難コースに待ち受ける鬼門
年間8ポイント獲得――。今年初めてレッドブル・エアレースに参戦するにあたり、室屋義秀が掲げた目標である。
ここまで5戦を終了して、室屋が獲得したポイントは、第2戦サンディエゴでの1ポイント(11位)と第5戦ポルトでの2ポイント(10位)の計3ポイント。そこから逆算すれば、年間目標を達成するには、バルセロナでの最終戦で5ポイント獲得、すなわち7位に入ることが条件となる。これまでの戦績を考えると、かなり高いハードルであることは間違いない。
「バルセロナは結構テクニカルコースである上に、エンジンのパワーも必要。パイロットのテクニックと機体の性能の兼ね合いで言えば、今の僕にとって7位に入るのは簡単じゃない。ミスをすれば、絶対に届かないレベルなんです」
それでも室屋は、「なんとかそこ(7位)までは行くぞという、おおざっぱに目標を立てて」、最終決戦の地、バルセロナへと乗り込んだ。ポルトで得た、これまで以上の手応えを頼りに。
「以前なら、レース前に考えるのは基本事項がほとんど。つまり、“コースをどう回るか”、だった。だけど今の僕は、基本事項は簡単に終わらせて、“コースのどこをどう攻めるか”を考える。もちろん、今までもそういうことを考えていなかったわけではないけど、その比重はだいぶ変わりました」
前回のポルトで初めて予選通過したことは、室屋に自信を与え、考え方さえも大きく変えさせた。
「ワイルドカード(敗者復活戦)に回ると、ファイナル4まで残ろうと思ったら、1日に4フライト飛ぶことになってしまう。これでは体力的に、フライトのクオリティを保つのは無理。ポルトで初めて予選通過してみて、やっぱり楽だったから。予選では、ともかくトップ10に残らなきゃダメだ、と」
ところが、である。予選前日のトレーニングセッションで、室屋はクアドロゲートにダブルヒット。一度に2本のパイロンに当たる失態を演じてしまう。
クアドロゲートは、室屋にとって鬼門だった。
「僕の一番の苦手科目。確実に飛ぼうとすると、1.5秒くらい遅くなる。それを2回通れば、3秒。圧倒的に遅くなるんです」
しかも、バルセロナのコースはスタートゲートを抜けると、すぐにクアドロゲートを迎える。すなわち最高速でクアドロゲートに入ることになるため、かかるGも大きい。ただでさえ苦手な上に、そもそも過酷なコース設定になっているのである。
痛恨のパイロンヒット
翌日の予選1本目、前日のトレーニングフライトを踏まえ、室屋は余裕を持って慎重に飛んだ。おかげでパイロンヒットは避けられたが、その分、予選通過が際どいタイムになってしまった。確実にトップ10に残るには、もう少しタイムを詰めておかなければならない。
自身、「ちょっと焦りがあった」と振り返る予選2本目。室屋は管制塔からコースインの指示を受け、スタートゲートへと向かった。だが、すでに視線の先にはクアドロゲートが捉えられている。
クアドロ、クアドロ、クアドロ……。
視線以上に、室屋の意識は完全に“苦手”クアドロへ向かっていた。
さぁ、スタート、と思ったその瞬間、エッジ540の右翼はスタートゲートを切り裂いていた。
「完全な凡ミス」。悔いてみたところで、後の祭りだった。ポルトに続き、2戦連続で予選を通過し、その勢いで初のスーパー8に進出。そんな室屋の思惑は、スタートと同時に吹き飛んだ。
