人生で学んだすべてが
“空のF1”に凝縮されている
ハンネス・アルヒ
レッドブル・エアレースパイロット
2007年の初参戦以来、レッドブル・エアレース(連載はコチラ)でトップパイロットとして活躍するハンネス・アルヒ。2008年には総合優勝を果たし、昨年はポール・ボノムとの熾烈な優勝争いの末に2位となるなど、優れた飛行技術でエアレース界をリードしている。
それでいながら、活動の場はエアレースだけにとどまらず、登山やベース・ジャンピングなども愛好する冒険家の一面も併せ持つ。そんなアルヒに、エアレースの魅力や自らの冒険心について語ってもらった。
――貴方はエアレースに限らず、様々な冒険や挑戦を実践されています。そんな中で飛行機との出会いはどんなものだったのですか。
元々、空を飛びたいというのは、自分にとってひとつの夢でした。それで15歳のときにハンググライダーを始めたのです。でも、当時はまだお金もなくて飛行機で飛ぶことはできなかった。30歳になって経済的にも余裕ができたところでパイロットのライセンスを取り、エアロバティックのライセンスを取りました。そこから飛行機の世界に入っていったのです。
――エアレースパイロットへの道がスタートしたわけですね。
そう、扉が開かれたのです。今ではエアレースは、自分の人生に欠かすことのできないものになりました。でも、エアレースは今でこそ自分にぴったりフィットしたスポーツだと思いますが、20歳ごろの自分にとってはそうではありませんでしたね。
――それはどういう意味ですか。
お金がなかったこともありますが、20歳ごろというのはまだスリルを求める年代であり、リスクマネージメントができていませんでしたから。エアレースは限界ギリギリまで速く飛ばなくてはなりませんが、それと同時に恐怖心を抑えたり、リスクをコントロールしたりしなくてはならない。そのバランスを取ることが不可欠なのです。今はいろんな経験を経て、それができるようになっています。
――日常的にはどんなトレーニングをしているのですか。
主なトレーニングは、飛行のスキルを上げるためとG耐性をキープするために行う、エアロバティックフライトですね。あとは他のスポーツでも同じだと思いますけど、集中力を高めるためのメンタルトレーニングです。ジムでの筋力トレーニングなどは、あまりやりませんね。
――エアレースをやっていて、おもしろいと感じる点はどんなところですか?
エアレースには、今までの人生のなかで、自分が学んできたもののすべてが凝縮されています。具体的には、モータースポーツとして、自分でチームをマネージメントしなくてはいけないところ。速い飛行機を作るためには、いろいろなネットワークを使って組織作りをしなくてはならないことです。また、F1などとは違い、パイロットでありながらチームのマネージャーでもあるので、予算管理も、メディア向けのPR活動もしなくてはならない。そういったすべてに、この20年間で学んできたことが生かされているのです。
――パイロットだけに集中したいとは思わないのですか。
私が20歳くらいだったら、そう考えるかもしれません。ですが、今はこの状況を楽しんでいます。二役をこなすためにエネルギーが必要なのは確かですが、私のアドバンテージは多くのエネルギーを持っていることです。エアレースのすべてに関わること、例えば、飛行機を決めたり、戦略を練ったり、いい組織を作ったり、そういうことをするのが好きなのです。私がただのパイロットだったとしても、チームマネージャーから飛べと言われて飛ぶだけでは、つまらない(笑)。
――飛行機の改造なども、自分で手配するわけですね。
今年は「エッジV3」というニューマシンに乗っていますが、これはアイディアを出し合い、会議を重ね、メーカーと共同で作ったものです。そういうことをしていかないと、みんなが同じ飛行機に乗ってレースをすることになってしまいます。それでは意味がありません。競争しながら自分がいい仕事をすることこそが、勝利につながるのです。
――チームマネージャーとして予算管理もされているということでしたが、理想の飛行機作りをするための資金は十分集まっていますか。
