大事故を引き起こした難コース
「パイロットのスキルが問われるレースになる」
オーストラリア・パースでの今季第2戦を迎えて、それは室屋義秀が抱いた率直な印象だった。
「まともに飛んだら、毎回パイロンに当たるんじゃないか」
室屋はそんなことすら感じていた。それほど、パースの海上に設置されたレーストラックは難コースだった。いかに難度の高いコースだったかは、前代未聞の事故が起きたことからも、容易に想像ができる。
トレーニングセッションでのことだ。ルーキー・パイロットのアジウソン・キンドルマンの乗るMXS-Rがバランスを崩し、海上へと墜落したのである。正式なレースが開催される以前のテスト段階を含めても、エアレース史上初の墜落事故だった。
「もちろん、影響はゼロではないですよ。でも、彼も無事だったし、落ちた原因というのはパイロットにとっては手に取るように分かるから、僕らは案外冷静に分析できた。それにレスキューチームがすごく優秀だということも分かり、安心感にもつながりました」
まず室屋は、目の前で起きたことを冷静に受け止めると、トレーニングセッションでは余裕を持った高度を維持した。と同時に、他のパイロットたちのフライトをビデオでチェックして情報を集め、自身のフライトを落ち着かせることに努めた。
「正直、事故の影響があったのかもしれないけど、コースが厳しいこともあって、すごくフライトにバラつきがありました。順位がどうこうではなく、明らかに(第1戦の)アブダビより悪い状態でした」
そして、室屋は自分に言い聞かせるように呟いた。
「実際、目の前で事故も起きてるわけだから、一回ちょっと落ち着こうと。みんな煽ってはくれるけど、誰もブレーキはかけてくれないから」
イメージを変えろ
予選の順位は、第1戦を大きく下回る13位。翌日はワイルドカードに回ることが決まっていた。
それでも、「焦りは禁物。もう一度基本に返るしかない」。室屋がそんなことを考えていたときのことだった。
今回、飛行場でのハンガーが隣同士になったことから、ハンネス・アルヒと話をする機会を得た。通常、ハンガーの位置はそのときの順位を元に決めるため、常に上位を争うアルヒが室屋の隣になることはない。第1戦でアルヒが失格になっていたために起きた偶然だった。
「ハンネスが(第1戦で)ペナルティを食って、隣に来なければ、あんな話をすることもなかったでしょう」
室屋もそう振り返る。
最初は、トラックをどう飛んでいるか、という程度の話だった。室屋にしても、何かを相談している、という意識はなかった。
だが、そんな何でもない会話のなかから、アルヒは室屋のある欠点を指摘した。
「レース前、パイロンヒットをしないようにというイメージを持つことは、そこに意識があるという点でヒットするイメージを持つことと同じ。基本的な準備として、そういうことを考えるべきではない」
だからといって、アルヒは具体的な解決策を示してくれたわけではない。そもそもパイロットはそれぞれの感覚を持っているのだから、こうすればいいという絶対的な正解などない。室屋の話に違和感を覚えたアルヒが、ちょっとしたヒントを、いや、ヒントめいたものをくれた。それを室屋が抜きとった。それだけのことだ。
室屋にしても、そのときはなるほどと思ったが、すぐにはどうすればいいのか分からなかった。
ホテルの自室に戻り、室屋はひとり考えた。ゲートを通過することの考え方や、パイロンを見る位置が間違っていたのではないか。
その夜、室屋はこれまでとはイメージトレーニングのやり方を変えた。
ブレイクスルーを実感した瞬間
翌日のワイルドカード。効果はてきめんだった。
「言葉で表現するのは、非常に難しいんですけど……、飛行機のスピードに自分の感覚が追いついていないと、視界がブレてしまう。でも、あのワイルドカードは残像が残らず、クリアに見えたんです」
室屋にしてみれば、十分に余裕を持ったコース取りをしていた。「まだ2秒は縮められる」。室屋はそのくらいの感覚で飛んでいた。にもかかわらず、室屋は、ワイルドカードを悠々トップで通過していた。
