戦闘力を増すエッジ540
予選すら飛ぶことを許されなかったウィンザーでの第3戦が終わり、室屋義秀が日本へ戻る一方で、愛機エッジ540はアメリカ・オクラホマにあるメーカーの工場に送られていた。第一には、第3戦欠場の原因となった右翼破損の修理をするため。そして第二に、さらなる戦闘力アップを図り、様々な改造を施すためである。
世界のトップパイロットが一堂に会するレッドブル・エアレースでは、パイロットの飛行技術はもちろん、飛行機自体の能力が勝敗を大きく左右する。オフシーズンの準備段階ではもちろんのこと、シーズンに入ってからもレースとレースの間のわずかなインターバルにさえ、最新パーツが取り入れられていくのが当たり前だ。
ただし、短い時間にできることには、当然限界もある。
機体周りには、具体的にはタイヤカバーやテール部分のカバーなど、「これを付け替えれば、速くなることが分かっているものがある」と室屋は言う。だが、それらは成型に時間がかかり、短期間で機体をレースに戻すのが難しい。必然「改造はエンジン周りが中心になる」。
例えば、こんな具合である。
エッジ540は今回、エンジンの吸気装置に改造が施された。吸気パイプを径の太いものにし、それと同時に空気がエンジンに入る部分のパイプは絞ったものに付け替える。そうすることによって多くの空気を吸い込み、かつ、加圧がかかって、エンジン内への空気の吸入速度は上がるのだ。これだけで「出力は2、3%アップする」という。
こうして数字にしてしまうと、そんなものかと思ってしまうが、こうした改造で得られる出力アップは馬鹿にできない数字である。 室屋も「タイムにしたら、たぶん1、2秒は違うでしょう」と、その効果を認める。1、2秒というタイム差が、エアレースにおいてどれだけ大きなアドバンテージであるかは言うまでもない。
サンディエゴ以来のレース復帰
第4戦の会場であるハンガリー・ブタペストに入り、改造を施された愛機の操縦桿を握った室屋は、エンジン側(機体前部)が軽くなり、操縦性が向上していることを実感した。
「非常に質のいい改造ができていました」
第3戦で1レースを丸ごと棒に振っていた室屋にとって、それが貴重な後押しであることは間違いなかった。
とはいえ、まず室屋がしなければならないのは、レースを飛ぶのに必要な基礎技術を確実なものにすることである。
第3戦でほとんど何もできなかったため、「第4戦は結果を度外視して、基礎技術のおさらいと、レース感覚を取り戻すことに使おう」と考えていた室屋は、フライトタイムが自分の目や耳に入らないよう、チームスタッフに情報を遮断させた。
「タイムを追いながらやると、全部がおろそかになってしまうし、タイムを知ってしまうと、どうしても気になってしまうから」
チーム室屋のテント内では、タイムが表示されるモニターがただちに目隠しされた。
トレーニングセッション1本目。飛行高度が上がったり下がったりと、不安定さを露呈したフライトに、室屋は「ついていけない感」を改めて思い知らされた。だが、タイムという結果を一切無視したことで、次第に不安定だったフライトは落ち着きを取り戻していった。確実な高度を保ち、トップからプラス3秒から5秒というタイム(もちろん、この時点では室屋がそのタイムを知るよしもないが)で飛ぶ。これを繰り返すうち、室屋はレースフライトの感覚が体の隅々に戻ってくるのを感じていた。
そして予選2本目――トレーニングセッションから通算7本目――のフライトでは、ペナルティなしでゴールラインを通過できた。当然、タイム的には勝負になっていない。結果は、予選通過ライン(10位)から1秒以上遅れた14位。だが、「すべては予想通り」と、室屋は満足感さえ漂わせた。
「もし、そこまでに基礎が仕上がっていなければ、ワイルドカードももう一回自分のためのトレーニングとして使うつもりでした。でも、チームコーディネーターと話し合った結果、オーケーだろう、と。次の日のワイルドカードからは、完全にレースモードに切り替えることにしました」
室屋が「成績を求める必要はないと思っていたし、求めないつもりだった」という第4戦。しかし、天候に恵まれ、トレーニングセッションをフルに飛ぶことができたこともあって、第3戦から残っていた「ついていけない感」は、完全に払拭されていた。
翌日のワイルドカード。遅ればせながら、室屋はサンディエゴ以来のレースに“復帰”した。
レースモードに切り替える――。
それは、ブタペスト入り以来初めて、タイムを意識して飛ぶということである。予選までのフライトには自分なりに満足していたとはいえ、そのままのタイムではとてもトップ12には残れない。
「2秒詰める」
そう目標を定めて、室屋はワイルドカードに臨んだ。
前日までの7本のフライトで無理をせず基礎訓練に徹して飛んできた室屋は、言い換えれば、どこでもう少し無理が利くのかも分かっていた。2秒というタイム短縮は十分可能だという手応えがあった。
果たして、結果は室屋のイメージ通りのものだった。
予選での1分15秒台から1分13秒台へと、文字通り“計ったように”2秒を詰めた室屋は、見事にワイルドカードを突破。トップ12へと駒を進めた。
