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浜野安宏 特別寄稿
「国破れて山河あり」
アイスランドで白銀の巨大魚を追う

早くから海外の自然に遊び、東京の都市文化を演出してきた
総合プロデューサー浜野安宏氏。
いわばファウスト的ライフスタイルの先駆者とも言うべき氏から、
ファウストA.G.編集部に寄せられたアイスランドへの旅の記録。
世界的に高い生活水準を誇ったこの北極圏の国に、
経済が破綻した後まで残ったものは、果たして何だったのか。

そこから発せられるのは、自然への強い思いと、
私たちの国の未来を考えるときに湧き出る、憤りと提言である。

アイスランドにて

私は京都生まれの日本人である。
少なくとも、長良川河口堰の工事が始まるまでは、日本の川にも日本にも、日本人にも期待を持っていた、日本人である。


税金は日本でとられている。日本の川が一部の利権保有者に独占され、破壊し尽くされてからは、遊ばせてもらっているのは、主に南北アメリカやアジア諸国、ヨーロッパなど外国だ。それらの国々の、美しく澄んだ水の流れる河川でのフライフィッシングは、すでにライフワークと言ってもいい。

日本国籍を持って、国にも地方にも多額の税金を納めているが、今までその税金がどう使われ、どんな役にたっているのかあまり関心を持ったことがなかった。しかし、ここまで日本の国土を破壊し尽くされるとさすがに山のような疑問が出てきた。なんでこんなにダムができるのか、河口堰ができるのか。なぜダム、堰で砂の流下を止めて、砂のなくなった河口にはテトラポットを積むのか? ダムの賛否を人間の利害だけで判断してはいけない。ダムは川を加工してできる。人間の身勝手で川を堰止めたり、曲げたり、真っ直ぐにしたりしてはいけない。

私たちのような美しく澄んだ水の流れる河川でのフライフィッシングを生き甲斐とする人間は、より透明度の高い水の流れる源流へ、源流へと入って行く。しかしながら、50年の長きにわたり、ダムとゴルフ場に徹底的に河川を破壊し尽くされてきた、その現場を見ることとなった。私は自分が創設した河川の保護団体「フレンズ  オブ リバー」で啓蒙活動をしてきた。抗議もしてきた。

国民は源流に対してのみならず、川に関心がなく見て見ないふりをしてきたか、まったくの無知であった。無知でも生活に支障がなかったと言えるかもしれない。川に遊ぶ人間のボヤキなど誰も聞いてくれなかった。

長良川河口堰ができた時、日本の川(100キロ以上流路のある川)でダムも堰もない川はなくなってしまった。驚いたことに、こんな恐るべきことが起こっているのに、何も知らないで平然としている人が多かったのである。

川で遊ばせてもらってきた人間が、川に対していちばん発言すべきである、と今痛切に感じている。今なら出来ると思っている。遊びの中には川の真実を見通す視座があると信じている。

私は今アイスランドにいる。
長年の夢であった、幻の巨大魚「アトランティック・サーモン」を求めて、仲間とともに白夜の国にいる。
そして今、私の心を次代に繋いでくれるだろうファウスト世代の仲間たちに、ここで出会った自然の姿や、川の在り方を是非伝えたいと思っている。

不在と出現の釣り

サーモン・フィッシングは「不在と出現の釣り」である。そしてアトランティック・サーモン(大西洋鮭)は、前氷河期から生き延びてきたといわれる唯一種類のサーモンである。
鱒と同じく、一個体の魚が、4〜7年の間に何度も川と海を行き来して産卵を繰り返すことができるサーモンだ。ちなみに、これに対してパシフィック・サーモン(太平洋鮭)は6種類(キング、チャム、シルバー、レッド、ピンク、サクラマス)いて、4〜7年後に生まれた川に回帰して1回の産卵で死んでしまう。

日本ではアトランティック・サーモンに関する情報はあまりにも少ない。おまけに釣りをしない一般人は、日本の川に遡上するサーモンはほとんどすべての河川において、コマーシャル・フィッシャーマン(職漁師)に独占され、一般人の釣りを禁じる条例があるという事実すら知らない。
従って、私たちがわざわざ大金を使ってアラスカやカナダ、アイスランドに鮭を釣るために出かけることの真意を理解できないようだ。

――鬱々とした不在、圧倒的な出現。
アトランティック・サーモンは、パシフィック・サーモンのように水の色を変えるほどの大きなスクール(群れ)で川を遡ることはない。
滔々と気配もなく流れる川に帰ってくる美しい鮭。アトランティック・サーモンを静かに待っているときの戸惑い。不在感とそれに伴う安らぎが祈りに変わる頃、その白銀のサーモンは“神”のように眼前に現れ、竿先を通じてその衝撃が身体を直撃するのだ。

