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賢者は聞き、愚者は語る
世界に挑む寡黙なサムライたち──前編

 大会の優勝賞金がもっとも高額な個人競技といえば、多くの人はなにを思い浮かべるだろうか。それはゴルフだろうって? たしかに今年、アラブ首長国連邦のドバイで開催が予定されている「ドバイ世界選手権」は賞金総額1000万ドル、優勝賞金は166万ドルと喧伝され、世間を多いに驚かせた。だが、何年も前にその8倍にも及ぶ優勝賞金1200万ドルを達成していた個人競技があったことを我々日本人は知らない。その個人競技とはポーカー、正式にはTexas hold 'em Pokerである。

 

 現在、欧米を中心に空前のポーカーブームが巻き起こっている。たとえばアメリカの場合、三大ネットワークのひとつであるNBCではゴールデンタイムに複数のポーカー番組を放映し、ディズニー傘下のスポーツ専門チャンネルESPNではワールドシリーズの模様を独占生中継する。ヨーロッパでも同様の状況で、多くの視聴者がこのひじょうにシンプルなルールのカードゲームに熱狂しているのだ。
この人気の土壌には欧米では、このカードゲームがギャンブルとしてだけでなく、もちろん幼稚な遊びとしてでもなく、卓越した戦術理論が必要とされるスキル・スポーツとして広く認識されている点がある。そしてもうひとつは華のあるプロプレイヤーの登場だ。彼らがポーカー番組で見せる姿は刺激に満ちている。タイガー・ウッズに負けない知名度を持つ彼らは、上半身にF-1レーサーよろしくスポンサー企業のステッカーを張り付け持参した数十万ドルを涼しい顔で賭け、人間性をむきだしに大胆なブラフやポーカーフェイス、過激なトークによる挑発を交えて信じられないくらいの大金を華麗にせしめていく。現在、そんな姿に憧れるアメリカの少年たちは、「将来、自分がなりたい職業」の上位にプロポーカープレイヤーを挙げるほどとなっている。

<テキサスホールデムポーカーのルールとは?>

 

 少々前振りが長くなったが、こんなポーカーの世界観をすべて理解した上で2年ほど前から、「世界挑戦」を続ける3人のFaustがいる。イベント制作会社を経営する金子達は国内のポーカー親睦団体で数々のタイトルを獲得してきた猛者。クリエイターの赤木太陽はポーカーを知った一年目から海外のメジャートーナメントに数多く参戦し、「2008アジアン・ポーカー・ツアー・マカオ大会」では11位に入賞を果たした。赤木に誘われて同時期にポーカーを始めた売れっ子フリーライターの石井カイジは、わずかキャリア半年足らずで「2008アジアン・ポーカー・ツアー・マニラ大会」でファイナルテーブルに進出し、3位入賞を成し遂げている。このときのプレイスタイルがあまりにも攻撃的だったことから、アメリカの専門メディアでは「extremely aggressive style」と驚嘆を持って伝えられたほど。いまでも石井はアジアのカジノ、ポーカー界ではちょっとした有名人だ。 そんな3人にあるQuestが与えられた。「アジアの壁を飛び越え、Faustを代表してポーカーのワールドシリーズ(World Series of Poker。以下WSOP)に出場してみないか」と。3人が断るはずもない。2009年7月29日、新たに結成されたFaustポーカーチームは、年に一度1か月以上にも渡って開催されるポーカーの祭典の場、ラスベガス・RIO ALL SUITES CASINOに足を踏み入れた。

<World Series of Pokerとは?>

 

 

at 12:00, RIO ALL SUITES CASINO

 

 

 

 この時期のラスベガスは陽射しが強く蒸し暑い。その熱気の半分はこの街に息づく人々が発生源かもしれない。一流のエンターテインメントと一流のサービスがもてなすラスベガスに、今回ばかりは年に一度の大イベントが加わっている。世界各国から血気盛んなポーカー自慢が集まるのだからその体感温度はさらに上昇していく。
今回、Faustがエントリーしたのは、NO-Limit Hold’em(Event54)。大会は三日間を通して行われ、トーナメント形式で戦っていく。要はプレイヤー同士のチップの奪い合いで、スタートチップ4500がすべてなくなった時点で終了するというものだ。バカラやブラックジャックと違い、プレイヤー同士が対戦することが、このポーカーというものを面白いものしている。それだけにこの競技に参加するのは、いずれも自分の才能とスキルにある程度の自信とプライドを持った連中だと考えることができる。もちろん、同様の自信とサムライスピリットを持ったFaustポーカーチームの3人は前日までに写真撮影を済ませ、プレイヤー登録も完了。参加者数2818人、優勝賞金67万3276ドルと発表されたWSOP Event54に挑んでいく。

