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INTERVIEW with FAUST Noriaki Inami
2010年、本当の宇宙旅行へ行くために

ふううっ……と、稲波は小さく息をはいた。
『ZER0−G』での無重力体験を終えてから、3時間ほどが経過していた。専用の送迎車でホテルへ戻り、ようやくひと息つくことができた。掌が汗ばんでいた。まだ少し、興奮しているのだろうか。
稲波はエアコンのスイッチを「ON」にした。室内を循環する冷気が、筋肉に染み込んだ熱気をとかし、身体全体をほぐしてくれるようだった。無重力という響きは、神秘的で官能的な体験を連想させる。荘厳な響きさえあるだろう。
だが、現実は少しばかり違ったようだ。宇宙へのファーストステップは、想像をはるかに越える過酷さを秘めていたのだった。

ジャンボジェット内に生まれる無重力空間

Mephisto(以下M) 初めての無重力体験はいかがでしたか?

Faust(以下F) それはもう、楽しかったですね。いままで経験したことがありませんから、非常に面白かったです。言葉でどのように表現したらいいのか難しいですが、最初に出てくるのはやはり、面白いという言葉になるでしょうか。

 いきなり無重力状態になると、身体への負担もあるのではないでしょうか?

 いえ、いきなりではないんです。最初は地球の三分の一、次は六分の一といった具合に、段階的に重力が下がっていきました。無重力状態になるのは、4回目からだったと思います。最初はとても恐かったですね。

 楽しいのではなく、恐かった?

 最初の数回は、本当に恐怖を感じていました。自分の身体の動きを、制御できないからです。ですから、機体のどこかに常に触れているようにしていました。

 無重力状態というのは、どのような感覚なのでしょうか? 上昇を続けていたジェットコースターが、一気に降下していく際に味わうような、フワッとした感覚に近いですか?

 ジェットコースターのように下へ落ちていくのではなくて、だんだんと重力が少なくなって身体が浮いてくる、という感じです。無重力になる前に、重力が加わるんですね。機体が上昇するにつれて、ある程度重力が強くなり、その反動で、逆に軽くなるんです。ですから、単純に1Gからゼロになるのではなく、1・8Gから一気にゼロになるんです。より強いところから一気に無重力になるので、1からゼロになる以上の衝撃がありました。

 分かりやすく表すとどうなりますか? フワッと浮いているのか、ふんわり浮いているのか、スーッと漂っているのか?

 難しい質問ですね。私自身の感覚では、空気のなかを漂っている感じでしょうか。気がついたら、重力がだんだんと少なくなっていくのが分かって、あ、いま、飛んでいる、というような。無重力なんだというのが、身体で分かるんです。

 無重力状態で身体をコントロールするのは、難しいのでしょうか?

 それが難しいんです。地面に接しているとき、身体のどこかが触れているときはいいんですが、無重力状態になって空中へ放り出されてしまうと、もうどこへ行ってしまうのかという感じで……。

 まったく方向性を定められない、と。

 前後左右がまったくなくなってしまうので、自分の意思で動こうと思っても、うまくいかないんです。先ほども言ったように、最初のうちは手を上に伸ばして、常に飛行機の機体と触れるようにしていました。そうしていないと、身動きがとれなかったですね。クルクルと身体が廻ってしまったり、空中に浮いてしまって、自由に動くことができない。前へ進もうと思っても行けないですし。誰かに押されて、ようやく前へ飛んで行くというような。上下の区別がありませんので、それは非常に不安でした。

 ハンドルがない状態で、車を運転しているかのようなものですか?

 そうなんです。自分の身体がどこへ行くのかが分からないんです。これは不安ですよね。無重力状態で移動をするのは、非常に大変だなあということが分かりました。

 無重力状態で人間が泳いで前へ進む映像を、映画などでは見かけますが……。

 泳いで進んでいる映像がありますけれど、あれは……。空気をかいたところで進まないですから。そんなことをするなら、むしろ壁をつたっていったほうがいいことが分かりました。壁を使って勢いをつけたほうがいいでしょうね。泳いでも前には進ませんよ。

宙を舞う水とm&m‘s

 ブリーフィングでは「飛ばない、蹴られい」も、かなり強調されていました。

 ジャンプすると勢いよく上がっていってしまうので、それは危険だと思います。ヘタをすると天井にかなり強く頭を打ってしまうでしょう。キックも危ないと思います。自分をコントロールできないなかで、そんなことをしたらどこに飛ぶかもわかりませんし、誰かを蹴ってしまいかねません。

 危険と言えば、無重力から重力に戻る瞬間は安全ですか? 危険ではないのですか?

 無重力から戻るときには、空中から一気に落ちる感じなんです。機体の上のほうにたくさんの人がいて、いきなり重力が加わると、つまり地上と同じ状態に戻ると、みんなが一斉にドスンと落下します。そこで、誰かの下敷きになってしまうことも。僕も一度あったのですが、けっこう重い人が身体の上に落ちてきて、非常に衝撃がありました。なかなか重かったですね。

 無重力状態下では、コーチが事細かく指示をしてくれるのですか?

