エアレース1年間の休止
突如、発表になったレッドブルエアレース2011年シーズンの休止。
メディアやファンなど、外部の人間のみならず、当事者とも言うべきエアレース・パイロットである室屋義秀にとっても、降って湧いた話だった。
実は、室屋は第6戦が行われるドイツへ発つ前に、その噂を耳にした。ただ、それが事実なのかどうかを確認できるだけの確かな情報は、ついに得られなかった。
「レースもあるし、気にしても仕方がない」
室屋はそう考え、ひとまずドイツへ向かったのだが、当地でパイロット向けのミーティングが開かれ、正式に2011年シーズンの休止を伝えられたのである。
休止の理由は、おおまかに以下のようなことだった。
レッドブルエアレースはスタート当初に比べ、飛行機の性能を含め、格段にレベルが上がっている。それにより、僅差で勝負が分かれるタイトなレースが行われるようになった。
だが、その一方で、エアレースを取り巻く様々な仕組みが、レース自体のレベルアップに後れを取るようになっていた。主催者側は毎戦毎戦、レースを開催することに精一杯で、安全対策を含めたシステムの開発が追いついていかなくなったのである。
それならば、1年間の休止期間を取って、そこでサポート体制を再構築しようというのだ。
実際、2010年シーズンにはこんなことがあった。
シーズンはじめ、飛行機の垂直尾翼に積むテールカメラをHD仕様にするということで、エアレース側が新たな機材を用意した。ところが、実物を見てみると、何と30㎏もある大掛かりなもの。チーム室屋のみならず、各チームがこれには猛反発した。
「ただでさえ、機体重量を削って飛んでるのに、30㎏もあったら、重心位置はズレるし、その重さが10数倍になってGにはね返ってくる。飛行機メーカーの担当者も目を点にするような代物で、『こんなもん、積めるわけないだろ』って大騒ぎになったんです」
もちろん、誰一人としてテールカメラが必要ないとは思っていない。メディア戦略を考えたとき、より臨場感のあるクリアな映像があるに越したことはない。だが、そのためにパイロットが、場合によっては危険にさらされる負担を抱える、というのでは話にならない。
つまり、レッドブルエアレースをより安全かつハイレベルなものにし、より多くの人たちに見てもらえる環境を整えるため、1年間のブレイクを取るということだ。決してネガティブな理由で休止が決まったわけではない。
こうした理由については、室屋にも心当たりがあり、十分理解できるものだった。
エアロバティック世界選手権への再挑戦
ただし、パイロットとしては難しい立場に立たされることになった。
「エアレースが再開した場合は、僕らは『最優先でレースチームに入ることになる』とは言われてます。でも、そのためにどうしろっていう指示は、今のところないんです」
再開に向けて準備しようにも、「今から飛行機を改造しても、1年経ったら時代遅れになっちゃう可能性もあるので、今のところは考えてもしょうがない」という状態なのだ。
実のところ、2010年シーズンの終了を待たずに、チーム室屋はすでに翌シーズンへ向けて動き出していた。
「新しいエンジンはすでに準備していて、正式契約ではありませんが、口頭では(購入の)約束までしていました。かつてF1に携わっていた人が作ったエンジンで、もう(2010年の)年末くらいにはテストで回せるはずだったんですけどね」
だが、それも現時点では、様子見である。2010年をともに戦ってきたエッジ540も、テクニシャンの西村隆が活動拠点とするロサンゼルスで、ひとまず待機させることになっている。
「実際にレギュレーションが出てからじゃないと、何が使えて何が使えないのかも分からない。昨年(2010年) 用意した新カウリングシステムの例もあるし、作っても無駄になっちゃう可能性があるので。とりあえず今は、パイロットとして常に戦えるコンディションだけ は作っておきたい。それ以外のことを考えても、自分のコントロールの範疇じゃないし、どうにかできるもんじゃない。機体は後から作っても間に合うかもしれないけど、パイロットのコンディションは1日2日でできるもんじゃないから」
エアレースが休止となる2011年、室屋が最大のターゲットとして定めたのが、夏にイタリアで開かれるエアロバティック世界選手権だ。
