Vol.5
クラシックカーがつなぐ震災復興の道
日本橋から気仙沼へ〈後編〉
ジャパン・クラシック・オートモービル2012 Road to Kesennuma
101年の新たな出発は、復興への架け橋だった──。
日本橋の架橋100周年を祝うセレモニーとして、2010年にスタートした『ジャパン・クラシック・オートモービル』(以下JCA)。一昨年に白寿を、昨年は百寿を華々しく彩ったこのイベントは、四季折々に様々な表情を見せる日本橋においても、すでに欠かせないものとなりつつある。
3回目を迎えた今年は大幅なスケールアップをはかり、日本橋から街道を走る旅へ踏み出すことになった。ハンドルを握るのはJCAのプロデューサーであり、アートアクアリウムプロデューサーとしてFaust A.Gでもお馴染みの木村英智だ。日本橋から北上する彼が目ざすのは、東日本大震災の爪痕がいまなお色濃い宮城県気仙沼市である。
彼はなぜ、何のために、気仙沼へ向かったのか。
木村のフィアット・アバルト750レコルドモンツァは、日本橋をスタートし、埼玉、茨城、福島を経て宮城へと入っていった。
「仮設住宅格差」という現実
宮城・松島→石巻→
翌6日目には、石巻市の仮設住宅を訪問した。住民の皆さんと一緒に、ここでもNPO法人「花街道」から預かったプランターを植樹した。敷地内に綺麗な花がひろがったあとには、集会所でお茶を飲みながら歓談した。
ここでまた、木村の心に衝撃が駆け抜ける。
「仮設(住宅)格差というものを知りました。僕がお邪魔したところは、とても小さな仮設住宅なのですが、いまだに物資が十分でないんです。たとえば、昨年夏に網戸をつけて欲しいとお願いしたら、ついたのがつい最近だそうです。蚊が多くて窓を開け放てないから網戸が必要だったのに、夏も秋も冬も終わってからつくなんて。でも、大きな仮設住宅では何でも迅速に対応してくれるそうで。電子レンジから40インチのテレビから、何でも揃っていると。企業が寄付をしたとかいうニュースは、ほとんどすべてが大きな避難所向けで、小さなところには行き届いていない。電化製品が壊れても、すぐに修理も交換もしてもらえない。被災地への物資支援がパフォーマンスありきになっている現状。こういう現実を発信していかないと、格差はいつまで経っても埋まらないと感じました」
心を揺さぶられることばかりだった。
いてもたってもいられなくなった。
それでも、木村の目の前にいる人々は、愛する故郷で力強く生きている。
デジタルカメラに収めた写真より、書き留めてきたメモより、彼の心にはたくさんの思いが深く刻まれていった。
仙台で宿泊した「ホテルニュー水戸屋」。名湯・薬師の湯をふんだんに用いた露天風呂、貸切風呂が名物。落ち着いた雰囲気の中、優雅な滞在ができる老舗ホテル旅館だ。 |
立ち寄ったのは、仙台の奥座敷、名取川渓流にある歴史の深い秋保温泉の「茶寮宗園」。「真の日本旅館を」願いに、庭園美、日本建築の美、日本料理の美を追求する高級旅館。 |
スーパーカーが被災地を勇気づけた
ゴール・気仙沼イオン
日本橋を出発してから8日目の4月15日、木村はゴール地点の「イオン気仙沼店」に到着した。店頭には彼の代表作である〈花魁〉が飾られ、多くの人々を惹きつけていた。たくさんの「ありがとう」をもらって、胸がいっぱいになった。
スーパーカーも大人気だった。車に身体を寄せて写真を撮ったり、運転席に乗り込んだり。小さな子どもだけでなく、大人たちも眼を輝かせている。
「スーパーカー集団は基本的に東北から集まってくれたのですが、気仙沼の人も混じっていたんです。イオンに貼ってあるポスターで今回の企画を知って、一緒に参加させてもらえませんかということで、3台が参加してくれました。連絡をくれた方は、フェラーリ以外の“すべて”を津波に流されてしまったそうなんです。たまたまガレージを改築中で車を預けていたので、車だけが残ったと。震災後は仮設住宅に住んでいるけれど、フェラーリのことは伏せていたらしいんです。子どもたちに見せたり、乗せてあげたりしたいと思っていたけれど、どういうふうに思われるか分からないのでできなかったと。でも、今回のイベントに集まった人は、誰ひとりイヤな顔をしていない。楽しそうに写真を撮って、横に乗せて下さいと言ってくれた。それで、これから子どもたちのためにフェラーリを使っていこうと決めた、と話してくれました。これは嬉しかったですね」