実は今年、室屋は年間14パイロンヒットを記録し、最多パイロンヒットのウィナーとなった。手にした表彰盾には、14枚のパイロンの切れ端が飾られていた。少々シニカルな表彰ではあるが、ルーキーパイロットにとって、切れ端の数だけ成長してきた証でもある。
だが、同じパイロンヒットでも、今日のそれは意味が違った。
いわば、これまでのパイロンヒットは自分の技量なりにトライし続けた結果である。室屋曰く、「ぶつかるべくしてぶつかってた」。ところが、今回はまったく思いもしないところでミスを犯し、チャンスを棒に振ったのである。
「これまで、機体の改造にしても、トレーニングにしても、できることはすべてやってきた。だとしたら、あとはパイロット自身の集中力の勝負なのに……」
このままでは終われない。室屋は挽回の機会、すなわちワイルドカードへ向け、集中力を高めていった。
解決策は自分のなかにある
幸い、ポルトでいいイメージを残していたことで、室屋が気持ちを切り替えやすい状態にあったことは間違いない。だが「そこには、ある偶然も作用していた」と室屋は言う。
室屋らルーキーパイロットたちは、昨年のトレーニングキャンプで教官を務めたパトリック・パリスを、今年の最終戦ということでバルセロナに招待していた。そのパリスがキャンプ中、口酸っぱく説いていたのが、メンタルにおける準備の重要性だった。
「トップに近づけば近づくほど、互いの力の差はなくなる。そのとき、何が勝敗を分けるか。70%はメンタルだ」、と。
予選を終え、苛立ちを隠し切れない室屋に、パリスが話しかけてきた。
「1回目はどうだった?」「じゃあ2回目は?」「なぜそんなふうに考えたんだろう?」――パリスに誘導されるように自分の心の内をさらけ出していくうち、室屋は不思議と気持ちが楽になっていた。
「気持ちを切り替えろ、って言われて、簡単に切り替えられるものではない。結局、解決する方法は、自分でしか見つけられない。言い換えれば、その答えは自分のなかに持ってるということ。パリスは話しながら、僕の答えを引き出してくれた」
翌日、室屋はコックピットに収まると、いつになく神経が研ぎ澄まされているのを感じた。視界がクリアになり、風景が色鮮やかに目に飛び込んでくる。好調時、しばしば起こる現象だった。
迎えたワイルドカード。室屋は後続を約3秒の大差で引き離し、悠々と勝ち上がった。
気持ちを切り替えた室屋は、予選のトラブルなどなかったかのように、トップ12でも「(スーパー8へ)勝ち上がる気マンマンでした」。上位のタイムと見比べて、ワイルドカードと同程度のタイムで十分に勝ち上がれると踏んでいた。
それでも実際のタイムは、コースに風が出た分、余裕を持ったことで、0.5秒ほど遅くなった。タイム的には、8位に残れるかどうかギリギリというところ。またひとり、またひとりと後続のタイムを、少し焦れながら待った。
納得の2009ラストフライト
しばらくすると室屋は、フライトが立て続けに行われるレッドブル・エアレースのスケジュールの都合上、勝ち上がりが確定する前に、スーパー8に備えてコクピットに乗り込み、いつでも飛び立てるスタンバイ状態でその連絡を待つこととなった。
ほどなくして、12人全員のフライトが終了。
そして愛機のコクピットでじっと待つ室屋のもとに、初のスーパー8進出の報が伝えられたのである!
そして喜びに浸る間もなく、すぐさまのTAKE OFF!
