戦場は蒼き大海原!
ビル・フィッシュとの闘い―前編
ビル・フィッシャー・ヘヴンのコナ沿岸
常夏のハワイでもひときわ照りつける太陽がまぶしく、ジリジリと肌を焦がす7月。ビッグ・アイランドの西岸にあるカイルア・コナの街は、“リゾートを楽しむ”ツーリストに混じり、陽焼けした屈強な男たちが街に彩りを添えていた。
ハワイ・ビルフィッシュ・インターナショナル・トーナメント。
大物ゲーム・フィッシングに入れ込む者なら、一度は出場してみたい檜舞台のコンペティションが、5日間に渡って繰り広げられようとしているのだ。
ハワイ島の西海岸は急激なドロップオフの地形から、カジキ、マグロ、カツオ、バラクーダなどの大型回遊魚が沿岸近くまでやってくる。また島の中央にそびえる4000メートル級の高山が貿易風を遮るため、晴天率が高く、海上は年間を通じて穏やか。 ボート・フィッシングをする者たちにとっては、まさにフィッシャーマンズ・ヘヴンといえる場所だ。それゆえ、この地のゲーム・フィッシングの歴史は古い。とりわけハワイ・ビルフィッシュ国際トーナメント(以後HIBT)は半世紀も前にスタートし、全世界で二番目に古く、世界中のアングラー垂涎の的になっている競技会なのだ。
カジキ釣りへの情熱
海に囲まれた日本でも、大物カジキ釣りは海の男たちに愛されてきたスポーツだ。一度その魅力に取り付かれると一生もの、と釣り師たちは口を揃えて言う。たった一本の釣り竿で自分よりも巨大な魚を釣り上げる。獰猛で素早く、食物連鎖の上位に位置するカジキは、いってみれば水中のタイガーのようなもの。その野生動物との一対一の闘い。
ゲーム・フィッシングは、ただのスポーツとは違う、プリミティブな男の本能を目覚めさせる喜びがあるのだろう。熱が高じてカジキ釣り専用のクルーザーを手に入れ、自ら船を駆るようになるアングラーも少なくないという。
その日、競技場にいたファウスト林秀海もそんなひとりだ。横須賀育ちの林にとっては、海は幼い頃から慣れ親しんだ遊び場だった。素潜り、釣り、スキューバ、水上スキーとマリンスポーツならなんにでもチャレンジした。そんな一方、独立心と先見性のあった林は、高校時代に起業し、順調に事業を広げてきた。しかし、目の回るような忙しさに翻弄されるようになってからも海への情熱は消えなかった。
そんな林がビッグ・ゲーム・フィッシングに出会ったのは5年ほど前だった。
HIBTへのステップ
林(上写真中央右)がHIBTに参加するのは昨年に引き続き2回目だ。地元横須賀で愛艇オハナ号を自ら駆り、毎週末のように伊豆の海にカジキ釣りに出る林が、このプレステージの高いトーナメント出場のチケットをつかんだのは、ハワイに所有する別荘の会員誌を偶然見かけたことだった。
「その別荘の管理会社がHIBTに参加するビル・フィッチャーのチームを組んでいて、参加者を募集していたんです。それまでもハワイ島は好きで、しょっちゅう行っていたんですが、でもゴルフ三昧でなぜか釣りにはチャレンジしたことがなかった。カジキ釣りのメッカなのにね(笑)。で、募集を見たときにこれはいいチャンスだと」
アングラーとしての経験が長い林の参加はすぐに受け入れられた。そして他の4人のメンバーとともに挑んだ2008年の大会は、見事準優勝を勝ち取ったのだった。
そして今年。さらなる大物を夢見て、林は再びコナにやってきた。50回目を迎える大会は、昨年よりも3割増の42チームが参加。華やかなムードの中、いやが応にも競争心は増していく。
7月20日月曜、早朝6時。夜も明けたばかりのカイルア桟橋には、すでにたくさんの人影がうごめいていた。 HIBTに参加するアングラーたちだ。その面子は、地元ハワイはもちろん、アメリカ本土、オーストラリア、タヒチ、ニュージーランド、パプア・ニューギニア、南アフリカそして日本からと実に国際色豊か。 その中にあって、ひときわ目を引く真っ赤なTシャツ軍団が林の所属する「ヒルトン・グランド・バケーションズ・フィッシング・クラブ」だった。
キャプテン喜多嶋、この大会でかつて個人優勝も果たした金田、ハワイ在住の田所、そして今年初参加のルーキー山口。林と4人のチームメイトたちは、これから繰り広げられる5日間のバトルに夢を馳せながら、 海上にひしめくトローリング船を凝視する。そして自分たちの競技艇を見つけると、素早く乗り込んだのだった。
HIBTのルール