一部のチームには、他のモータースポーツのようにしっかりとしたスポンサーがついていますよね。例えば、ナイジェル・ラムのブライトリングのように。それが資金的なアドバンテージになっているのは間違いありません。一方、私にはアブダビ観光局がスポンサーについてはいますが、それでも十分とは言えません。もし、もっと予算があるのであれば、私だけの飛行機を作りたいですね。というのも、今回開発したエッジV3はメーカーとの共同開発なので、改良のノウハウはメーカーのものになるからです。つまり私がしたことは、他のすべてのパイロットの利益になってしまうのです。
――せっかく開発したマシンが、他のパイロットにも供給される、ということですね。
その通り。2機目がマティアス(・ドルダラー)に。3機目がピート(・マクロード)に供給されることが決まっています。あまり早く実現しないことを望んでいますけれど(笑)。
――チームマネージャーのアルヒさんから見た、ハンネス・アルヒというパイロットは、どんなパイロットですか。
(しばし熟考し、)とても扱いやすいパイロットだと思いますね。なぜなら、勝ちたいという気持が強く、それでいて飛ぶときには繊細な仕事に集中できますから。その一方で、チームマネージャーとしての私は、非常に扱いにくい人間だと思います。なぜなら、すべてのことに厳しく、必要ならば口論もします。エアレースの主催者からすると、付き合いづらいチームマネージャーではないでしょうか。
――エッジV3のデビュー戦となった、今年の開幕戦(アブダビ)ではスーパー8で失格という結果に終わりました。何が起こったのでしょうか。
私が思うに、あれはミスジャッジでした。ナイフエッジ(のゲート)では、(飛行機の)ノーズを上げながら入っていくのですが、そこからターンするときに少しノーズを下げなければいけない。その「ノーズを下げる」という動きが危険行為と判断されたのです。これは一連のターンの動きであり、水面に向かって飛んだのではありません。そこが私とジャッジの意見が分かれるところですが、現在のルールではジャッジに対して反論ができませんからね。
――今年の目標は、当然、年間優勝の奪回だったと思いますが、開幕戦が失格(0ポイント)に終わったことは痛かったのではないですか。
確かに、年間優勝は非常に難しくなりました。でも、自分のモチベーションを高めるためにも、アブダビのことは忘れます。最終的にトップのポール(・ボノム)にどれだけ近づけるかは分かりませんが、残されたチャンスのためにできることはすべてやるつもりです。年間優勝は意識せず、ポイントを積み重ねることだけ考える。その結果、年間優勝できればうれしいですね。
――最後に、これを読んでいる人たちに、アルヒさんからエアレースの魅力を伝えてください。
最大のアピールポイントは、最速のモータースポーツであることです。「空のF1」というのが、エアレースのスローガンですが、実に的確な表現だと思います。時速400km近いスピードで、飛行機が空を飛ぶレースは他にありません。写真やテレビで見るのも悪くありませんが、エアレースというスポーツのおもしろさを知ってもらうには、実際に現場で見てもらうのが一番です。ぜひ多くの人に生で体験してもらいたいですね。
HANNES ARCH(ハンネス・アルヒ)
1967年9月、オーストリア出身。2008年、Red Bull Air Race World Series出場2シーズン目にして初のヨーロッパ人年間チャンピオンに輝いた、母国オーストリアの国民的ヒーロー。2009年シーズン準優勝。スキー、登山、ハンググライダー、ベースジャンプなどのアドベンチャー・スポーツのバックグラウンドを持つ異才で、商業ジェット機や戦闘機を何十年と飛ばした経験がなくともチャンピオンになれることを証明した。パイロットの中でも、レース機ハイテク改造や厳しいトレーニングプログラムにかけてはパイオニア的存在でもある。2006年フリースタイル・エアロバティック・ヨーロッパ・チャンピオン(アンリミテッド・クラス)。
公式サイト www.hannesarch.com
Cooperation:Red Bull Japan
Photo:Taro Imahara at Red Bull Photofiles
Text:Masaki Asada
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