しかし、室屋の快進撃もここまでだった。
風がさらに強くなり、室屋が苦手とするクアドロはさらに難易度を増した。フライト自体は「まあまあ思った通りにできた」という室屋だったが、クアドロの遅れをカバーするには至らなかった。最終成績は6位。ファイナル4進出はならなかった。
それでも、現状では力を出し切ったという充実感はある。
「クアドロでもっと攻めていたら、今の状態では、たぶん(パイロンに)当たっちゃうんじゃないかな。ギリギリ当たらずに行ったとしても、ナイフエッジで乱れると思うんで。今度はそっちで2秒(のペナルティを)取られちゃう。そういういろんな心配があるなかで、トータルとしてはプラン通り。ベストのフライトができたと思います。満足しています」
波乱含みの第6戦は、終わってみれば、室屋も納得の2009ラストフライト。ファイナル4には残れなかったが、目標としていたスーパー8初進出は果たし、目標の7位を上回る6位で6ポイントを獲得。年間総合でも、目標の8ポイントを1ポイント上回った。
「正直、難しいと思っていたけどね。7位って目標設定したから、届いたのかも」
室屋はそう言って、茶目っけたっぷりに笑った。
「でもね」。室屋が続ける。
来年こそ夢のファイナル4へ
「スーパー8のなかで、タイムは一番遅いくらいだったんだけど、みんなにミスがあって順位がポンポンと上がっていったでしょ。あともう少し……って思ったんだけどね」
アスリートの姿勢として、他の選手のミスを期待するのはいかがなものか、などと野暮なことを言うつもりはない。結果を求めてギリギリの勝負をしてきた者の、偽らざる心境がそこには表れている。
夢のファイナル4進出は、来年への宿題だ。
すでに7月から行われている新エンジンのテストをはじめ、資金集め、機体の改造と、新しいシーズンへ向けて、チームYOSHI MUROYAは動き出している。
室屋自身もこのオフは、トレーニングのため、チームコーディネーターのロバート・フライの地元であるニュージーランドへ渡る。まだ新シーズンの日程が発表になっていないが、3月下旬くらいからのシーズンスタートを想定し、12月から2月までの3か月間のうち、半分程度はニュージーランドでトレーニングするつもりだ。
「来年は、レース数がまだ決まっていませんが、全レースの80%以上はスーパー8に残って、年間総合で中間位以上に入るのが目標。そして、ファイナル4にも一度は残りたい」
今年の成績を見れば一目瞭然、現在のレッドブル・エアレースはポール・ボノム、ハンネス・アルヒの2強体制である。
言いかえれば、ちょっとした好不調の差やミス次第で、ファイナル4のうち、2席は誰にでもチャンスがあるということになる。今年年間総合3位のマット・ホールにしても、6戦のうち表彰台に立ったのは一度だけ。安定した成績を残すことができれば、総合3位すら到達可能な順位なのである。
振り返れば、ルーキーシーズンの今年、室屋は様々な不測の事態に襲われた。それでも着実な歩みを見せ、最終的には年間目標を達成できたのは、室屋が背伸びをせず、確実に基礎固めを続けてきた成果だと言えるだろう。
とはいえ、「アリとキリギリス」の童話ではないが、基礎固めの成果が本当に表れるのは、来シーズン以降のことではないだろうか。
2年目のシーズンを迎える室屋が我々に大いなる期待を抱かせるのは、年間9ポイント獲得したからでも、最終戦で6位に入ったからでもない。
来年への準備のシーズンと位置付けた今年、室屋が焦らずに基礎固めを続けてきたからだ。
大空の覇者へ――。その歩みはまだ始まったばかりである。
2009年最終戦
バルセロナ戦の戦績
http://www.redbullairrace.com/cs/Satellite/en_air/Table/
レッドブル・エアレース ワールドチャンピオンシップ2009 最終戦績
Yoshihide Muroya
室屋義秀
1973年1月27日生まれ。エアロバティックスパイロットとして、現在まで140か所に及ぶエアショー実績を誇り、無事故。昨年11月、アジア人初のレッドブル・エアレースパイロットとなり、今年からレースに参戦中。ホームベースであるふくしまスカイパークにおいては、NPO法人ふくしま飛行協会を設立。航空文化啓蒙や青少年教育活動の基盤を作っている。ファウスト・エアロバティックスチームのスーパーバイザーに就任。
◎レッドブル・エアレース参戦直前のロングインタビューはコチラ
レッドブル・エアレース
室屋義秀ブログ
Team Yoshi Muroya
Team Deepblues
Cooperation:Red Bull Japan
Photo:Taro Imahara at Red Bull Photofiles
Text:Masaki ASADA
Special Thanks: J SPORTS
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