Vol.3
明かされた積年の想いと苦難
日本航空界は2人のファウストが切り拓く!
ファウストの飛行機チームは、ただ飛ぶだけの飛行機チームではない。
エアロバティック(=アクロバット飛行)の修練を旨とし、世界選手権への出場を目指すチームなのだ。
キャプテンは芦田博。指導を行うスーパーバイザーは、レッドブルエアレースで世界の空を転戦中の
日本No.1パイロット、室屋義秀!
そしてついにこの夏、念願のチーム用アクロバット飛行専用機が完成した!
「エクストラ200」――ドイツのエクストラ社が開発した同機は、素直な操縦性能と高い運動性能を持ち合わせるハイスペック機として知られている。 ファウストカラーである、ネイビーとイエローを基調とした美しき機体が、宙返り、急降下、急上昇、連続ロール! 紺碧の空を縦横無尽に翔けめぐる!!
初フライトに隠された積年の思いと苦難の道
ファウスト・エアロバティックチーム「アンリミテッド」の初フライトを終えた芦田博は、ふくしまスカイパークのハンバー兼機体展示場内にあるソファーに腰を降ろした。スーパーバイザーパイロットの室屋義秀は、フライトジャケットを腰に巻き、ソファーへ座らずに壁に身体をあずけてミネラルウォーターで喉を鳴らしている。
デスクや応接セット、ホワイトボードなどが用意されたこのスペースは、スカイパークの指定管理者で、室屋自身も一員に名を連ねる「NPO法人ふくしま飛行協会」のオフィスであり、今後は「アンリミテッド」の活動拠点となる場所だ。
穏やかな時間が流れていた。会話はなくても、気持ちは共鳴しているのだろう。ファウスト・エアロバティックチームの両輪となる二人の男は、初フライトを終えた余韻に静かに浸っているようだった。
──まずは初フライトを終えての感想を聞かせていただけますか?
芦田:待ちに待った一日だったんですが、意外なほどあっけなかったなあ、と(笑)。もっと感激するかと思ったんですが、あっという間に終わってしまいました。
──この日を迎えるまでに、どれぐらいの準備期間を要したのでしょうか?
芦田:あの、アクロバット飛行専用機のエクストラ200を買ってから、2年半ぐらいです。最初の1年から1年半は、購入先のアメリカで色々な手続きをして。しかも、機体の整備中にエンジンが損傷して、新しいエンジンを乗せ変えるのに、お金と時間をものすごく必要として。それでかなり時間をロスしたね?
室屋:うん、そうですね。だいたい1年くらいは余計にかかりましたね。
──そんなにロスを?
芦田:あのエクストラ200は、ニューヨークから車で1時間半くらいの飛行場に駐機してあったものなんです。ニューヨーク近郊からフロリダへ運び、最終的に整備をして日本へ出荷する予定だったんですが、その移動中にエンジントラブルがおきて、近くの飛行場に不時着してしまった。オイルが全部出てしまい、シリンダーなどの部品に傷が入って。そのままでは出荷できませんから、エンジンは修理するのか、それとも新しいものにするのかと意見をぶつけあって。意見が割れたこともありましたが、少しずつ協調して何とか話を進めていきました。
──そんな苦労があったんですか……。
芦田:だから、ホントならもう1年ぐらい早く、チームの活動をスタートできるはずだったんですよ。
──フライトがあっという間だったという意味も良く分かります(笑)。
芦田:何だか少し間が抜けちゃったというか(笑)、ハハハハ。忘れた頃にやってきたみたいな。
室屋:機体がここに到着したのはちょうど1年前、去年の8月末でしたね。航空局の検査に半年はかかるし、冬は滑走路が使えないから、今年の春から組み立てようということで、しばらく置いておいたんです。で、4月から検査を開始したら、アメリカで色々と準備をしてきたはずなのに、書類上のトラブルがいっぱい見つかって。
──と、いいますと?
室屋:機体そのものは問題ないのですけれど、日本の航空局独自の理由というか、見解の相違というか……。大小の確認事項が数十点くらいあって。その影響で、また4ヶ月くらい遅れたんです。
芦田:そもそもは、機体選びから始まっているんです。そこを出発点とすると、3年はかかっています。あそこにある「ピッツ」という複葉機も候補にあがりましたし、エクストラ200は200馬力なんだけど、300馬力のエクストラ300もある。日本で許可がおりるのはピッツかエクストラで、まずおりないという機体もいっぱいあったりして。インターネットで探したり、電話をしたり。機体選びには相当な時間をかけました。
──エクストラ200に決めた理由は?
