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Vol.1 
ファウスト・ゴルフ部が挑む、遠く険しき本選への道程

薄雲に包まれていたパールハーバーに蒼空が戻り、明るい日差しがグリーンを照らし始めた。午後12時40分、西林基樹、浅野則之に次いで井上盛夫がホール アウトし、予選ラウンドが終了した。3人のトリを飾った井上は「ふぅ」と大きくため息をつき、「キツかったけど楽しかったよ」と、小さく微笑んだ。真っ黒 に日焼けした表情には、少しばかり疲労の色が見える。雨、風、深い芝という厳しいコンディションの中、自分の思うようなゴルフが出来なかったからだろう。 内々からこぼれそうになる悔しさをグッと飲み込み、カートに乗り込んだ。

甘くなかった。

クラブハウスに戻る背中からは、そんな苦々しさが読み取れた。

天からの厳しい洗礼

2月3日、眼下にパールハーバーを望むパールカントリークラブで、パールオープンの予選ラウンドが行なわれた。パールオープンは、1979年に本田宗一郎 の発案によって開催された地元密着型のアマチュアが参加可能な大会だ。2008年大会には、石川遼が参戦するなど、ハワイで最も権威のあるローカルトーナ メントになっている。浅野、井上、西林たち3人の挑戦は、このトーナメントの予選を突破することなのだ。
第31回大会となる今回の予選参加選手は、65名。前日まで本戦出場枠は12名だったが、直前にエントリー数の調整で26名まで枠が拡大。カットラインも 75〜80まで下がり、多くの選手にチャンスが与えられた。とはいえ、予選突破は甘くはない。予選参加者の多くは地元のゴルファーで、コースは自分の庭の ようなものだ。彼ら3人は完全アウェイの中、プレーだけではなく、コンディションやメンタルの戦いにも打ち勝たなくては本戦に生き残れないのである。

今回、ブリオーニ・ジャパンの協賛によりロングポロシャツが提供。雨風にさらされる生憎のコンディションに挑むのに、最適のウェアとなった。/p>

午前6時40分、パールハーバーがまだ闇に包まれ、眠りの中にいる頃、浅野たちがクラブハウスに表れた。「おはよう」と軽くあいさつを交わすと、すぐにパッティングの練習のためにピッチに下りていった。
ファッション・プロデューサーの浅野がゴルフを始めたのは、父親の影響からだった。遊びで始めたゴルフは、もう40年も続いている。数年前、70台を出すようになってから大会に出るようになった。
「ゴルフは飛距離を出すのが面白いけど、それを求めていたうちはスコアがまとまらなかった。でも、今は飛距離と結果を同時に求められる状況になってきた。それをどれだけやれるか、競技の場で試してみたいんだよね」
これまでの経験を活かして、大会でどれだけ戦えるか。未知の領域への挑戦という冒険心が浅野を競技ゴルフへと駆り立てている。 夜がうっすらと明けてきた。
気温19度、風速10m。冷たい雨が降り、強烈な北風が椰子の木を大きく揺らしている。「今日は厳しいね」と、井上のゴルフの師匠であり、今大会、彼ら3 人のテクニカル・サポートを務めるマークが表情をしかめる。普段は半袖で十分な気候のハワイだが、そんな軽装ではいられないほどの肌寒さだ。

スタート順を確認する。
西林が7時50分スタートで一番早く、浅野、井上と続く。ラウンドは、3人一組で回るが、彼らの組にそれぞれ日本人はひとりだけだ。2人の外国人とコミュニケーションを取りながらラウンドしなければならない。これは「意外と大変だ」と、マークは言う。
「まず、英語ですね。ルールシートは英語だし、相手のドロップも英語で指示する。自分のプレーだけじゃなく、相手のプレーにも関わってくるので、それが けっこうストレスになる。それに、外国人と一緒だと自分のペースを乱してスコアを落とす人がけっこう多いんですよ。だから、いかに自分のペースでやれるか ということが大事。そうしたことに動じないメンタルの強さが必要です」
競技のゴルフは、遊びとは違う。厳格なルールがあり、レギュレーションがあり、海外でのコミュニケーションはすべて英語だ。話せません、分かりませんでは 済まされない。たとえ単純なミスでも犯せば失格になる可能性もある。果たして彼らは、プレー以外の煩わしさにストレスを感じることなく、自分のペースで戦 えるのだろうか。