「エアレース・パイロットになる前も、曲技のトレーニングキャンプをずっと積んできましたから。そういう技術的なトレーニングを積んでおけば、エアレースにも対応できる。しばらくは世界選手権へ向けて、パイロットとしてのトレーニングをしていくっていう感じです」
室屋が世界選手権に出場するのは、2007年以来。4年ぶりの挑戦ということになる。
「自分のコンディション作りは、基本的にエアレースと共通してる。なので、4年前と比べても、精度はぐっと上がってきてるのは分かります。あとはトレーニングキャンプで技術的な部分の準備をすれば、結構いい成績が出せるんじゃないかと思ってます」
「危険な状態」を乗り越えて得た課題
振り返ってみると、2010年シーズンは全6戦のうち2戦を棒に振り、ポイントを獲得したのは2戦のみ。最高成績は9位にすぎない。数字だけを見れば、ルーキーイヤーから後退したような印象さえ受けるシーズンだった。 しかし、室屋はそんな見方をきっぱりと否定する。
「今年、年間チャンピオンを取るっていう目標だったら、もちろん話は違うんですけど、自分的には納得しているというか、非常にプラスになったシーズンだったと思ってます」
ニューヨークでは「ケガもせずに済んだのが不思議なくらい、これまでの人生で最も危険な状態」を経験し、精神面の強化の必要性を痛感させられた。帰国後は、メンタルコントロールに関連する本を読みあさり、その一冊の著者が福島大教授であることを知ると、「せっかく近くにいるのだから」と連絡を取って話も聞きに行った。
「何回か会って話を聞いてると、自分自身、『まだ、全然ダメだな。一からやり直しだ』みたいな感じです。でも、すぐに成果は出なくても、2、3年先を考えたら、必ずこの経験が生きてくると思います」
操縦技術についても、「そんなに差を感じることはないが、反射神経というか、反応速度を上げる必要がある」と室屋は考えている。
「それを作り出すための体のバランスが悪いというか、体の使い方を少し変えないと、これ以上、操縦技術も伸びないのかなというのは感じました」
現在は理学療法士の指示を受けて、肉体改造に励んでいる。
「どうも僕は、筋肉量に比べて力が出てないらしいんです。実際、(筋肉量に対して)15~20%なんて誰でもすぐに落ちるらしくて。それで背骨のゆがみを整えてもらったりすると、確かに力が入るし、数値が上がる。20%とは言わなくても、数%上がるだけで、ずいぶん違うんじゃないかと思いますから」
そして、室屋は苦笑しつつ、こう付け加えた。
「そんな課題も、飛行機を壊したおかげでたどり着いたんですよね」
ルーキーとして臨んだ2009年以上に、様々なアクシデントに見舞われた2010年。だが、アクシデントの分だけ、得たものも多かった。それだけに、さらなる成長を見せるチャンスだった2011年シーズンが休止となることが、残念でならない。
しかし、室屋の挑戦がこれで終わるわけではない。1年間のエアレース休止は決してブランクなどではなく、室屋にとってはパワーアップのチャンスなのである。
2012年、室屋が再びレッドブルエアレースの舞台に立つことを楽しみにするとともに、まずはエアロバティック世界選手権での活躍に期待したい。
レッドブル・エアレース 2010年 年間スケジュール
Yoshihide Muroya
室屋義秀
1973年1月27日生まれ。エアロバティックスパイロットとして、現在まで150か所に及ぶエアショー実績を誇り、無事故。2008年11月、アジア人初のレッドブル・エアレースパイロットとなり、2009年からレースに参戦。参戦パイロット15人中、年間成績は13位、自己最高位は最終戦バルセロナでの6位。ホームベースであるふくしまスカイパークにおいては、NPO法人ふくしま飛行協会を設立。航空文化啓蒙や青少年教育活動の基盤を作っている。ファウスト・エアロバティックスチームのスーパーバイザー。
◎レッドブル・エアレース参戦直前のロングインタビューはコチラ
Team MUROYA
レッドブル・エアレース
Team Deepblues
Cooperation:Red Bull Japan
Photos & Movie:"Red Bull". All other rights reserved.
Text:Masaki Asada
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