私はアイスランドのあの美しい川に突き刺さって、
ダブルハンドのフライロッドを思い切りキャストしたい。
―――湧きあがるそんな思いは、長いこと私を真夏のアイスランドへと駆り立ててきた。

国破れて山河あり

国破れて山河あり。杜甫の五言律詩『春望』ではないが、高い生活水準を誇った経済立国であったアイスランドでは、そのファイナンスとファンド経済が破綻した今も、“川の経営”は、健全な形で残り、成功している。

地球の北限、最果てのこの国がファイナンス・ゲーム経済で潤っていた2003年にも、私はサーモン・フィッシングに出かけたことがある。ウェスト・ランガリバーとイースト・ランガリバーが出会う河口部がその時の釣り場であった。ウェスト&イースト・ランガリバーは見事に経営されていた。ランガリバーは元々いくつかの滝があることが障害となってサーモンが遡れない川であったが、魚道を人工的に創ることによってサーモンの源流遡上を可能にしたのだ。その結果、産卵床(スポーニング・ベッド)まで到達させ、自然産卵に成功したのである。

その日によってサーモンの多く集まる場所は変わっても、釣り人は1日3ヵ所のビート(3キロ前後の釣りポイント)を変えることができた。私たちもいくつかは大当たりしたり、あまり釣れなかったりしたが、何日かローテーションしたり、移動を繰り返すうちに十分満足できるすばらしい釣りができた。

都会では快適な生活と、何でも揃う便利さを享受できるアイスランドだが、本当に素晴らしいのは、何もないようですべてがある、この大自然なのだ……その時にも、そんな思いを抱いたことを、昨日のことのように思い出す。

私は虚構のファイナンス・ゲーム経済なんかなくなったほうがいいと考えてきた。アイスランドはサーモン釣りだけでは経済が回らないだろうが、より自然環境にそったサスティナブルな国造りをしてほしいと思う。ゲーム経済の宴が終わった後の究極の自然環境循環型の社会、地方、国家として自立しようとする人々と語り合っていきたい。もちろん、美しいアトランティック・サーモンの巨大魚にも出会いたい。

今年は日本を代表するフライフィッシャーマン、杉坂研治氏と二人で来た。彼はアラスカのサーモン釣りに熱中していた私の背中を見て育った世代だという。
「経済が破綻しても川は健在なのか? サーモンは元気か? 」
ニュージーランド、シベリア、北海道……、多くの釣りをともにしてきた私たちは、祈るような気持ちでアイスランドの大自然の中へと、それぞれの自慢の道具を携えて、入っていった。

美しきサーモンの姿

広々とした大地に点在する快適なロッジに荷を下ろすと、私たちは早速今日の釣りの計画を練った。外の空気は朝の光を孕み、柔らかな霞に包まれている。今日向かったのは「イーストランガ・リバー」の中流。すぐ後ろには富士のようなコニーデ式火山と低く長い滝が見える。アイスランド南部を流れる、サーモン・フィッシングのメッカともいえる場所で、私たちのうち数名は前にも一度来たことがあったが、その幻の魚の姿は、まだ誰も見た者はいなかった。

一回の産卵で死ぬパシフィック・サーモンに対して、氷河期前から生存しているアトランティック・サーモンは5〜7年の間、毎年産卵を繰り返すことができる。従って食欲は旺盛。
そして、何度も川を往来しているから、人に釣られたことがあったり、出くわしたりしているはずだ。大物はきっと用心深いだろう。

そのせいかもしれないが、アトランティック・サーモンのフライは地味な色でサイズも小さい。今年一番ヒットしたのは、メタリックなチューブに黒いヘヤーの背中がついているものだった。小魚、エビ、イカなどがモチーフになっているのだろうか?

パシフィック・サーモンが体色、体型ともに大きく変わり、産卵期が近づくと背中が曲がったり、赤く染まったリ、まだらな色がついたり、醜く変わり果てるのに対して、アトランティック・サーモンは白銀のままかなり上流まで遡る。その姿は、ほれぼれするほどに美しい。

日本人の間では「アトランティック・サーモンはもう釣れない」と考えられている。しかし、この後の私と杉坂氏の釣りで、この迷信は完全に覆されることとなる。

果てしなき一日

白夜であった。ミッドナイト・サンが美しい。ふと、対岸を見やると、自然放牧されている馬が砂煙をたてて走っている。太陽が傾き始めているが、このまま地平線を這うように夜になっていくのだろうか?

