未来へ価値を継承せよ!
小豆島を駆ける至宝のクラシックカーたち
[前編]
栄光に彩られた賜杯をかけてタルガ小豆島がスタート
リゾートホテル・オリビアン小豆島のエントランスに設けられた大会事務局に、そっと展示されたクラシカルな賜杯――。
香川県・小豆島、3月某日。「Cent'anni Classica Taruga shodoshima 2010」に挑むファウストたちが目指す優勝トロフィーは、なんと1957年製だ。ローマの北北西、おおよそ67km。チミノ山を舞台に開催されたレース・イベント、「Coppa del Cimino(コッパ・デル・キミーノ)」の優勝ドライバー、Edoardo Lualdi Gabardi(エドアルド・ルアルディ・ガバルディ)の戦利品である。
フェラーリを駆り、過酷な山岳ステージを鮮やかに制した彼は、“ジェントルマン・ドライバー”と評された。その栄誉を称えた歴史あるトロフィーが、遥かイタリアから海と時間を越え、現代の日本にある。
F1イタリアGPの開催地として知られるモンツァ・サーキット内で自動車関連書籍などを扱う「Librelia Autodromo(リブレリア・オートドロモ)」のオーナー夫妻が、大会テーマに共感し、自らのコレクションを主催者に提供したものだ。その行為に、「Coppa del Cimino」を開催したVITERBO自動車クラブも「日本とイタリアの架け橋となり、シンボルになればと……」賛同し、エールを贈る。自動車文化を担う彼の地の人々の懐は、かくも広いものかと思い知らされる。
大会名の“Cent'anni”とは、イタリア語で“100年”という意味。それが転じて「ずっと、いつまでも」の意味で使われるという。古いシチリア語で「出会ったすべての人々が100年、共々に幸せでいられますように」という意味もあるそうだ。
「文化遺産的価値をもつクラシックカーを媒介に、未来へと残すべきテーマを求め、子供たちの未来へ継承すべき価値とは何かを見出す」――このイベントを通じて定めた頂は、ファウストなればこそ、高い。
1st day 小豆島内パレード&ラリー
再会を約束するラリーの意義と価値
小豆島内パレード&ラリーが催される大会初日。
1stステージは小豆島の海岸線を時計回りに巡る総延長95.96kmのルートだ。ラリーとは本来、“1か所に戻ってくる”という意味で、競技自体を示すワードとは、ちょっと違う。
チェックポイントは合計5か所。スタート地点のオリビアン小豆島、2番目のマルキン醤油記念館と3番目の二十四の瞳映画村ではゼッケン順に、1分刻みのスタート時刻が決められている。4番目には小豆島の名産であるオリーブの木が豊かに実るオリーブ公園。そこから海岸線づたいに地蔵灯台を目指し、最終チェックポイントの釈迦ヶ鼻園地へ向かう。主催者が定めた設定速度は法令速度内。無理をする理由はない。
とはいえ、クラシックカー・ラリーのベテランによれば、「速度計、距離計もそうだけど、操作系も車両ごとに個体差があるわけで、それなりにクセを理解していないと、そう簡単にいかない」という。ドライバーたちが皮のグローブをはめるのも、路面の凹凸をダイレクトに伝えるステアリングフィールに耐えて保持することや、各ギアの回転差をドライバー自ら補正して次のギアへと操作するテクニックが必要なためであり、その様は傍から見るよりハードなもの。また、クラシックカーのその多くはオープンカー。爽快感とは裏腹に、冷えに耐えることも要求される。
早朝の緩やかな日差しが、艶やかなクラシックカーのボディに映りこむ。スーパーカーにしても、大胆な曲面で構成されるそのボディデザインは、ため息が出るほど美しい。スタート前の静けさのなか、午前中に割り当てられた展示エリアでは訪れた多くのギャラリーが魅了された。
場所を移し、エントラントやギャラリーで賑うスタート会場で、いよいよプログラムが進行する。地元・保育園児による鼓笛隊の演奏が始まった。MCの声は、とつとつとエントリーカーの歴史を伝える。ついに、スタート時刻が迫ってきた。
イグニッション、オン!
軋むようなスターター音。
キャブレター特有の吸気音。
エンジンが発するメカニカルノイズ。
空気を震わせるエキゾーストノート。
アドレナリンが活性化する瞬間である!