インのスタートとなる10番ホールに、西林が立った。深呼吸し、前方のフェアウェイを見て、距離、風、目標を確認する。無言で小さくうなずき、セットアップした。
「難しいのは、パー4の10番とパー3の13番ショートホール。ここでパーを取れればスコアは悪くならないはず」というマークの言葉からすると、いきなり 勝負ということになる。だが、そんなマークの危惧を打ち砕くように、西林の豪快なショットでパールオープン予選突破の挑戦が始まった。

明暗を分けたアプローチ


WEBなどのデザイナーである西林は、予選前日、ハワイに入り、その足でコースに直行した。もっと早く現地入りして、調整したかったが、仕事が直前まで入 り、そんな余裕はなかった。時差ボケと寒さで身体があまり動かない状態だったが、「それは言い訳にならない」とエクスキューズを一蹴。自分を追い込んで勝 負に挑んでいる。
西林がゴルフを始めたのは、10年前に取引先の社長に強引に連れて行かれたのがきっかけだった。
「最初から楽しかったけど、本当に楽しくなり始めたのは、80を切ってからかな。そして、70台が出るようになって競技を始めた。ゴルフの魅力って開放的 なところと、ミスしてもリカバリーがちゃんとできること。それって人生や仕事や女性と一緒。奥深いよね。この予選はね、もうナイスショットするのは当たり 前。あとは、どれくらいリカバリーできるかってことが重要になるやろね」
スタートから西林は、ティーショットが好調だった。「スコアはボロボロや」と苦笑しながらも序盤のヤマの13番もパーで終え、17番のパー5のロングホー ルでは360ヤードの ドライブショットを決めた。落下点を見失い、ボール探しにてこずったが、無理もない。自分たちが探している、はるか80ヤード先にボールは落ちていたの だ。
「このショットに象徴されるように、ドライバーは好調だった。けど、あとがね……」
この後、西林は懸念していたリカバリーで苦しむことになる。

浅野は、上々のスタートを切った。
「雨と風が強いし、芝の目のきついのでセカンドショットが鍵になる」と、試合前に言っていたが、13番ではナイス・アプローチでピン側50センチにつけ、 パー。だが、ニコリともせず、集中力を維持している。マークが「ティーショットがうまくいけばバーディは固い」という17番ではティーショット、セカンド ショットともにフェアウェイをキープ。肩の力が抜けたアプローチで見事、チップインバーディーを決め、「入っちゃいました」と余裕の笑みを見せた。このま ま行けば予選突破は十分、射程距離内だ。

「あのチップインバーディーで気持ちが乗ったね。あとは、後半、どのくらい我慢してやれるかだろうね」
経験豊富な浅野のゴルフに、マークも「いけるかも」と、期待を膨らませた。

井上は、最初のヤマと言われた10番で豪快なティーショットを決めた。「完璧」と片手を挙げてニヤリ。その笑顔に、ハワイに行く3週間前、代表取締役を務 めるソルト・コンソーシアム(株)の東京のオフィスで2度目の挑戦となるパールオープンへの熱い想いを吐露した真剣な表情が重なる。
「ゴルフは始めて20年ぐらいになるけど、本気にやろうと決心したのはマークに出会った4年ぐらい前から。いろいろ教えてもらいつつ、週1、2回はコース に出て、練習してたかな。パールは昨年、初めて挑戦したけど、まったくあかんかったんでね。今回も厳しいと思うけど、チャレンジすることに意義があると思 うんで頑張りますよ」

大会6日前にハワイに入り、連日ラウンドをこなし、調整してきた。期するものが日焼けした表情からも感じられる。しかし、アプローチとパターがうまくいか ない。あれほど練習し、やれる感触も得たのに芝のクセにうまく対応し切れていない。ホールが進む度に首を傾げるシーンが多くなった。
「アプローチとパットが、しっくりこんね。正直、全然ダメ」
井上は、負の連鎖に陥っていた。

