Vol.3
ポイント獲得よりも大切なこと
~レッドブル・エアレース第2戦サンディエゴ編~
5月10日、レッドブル・エアレース第2戦、サンディエゴ。室屋義秀は歴史的なポイント獲得にも、どこか冷めた様子を見せていた。
「取れたことはうれしいけど、失格になった人もいて、ある意味で“勝手に転がり込んできたポイント”だから」
日本人初のパイロットとして今年からレッドブル・エアレースに参戦を果たした室屋は、デビュー2戦目にして11位となり、早くもチャンピオンシップポイント「1」を獲得した。目標とする世界一まではまだまだ長い道のりが待っているとはいえ、大きな一歩である。この一歩なくして、世界一もありえない。それでも室屋が派手に喜びを表すことはなかった。
平静を装ったわけではない。それが初ポイントに対する、室屋の偽らざる感情だった。
だが、それとは別に、心の中には思わず笑みをこぼす、もうひとりの自分もいた。
「フライトの精度が確実に上がっている」。室屋にとってはポイントを取れたことよりも、そのことのほうが重要であり、またうれしくもあった。
経験の差をいかに埋めるか
勝敗、あるいは順位を争う競技において、経験というものの重要性は言うまでもない。エアレースもまた、経験者有利の競技である。
例えば、第2戦が行われたサンディエゴは過去3年間、コースセッティングがまったく変わっていない。つまり、ベテランパイロットたちはすでに同じコースを何度も経験していることになる。
もちろん、ルーキーパイロットたちも図面でコースセッティングを確認し、どう攻めたらいいのかを考えてフライトに臨む。だが、理論上の計算をもとに飛んでみたら、ゲートセッティングの微妙な変更や風向きなどによって、フライト前のプランとは全然違っていたということも少なくない。
「スピード、距離、角度と、いろいろな計算をもとにデータを持ってはいます。このゲートはこの角度までは通れるとか、ここはまっすぐ行けるとか。でも実際にやってみると、全然曲がれなくてパイロンに当たっちゃった、なんてことがあるわけです」
パイロットはコックピットから見える、様々なものを目標にして飛んでいる。例えば、右、左の順に曲がるとき、どのタイミングで左に曲がり始めればいいのか。一番高いビルが見えたときなのか、それとも、その隣のビルが見えたときなのか。
「過去に飛んだことのあるパイロットは、コックピットから何がどう見えるかっていうことがすでに分かっている状態でレースを迎えられる。これはアドバンテージがありますよね」
もしもコックピットのオンボードカメラから撮影された過去のレース映像があれば、大いに参考になるところだが、これはそれぞれのパイロットにとって“企業秘密”。他のパイロットが入手するのは難しい。結局は自分で実際に飛んで見て、そのビデオを解析することが最も有益な情報が得られる手段となる。
それだけに、1本でも多く飛びたい。コース経験豊富なベテランパイロットと違い、試行錯誤を繰り返さなければならないルーキー室屋にとって、その願いは切実だった。
にもかかわらず、サンディエゴの公式トレーニングセッションで飛べることになっていた5本のフライトのうち、実際に室屋が飛べたのは2本のみ。
海岸沿いに設置されたレース会場は連日、海から入りこんだ低い霧にすっぽりと覆われ、3本がキャンセルとなってしまったのである。
「エアレースというのは、どうしても天候の影響は避けられない。コーチからも常々、そういうことがあると思っていろ、とは言われていたんです。練習は飛べるときにその1本で終わりだと思って飛べ、と」
どうなってんだよ。第1戦のアブダビでも天候にたたられていただけに、室屋にしてみれば、誰にともなく毒づきたくなる気持ちがないわけではなかった。それでも、「イライラしてもしょうがない」と、意外なほど落ち着くことができたのには理由がある。
サンディエゴで手にした確かな手応え
今年のレッドブル・エアレースは全6戦。最長で約2か月、最短でも約3週間のレース間隔がある。パイロットにとっては、このインターバルをどう生かすかが重要であり、また難しくもある。「いいイメージをずっと残して、次のレースの準備をするというのが重要」と話す室屋にしてみれば、初戦のアブダビでの最後のフライト(ワイルドカード)を非常にいいイメージで終われたことが、プラスに作用していた。
「イメージがいいと自分の気の乗り方も全然違いますし、そういう意味では、いい精神状態でサンディエゴに入れていました」
その結果が初のポイント獲得であり、「精度は確実に上がっている」と実感できるフライトである。
室屋の言う「フライトの精度」とは、主に高度のことを指している。時速370kmで、しかも地上15~20mの高さを飛ぶため、パイロットに余裕がなくなってくると、機体は安全方向、つまり上方へと向きを変える。すなわち、自然と機体が浮き上がってくるのである。事実、室屋はこれまでクアドロゲートなどを上昇気味に通過することが多く、そこでペナルティを取られてきた。
本人はまったくの無意識のため、レースを終えて戻ってくるまでペナルティをもらっていることに気がつかないこともあった。「あとでビデオを見て、なんで? って。要するに、集中が切れたり、フライトのスピードについていけなかったりすると、そうなってしまう」。ところが、サンディエゴでの室屋は違った。
「技術的な余裕だったり、精神的な余裕だったり、全体的に落ち着きが出てきた。それによって、高度が安定してきたんです」
アブダビのフライトでもそれなりの手応えを感じていた室屋だったが、サンディエゴのフライトはそれをさらに上回っていた。
「アブダビのときとはパイロットとして感じる手応えが、1レベルも2レベルも違いますね。思い通りっていうか、非常に安定した状態で飛べた。これを続けていけば、タイムは自然とよくなっていく。そういう自信も得られました」
手応えがあまりにもよかったために、最後のフライト(トップ12)は「調子に乗りすぎて、カリキュラム以上のことをやろうとして乱れちゃった」。室屋は苦笑いを浮かべて、「あれは意味のないフライト」と振り返る。ただ、高い授業料を払った分だけ見返りもあった。
「こういうことは将来的によくないと、はっきり分かったんで。確実にカリキュラムをクリアしていかないとダメだって、あらためて思い知らされました」
最後は少しばかりミソをつけた。しかし、結果的にポイント獲得につながった1本のフライト(ワイルドカード)で、室屋は多いに自信を深めた。「いいイメージをずっと残して、次のレースの準備をすることが重要」。そう考える室屋にとっては、最高の形で第3戦に臨める、はずだった。
だが、好事魔多し。第3戦が行われるウィンザーには、思わぬ落とし穴が待っていたのである。
Yoshihide Muroya
室屋義秀
1973年1月27日生まれ。エアロバティックスパイロットとして、現在まで140か所に及ぶエアショー実績を誇り、無事故。昨年11月、アジア人初のレッドブル・エアレースパイロットとなり、今年からレースに参戦中。ホームベースであるふくしまスカイパークにおいては、NPO法人ふくしま飛行協会を設立。航空文化啓蒙や青少年教育活動の基盤を作っている。ファウスト・エアロバティックスチームのスーパーバイザーに就任。
◎レッドブル・エアレース参戦直前のロングインタビューはコチラ
レッドブル・エアレース
室屋義秀ブログ
Team Yoshi Muroya
Team Deepblues
Cooperation:Red Bull Japan
Photo:Taro Imahara at Red Bull Photofiles
Text:Masaki ASADA
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Cooperation:Red Bull Japan
Photo:Taro Imahara at Red Bull Photofiles
Text:Masaki ASADA
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