これが歴史の重みなのか。あるいは、情熱の結晶故の存在感か。当時の先端技術を集約したクラシックカーたちが発するエネルギーに心が躍る。
オープニングを飾るトップスタートは、この日、最も古い1929年式のブガッティ・タイプ35C。ブガッティはモナコ・グランプリを第1回大会から3連覇を果たした名門ブランド。生粋のレーシングカーだ。
小豆島を彩るクラシックカーたち
スタート地点から2kmほど。山間部を下ると、ルートは小豆島の海岸線へ。左側に瀬戸内の穏やかな海を見ながら、沿道から手を振る人々に応える。1番目のチェックポイントは、スタートから5.26km地点にある大阪城残石記念公園。
到着早々、すぐさまリスタート! 海岸ルートは標高を上下しながら、この日の最長区間にあたる31.7km先のマルキン醤油記念館を目指す(醤油は小豆島の特産品)。ここはドライバーとナビゲータのウデの見せ所だ。
古代王権時代から歴史が内包された小豆島は、本州や四国との連絡橋もなければトンネもない。しかし、フェリーの往来は盛んで約1時間の所要時間で岡山や高松にアクセスできる。その分、地場産業は盛んであり、大海に浮かぶ離島とは違う世界が広がっている。その風光明媚な地理は、イタリアの先端、地中海に浮かぶシチリアに等しい、と言ってはいいすぎだろうか?
しばしの休憩が設けられた後、ラリーは中盤にさしかかる。ナビゲータは計測器をリセット。1分刻みのスタートに備え、3番目のチェックポイントの二十四の瞳映画村を目指す。ルート間は9.3kmともっとも短いものの、道幅が狭く、リカバリルートが重なっているために、その先もまた難儀なルートだ。しかし、それもまた序の口だったと、その後、エントラントたちは思い知ることになる。
ラリーは終盤。オリーブ公園をスタートし、11.3km先にある最終チェックポイントの三都半島・釈迦ヶ鼻園地へ。目印は地蔵先灯台だ。前半は一部、道幅も広く、容易と予想されたのだが中盤からは一転。道幅は細く左右にうねり、ルートはワインディング・ロードの様相。しかし、その分、小豆島の絶景が味わえる粋なルートが設定されていた。瀬戸内の穏やかな海を眼下に見れば、自分たちは大自然の中にいるのだと認識させられる。
残るゴールへの道筋は25kmと、この日2番目に長いルートを走る。民家もない絶壁の道筋を、傾きかけた日差しを背に、いよいよラストスパート! 前半は大自然と格闘し、民家が並ぶ後半は、細心の注意でドライビング。そしてまた山岳部へと続く――
こうして、小豆島の海岸線を時計回りに巡る総延長95.96kmの1stステージは、ゴール地点のリゾートホテル・オリビアン小豆島へ戻ってきた。待ちわびたゴールはファウストたちの目に、何を映すのか? また、未来を託す子供たちの記憶に何を残したのか?
2nd day 寒霞渓スカイライン・ヒルクライム&ラリー
新しい歴史を歩むレースのカタチを創造する
小豆島の夜が明けて、大会2日目。最終日となる2ndステージは、スタート地点のリゾートホテル・オリビアン小豆島から、名勝・寒霞渓へと続く、美しの原高原・四方指展望台をゴールとするルートでヒルクライムラリーが行われる。
瀬戸内海の島々でも最も高い山、標高817mの星ヶ城を望むこのタイムトライアルは、ルート上に約2kmの計測区間を設定し順位が決められる。急勾配と180°ターンが組み合わさったタイトなコースは、まさにつづら折りと呼ぶにふさわしく、容赦なくファウストたちのタイムを削り取っていく。一度失速させてしまえばリカバリーは難しく、高出力が自慢のスーパーカーさえ力技でねじ伏せることはできまい。ましてやクラシックカーなら、その過酷さは容易に想像できる。
計測区間の設定速度は40km/h。アタックは3回。ドライバーとナビゲータの呼吸が試されるセッションなのだ
前夜のレセプション、ウェルカム・パーティは、小豆島の山海の幸と郷土料理、郷土芸能である和太鼓の演奏で盛大に行われたのだが、その余韻はいま、微塵もない。緊張感はピークに達した。
くぐもったエキゾーストノートが山間にこだまし、マシンにかかる負荷の大きさを物語る。平坦なセクションは無いに等しく、渓谷の深さが増すほどに標高を稼ぎ出す。
V型12気筒に代表されるマルチシリンダー・エンジンの雄叫び、小排気量4気筒エンジンが高回転域に達する絶叫、空冷エンジン特有の乾いたメカニカルノイズ。
生き物にも似た様々な“声”と、ファウストたちの挑戦のすべてを飲み込んで、ヒルクライムラリーは続く。ノンアシストのステアリングと格闘し、キャブレターの呼吸に息を合わせるようにアクセルをジワリと踏み込む。ブレーキは左足で残そうか……。そのドライビングに、迷いを残す瞬間は、ない。
この山はどこまで険しいのか? 遥か遠くに、僅かに見える瀬戸内の海だけが小豆島であることを伝えていた――。
