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カリフォルニアの碧空を舞え!
エアロバティックス競技大会に挑む

感情というものに色彩があるならば、芦田博の心は何色に染められていたのだろう。情熱を想起させる赤か。清々しさを意味する青か。それとも、まっさらな気持ちを示す白か。

ファウスト・アクロバット飛行機チームのキャプテンを務める芦田には、ずっと抱いてきた夢がある。アクロバット飛行の世界選手権(WAC…World Aerobatic Championships※)に出場することだ。1993年に免許を取得してから、多忙な日々の合間を縫って空中を駆ってきた。ビジネスで重責を担うようになり、家族を持つようになっても、WAC出場の夢は変わらない。

「スポーツマン」クラスへのエントリー

サンライズ・アビエーションで今回の相棒となるスーパーデカスロンを入手。

夢実現への大きな一歩を、芦田はついに踏み出そうとしていた。2010年4月、カリフォルニアで開催された『ボレーゴ ハンマーヘッド ラウンドアップ』にエントリーしたのである。
「カリフォルニアはアクロバティックスが一番盛んで、僕自身もトレーニングをしたことがある場所。レベルも高いです」
エアロバティックス(アクロバット飛行)には5つの階級がある。初心者クラスのプライマリー、初級クラスのスポーツマン、中級者クラスのインターミディエイト、上級者クラスのアドバンス、そして最上級者クラスのアンリミテッドだ。ちなみに、室屋義秀(レッドブルエアレースに唯一のアジア人として参戦中のパイロットであり、ファウスト・アクロバット飛行機チームのスーパーバイザーも務める)も、かつてアンリミテッドのカテゴリーで世界の強豪としのぎを削っていた。

どのカテゴリーにエントリーするのかは、基本的にパイロット自身の判断に委ねられる。とはいえ、カテゴリーがあがるほど難易度は高くなっていくので、飛行学校の教官や第三者のアドバイスが加味されると、それぞれのレベルにふさわしいカテゴリーへ落ち着くという。
芦田はスポーツマンにエントリーした。
「プライマリーを飛ばしたわけですが、僕は一年ごとに一つずつカテゴリーを上げていきたいと思っているので、少し急がなければいけなくて(笑)。もちろん、それなりに難易度が高いのは分かっていましたが……」

 

 

いざ、カリフォルニアの国際大会へ!

ボレーゴの大会滑走路上で、スーパーデカスロンと。

成田からロスアンゼルスへ飛び立った芦田は、現地へ到着するとすぐに飛行場へ向かった。あらかじめオーダーしておいた機体『スーパーデカスロン』をレンタルし、細部のチェックをしてハイウェイへ飛び乗る。時差ボケを感じている余裕はない。

大会前日の芦田は、不安と格闘していた。ノウン(※ルール参照)は決められた10のマニューバー(操縦、曲技)を順番にこなしていくのだが、機体が変わったせいか、そのひとつハンマーヘッド※がどうしてもうまくいかないのである。配点が高いマニューバーだけに、このままでは上位進出も危うい。芦田は今回現地でコーチとして選んだ、エアロバティックスでは最高の「アンリミテッド」レベルの実力を持つタイ・フリスビーにアドバイスを求めた。
「操縦桿を数センチ動かしてみろ。エンジン音の変化に注意するんだ」
真新しい助言ではなかった。それで本当に変わるのか、という疑念が過る。ところが、二つのアドバイスを心に刻みながら操縦桿を握ると、パフォーマンスが見事に向上していったのである。
ひとまず不安は一掃できた。あとはもう、積み重ねてきたものを発揮するだけだ。
ベッドに入る。イメージトレーニングを重ねる。頭のなかで空を駆ける芦田の機体『スーパーデカスロン』は、ボックスのなかで10の種目を確実にクリアしていった。

スーパーデカスロン……(室屋義秀のホームページより抜粋・一部言葉を変更)アメリカ・ベランカ社が生んだ名機シタブリアの兄弟機として、曲技飛行を目的に開発された。現在は製造権がアメリカンチャンピオン社に移行したため、名称が変わっている。主翼は木製のリブ、胴体は鋼管溶接構造にダクロンを貼ったクラシックな構造ながら、背面システムを装備したエンジンを搭載し、機体強度を+6G・-5Gまで強化。それにより、背面飛行を含む完全な曲技が可能となっている。その優れた低速性能から、グライダーの曳航にも使用されている。

1st day

練習日での不幸な墜落死亡事故

ボレーゴの大会会場は、ビビッドな配色を施した無数のアクロバット専用機が並ぶ。

大会初日は登録を済ませ、プラクティスにあてられる。
会場入り後もイメージトレーニングを繰り返した芦田は、空中のホールディングエリアで地上からのボックス侵入OKの指示を待っていた。



