格段に安定感を増すフライト
5月のブラジル・リオデジャネイロは連日、真夏を思わせる太陽の光が燦々と降り注いでいた。
レッドブル・エアレース第3戦、1日目のトレーニングセッションを終えた室屋義秀は、自らのフライトに確かな手応えを感じていた。第2戦が行われたオーストラリア・パースでハンネス・アルヒからもらったアドバイスをきっかけに、室屋は飛行中の視点の置き方を変えた。その効果は、昨年に比べ、パイロンヒットの数が減ったことでも明らかだった。
外気温は30度超。額には大粒の汗が光っていたが、高まる充実感が暑さを忘れさせてくれた。リオに到着以来、3日間のテストフライト、そしてこの日のトレーニングセッションと、レース本番へ向けて準備は順調に進んでいた。
「今回のトレーニングセッションでも、角度を確認するためにあえて当たったようなパイロンヒットが一度あっただけ。傍で見ていても分からないと思うんですが、去年は『あっちかな、こっちかな』という感じで視点がブレて、操縦も同じようにブレていた。そうなると、1mくらいの幅で揺れてる感じがあって、どうもフライトが落ち着かない。でも今は、視点を定めて、『ここを行けば当たらない』っていう気持ちで飛べる。機体の動きも含めて、いろんなものがよく見えてるのは間違いないです」
アルヒからアドバイスを受けたばかりの前戦は、まだときどき視点がブレるのを感じていたが、リオに入り、それがかなり定まってきた実感がある。
「今は行きたいところへ行ける」
室屋は充実感を漂わせながら、「今までは、ある意味ラッキーで飛べてただけなのかもしれない」とまで言うほど、格段にフライトの安定感は増していた。
ところが、である。順調に回っていた歯車は、ここから次第に狂い始める。
予選、決勝のレースが開催される土日の2日間、リオには快晴から一転、雨の予報が出されていた。予報が当たれば、レースが中止となる可能性は十分にある。日曜日の決勝だけならともかく、もし土曜日の予選も中止になれば、トレーニング4の結果が最終順位になるかもしれない。そんな憶測まで流れた。つまり、1日2本、2日で計4本飛ぶトレーニングセッションのうち、最後の1本のタイムで最終順位が決まる、ということである。
金曜日、すなわち2日目のトレーニングセッションの朝は、すでに臨戦態勢に入ったパイロットたちが、あちらこちらでピリピリとした雰囲気を漂わせていた。
結果的に、トレーニング4で最終順位が決まることはないと、その後レースディレクターから正式発表があった。それは、土曜日までは天気が持ちそうだ、という判断があったからでもあるのだが、言い換えれば、土曜日の予選レースで最終順位が確定する可能性が高いということも意味していた。
そして迎えた土曜日。いつになく緊迫したムードに包まれ、予選がスタートした。
予想外に伸びないタイム
室屋もこの日の予選を最後に、レースが打ち切りになる可能性を承知していた。当然、「ここが勝負」と考え、予選に臨んだ。
しかし、予選が始まってみると、室屋は思わぬ事態に頭を抱えることになった。自身の操縦には手ごたえをつかんでいたはずが、どうにもタイムが伸びてこないのである。
理由は単純だった。第3戦が行われたリオのレーストラックは、例えば、第1戦が行われたアブダビと比べても、ターンの数がざっと半分程度。いわゆる高速コースなのだが、直線部分でタイムが伸びず、どうやっても他のパイロットに遅れるのである。
「全員のフライトをビデオでチェックして、自分のミスも細かく見つけて計算してみるんですけど、どう考えても追いつけない。要するに、エンジン勝負で苦しいわけです。(予選通過の)トップ10に入るなんてとても無理だな、という感じでした」
結局、予選は12位。これが最終順位になる可能性が高いことを考えれば、あまりに痛い結果であった。確かに、今年から使用しているニューエンジンは、まだ10時間程度しか回していない。新車のエンジンに例えれば、まだ慣らし運転が終わっていない状態である。
「シリンダー内部の“当たり”が出切っておらず、エンジンの温度が上がってしまうために、少し調子が落ちてきてるのかもしれない」
そんな想像はできたが、エンジンを開けてすべてのチェックをしてみても、はっきりとした原因は分からなかった。加えて、レースを重ねるごとに、他の有力チームは機体の改良が進んでいる。現状維持ですら、相対的には力が落ちていることを意味するにもかかわらず、自分のエンジンは不調を訴えているのである。