スコアメイクに苦しんだ要因

インで3人に共通していたのは、海外特有の芝とアプローチに苦戦していたことだ。日本はキメの細かい高麗芝でボールが浮きやすいのが特徴だ。だが、海外の 芝は非常に目が粗く、葉先が軟らかいのでボールが沈んでしまう。打った瞬間、クラブに絡みにつき、逆目では引っ掛かってしまうことがよくある。しかも雨が 降り、芝が重くなっていた。「さらに」とマーク氏は、こう付け加えた。
「こっちはフェアウェイを狙ってもラフに転がっていくことが多い。そこでラフにハマると大変。だから、わざとラフを狙ってキックして、フェアウェイに出て くる計算をして狙わないといけない。コースを見て、こういうことが冷静にできるかどうかが大事だけど、これがなかなか難しいんだよね」

彼ら3人は、それぞれ年間70ラウンドは回っている。国内のさまざまなゴルフ場を回り、経験も豊富だ。それでも海外でスコアをまとめることは難しい。後 日、本戦にプロの金田久美子が挑戦したが、彼女もアンダースコアで回ることはできなかった。彼らは、スコアメイクに苦しみながら改めてゴルフの難しさを実 感しているようだった。

届かなかった25の枠

それでも……アウトに向けて浅野たちの活躍に期待が膨らむ。だが、マークは無情にも「アウトの方が難しい」と、言い放った。
「まず、パー4の4番はセカンドが重要。打ち上げの200ヤードぐらいだけれど、ただでさえ難しいのに濡れているからね。グリーンの難易度が高いのは、パ ー4の8番。目がきつくて、打ち上げで右からの横風が吹いている。あと、7番かな。ここはティーショットが重要。打ち下ろしで短いパー4だけれど、ティー ショットでドライバーで行くとOBが出やすく、トラブルが多いんです。ここは5番アイアンのティーショットが必須。で、残り130ヤードぐらいなので、 ショートアイアン でピンを狙う。みんな、冷静にそういう選択ができるかどうか、だね」

西林は、アウトに入っても相変わらずティーショットは好調だった。外国人選手に負けない飛距離で真っ向勝負している。7番もマークの狙い通りアイアンで打 ち、冷静な選択をしていたが、アプローチで苦しんだ。「あぁ」という落胆した声が響き、肩を落とす。試合前からアプローチを気にしていたが、最後まで西林 を救ってはくれなかった。
最終ホールを終えると、「完全に準備不足です。いつも通りの自分のゴルフをやろうとしたけど……。悔しい気持ちでいっぱい」と、表情をしかめた。そして、悔しさを圧し殺すように、こう宣言した。

「僕は、まだトーナメントで予選突破したことが1回しかないんですよ。今シーズンは、なんとしても本戦で戦いたい。そのために、もっと練習せなあかん。そうして、また来年ここで挑戦します!」

浅野は、アウトの出足からつまづいた。
「ピン・シートがなくなって、それがすごく気になって……2番でマークに持ってきてもらったんですが、そこで集中力が欠けてしまいましたね」

ピン・シートにはホール番号、グリーンの形状図、カップの位置がヤードで表示されている。それをベースにアプローチするがない場合は自分で目測し、判断し なければならない。シートを無くした時は動揺したが、なんとかパーで乗り越えた。そのまま3番まで我慢のゴルフを続けて、インでは射程距離圏内だった予選 突破に意欲を燃やした。しかし、マークが懸念した4番ホール、アプローチ、パットともに苦戦し、痛恨のダブルボギーをたたいた。思わず天を仰ぎ、「う〜 ん」と表情が歪んだ。よほど悔しかったのか、それまであまり見せなかった感情が思わず露になる。浅野は、ここから集中力がプツンと切れてしまったようにス コアを崩していった。トータル86でホールアウト。「後半はボロボロでした」と、苦笑する表情には、途中で自ら崩れてしまった悔しさがにじみ出ていた。

井上は、アウトに入ってアグレッシブに攻めた。1番でバディーを取ると2番はボギー、3番をパーでまとめる。インでは時折、笑顔を見せていたが、アウトで は言葉をほとんど発せず、プレーに集中。セカンドが最も難しいと言われた打ち下ろしの4番ホール、ティーショットはOBだったが、そこで崩れず、200ヤ ードのセカンドで見事グリーンを捉えた。「ショット・オブ・ザ・ディ」と井上が自賛し、マークも驚くようなスーパーショットだった。その後は、他の2人同 様アプローチに苦しみ、最後までスコアを挽回することはできなかった。
「僕が満足感を得るのは、スコアと違うからね。それがあかんのかなぁ」
井上は苦笑して、パターをゴルフバッグの中にねじ込んだ。2年越しの予選突破の夢。それなりに練習を積み、それ相応の覚悟で挑んだが結果は出なかった。