 

 轟音といってもいい。数千人が一斉にチップを動かす音を聞いたら、誰もがこの表現に納得する。この規模こそがワールドシリーズなのかも知れない。RIOのコンベンションセンターに特設された会場はまさにポーカーの祭典ともいうべき華やかさに包まれていた。ポーカー関連企業によるブースのほか、有名プロのサイン会や記者会見が随時行われ、会場奥にはESPNによる中継スタジオが奥に控えている。そんな会場の窓から覗くのは、RIO自慢の砂浜ビーチがあるプールエリア。ブロンドの女子大生がパトロンらしき男性と一緒にこちら側を興味深そうに覗いている。
そんな華やかな空間にFaustはいた。だが、3人にはまるでワールドシリーズの空気に飲まれたような素振りはなかった。寡黙なサムライたちは、「感情を顔に出さない」という日本人の美徳でもあるポーカーフェイスを巧みに駆使し、世界から集まってきたジェームズ・ボンドたちと互角に渡り合っていた。最初に動いたのはチームリーダーを務める赤木だった。
Level3、ブラインド75/150ドル。赤木はチップ7000を保持。アベレージが約4500だったことを考えると、ロケットスタートは見事に成功していたといえる。赤木がビックブラインドのとき、ミドルポジションのドイツ人がレイズで500。赤木がそれにコールでヘッズアップ(サシ勝負)となった。ドイツ人の胸には、「Poker Bundesliga」のステッカーが貼られている。おそらく地元ドイツの国内予選を勝ち抜き、エントリーフィーをスポンサードされた上で参戦してきた実力者だろう。このようないわゆる“各国代表”がそこらじゅうにいるのがワールドシリーズの特徴だ。赤木も昨年は国内団体のスポンサードを得て海外参戦していただけにドイツ人のバックグラウンドを即座に読み取っていた。

赤木のカードはKc、Qcと決して弱くはないがそれほど強いとも言い切れない事故率の高い2枚だった。勝負に9人が残った場合の勝率は7位とまずまずのハンドランキングに位置するが、4人の場合は9位、ヘッズアップで16位に転落するという微妙な組み合わせ。赤木はいやな予感がしたという。
「KQは注意が必要なカードだという意識は常に持っていたんですが、それを忘れるくらい好調だったので、つい欲をかいてしまったんでしょうね」
ディーラーがフロップ3枚を配る。ボード(共通カード)は8c、Tc、Kh――。幸運にも赤木はKのワンペアが完成した。さらに、クラブのフラッシュ・ドロー(あと一枚で約が成立)もある。この時点でポットにたまったチップは1000ドル以上あった。まずは先行の赤木が500ドルをベット。ドイツ人は悩む素振りもなく、即座に1500ドルの3倍レイズで返す。赤木には再びいやな予感がしたというがフラッシュ・ドローもあったことから、1500をコール(同額でベット)。つまりこれで勝負成立だ。お互いに1500を賭けても十分勝てる見込みがあるということになる。
4枚目にディーラーが落としたのは、2d。このような場合、先行ポジションの赤木は不利になる。自らの意志を、チップを通して先に伝えなければいけないからだ。赤木の残りチップは5000で、ポットには4000のチップが積み重なっている。この4000を得るには目の前の勝負をものにしないといけない。先行の赤木はポットの約半分となる2000をベットする。ドイツ人はしばらく考え込む。そのまま悩んだ末に降りてくれれば赤木の勝ちになるが、ドイツ人は再びコールで応じた。この勝負の行方は、最後の5枚目に託されることになった。

最後に落ちたのは、5s――。これ以上、共通カードを配られることはない正真正銘、最後の5枚目(リバー)カードだ。ポーカーはこのように場に配られた5枚と、自分の持っているカード2枚の組み合わせを競うゲームである。残念ながら、もう一枚のダイヤは落ちなかったものの赤木のハンドはKd、Kh、Qd、Th、8hとなってKのワンペアが確定している。K以上のカードはAしかないが、ボードにAは落ちなかった。となると、赤木のKワンペアは、トップぺアと呼ばれる現状で考えられる最強のワンペアになる。  赤木はじっくり考えた。時間はたっぷりかけたほうがいい。この時間を利用して相手に何かを考えさせ、弱気の虫を引き出せれば儲けものである。
コンコンッ……。

 