 エンジン音がかなり大きくて、声が聞こえない。他人の声を聞き取るのは非常に厳しい状況です。聞こえるかというと、ほとんど聞こえないですね。コーチが言ったことを誰かが復唱して、それでやっと聞こえるという感じです。グループで参加している人たちは、それぞれに好きなことを話しているので、コーチの指示も伝わりにくいところがありましたね。

 そろそろ、無重力状態で何にトライしたのかをうかがいたいと思います。最初はグループごとに何かをやるわけですか?

 腕立て伏せをしました。重力がないから簡単にできると思われるかもしれませんが、身体が浮いてしまうので満足にできないのです。それから、グループのみんなが一列に並んで、無重力になった瞬間にスーパーマンのように飛び出すというのもやりました。これはなかなか面白いですが、先ほどから話しているように、自分の身体が安定していないですね。重力がないから進んでいるだけ。どこへ進んでいるのかも自分にも分からない、という。歯痒いような、物足りないような感じです。

 ミネラルウォーターとm&mは、コーチが用意してくれるとのことでしたが。

 ミネラルウォーターを飛ばして飲みましたけど、なかなか難しかった。これも、良くある映像の世界とは違います。飛ばした水を飲みにいこうとしても、自分の身体がそっちへ行ってくれない。自分ひとりで飲むなら、口へ向けて飛ばさないと飲めないというのが分かりました。m&mもそんな感じで、食べるのは簡単でありませんでした。同じグループの人間同士で、ぶつけあったりしたんですけどね(笑)。

地球上に無重力を生み出すということ

 紙ヒコーキはいかがでしたか?

 飛ばしましたよ! これが思ったよりも長く飛ぶんです。通常は重力があるから次第に落ちていくわけで、無重力ならヒュッと、勢いよく飛んで行くものなんですね。

 さきほどから何度か首をさすっていらっしゃいますが、それはフライトの影響で?

 無重力状態へ向かう際に、飛行機が上昇していくわけですが、そこではかなりのGがかかるんです。首だけでなく腰とか、身体のあちこちが痛いですね。首とか腰を打ったりしないように、無重力から重力がある状態へ戻る際の落ち方が大切なんだ、ということも分かりました。

 激しいアップダウンに耐えきれずに、酔ってしまった人が多数いたとか?

 訓練をするまえも、アップダウンがあるんです。飛行機が何度も上がったり下がったりするので、私も気持ちが悪くなりました。このまま続けたらヤバイぞ、というのは直感として感じました。耳がキーンとなるようなことはなかったのですが、三半規管を狂わされてしまったのでしょう。

 そして、吐き気をもよおす人もいたと。

 どんどん脱落していくんです。気分が悪くなって。そういう人は座席のある後ろへ戻って、ずっと吐いているような状態で。最後まで残ったのは20人ぐらいでしょうか。三分の一は脱落してしまったと思います。

 振り返ってみると、あっという間のフライトでしたか?

 無重力状態になる30秒という時間は、本当に短いなと感じました。浮いたと思ったら、また重力が加わってしまう。もっとやりたかったかと言いますと、それでは脱落した方々に悪い気持ちもありますし。いずれにしても、地上とはまったく違う感覚、まったく新しい感覚でした。宇宙ではこういう感覚を味わえるのかと思うと、早く行きたくなりましたね。これが宇宙の魅力なのか、と。宇宙では30秒どころか、もっと長い時間無重力になれると聞いているので、非常に楽しみです。 

遠心分離機での加重力トレーニング

 今回の無重力体験とは逆に、重力のかかるトレーニングを受けたこともあると聞いています。これはどのような内容だったのでしょうか?

 「ファウンダー」※を対象とした正規のトレーニングで、アメリカのフィラデルフィアで行なわれました。やり方としては、身体の前から後ろへ向かう重力と、頭の上から足へ向かう重力などで、最大で6Gに達します。小さな部屋がグルグルと廻って加速していきます。遠心分離機のようなものをイメージしていただければいいかと。1セット10分ほどのトレーニングを 10回くらいやって、マックスで6Gの重力がかかります。

 6Gとはどのような世界ですか? 視野が極端に狭くなったりしますか?

 重力で眼球が歪むので、視野は狭くなりますね。色も暗くなっていきます。あとは呼吸ができなくなります。肺が押し潰されるような感じで。深呼吸もやりづらく、非常に力がいります。

 深い海に素潜りをするような感覚でしょうか?

 というよりも、重力で押さえつけられているような感覚ですね。生きている心地がしません。身体を締めつけられているような。血圧よりも重力のほうが強くなってしまうので、脳に血液が届かなくなってしまう。そうすると、意識が薄れていって、しまいには意識を失ってしまう。宇宙へ行ったときに、そういうことにならないようにするための訓練なんです。

 稲波さんは、意識を失うことはなかったですか?