来季へのリベンジ

予選通過者は、赤字でスコアが書かれる。来季こそは、自分の名前の横に赤字でスコアを書かれるようにしたい。

ゴルフは心、技、体が大事と言われる。加えて、勝負に勝つには運も非常に重要だ。しかし、運は、ただやってくるわけではない。勝ちたいと強く思う気持ちに勝利の運は付いてくる。井上は、その大事なことに気が付いたようだった。

クラブハウスに戻り、仲間からは「2年連続で、俺らの中で最下位やで」と冷やかされた。井上は気恥ずかしそうな笑みを浮かべたが、その表情には1年目には掴めなかった何かを掴んだ、そんな充実感も漂っていた。
結局、技術レベルを上げ、スコアを上げていくには、トーナメントで掴んだものを地道に積み重ねていくしかないのだ。生涯アマチュアで、グランドスラムを達成したボビー・ジョーンスもこう語っている。
「いつか幸運が訪れることを期待して、努力を続け、ボールを打ち続けなさい」
クラブハウスの練習場には、明日から本戦に出場する選手たちが集合し始めていた。スコアボードの前では、予選突破を果たした選手たちが喜びを抑えきれない表情で、歓談している。3人は、それぞれのゴルフバッグを肩に、彼らに背を向けた。
「また、来年やな」
井上の言葉は、リベンジを果たす決意に満ちて、力強かった。

ホールアウト後のランチタイム。厳しい戦いだったが、お腹が満たされると、18ホールを振り返り、笑みもこぼれる。

パールハーバーを眼下に青空が広がると、緑の芝と蒼い海が輝き、その景色は非常に美しい。

Faust Profile

浅野則之

NPUコーポレーション代表取締役、ファッション・プロデューサー。3人の中ではゴルフ経験豊富。常に冷静沈着で、何事にも動じない。17番で見せたチップインバーディーは、今大会最高のショットだった。

ゴルフスタイル
無理をせず、安定したゴルフが信条。アプローチは、柔らかく、非常に正確。このアプローチにさらに磨きがかかれば、来季の予選突破も確実!?




キークラブ
スコッティキャメロンの錆びたパター。10数年前に購入し、当初は真っ黒だったが、錆びて色落ちして、「すごくいい色になった」と浅野氏もご満悦のパターだ。

井上盛夫

レストラングループ企業、ソルト・コンソーシアム代表取締役。ハワイ好きが昂じてハワイアンコーヒーの輸入も手掛ける。パールオープン予選突破に執念を燃やし、マークに師事しここ数年で「一気にレベルを上げる」と意欲的。

ゴルフスタイル
長い手足から繰り出されるティーショットは非常に豪快。師匠のマーク曰く「パワーが付けばもっと飛距離が出る」。まだまだ潜在能力を残している。




キークラブ
4年前、本気でゴルフを取り組んだ時に購入した通称モリオ・アプローチ。ネーム入りで「これが決まると調子がいい」という、調子のバロメーターとなるお気に入り。

西林基樹

Web、広告等で活躍するグラフィック・デザイナー。自分に厳しく、ゴルフに対してもストイック。競技志向が高く、今シーズン中に各大会の予選突破を目指す。自信のドライバーショットは、今大会も絶好調だった。

ゴルフスタイル
潜在能力は、3人随一!? 気持ちが強く、非常にトーナメント向きである。得意のドライバー・ショットに加え、アプローチに磨きをかけ、各アマ・トーナメント出場を目指す。



キークラブ
あるプロからもらったという千葉ブラッサリーの削り出しの1本。「これが調子いいんですよ」と、プレイ前には、予選突破に向けてキーとなる1本として挙げていた。

A4カブリオレは、小気味よい乗り心地といい、加速感といい、ハワイでのゴルフ・トリップには相性抜群だった。

 

Data



パールカントリークラブ

ワイキキ空港から車で約20分。目前にパールハーバーが広がり、西側にはワイアナエ山脈が広がる美しいコース。毎年2月に開催される、このパールオープンゴルフトーナメントは、多くのプロ・アマが54ホールに挑戦するハワイで最も権威あるトーナメント。
http://www.pearlcc.com/japanese/index.html

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