果たして、アルヒの与えたヒントとは、どんなものだったのか。
これまでの室屋は、どうしてもパイロンにぶつかりたくないから、目の前にあるパイロンばかりを見ていた。目先のことに意識が奪われてしまっていたのだ。それどころか、少し極端に言えば、「今、パイロンに当たらなかったかなと、すでに通りすぎたゲートを振り返って見ているくらいの感覚」だったとさえ、室屋は言う。
例えば、綱渡りをするときに足元ばかりを見ないで、遠くを見ていたほうが安定するのと同じこと。最終到達点をしっかり見据えることで、パイロンを通過する際のコース取りが格段に安定したのである。
アルヒのアドバイスは、決して難しいことではない。室屋の言葉を借りれば、「基本の基本」だ。それでも室屋にとっては、目から鱗。「案外分かっているようで、分かっていない」ことだった。
室屋にアドバイスした当のアルヒは、こう振り返る。
「確かに、僕はあの晩、ヨシとレースへの準備、メンタルトレーニングの仕方について話をした。だけど、今はそれが失敗だったと思ってる。ヨシは次の日から速くなり、ペナルティもなくなったんだからね。だから、もうアドバイスはしないよ(笑)」
とはいえ、当然、一夜漬けの限界はある。
「ワイルドカードのタイムでは、スーパー8に残るのは厳しい。もうちょっと(タイムを)詰めないと」
トップ12を前に、室屋のなかにそんな意識が芽生えると、修正できつつあったイメージはまた元に戻った。
「やっぱりそうなっちゃうんですよね、コースに出ると。まだときどき、ふっと(パイロンを)見ちゃうことがある。新しくイメージしたものと、元のイメージがクロスするんです。それが2か所くらい出てしまって、結局、そこでペナルティをもらってるんです」
トップ12での順位は9位。スーパー8にわずかに届かなかった。結果的にペナルティがなければ、残れていたタイムだった。
それでも第1戦からさらに順位を上げて9位。感触としては「今までになくいい終わり方だった」と、室屋は言う。
「(6位に入った)昨年のバルセロナよりも手応えは上ですね。バルセロナはとにかく遮二無二飛んで、『あ、6位だ』って感じだったから。とはいえ、今回は他のパイロットもみんな状態がグッと上がって、非常にレベルの高いレースでした。ミスしたらアウト。僕もついていかないと、今後もスーパー8には残れない。今回がそうだったようにね」
ブレイクスルー。室屋はこのレースを通じて、“突き抜けた”感覚を手にした。だが、その感覚は彼の頭のなかで、手のなかで、まだ確かなものにはなっていない。
「基本的にはパイロット側の準備に徹して、次のレースに集中する。新しいフライトイメージがフィックスすれば、機体の改造なんかより、よっぽど効果は大きいはずなんです」
それが確かなものになったとき、室屋はまた一歩、世界の頂点に近づくことになる。
レッドブル・エアレース 2010年 年間スケジュール
Yoshihide Muroya
室屋義秀
1973年1月27日生まれ。エアロバティックスパイロットとして、現在まで150か所に及ぶエアショー実績を誇り、無事故。2008年11月、アジア人初のレッドブル・エアレースパイロットとなり、2009年からレースに参戦。参戦パイロット15人中、年間成績は13位、自己最高位は最終戦バルセロナでの6位。ホームベースであるふくしまスカイパークにおいては、NPO法人ふくしま飛行協会を設立。航空文化啓蒙や青少年教育活動の基盤を作っている。ファウスト・エアロバティックスチームのスーパーバイザー。
◎レッドブル・エアレース参戦直前のロングインタビューはコチラ
Team MUROYA
レッドブル・エアレース
Team Deepblues
Cooperation:Red Bull Japan
Photos & Movie:"Red Bull". All other rights reserved.
Text:Masaki ASADA
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