Vol.6
気仙沼の子どもたちと
アートアクアリウムを楽しむ東京の旅
2012年8月、夏の最中の六本木ヒルズに、一台のバスが到着した。それを出迎えたのは、ファウストメンバーの一人である、アートアクアリストの木村英智。
「よく来たね。楽しんでいってね」
そう声をかける。
招かれたのは3・11の被災地である気仙沼の親子20組である。
木村は、東日本大震災の直後から、被災地支援のために積極的に活動してきた。自ら車で現地に出向き、石巻、気仙沼のために食糧や水を運んだ。
それ以来、被災地の人々と木村との間には交流が生まれていた。東京に来た被災者たちは、昨年のアートアクアリウム展を観に訪れたという。
「ぜひ、他の被災地の人々にも見せたいな……」
被災者自らの言葉をきっかけに、彼は今春、日本橋からクラシックカーで被災地を目指す旅に出かけた。木村のアートアクアリウムの代名詞ともいえる巨大金魚鉢「花魁」を持参し、被災から立ち直り始めていた「気仙沼イオン」のエントランスにそれを飾った。
その壮麗な姿は、震災の傷跡もまだ癒えぬ街の中で子どもはもちろん、大人たちをも笑顔にした。
「ぜひ夏の日本橋アートアクアリウムにも来て欲しい」
木村のそんな思いから企画された「『アートアクアリウム展』を楽しむ東京の旅」は、こうして始まった。
六本木ヒルズの展望台から
東京の街を見下ろす
六本木ヒルズに降り立った子どもたちはまだ緊張の面持ち。見知らぬ街の風景に、付き添いの母親の傍らにぴったりと寄り添っている。
「これから、展望台から景色を観に行こう」
木村の呼びかけで、展望台へと向かう。
エレベーターに乗った子どもたちは
「何階まで行くの?」
と、興味津々。展望台のある52Fのフロアボタンを見て
「そんなに高いの?」「耳がキーンとなってる」と、初めての経験に大はしゃぎしていた。
朝からの雨も止み、展望台からは、東京タワーやスカイツリーをはじめ、東京のビル群を見渡すことができた。
「あのビルは何?」「あれはどこ?」と、指さしながら景色を楽しんだ。
一行は更に上のスカイデッキへ向かった。風も止み、晴れ間がのぞく午後、スカイデッキから見渡すと遠くには雨雲もあった。
「こんなに高いと、雲がすぐそばにあるんだねえ……」
親子で語らいながら、子どもたちは空を見上げていた。
幻想的なアートアクアリウム
子どもたちも夢中になる
東京の街並みを観た後は、いよいよアートアクアリウム展へ。
「気仙沼イオンの金魚鉢も観に行ったよ」と、話してくれたのは、助川翔馬くん。花魁展示の最後の日には、配られた金魚をもらって帰り、家で育てていたと話してくれた。
一行は、期待に胸を膨らませながら会場に入る。
コレド室町の三井ホールへと一歩足を踏み入れると、そこには別世界が広がる。
暗がりの中に浮かび上がる金魚の姿は幻想的で、見る者を魅了する。一つ一つ、金魚たちを見て歩いていた子供たちは、やがてメインホールに飾られた花魁の姿を見つけた。
「わああ……」
と、感嘆の声が上がる。
階段状に組まれた水槽の中にも、赤い金魚たちが泳ぎ、プリズム型の水槽「プリズリウム」の中には、色とりどりのカラフルな魚たちが群れを成す。
「イオンで観た時とは、違いますね……」と、お母さんたちも感激の声を上げる。
小学校一年生の吉田しずちゃんは、木村さんに抱き上げられて金魚鉢に見入っていた。
しずちゃんのお母さんは、気仙沼イオンで働いているのだという。
「しずが金魚が大好きだから、気仙沼にこの金魚鉢が来ていた時はよく見せてあげていたんです。もう一度、見たいと思っていて……来られたのは本当にラッキーでした」
と、娘の笑顔を写真に収めている。
小学校3年生の熊谷海琉くんは、カメラを片手に会場を泳ぐように回る。
「見て! もう金魚の写真でいっぱいになっちゃった」と、スタッフにメモリ画像を見せてくれる。
「イオンは観に行きたかったんだけど、観に行くことができなかったので、今回は来られて本当に良かった」と、お母さんと大満足。
全幅8mの水槽「四季絵巻」の前で座り込んでいた子どもたちは、絵巻の中に映し出される四季の移ろいと、金魚の姿をじっと見つめ、万華鏡水槽の金魚を覗く子どもたちは、おおはしゃぎ。大人も子どもも、たっぷりと金魚が見せる幻想的な芸術を楽しんだ。
日本橋から隅田川クルーズへ
忘れられない「あの日」の話も
たっぷりアートアクアリウムを堪能した一行は、今度は日本橋の橋の袂へと向かった。