芦田:アクロバット飛行の大会には階級というかクラスがあって(※)、我々のレベルだと、相当に頑張ってアドバンスだろうと。それに対応できる機体に絞り、300馬力に比べると、200のほうがコスト的にちょっと安い。じゃあ、これにしようと。
室屋と芦田、9年前の衝突
──芦田さんと室屋さんの出会いは、いつになるのですか?
室屋:もう8年、9年ぐらい前ですか?
芦田:それぐらいになるね。当時の室屋氏は別のチームに所属していて、エクストラ300でエアショーに出ていたりしていたんです。僕はある企業のプロモーションを通じてエアショーに携わるようになり、彼と知り合ったんですが……、色々な事情があってチームを新たに起こそうということになったんです。 室屋:それで、そこに駐機してある「スホーイ」という赤い飛行機を、2003年に初めて買いました。家族や親戚にお金を借りて。同時に、「チーム・ディープブルース」を立ち上げたんです。
芦田:でも、僕はスホーイを買うのに反対だったんですよ。スポンサー集めなど僕の営業的な立場で言うと、複座にしてほしかった。だけれど室屋氏は「ロシア製で性能がいいから、1シーターのスホーイがいい」って譲らなくてね(苦笑)。
室屋:芦田氏の立場は分かるんですよ。でも、2シーターだと性能も違うんです。競技者として言うと、複座はありえなかった(苦笑)。
芦田:実際に乗せてあげたほうが、営業としては伝えやすい。マスメディアにもアピールできる。だから二人乗りにしようと主張したんですけど……。けっこう、モメたよね。
室屋:案の定、スポンサーは取れなくて(笑)。
日本航空界振興への熱き想いと誓い
──すでにエアショーとレッドブルエアレースで、世界の一線で飛行している室屋さんにとって、ファウスト・エアロバティックスチームはどのような位置づけになりますか?
室屋:根本的に、日本には個人パイロット人口が少ないということで、まずは小型航空機の世界を広めることが先決で、そうすることで僕らも生き残っていける。ですから、こういったチームが結成されて、小型飛行機とパイロットが増えていくのは、チーム・ディープブルース立ち上げからの悲願だったんです。
でも当時はスホーイを維持するのが精いっぱいで、もう一機買うなんてとんでもないという気持ちがあって……。いまはもう、世界の名機が揃っています。ここに至るまで8年以上かかりましたが、航空スポーツの啓蒙活動をしてきた成果が、徐々に出てきたと言えるかもしれません。ここでは地元のNPO法人として活動をしていて、青少年の教育にも力を入れているんです。幼稚園児が観に来てくれたりしますよ。地元の皆さんも、飛行機に親しんでくれるようになってきました。
──さきほどの初フライトでも、気がつけばギャラリーが集まっていましたね。比較的年配の女性のグループが、飛行機を見学をさせて下さいと言ってきたり。
室屋:最初は誰もいなくても、飛んでいると音を聞いて観に来てくれてるんですよ。嬉しいですね。地域への貢献活動も含めて、航空スポーツを理解してもらっているところで、目指してきたものがやっと形になりつつあるかなあ。僕らがただ飛ぶだけではなくて、地域のコミュニティの基地になりつつある。地域貢献、社会貢献という意味でも、ファウストの皆さんに興味を持っていただけるんじゃないでしょうか。
芦田:自分たちが飛んで、飛んで、だけではうまくいかないですからね。スポンサーを獲得するのは、実はいまでも難しい。だけど、ちょっと違ってくるのは、エクストラ200は2シーターですから、イベントとしてのフライトができるんです。そういう意味で広がりが出てくるので、僕としては念願だった営業的な動きもできると。実際に一般の方に乗っていただくと、アクロバット飛行の魅力がわかってもらって、口コミですそ野がひろがっていくはず。これまで日本になかったそういうことのできる場所が、まさにいま誕生したと言えるんです。
室屋:そもそもの活動の出発点は、航空分野における啓蒙活動をしていきたいという思いなんです。航空局には財団法人以下の団体があって、われわれもそういう団体として機能するにあたり、自発的に独自の内部基準を上げていって、飛びにくい環境を改善していこうという、そんな思いです。日本の航空法というのは、昭和27年に施行されてから、基本改正はほぼなされていないんですよ。
