世界最高峰のクラシックカーレース
“もうひとつのル・マン”に挑む![後編]
2nd day
迫る、決戦の時
今年の夏の暑さを予感させるようなル・マン市の天気。7月もまだはじまったばかりだというのに、午前中からギラギラと太陽が輝き、容赦なくサーキットを照らす。路面温度はどのくらいなのだろう。ゆらゆらと陽炎が立ちはじめた……。
2010年7月10日本選の日。昨日と変わらぬ青空の下、午前中からサーキットイベントはスタートした。今年はアルファロメオ100周年、ポルシェ40周年、アストンマーティン・オーナーズクラブ設立75周年、そしてラゴンダがル・マンで最初に優勝してから75周年ということもあり、各クラブのサーキットパレードを始め、広大な会場のそこかしこで様々な催し物が行われていた。
だが、ドライバーとメカニックにとってそんなことは関係ない。もうすぐ点灯するグリーンシグナルに向け入念なチェックを行うだけだ。
レースのレギュレーションをおさらいすると、出場車リストには1923年から79年にル・マンを走ったクルマがエントリーされる。5回目を迎えた今年は総勢468台。それを年代ごとに6つのグリッドに分け、一時間弱のデッドヒートを3回繰り返す。ひとつのグリッドの持ち時間は約1時間20分だが、その中にマシンの出入りとパレードランも含まれるため、実際は約43分の戦いとなる。サーキットの長さは一周13.629kmだ。
前日の日中と深夜に行われた予選結果は、グリッド3の1957年型 アルファロメオ ジュリエッタSVZ(ドライバー:小嶋禎一、堀主知ロバート)が74台中52位、グリッド4の1963年型 アルピーヌ M63(ドライバー:加藤仁、藤田一夫、見崎清志)が76台中27位、グリッド5の1967年型 アバルト 1000SP(ドライバー:黒川忠是)が70台中69位であった。ベストラップはそれぞれ、6:25.115、5:29.061、7:02.471となる。本選での夜間走行を考慮して、予選でもライトオンを義務づけた深夜のテスト走行も行われた。
いよいよグリーンシグナル点灯!
さて、いよいよスタート時間の午後4時が近づいてきた。時計が4時を過ぎると、レースは日曜日午後4時まで続けざまに進行する。
ちなみに、スタート順はグリッド3からで、4、5、6と続き、そのあとに1、2となる(この順番は今年から変わった模様)。となると、1957年製のアルファで参加する侍レーサー小嶋/堀チームは午後4時に戦いをはじめることになる。
ちなみに、サーキットではカークラブのファミリー走行やメーカーのデモンストレーション走行なども開催されるため、レースマシンはすぐに入れない。サーキットへの誘導を待つ間、入り口近くのレーンに並べさせられる。海外のイベントが楽しく思えるのは実はこのとき。ここではドライバー&マシンと、多くの来場者やファンとが自由に交流できる、オープンスペースとなっている。ドライバーの緊張をほぐしてくれるいい時間だ……。
3時半を過ぎた。サーキット入場目前のこのとき、第1ドライバーの小島が駆るアルファをはじめ、各マシンに火が入る。ドライバーたちはヘルメットをかぶり、仲間がそれをポンポンと叩く。「がんばれよ!」と言いながら。
年式によりスタートの手法は異なるが、グリッド3はあのル・マン式が適用される。
ストレートに、ピットを背にして斜めに40台ものマシンがずらり並べられ、グランドスタンドを背にドライバーが立つ。
スタート直前、一瞬空気が止まった。
大観衆がドライバーの動きに釘付けされる。
そしてサイレン、よしスタートだ! ドライバーたちは一斉にマシンに駆け寄り、コクピットへ滑り込むと、シートベルトももどかしく即座にエンジンオン! アクセルを踏み込み決戦のコースへとマシンを踊りこませる。
夜を徹して響き渡るエキゾーストノート
サーキットは夕方になっても温度が下がることなく、ゆだるような暑さの中順次進められていく。最後尾のマシンが通過してからしばらく静寂が続くが、先頭車がそれを切り裂き、グランドスタンド前をクラシックカーが爆音とともに駆け抜けていく。