競技前には、大会側からルールや空中の「ボックス」についてブリーフィングが行なわれた。

そのときである。物々しいやり取りが無線を通して聞こえてくるではないか。
芦田は英語が得意な方ではない。しかし、「クラッシュ」という単語を聞き取っただけで、事態を推察することはできた。
「とにかく騒がしくて。どうしたんだろうと思っていたら、僕と同じスポーツマンにエントリーしていたパイロットが、墜落してしまったというんです!」
プラクティスどころではなくなった。地上の管制塔からは上空で待機していた芦田機に対し、「捜索機となって墜落機を探せ」という連絡が入ってくる。
「北へ墜ちたらしい」という情報のすぐあとに、「いや、やっぱり東のようだ」と慌てた声が届く。
全身を襲う動揺を振り払いながら地上の様子に目を凝らしていると、ついに原型をとどめていない機体を発見! 墜落したポイントを無線で知らせる。やがて、砂煙を巻き上げながら猛スピードで救護車が向かっていく。
「もうOKだ。着陸してくれ」という連絡を受けた芦田は、機体を滑走路へと向けた。

コクピットのキャノピーを開け放つと、カリフォルニアの乾いた熱気と一緒に重苦しい空気が吹き込んできた。無理もない。パイロット1名が亡くなったのである。大会が幕を開けたことによる高揚感は、あとかたもなく消えていた。

「雰囲気はもう、深刻なものでした。その日の夕方6時にパイロットが集められ、大会を続行するかどうかは多数決で決めることになりました」
続行を希望する人間は手をあげてほしい──オフィシャルのアナウンスに、3分の2以上のパイロットが反応した。オフィシャルは改めて問いかけた。
「OK、予定どおりに行なうことにしましょう。ただし、明日になってやめたいと思ったら、そのときはきちんと申し出て下さい」
芦田も大会続行を希望したひとりである。
「同じ大会に出場するパイロットが墜落して亡くなったわけですから、競技を続けることに戸惑いがあったのは事実です。飛ぶことが彼への追悼になるのか、それとも、飛ばないことで弔意を表すべきなのか、と」

ただ、背筋に冷たいものを感じてもいた。
「第二次世界対戦の頃から、まことしやかに言われていることがあるんです。航空事故は連鎖する、と。我々のような曲芸飛行ではなく、通常のエアラインでも連鎖することがありますよね。そういう話を聞いていますから、『事故がつながったら……』という気持ちが頭を過ったのは事実です。もちろん、そういうことは口に出しませんが」

2nd Day

本選1日目 フライトの苦戦と思わぬ救い

大会2日目は午前7時のブリーフィングからスタートする。芦田は5時30分にベッドを抜け出して会場入りした。
前日の墜落事故でプラクティスの機会を失っていた芦田は、「ぶっつけ本番」でのフライトを覚悟していた。しかし、プライマリーとスポーツマンは初参加のパイロットがいるということで、練習飛行が認められることになった。与えられた時間はひとり10分と短いが、芦田には朗報である。しかし――

不運のパンクをひきおこしたテール部の車輪
徹夜での作業を覚悟したが、幸運にも救いの手が差し伸べられ、スムーズにパンクは回復。ほっと安堵する芦田。

「最初はうまく練習できていたんですが、4つ目のクローバーリーフ※というマニューバーで逆方向にまわってしまったんです。やり直しはできませんから、そのまま間違った状態でもやり続けるしかない。一つひとつの技を確認することはできたんですが……」
パイロットがプラクティスに求めるのは、一つひとつのマニューバーのチェックだけではない。10の曲技をつなぎ合わせながら、ボックスアウトしないように空間を把握することが大切なのである。
たったひとつのミスが、すべてを狂わせた。周囲の景色と技を合致させながら、自分なりの目印を作ることもできなかった。フライト前に消えかけていた不安が、まったく違う形で増幅してくる。掌に汗がにじんだ。