──21世紀の現代にそぐわなところも、ありそうですね。
室屋:環境整備にあたって、非常に動きにくいところはあります。ですから、スポーツの分野から広めていくことで、飛行機の開発に携われるようになるとか、もっとみんなが参加する、産業が生まれる構造を作り上げたいんですね。
航空宇宙産業は僕らの活動と一体になっていると思っていて、月や火星へ行くような夢の技術の、科学技術の最先端につながる一番すそ野に僕らがいる。そこをぐっと広げていくというのが大事じゃないかと。エアショーをやっているのも、色々な人に興味を持ってもらうためです。チームとして単純に飛ぶというよりも、基本方針はそういうところに置いています。
芦田:航空界の振興に必要なのは、憧れの対象を作ることだと思います。憧れを抱いて「自分も飛んでみたい」と思った人たちに、そのための場所を提供するのが念願だった。必ずしもアクロバット飛行を体験してもらわなくてもいいんです。飛ぶという楽しさを実感してもらえれば、すそ野は拡がっていくでしょう。憧れを抱いても参加する手段がないと、気持ちが萎えちゃいますからね。
アエロバティック日本選手権への野望
──そういった活動を進めていくと同時に、ご自身のフライト技術を高めていきたいと。エアロバティックスの世界大会に出場するのが、ファウスト・エアロバティックスチームの目標なんですよね?
芦田:そうなんです! いずれは室屋氏を、世界大会で倒そうと思っているんですよ(笑)!
室屋:そのころにはもう、僕は引退してるんじゃないですか(笑)。
芦田:ハハハハハ。まあ、来年から本格的に大会に出場しようと思っています。
室屋:実は日本選手権を開催しようと動いているんです。来年からスタートする方向で、最終的な調整をしている段階です。大会があれば競技レベルも向上する。ここふくしまスカイパークが、日本におけるエアロバティックの中心地になっていくと思いますよ。
芦田:国内大会を開いて、上位進出者が海外の大会にどんどんエントリーしていく。そういう流れを作りたいですね。まあ、初代チャンピオンは僕がいただきますけれど(笑)。
室屋:じゃあ、ズルをしないように、僕が審査委員長でもやらせていただきますか(笑)。
※スホーイ……Sukhoi-26。旧ソ連時代から戦闘機メーカーとして知られ、競技用専用機としてもっとも成功した飛行機との評価を集めている。耐久性と整備性に優れ、低コストでの維持も可能。
室屋義秀(むろや・よしひで)(左)
エアロバティック&エアレース・パイロット。ファウスト・アクロバット飛行機チーム「unlimited」のスーパーバイザー。
2009年からレッドブル・エアレースパイロットとして世界の空を転戦中。2009年度年間成績13位、ベスト順位6位(15位中)。
エアロバティックパイロットとしては、現在まで140か所以上に及ぶエアショー実績を誇り、無事故。
2009年ファウスト挑戦者賞を受賞!!
芦田博(あしだ・ひろし)(右)
株式会社ディープブルース取締役。ファウスト・アクロバット飛行機チーム「unlimited」キャプテン。
広告制作会社のマネジメントやクライアントのマーケティング戦略立案等の実務をこなしながら、 アクロバット飛行世界選手権WACへの出場を目指し、アクロバット飛行の修練を積む日々。極真空手家でもある。
という壮大な夢を掲げ、一歩一歩確実に前進してきた2人のファウスト。
次回、「念願のエアロバティック日本選手権の開催」につづく!
WAC
http://www.wac2009.com/
ふくしまスカイパーク
http://www.ffa.or.jp/fsp/about.html
飛行機管理・運営:チーム・ディープブルース
http://www.deepblues.co.jp/aero/
関連記事:
スーパーバイザー室屋義秀の連載
「大空の覇者へ! 室屋義秀、レッドブルエアレース・チャンピオンへの挑戦」
http://www.faust-ag.jp/master/cat91/master001.php
Text:Kei Totsuka
Photos:Hiroyuki Orihara
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