競技はチーム制で、ひとチーム3〜5人。競技は5日間行われ、くじで決められた船(毎日変わる)に乗り、ハワイ島西沿岸でトローリングする。競技時間は毎朝8時から16時。この間に釣り上げた200ポンド以上のビルフィッシュか100ポンド以上のキハダマグロの大きさと量をポイントに換算して競われる。ポイントは80ポンド張力のラインを使用した場合は、魚の重量がそのままポイントに。50ポンド張力のラインの場合は33.3%のボーナスがつく。その他、その日最も重かった魚に100ポイント、500ポンド以上の魚に100ポイント、競技会中一番重かった魚にも100ポイントのボーナスがつく。魚を陸揚げせず、標識を打って逃がすタグ&リリースでもポイントがもらえる。80ポンドラインで釣った場合は250ポイント、50ポンドラインで釣った場合は300ポイントだ。道具等の規定は国際ゲームフィッシュ協会のルールに則り、ロッドやリーダーの長さ、ラインの強度などなど、細かく決められている。
そしてバトルは始まった
すべてのチームが乗船するのを待ち、スタート・フィッシングの号令が各船に伝えられたのは午前八時ちょうどだった。各国のアングラーたちを乗せた船は、全速力で思い思いのスポットへ散って行く。船が飛ぶように走る間、みな忙しく立ち働き、船の両舷にフィッシング・ロッドを立ててはトローリングの準備を始める。
チームメンバーはボートが持っているルアーを吟味、各ロッドにどんなルアーをつけるか相談してからフィッシング・ラインを海に放った。 トローリング船の後尾には、アングラー専用の席が設けられており、林はそこに腰掛けると、椅子とロッドを支えるサポーターの具合を調整した。
道具の具合をチェックし終わった林は アングラー席から立ち上がると、 大きく伸びをして船縁に寄りかかった。
「ここからは、引きがくるまで、気長に待つんです」。
ゲーム・フィッシングの世界では、獲物が掛かって釣り上げるまで竿を握るのはひとりだけというのがルール。トローリングの場合、獲物がつれるごとに順次交代してアングラーを務めるのだが、今回は林が一番手だった。だが、自分の番だからといって四六時中緊張してアングラー席に陣取っているわけではない。引きが来たらすぐに竿をつかみ戦闘態勢に入る。その心構えさえあれば、あとは昼寝していても大丈夫なのだ。そんな緩急がビッグ・フィッシングの醍醐味のひとつかもしれない。
まだ朝も早いのに、すでにコナの陽射しは肌を刺すほどに強くなっていた。だがキラキラと輝く海面は、スクリューの残波以外は穏やかで、どこまでも蒼く澄み渡っている。メンバーたちはハワイの太陽と海を全身で味わおうとするがごとく、思い思いに手足を伸ばした。
「来た!」
競技開始30分。最初の引きが来た。林はアングラー席に飛び乗り、両足を踏ん張ると、腰を軸に渾身の力で竿を引いた。他メンバーたちは、引きのあるロッド以外のラインが絡みつかないよう、急いでリールを巻き上げる。船長は獲物と林の動きを計算しながら船の速度を緩める。優雅とも思えたクルージングの風景が、一瞬にして緊張と興奮の舞台に変わった。
「ああ〜っ、ヤラレた…!」
その瞬間、失望のうめきが林の口から漏れた。それを聞くや、他のメンバーの動きもゆっくりと止まる。林の持つ竿の先に目をやると、それはもはや水中に向かってはいなかった。
「逃げられちゃいました」
カジキ類の口の周りは非常に固く、釣り針が引っかかっても外れてしまうことがしばしばだという。とくに大きい獲物ほど抵抗する力も大きく逃す可能性も高い。
気を取り直して、ロッドをセッティングし直すと、また次の獲物までののんびりクルージングが始まった。
そして獲物第一号!
ゆっくりと午前が過ぎ、太陽も東向きに陰を落とすようになった頃、ついに次の引きがきた。再び林は臨戦態勢に望む。あわただしくリールを巻き上げるクルー、林の巻きに合せて速度を落とすボート。そして獲物の姿が見えた。カジキだ! サイズはさほど大きくない、70kgぐらいといったところか。タグ&リリースのルールで、250ポンド(約113kg)に満たない獲物の場合は、逃がした方がポイントが高くなるため、今回は引き上げずに標識を打って逃がす事にする。
リリースしたとはいえ、トナーメント最初の獲物に皆の士気も揚がってきた。次にアングラーとなった金田も、フィニッシュ時間直前になって、カジキを釣り上げる。これもタグ&リリースだったが、初日が終わったところでは同点2位。なかなか幸先のいいスタートになった。
Text:Kaori Mitani
Photos:Akira Kumagai
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