競技がスタートした。アンリミテッド、アドバンス、インターミディエイトと大会は進行していき、ついにスポーツマンのパイロットたちが空中へ飛び出していく。陸上で何度も組み立ててきたイメージを、芦田は必死になって空中でつなげていく。空間の把握にてこずりながらも、決められたプログラムをこなしていった。
アクロバット飛行では、着陸を失敗するケースが少なくないという。競技を終えた安堵感や体力的な消耗から、集中力が低下するためである。
滑走路に降り立った芦田は、テールがガクガクと振動していることに気づく。何かがおかしい。機体を停止させ、すぐにコクピットから出てチェックする。尾部車輪がパンクしていた。
「修理に使う工具は用意していますが、タイヤのような消耗品まではその場へ持ってきていませんので、さあ、どうしようと。近くのガソリンスタンドで修理してもらおうと思ったんですが、関係者に聞いたらもう閉まっていると言う。これはもう機体を借りた飛行場へ戻って、同じタイヤを持ってくるしかないと覚悟しました」
飛行場へは車で片道3時間である。時刻はすでに17時を過ぎていた。移動だけで往復6時間を要することを考えると、すべてを終えるころには日付をまたいでしまうことは確実だった。
明日は睡眠不足でボロボロだけど、とにかく修理するしかない──覚悟を決めつつあった芦田に、意外なところから手が差し伸べられた。「同じサイズのチューブを持っている」と、あるパイロットが名乗り出てくれたのだ。顔見知りではない。そのスポーツマンシップに、胸が熱くなる。
予想外のアクシデントが相次ぐなかでも、何とか最悪の事態は回避している。力強く前へ踏み出している感覚を、芦田はつかみ取っていた。

3rd Day

本選2日目 イメージをフライトで具現化できるか

アクロバット飛行へと飛び立つ芦田機のスーパーデカスロン。

最終日がやってきた。前日と同じように7時のブリーフィング前に飛行場へ到着すると、芦田はイメージトレーニングを始める。道路の切れ目を使って自分だけのボックスを作り、前日のフライトをレビューする。最初に上昇し、スピンをして、次に……10のマニューバーを頭のなかでつないでいく。コクピットには事細かな注意書きをメモした小さなボードを貼り付けるが、フライト中に目を落とすことはない。イメージをいかに具現化するのかは、操縦技術と同じくらい大切な要素だ。

操縦桿の操作と、機体の動きを、頭の中と体の動きでシミュレーションする。

果たして、芦田は2日目のフライトで会心の演技を披露した。

「何とかうまくいったぞ! という感じでしたね。今回のフライトメニューはBOXOUTしやすい内容で、操縦が難しいものでしたが、全てのマニューバーをOUTせずに飛べたのは嬉しかった。スポーツマンは初日に1回、2日目に2回飛ぶんです。自分なりに課題がはっきりしていたので、ラストの3回目はそこを修正してひとつでも順位をあげるぞと思っていました」

クローバーリーフ、ハンマーヘッド、ハーフキューバンエイト・・・・・・アクロバットのマニューバーを次々繰り出す芦田機。

しかし、ここで芦田を不運が襲う。全体の進行が遅れ気味だったために、スポーツマンだけ3回目のフライトがなくなってしまったのである。

「やっぱり、残念でしたね。2回目のフライトは手応えをつかめるもので、もっとイケるなあという感じがありましたから」
今大会では、初日と2日目でそれぞれ順位を出し、そのうえで2日間の合計得点で総合順位を決めることになっている。芦田は初日が7位で、2日目は3位に食い込んだ。成績優秀な初出場のパイロットに与えられる『ファーストタイム・スポーツマン』も受賞した。総合でも5位に食い込んだ世界デビューは、十分に及第点がつくものと言っていいだろう。


大会の終了が遅れたために、慌ただしく会場をあとにした芦田は、深夜のハイウェイを疾駆していた。翌日にはロサンゼルスから日本へ発つことになっている。 ハンドルを握る身体に、心地好い充足感が駆けめぐる。ハイウェイの明かりに照らされた銅メダルが、助手席でうっすらと光を放っていた。

 

 

 

 

Faust Profile

芦田博(あしだひろし)
株式会社ディープブルース取締役

1967年、千葉県生まれ。1993年テレビCM制作会社に入社。映像ディレクター、プロデューサーとして、テレビCM、イベント演出映像等、多くの作品を手がける。2000年、株式会社ディープブルース設立。不動産、飲料、通信、コンピュータ、エンターテインメントなど各大手企業におけるマーケティング戦略を中心として、映像、イベント、WEB制作等、多くの広告制作に携わる

 

 

  • ◎『ボレーゴ ハンマーヘッド ラウンドアップ』を戦い抜いたファウストのインタビューはコチラ!体験者インタビュー~メフィストの部屋へ~

Data

点数や順位など、大会の結果はコチラ
http://www.usnationalaerobatics.org/IAC/IAC_Scores.asp
※「サウスウエスト」を選択してください。

ボレーゴ・ハンマーヘッド・ラウンドアップ
(Borrego Hammerhead Roundup)
http://www.usnationalaerobatics.org/iacdb/ContestDetail.asp?hScheduledContestID=166

BORREGO VALLY AIRPORT
1820 PALM CNYON Dr BORREGO SPRINGS CA 92004
http://www.co.san-diego.ca.us/dpw/airports/borrego.html

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