 私は大丈夫でした。メディカルチェックで止めたほうがいい、と言われる人もいたようですが。

 6Gの世界と無重力の世界を体験したことで、宇宙旅行への自信が深まったのではありませんか?

 そうですね、今回こうやって無事に体験できたのは、宇宙へ行った際に非常に大きな励みになります。色々なことが分かりましたからね。負担のかかる首や腰は、これから鍛えていかないといけないのかなあと。

 すでにトレーニングはしているわけでしょうか?

 少しずつ、というのが現状です。一週間に一度ぐらいの割合で、ジムへ通っています。それはもう基礎体力の維持といったレベルなので、今後は首回りとか腰回りの筋力をつけていかないとダメなんだな、ということが分かりました。

2010年、宇宙旅行に行くということ

 そもそも、稲波さんが宇宙へ興味を持ったきっかけは何だったのでしょう?

 宇宙へ行ってみたいなあというのは、たぶん誰もが一度は思うものではないでしょうか。私もそういう衝動に駆られたことがありました。ただ、ずっとその思いを抱いていたわけではありません。実際に行けそうなタイミングが巡ってきたので、よし、行ってみようじゃないかと。

 その「実際に行けそうなタイミング」というのが、「ヴァージン・ギャクティック社のツアー」※だったわけですね。

 2005年の夏に、日本の代理店のクラブ・ツーリズムから募集がありまして、応募をしました。国によって割り当ての人数が決まっていて、最初の抽選では次点だったのですが、キャンセルが出たことで繰り上がり当選となりました。

 『ファウンダー』を対象にしたイベントが、年に数回行なわれているそうですね。

 最初のイベントは06年のゴールデンウィークで、ロサンゼルスにファウンダーが集まりました。宇宙会議というイベントに参加しました。集まりは年に5、6回でしょうか。そのうちの一つが、かなり大きなイベントです。出席は義務づけられているわけではなくて、自由参加のオプションです。

 ファウンダーへの訓練はないのですか?

 先ほどお話した6Gの訓練だけですね。宇宙飛行士と違って、宇宙で仕事をするわけではありませんので。

 宇宙へ行くというのは、稲波さんにとってどのような意義を持つのでしょうか?

 正直、いまはまだその答えを持っていません。というのも、360度全体が星空になるというのは、実際に行ってみないと想像がつかないですよね。そのとき、自分が何を思うのかも。ただ、今回の宇宙旅行を通じて、色々な人に会えるんですね。ヴァージングループの創始者であり会長のリチャード・ブランソンさんなんて、僕のような普通のサラリーマンが会える人じゃありません。しかも、彼が所有するカリブ海の島に招待までされてしまった。僕にとっては、宇宙旅行までのすべてが有益な経験なのです。

 宇宙旅行だけでなく、それまでの過程もまた有益なわけですね。

 ファウンダー同士で過ごす時間が、すごく楽しいんです。不動産会社の社長、化粧品会社の理事、投資信託運営会社の社長、IT企業の社長、大学教授、雑誌の編集中……会社の社長や理事といった肩書を持つ人が多く、成功した人ばかりです。私よりひとつ年上のあるファウンダーは、自分で作った会社を売って、そのお金で今回の宇宙旅行へ申し込んだと。本当に魅力的な方々で、お話をしているだけでも楽しい。また一緒に過ごしたいと思う。こんな発想を持った人、日本にはいないんじゃないかという人もいる。世界のトップはすごいと、率直に感じます。様々な職種のファウンダーとの出会いをきっかけに、ビジネスにうまく展開できるのではないかとも思います。

※「ファウンダ—」「ヴァージン・ギャラクティック社のツアー」……詳細は、後日公開の「Road to Space」にて紹介。
ヴァージン・ギャラクティック社
http://www.virgingalactic.com/

 

 

  • ◎「魂を解き放て! 2009年無重力の旅」STORY本編はコチラ

 

 

Faust Profile

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稲波紀明(いなみのりあき)

某IT企業社員。ヴァージン・ギャラクティック社が2010年に催行する民間企業初の商用宇宙旅行に行く、「ファウンダー」の一人。ファウンダーは世界で100人、日本人では3人のみ。

  • ◎「自分も無重力体験をしたい!」という冒険者へ画像

Who is Mephisto ---メフィストとは

人生のすべてを知ろうとした、賢老人にして愚かな永遠の青年「ファウスト」(作:ゲーテ)。この物語でメフィストとはファウストを誘惑し、すべての望みを叶えようとする悪魔。当クラブ「Faust Adventurers' Guild」においては、Faustの夢と冒険の物語をサポートする案内人であり、彼らの変化や心の動きに寄り添う人物。時に頼れる執事、時に気の置けない友人のような存在は、『バットマン』におけるアルフレッド(マイケル・ケイン)、『ルパン三世』における不二子&次元&五右衛門トリオのようなものか? 今後、Mephistoは各クエストの終わりにFaustの皆さまの心を探りに参ります。どうぞよろしく。

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