見所は数多くあるが、ストレートから駆け上っていくダンロップ・シケインなどはおもしろい。上りながらのステアリングさばきは難しく、フロントタイヤの接地性が低くなるとリアのトラクションがクルマの挙動にそのまま現れ、オーバーステアとなりスピンする可能性が高まるからだ。もちろん、スピンすれば大きな歓声が上がるのはどこの国も一緒。うまく立ち直ればさらに喝采となる。
午後4時からはじまったラウンド1も6つのグリッドをこなすと午後11時30分をまわる。そして午前0時に再びグリッド3からのラウンド2がスタート。ナイトレースが美しいのは写真を見ていただければおわかりだろう。黒い闇を引き裂くマシンの光はまさに幻想的だ。それに日中より過ごしやすいこともあって、ドライバーも活き活きしているように見える。疲労が見え始めるのはラウンド3からか。
では、この時点で我らがファウストはどうなっているかというと、小嶋・堀チームのアルファがマシントラブルのためラウンド1の最終周で無念のリタイア。しかし、残る2チームは善戦を繰り広げた。前回のリタイアのリベンジを誓う加藤、藤田、見崎のアルピーヌ、ひとりで走り続ける黒川のアバルトはラウンド3のスターティンググリッドに立つことができた。午前2時過ぎにラウンド2を走り切ったアルピーヌはおよそ9時間半後の午前9時45分に、午前3時半にラウンド2を終えたアバルトは午前11時に、三たびエンジンに火を入れた。
47年越しのリベンジ
そして、午前10時半と午前11時45分過ぎにそれぞれがチェッカーを受けた。アルピーヌはクラス36位、アバルトは48位という結果だった。
終わり10分前あたりからピットに安堵の空気が流れ、誰もがにこやかな顔になる。 「このままいけば無事完走ですね。前回はチェッカーを受けられなかったから、これで目標達成です」と見崎。この後ゴールとともに、アルピーヌには海外のTVメディアが取材に来る。
実はこのアルピーヌ、1963年のル・マン24時間に出場したプロトタイプで、製造番号1番の個体そのもののマシン。さらに、当時のル・マンではミッショントラブルによりリタイヤに終っている。その由緒あるアルピーヌの悲願とも言うべき完走を、この大会で遂げることができた。 実に47年越しのリベンジを、ファウストたちが果たしたのである。地元の人々にとっては フランスの魂のようなこのアルピーヌを大切に保存し、他でもないル・マンで完走させてくれた日本人たちだ。
この日のメディアはこぞってこの物語に注目し、誰もが彼らに「ありがとう」という感謝の言葉を投げかけていた。
「これはこのマシンにとっての故郷帰りなんですよ」と加藤は微笑んだ。
最新のマシンだろうが歴史に名を残す名車だろうが、レース終了後の 達成感は同じくらい高い。レース状況が過酷であればあるほど、やり遂げたことで人は満足する。
それは「もう、なんといっていいかわからないくらい感動しています」(黒川)、 「ビックリしたのは“オレよりジジイじゃないの?”っていうドライバーもたくさんいて。ここには年齢なんて関係ないっていうエネルギーが充ちている。感動ですよ」(藤田)、 「前回は手押しでチェッカーだったので、今日は気持ちよくゴールできました!」(加藤)、といった言葉からも察せられる。
また、異常気象ともいわれる暑さからエンジントラブルでリタイアした小嶋は、「3回目(出場)ぐらいじゃまだまだですね。10回くらい出ないと……」、とここへ戻ってくる決意を口にした。
7月11日、日曜日の午後4時。グリッド2にチェッカーが振られ、すべてのレースが終わった。世界中から集まったファウストたちだが、メットを脱いだそのとき、男たちの顔は少年となっていた……。
ル・マン クラシックのコース全図
Text:Tatsuya Kushima(Motor journalist)
Photos:Satoshi Noma
2010/09/16