クールダウンのために設けられたゴール地点、美しの原高原・四方指展望台は、まさに四方に広がる瀬戸内海と、足元の小豆島全景を見渡せる絶好のビューポイントだ。地元のボランティアに振る舞われるコーヒーが、しばし休息をもたらしてくれる。「次のアタックこそ完璧を期したい」、そんな思いを胸に、景色と時間を楽しんでいた。
1スティントを走り終えスタート会場に戻れば、そこでは郷土料理が振る舞われる和やかなスペースが広がっている。希少なクラシックカーやスーパーカーを一目見ようとギャラリーも多く、質問責めにあうファウストたちもチラホラ。
初老の紳士が興味深く「これは新車ですか?」と問いかける。「いえいえ、もう40年近くたっていて……」と言葉を返す。場内を元気に駆け回るふたりの男の子は「あっちのフェラーリはね……」と会話し、’70年代後半のスーパーカー・ブームを彷彿させるシーンだった。
「僕がいなくなっても、きっとこのクルマは残るんでしょうね。そうあってほしいと願います」
そんな言葉が残像のように、心に焼き付いた。
一世紀を隔てた日本のタルガ・フローリオ
多くのファウストたちとともに今大会の主役を務めたのは、自動車文化を築き上げてきた名車と呼ばれる世界のクラシックカーたち。
正式にはその車両カテゴリーを、「文化遺産的価値を有する車両と、世界三大自動車イベント(ル・マン24時間耐久レース/ミッレ・ミリア/モナコ・グランプリ)※で活躍していた車両」と定義したクラシックカー部門(一部、実行委員会認定車両あり)と、スーパーカー部門という2つのクラスを形式的に設定した。
そして、勝敗よりも大会主旨に重きを置いた運営を、ここにあらためて記さねばならないだろう。
モータースポーツの歴史は1895年に開催されたパリ‐ボルドー間を往復するパリ・レースがその起源とされる。その後、モータースポーツは、ある時代は自動車メーカーの技術力の象徴として、また、国家間の威信をかけた国際レースとして、人々の熱狂とともに急速な発展を遂げてきた歴史がある。
公道レースとして最も古く、1906年に始まったタルガ・フローリオは、人々に愛され、1977年まで続いた歴史ある伝説のイベントだった。イタリアのシチリア島を舞台に競うこのレースは、シチリアで財を成し、社交界に君臨したフローリオ家が後援し開催された歴史をもつ。イタリア語でタルガとは“楯”を意味し、勝者に対する最大限の賞賛をフローリオ家がシチリア島を代表して贈るという名誉あるレースだった。
シチリアの人々に愛されることで継続され、歴史を刻んだタルガ・フローリオ。いつの日か「Cent'anni Classica」も、“タルガ小豆島”として語り継がれることを願わずにはいられない。
※ル・マン24時間耐久レース……フランス西部、パリから約150kmの街ル・マンの公道を閉鎖し開催されるレース。24時間内に走破できる距離を競う。初開催は1923年だが、1906年にはグランプリの名を冠した初めてのレースが開催された場所でもある。
※ミッレ・ミリア……1927年から1957年まで開催された伝説の公道レース。イタリア北部、ブレシア‐サンマリノ共和国‐ローマ‐ブレシアと、1000マイル(イタリア語でミッレ・ミリア)走ることから、このレース名に。開催中止から20年後の1977年、趣向を変えタイムトライアル形式のクラシックラリー「ミッレ・ミリア・ストーリカ」として復活。当時の参戦車両、またはその同型車に限定し再開された。
※モナコ・グランプリ……地中海に面したモナコ共和国のモンテカルロ市街地(公道)を閉鎖して行われる。初めてのレース開催は1929年。F1の開催は、正式レギュレーションが決定した1950年からだ。
イベント名:チェント・アンニ・クラシカ タルガ小豆島2010
主催:タルガ小豆島2010実行委員会事務局
http://www.targa-shodoshima-storica.com/
協賛:京商株式会社/Libre Autodromo/ROUTE BORRANI/NANNINI/SCHEDONI/SPARCO
特別協力: SCUDERIA FORME/リゾートホテル・オリビアン小豆島
独奏協力:社会福祉法人清見福祉協会 草壁保育園
製作・運営協力:株式会社ジェイアール西日本コミュニケーションズ
参加台数:クラシックカー部門20台/スーパーカー部門11台
メインプログラム:島内パレード&ラリー/ヒルクライムラリー
アトラクション:車両展示/コンクールデレガンス/ジムカーナ/キッズバイクサーキット他
Text: Norishige Seiichi
Photos:Turumi
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