クラシックカーで被災地を目指すイベントでもご協力いただいた日本橋保存会が、今回も協力をして下さり、日本橋から船を出してもらえることになっていた。
はじめのうちは、親子でぴったりとくっついていた子供たちも、船に乗り込む頃には、すっかり打ち解けて、あっという間に友達になっていた。
夕暮れの日本橋から出発した船は、日本橋川にかかるいくつもの橋を潜って進む。橋を潜る度に子どもたちの歓声が響く。やがて広い隅田川に出ると急に視界が開けてくる。
船が進むにつれて景色は夕暮れから、藍色の夜へと変わり、川沿いのビルのネオンが光りはじめる。川面に光が反射して、幻想的な風景。その中にスッとスカイツリーが聳えたっていた。
「スカイツリーだ!」
一斉に写真を撮影し、子どもたちは船から身を乗り出すようにしてそれを見つめる。
船中で食事をとりながら、すれ違う屋形船と手を振りあい、子どもたち同士は遊び始める。そして、親たちは喜ぶ子どもたちの様子を見ながら、ゆったりとした時間を過ごし、話し始める。
大人同士の会話の中で、やはりどうしても話題になるのは震災の日のこと。船の揺れを感じながら
「あの日はもっと揺れましたね」
「本当に、間一髪のところだった」
「うちは浸水してしまって……」
木村はその親たちの会話の中に入り、黙って耳を傾ける。
「実際にその場で体験された人たちのお話は、聞いておきたい」と話す。
子どもたちもまた、屈託ない表情で
「この船は津波に乗れる?」
「津波でサーフィンできる?」
などと笑いながら話している。それぞれの小さな胸の中に、あの日の記憶は鮮烈なままなのだろう。
「怖い思いや哀しい思いも、子どもたちの胸の中にはあると思うんです。だから、どうしても思い出すでしょう。でも、忘れなくていいし、忘れてはいけないことだと思っています」
助川翔馬くんのお母さんは、子どもの背中を見つめながらそう話す。
船での遊覧を終えた一行は、再び日本橋に。満足そうにホテルへの帰途についた。
綱引き大会で優勝の快挙
そしてお別れの時……
二日目は早朝から、日本橋にある中央区総合スポーツセンターで開催される「全日本綱引きフェスティバル」にゲスト参加することになっていた、気仙沼の子どもたち。昨日の疲れを感じさせず、意気揚々と会場へと姿を現した。
10人ずつ、「気仙沼アートズ」と「気仙沼きんぎょず」の二組に分かれ、試合開始。
地元の子どもたちと共に綱を引き合い、初戦から絶好調。遂には二組とも準決勝まで勝ち進んだ。予想外の健闘に、親もスタッフたちも大興奮。きんぎょずは準決勝で惜しくも敗れたものの、三位決定戦で勝利し、三位入賞を果たした。アートズは準決勝でも勝利し、決勝進出。親やスタッフのみならず、会場全体からの声援の元、見事、優勝を果たした。
表彰式では、金メダルと銅メダルの入ったトロフィーを受け取り、全員が満面の笑顔。素敵な夏の思い出の一ページに刻まれた。
「みんなで一緒にやれたのは嬉しかった」
「夏休みの宿題の日記に書くんだ」
と、大興奮の様子の子どもたち。
楽しかった時間は瞬く間に過ぎ去り、遂には気仙沼への帰りのバスに乗り込むこととなった。
「また来たい」
「ありがとう」
そんな言葉を投げかけながら、木村もまた、様々な思いを抱えながら見送る。
こうして「『アートアクアリウム展』を楽しむ東京の旅」は幕を閉じた。
「何よりも、子どもたちの笑顔が見られたことが嬉しかったですね。親御さんたちも、たくさんのご苦労があると思います。震災で実際に体験されたお話をうかがい、改めてあの震災の影響の大きさを痛感しました。今回の旅で、子どもたちに楽しい夏の思い出ができたら、これ以上嬉しいことはありません。子どもたちの笑顔が、きっとこれからの気仙沼を作っていく力になると信じて、変わらずに応援をしていきたいと思っています」
木村は、感慨深くそう語った。
ダイナースクラブ アートアクアリウム展&ナイトアクアリウム ~江戸・金魚の涼~
日 時: 2012年8月17日(金)~9月24日(月)
アートアクアリウム展11:00-19:00
ナイトアクアリウム 19:00-23:30
公式サイト http://h-i-d.co.jp/art/
Text:Sayako Nagai
Photos:Kiyoshi Tsuzuki
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