 数分の時間をかけた後、右手の拳を2度、ゆっくりテーブルに打ちつけた。これはチップをなにも賭けないという意志(チェック)を示す世界共通のアクション。片やドイツ人は赤木のチップ残数を値踏みしたうえで、オールイン(チップの全額賭け)を仕掛けてきた。そのチップ数およそ6000。赤木の5000を軽くオーバーする。赤木は悩んだ末にコール。つまり、両者ともにオールイン対決となり、この勝負で負けたほうが終了となる大一番となった。
「Card Open!」
ディーラーが声をあげる。カードを公開するのはオールインを仕掛けたドイツ人からだ。目を凝らす赤木。開かれたカードはAhとKsで、赤木と同じKのワンペアが完成していた。しかし、ボードの5枚を組み合わせるとKs、Kh、Ah、Qd、Thとなり、赤木にキッカー(ペアではないほうのカード)で競り勝ちしていたことが判明する。ほっとした表情を見せるドイツ人。彼としてもこの程度のハンドで自信満々だったわけではない。ポーカープレイヤーであれば、リバー(5枚目)まで勝負がもつれ込んだ場合、ツーペア以上を持たないでカードオープンした場合の勝率は50%以下に落ちることを知っているからだ。このようにポーカーはすべてにおいて確率論とは切っても切れない関係にあり、WSOPに参戦してくるプレイヤーであれば、それは共通認識となっている。最後のオールインは彼なりに必死の脅し(ブラフ)だったのかもしれない。

赤木は自分のカードを見せることなく、トーナメント開始からわずか3時間で姿を消すことになった。マカオでは得意のブラフが冴えまくり数万ドルの賞金を獲得したことのあるサムライにも、ワールドシリーズの壁は高かったということか。
コンコンッ……。
勝利したドイツ人は、自分の目の前に集まった1万以上のチップを手元で整理しながら、チェックと同じ動作でテーブルを2回叩いた。これはポーカープレイヤー同士だけに通用する便利なサイン。勝負したプレイヤーに対して、感謝、称賛、そして尊敬の意志を表明するという意味を持つ。
コンコンッ……。
赤木は同じように返すと、ドイツ人とアイコンタクトを交わしてテーブルを後にした。
「自分に負けたとしか言いようがありません。こんな早いタイミングで勝負する必要はなかったんですが、調子が良かっただけに我慢しきれませんでしたね。あとは残った2人の応援にまわります。あ、あのドイツ人の彼も俺のチップを奪ったんだから勝ち抜いてもらわないとね」

 

at 18:00, RIO ALL SUITES CASINO

 

 

 

 Level6の中盤でひとりのFaustに異変が起きる。この日の金子はいつになくハンドに恵まれていたという。なんとこれまでにプレミアムハンドと呼ばれる最強のAAが4回も配られてきたというから異常事態だ。こんな異変が続くと、どうしても平常心ではいられなくなる。石橋を叩いても渡らないほどタイトなプレイを信条とする金子だったが、強運を過信するあまりにプレイスタイルはルーズなものへと崩れていた。そんな心の隙を勝負の神は見逃すはずがない。

チップを1万5000まで積み上げ、Day1突破は確実かと思われた矢先のことだった。相手プレイヤーを口汚く罵ることで自分のペースを作り、テーブル内でチップリーダーへと躍り出ていた巨体アメリカ人の挑発に金子は乗ってしまうことになる。たいてい日本人のポーカープレイヤーというものは辛抱強いものだ。海外のどのカジノのポーカールームへ行っても、テーブルに着いた途端、「本当にお前ら日本人なんかがポーカーなんてできるのか?」といった、からかいの声が飛んできたりとなにかと辛い思いをする。これはポーカー後進国から海外に出ていく際の通過儀礼といってもいい。ポーカーの楽しさはそれ以上のものがあるのだから彼ら3人はずいぶん以前に比べて性格が辛抱強くなったと話す。
この日の金子には幸運が続いた故の過信が全身を覆っていたようだ。無理することのなかったA4対A8のAワンペア対決に臨んで敗れるとチップは激減した。精神的ダメージは回復することなく、焦りのあまりに赤木と同じKQのスペードスーツ(絵柄が同じ)でヘッズアップの大勝負を仕掛け、相手のATに敗れるという結末を迎えてしまった。ここでもFaustに襲い掛かったのはKQという魔のトラブルハンドだった。
「いろいろと今回はプレイに反省は多いですが、今回はワールドシリーズに参戦できたことを素直に喜びたい。悔しいけど、来年にもう一度挑戦します。いや、これから何10年も挑戦し続けますよ」

 

 

Faust最後の砦、石井カイジ。
彼の攻撃的ポーカーで兵どもに一矢報えるか!?

 

──STORY[後編]へ続く

 

 

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