「ここにきて、ぐっと苦しくなったという感じかな」
上位を争うには、資金的にも、経験的にも、差がありすぎる。予選レース後のわずかな時間で、チーム室屋がすべての問題を解決することなど、望むべくもなかった。
鬼門の第3戦
予報通り、日曜日は雨に見舞われた。
朝から降り出した雨は一度あがり、ワイルドカードは行われたが、トップ12が始まって、4人が飛んだところで雨が激しく降り出し、レースは中断された。その後、天候の回復を待ったが、雨、風とも激しさを増すばかり。結局、レッドブル・エアレース第3戦は、ここで打ち切りとなった。
ワイルドカードをトップで通過した室屋は、トップ12で失格という結果に終わっていた。
「270度旋回の出口で少し内側に入りすぎたので、コースを変えたんですが、ジャッジ曰く、『それがアンコントロールに見えた』と。ジャッジは、ターンのときに少し降下して上がったっていうんですけど、それは通常の高速旋回なんです。確かにコース取りのミスはあったけど、それをアンコントロールって言われてしまうと……。パースで(キンドルマンの墜落)事故があって、ジャッジが少しナーバスになってるにしても、あれは完全にジャッジミスとしか思えない」
失格という結果は、室屋にとって到底納得できるものではなかった。年間のポイント争いを考えても、手痛い0ポイントである。しかし、それ以上に室屋には切実な問題が残った。
「僕のミスがあったにしても、こんなにタイムが離れたことはなかったんで。今までにない苦しい戦いでしたね。この後、デトロイトへ飛行機を移して、ロバート(・フライ)がエンジンの調整をやる予定になっています。(第4戦から投入を考えていた)新カウリングも作らなければいけないんですけど、まずはエンジンを整えないと、(第4戦の)ウィンザーで戦えないですから」
エアレースパイロットとして初めて臨んだ昨年のシーズンも、第3戦では右翼破損によってレース欠場を余儀なくされるという事態に見舞われた。いわば、鬼門の第3戦。
「また今年も第3戦でしたね」
室屋も因縁を感じずにはいられなかった。それでも、自身のフライトに対する手応えが失われたわけではない。そして、それこそが、室屋に前を向かせる原動力となっている。
「(マシンの性能で劣るという事態を)ある程度予想はしてたんですけど、もう来たかという感じ。でも、一番重要なのはパイロットの技術。自分のフライトに手応えがないのに、飛行機だけ速くても、身にならないシーズンを過ごすことになりますから」
室屋が置かれている状況はかなり厳しい。現状、どこまで戦えるマシンに戻せるのかは分からない。だが、今、ないものねだりをしていても仕方がない。来る好機に備えて、今自分ができること、やるべきことを続けるのみ。それは決して強がりなどではない。
「資金的な問題はすぐに解決するわけじゃないけど、逆に言えば、マシンさえ何とかなればトップに追いつく感触はある。だから、精神的には楽ですよ」
失格という結果には不似合いな笑顔さえ浮かべて、南米大陸を後にした室屋。しかし、次戦以降、本当の鬼門が待ち受けていることなど、このときは知るよしもなかった。
レッドブル・エアレース 2010年 年間スケジュール
Yoshihide Muroya
室屋義秀
1973年1月27日生まれ。エアロバティックスパイロットとして、現在まで150か所に及ぶエアショー実績を誇り、無事故。2008年11月、アジア人初のレッドブル・エアレースパイロットとなり、2009年からレースに参戦。参戦パイロット15人中、年間成績は13位、自己最高位は最終戦バルセロナでの6位。ホームベースであるふくしまスカイパークにおいては、NPO法人ふくしま飛行協会を設立。航空文化啓蒙や青少年教育活動の基盤を作っている。ファウスト・エアロバティックスチームのスーパーバイザー。
◎レッドブル・エアレース参戦直前のロングインタビューはコチラ
Team MUROYA
レッドブル・エアレース
Team Deepblues
Cooperation:Red Bull Japan
Photos & Movie:"Red Bull". All other rights reserved.
Text:Masaki ASADA
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