するも、レッドブル・エアレースは2011年から休止に。2011年、エアロバティックス世界選手権WACに出場。ホームベースであるふくしまスカイパークにおいては、NPO法人ふくしま飛行協会を設立。航空文化啓蒙や青少年教育活動の基盤作りにも取り組む。東日本震災復興においてはふくしま会議への協力など尽力する。2009年、ファウスト挑戦者賞を受賞。
エアロバティックスチーム「チーム・ディープブルース」公式サイト
http://teamdeepblues.jp/index.html
Text:Masaki Asada
Photos:Pathfinder
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