しかし、前日までトレーニングに徹していたパイロットが、簡単にいくつものステップを勝ち上がれるほど、エアレースは甘いものではない。
本選開催日のエアレースはまず、ワイルドカードから始まる。つまりパイロットはそのスタート時間に合わせて、朝から準備を進めることができる。だが、ワイルドカードを勝ち上がって、次のトップ12に進むとなると、そのインターバルはイベントスケジュール上でもわずかに1時間。当のパイロットに与えられる時間となると、実質40分ほどしかない。これでは一度心身ともにリセットし、体を休めて、再び集中力を高めて、と段階を踏んで準備をするのは難しい。
しかも、タイム的にはもう1秒は詰めないと、スーパー8に残れない。
「さらにプッシュしていく」
そう意気込んでトップ12のフライトに飛び出していった室屋だったが、「技量的な余裕がないことも含めて、体力、集中力とも(ワイルドカードと)同じ状態ではありませんでした」
次なる狙いはスーパー8
室屋はひとつ目のゲートを通過し、旋回していたところで、早くも「自分の感覚が飛行機のスピードに遅れている」のを感じていた。時間にすれば、「コンマ1秒か、あるいはその半分くらい」。だが、それを取り戻せというのは、今の室屋には無理な相談だったのだ。
結局、室屋はこのフライトでパイロンヒットを含め、8秒のペナルティをもらった。最終結果を聞くまでもなく、これではスーパー8に残れるはずもない。
「能力の100%を出し切って飛んでいる感じなんで、100%の集中でいかないとフライトが乱れちゃう。わずかに集中が切れているのが、自分でも分かっていたんですけどね。ミスなくすべてがうまくいけばいいけど、一度遅れが出るとそれを取り戻すことができない。能力の90%くらいで飛ぶことができれば、残り10%の余裕でもう一度戻れるんだろうけど……。要するに、能力の80%とか90%で飛べる技術を身につけることが、スーパー8、さらにはファイナル4へつながるんです」
そこには当然、マシン性能も影響してくる。もし他より速い飛行機を持っていれば、それだけ余裕を持って飛ぶことができる。だが、冒頭で紹介したエンジンの改造ひとつ取っても、トップチームの後追いをしている状況の室屋にとっては、ないものねだりでしかない。
「今の状態では、トップのパイロットが揃ってミスしてくれない限り、優勝は物理的に無理っていうのが現実。まあ、資金力も含めてレースだから、そのへんもモータースポーツの醍醐味なんでしょうけど。だけど、今までは自分の技術が安定していなかったから、正直、その性能がよく分からなかったけど、こうなってみると、僕の機体だって決して悪くはない。スーパー8には残れる性能が十分あると思ってます」
室屋は晴れて今年、アジア人初のレッドブル・エアレース・パイロットとなっている。第2戦のサンディエゴでは初のポイントも獲得した。それでも、室屋は本当の意味で、エアレースに参戦してはいなかったのかもしれない。
振り返れば、初戦から天候に恵まれず、なかなか十分な数のトレーニングフライトをこなすことができなかった。1本でも多くのフライトを経験したいルーキーパイロットにとっては、酷な仕打ちの連続だった。そんなときに起きた、未曾有のアクシンデント。第3戦では右翼の破損によって、レース欠場という不測の事態まで味わった。
「レース体制はようやく整ったし、次(第5戦)のポルトまではあまり時間も空けずに臨める。次からは、完全に狙いをスーパー8に絞っていきます」
なかなか万全の体勢で臨むことを許されないジリジリした状況が続く中、ようやく訪れた本気の勝負。次戦、室屋は大西洋に面した美しき港町で、世界をあっと驚かせることになる。
ついに後半戦に入ったレース
ポルト戦の戦績
http://www.redbullairrace.com/cs/Satellite/en_air/Table/
レッドブル・エアレース ワールドチャンピオンシップ2009の途中経過
Yoshihide Muroya
室屋義秀
1973年1月27日生まれ。エアロバティックスパイロットとして、現在まで140か所に及ぶエアショー実績を誇り、無事故。昨年11月、アジア人初のレッドブル・エアレースパイロットとなり、今年からレースに参戦中。ホームベースであるふくしまスカイパークにおいては、NPO法人ふくしま飛行協会を設立。航空文化啓蒙や青少年教育活動の基盤を作っている。ファウスト・エアロバティックスチームのスーパーバイザーに就任。
◎レッドブル・エアレース参戦直前のロングインタビューはコチラ
レッドブル・エアレース
室屋義秀ブログ
Team Yoshi Muroya
Team Deepblues
Cooperation:Red Bull Japan
Photo:Taro Imahara at Red Bull Photofiles
Text:Masaki ASADA
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