生きる力が生まれた瞬間の衝撃
木村の感情を大きく揺さぶった出会いが、もうひとつある。
〈花魁〉のそばにいた木村に、60歳前後とおぼしき男性が近づいてきた。
「今回はホントに感動しました。こんなに素晴らしいものを、ここ最近の私は見た記憶がありません」
「それはどうもありがとうございます。今回だけでなく、今後も何かできたらと思っているんです」
「木村さん、新作は何ですか?」
いきなりの質問に、木村は口ごもってしまった。頭のなかには、すでにかなり具体的なアイディアがある。だが、まだ誰にも話していない。しばらく考えてから、木村は「他の人には内緒ですよ」と笑顔を浮かべて構想を明かした。
男性の表情が、わずかだが確かに明るくなった。深々とお辞儀をしてから、男性は話した。
「私はいま避難所暮らしで、家も仕事もなく、何も希望を持てていません。でも、いつか木村さんが次回作を気仙沼に持ってきてくれることを夢見て、これから生きていきます。東京で展示されることになったら、何とかして見に行きたいなあ。あなたの作品をもう一度見ることを、今後の生きていく目標にしていきます」
木村は絶句した。
自分の作品を見るために、これから生きていく?
そんなことがあるのか?
そんな人がいるのか?
嬉しさよりも戸惑いが先行した。知らず知らずのうちに、涙が溢れてきた。止まらなかった。
この出会いを思い返すと、木村の涙腺はいまでも決壊する。それも、ほとんど瞬間的に。
心のドアを開いた先には、決して忘れることのできない温もりがあったのだった。
「被災地での活動というと、炊き出しとか復興ライブとかがあるけれど、どちらも被災地以外では成り立たないですよね。でも、〈花魁〉の金魚鉢は、被災地じゃなくても人が集まるもの。スーパーカーも。若い人に人気の歌手が来ても、おじいちゃんやおばあちゃんは誰なのか分からないかもしれない。けれど、僕のアクアリウムは誰でも分かってもらえる。自然な感じのものだから、受け入れてもらえたのかなと思うんです」
ゴール翌日には、〈花魁〉で使用した金魚を無料でプレゼントすることになっていた。金魚を求める行列は、500人にも及んだ。
「ペットショップとかがなくなってしまって、金魚を飼うという事を簡単に実行に移せないそうなのです。生き物を育てることで、生活に少しでも潤いが生まれたり、楽しみが増えたりしたら、と思っています」
最高のエンディングを迎えるまでには、いくつもの格闘があった。
そして、たくさんの“気づき”があった。
「福島県内を走行中に雨に見舞われた時、運悪くワイパーが壊れてしまった。スピードを出せないし、そもそも前が見えないし、道路がデコボコのところもある。車で走っていると、被災地の道路がどれほど荒れているのかが分かる。しかも、ヴィンテージカーですから。快適な現代の車と違って、路面の衝撃をダイレクトに身体で受けます。だからこそ車で行って良かった、クラッシックカーで行った意味があった、と感じました」
JCA は来年以降も続く予定だ。日本橋から街道を巡る旅も。
「もちろんやっていきます。走っていれば必ず、街道につながるもの。今回も奥州街道の旅みたいなものでしたから。そこから派生して、史跡を巡る旅になっていく。日本橋を出発して、何かを伝え届ける旅は続ける。もちろん、気仙沼との縁は大切にしていきたいと思っています」
JCA2012で絆を深めた被災地の子どもたち、大人たちを招き、
「アートアクアリウム展~江戸・金魚の涼~」を今年も開催
会期:2012 年8月17日(金)~9月24日(月) 開場:日本橋三井ホール
公式サイト
http://www.h-i-d.co.jp/art/index.html
ジャパン・クラシック・オートモービル2012 Road to Kesennuma公式サイト
http://h-i-d.co.jp/jca/
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Text:Kei Totsuka
Photos:Kiyoshi Tsuzuki, H.I.D INTERAQTICA
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