真夏のアイスランドでは、夜の10時になっても真昼のような明るさだ。空気をピンク色に染めるマジックアワーは果てしなく続くように思え、現地の人ですら仕事が終わって食事をしていると、知らず知らずのうちに夜中の時間になってしまうという。


まして日本からわざわざ釣りに来た我々のこと、時間の感覚を忘れキャスティングに夢中になっているうちに、気が付くと時計の針は夜中の12時を回っていた。とたんに疲れを意識した。今日はこの辺で引き揚げようか。そう思った瞬間、私の腕にかつてない振動が押し寄せた! 大物だ!

その日ラストキャストにヒットした大物はすごいジャンプを3度も繰り返し、私のスペイロッドを弓のように曲げ、大きなプール(よどみ)の終わりまで走った。

その下がザラ瀬となり激流になる。これ以上走らせたら、もう魚のランディングは難しくなる。私はラインを全力でたぐり寄せ、リーリングを繰り返す。魚との一進一退のやり取りが続き、私の心臓は張り裂けんばかりに、極限までの鼓動を繰り返した。それからどれくらいの時間が経過したのだろう。力尽きた魚を岸辺にたぐり寄せたとき、虚脱感とも安堵感ともつかぬ、いいようの感情が胸を締めつけた。これが、アトランティック・サーモンの「出現」なのか……。

なんという美しい魚体。
真っ白いまま中流域まで遡る、アトランティック・サーモンなればこそである。

アイスランドも、ご多分にもれずいくつかの川に、忌まわしいダムが造成されている。
それでもアイスランドには野生のままの川が、豊かな水をたたえて流れていた。

私の腕が上達したと思いたいが、5年前よりもサーモンの数が増えていたように感じるほど、今回はかなりよく釣れた。一番河口に近いビートで杉坂氏が独自のタックルでロングキャストを決め、ワンキャスト・ワンヒットと言っていいぐらい釣っていた。私も滝の下で疲れるほど次々に釣れた。

アイスランドの川は生きている

寝る間を惜しんで釣りに興じた我々の、今回の釣果は全長1メートルを上回るアトランティック・サーモンという、素晴らしいものであった。
最終日の前日にはアイスランドの名物「ブルーラグーン」に浸かり、氷と火の国の、淡い色彩の中に浸った。湖の温泉で、私は子供のような気分に戻っていく。


目をつぶると、昨日までに見た川の流れ、雲の動き、延々と続く緑が蘇る。私は自分の姿が曖昧になり、大自然とただ対峙する純粋な存在へと帰って行くのを感じる。そして、こうして守られた自然を活用する、アイスランドの人々の良心と知恵について、隣り合った人々と語り合った。

今回のアイスランドではいい川、いい自然を巧く経営すれば、リゾート資源になることを圧倒的に印象づけられた。日本ではようやく環境を軽視したダム工事にストップがかかったり、計画が見直されたり、ダムを取り払ったり、できるだけ川を自然の姿に戻そうというふうに国が考え始めた。アイスランドには先進的なすばらしい事例がある。杉坂氏は私にアイスランドでのサーモン釣りを案内されてから、「ぜひ見に行くべきだ! 釣るべきだ」と各方面に勧めまくっている。

アイスランドは残された自然を有効に使って、過剰な都市文明時代の人間に、癒しの産業が成立するのだということを知らしめるモデルになってほしい。ここには火山国であるがゆえの、地熱発電という他国にはない自然エネルギー、それに各地で湧き出る温泉に恵まれている。例えば「ブルーラグーン」という温泉は、地熱発電工場の余熱をも利用しているではないか。それに野生の巨大魚が遡上する、ダムのない川。これらのすぐれた自然資源こそが、アイスランドの財産なのではないだろうか。

白夜の国、ミッドナイト・サンの国。至るところで温泉が噴煙を上げる国。
火山の山懐を、草原を野生の馬が疾駆する国。
アイスランドの川は生きている。アトランティック・サーモンは美しい。
元気にフライを追ってくれる。
また、私はアイスランドのあの美しい川に突き刺さって、
ダブルハンドのフライロッドを思い切りキャストしたい。

そして故郷の国でも、こんな自然の中で遊べる日が来ることを、夢見ている。

 

 

Faust Profile

浜野安宏(はまの やすひろ)
ライフスタイル・プロデューサー。浜野総合研究所代表。多摩美術大学客員教授。1941年京都生まれ。FROM-1st、東急ハンズ、Q FRONT、青山AOなどをプロデュース。著書に「さかなかみ巡礼記」「生活地へ-幸せのまちづくり-」「はたらき方の革命」ほか。http://www.teamhamano.com

 

 

  • ◎「アイスランドで白銀の巨大魚を追う」をクリアした浜野の体験インタビューはコチラ体験者インタビュー~メフィストの部屋へ~
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