賢者は聞き、愚者は語る
世界に挑む寡黙なサムライたち──後編
at 20:00, DINER BREAK
残るFaustはポーカーチームのエース石井のみ。ディナーブレイクとして休憩が1時間与えられると、3人はプレイヤー専用ラウンジに向かい、食事をとりながら戦術ミーティングを始めた。この時点ですでに1000人以上が脱落し、チップアベレージは1万4000前後。だが、石井の所有チップはその3分の1にも満たない約4000である。大胆なブラフと過激なベットが持ち味の石井にとって、このチップ量は少なすぎる。これではまずブラフは使えないだろう。石井にとって、苦しい戦いが続いていることが見てとれた。
「これでも増やしたほうですよ。ずっとこんな低空飛行ですから。勝負できるハンドがなかなか入ってこないんですよね」
ここで赤木がつぶやいた。
「でも、そろそろどこかで“勝負”しないとな……」
この場合、“勝負”というのは、オールインによる玉砕戦法を指す。自分のチップを全額賭けてダブルアップを目指すか、あえなく散るか。
「死に場所を探せ」という意味にもとらえられる言葉だ。1時間ごとにブラインド(強制的に徴収されるベット額)が上昇していくトーナメントで勝ち抜くには、常にアベレージ前後のチップ量をキープしていくことが求められる。石井のチップはそのアベレージにはあまりにほど遠かった。最後のサムライ、最後のFaustは覚悟を決めていたようだった。
at 21:00, RIO ALL SUITES CASINO
Level9。ブラインドは400/800ドルでアンティ(ハンド毎に徴収されるチップ)が100ドル。まだ生き残っているプレイヤーは1800人前後もいるという。ブラインドもアンティも高額になり、このあたりからはオールインが急増し、秒刻みで生存者が減っていく試練の時間帯となる。だが、それもある意味ではチャンスだ。ひじょうに危険だが、石井のようなチップ量が少ないプレイヤーがオールインした場合、勝負を受けてもらいやすくなる。もし、3者とぶつかった場合はその勝率は下がるものの、一気にトリプルチャンスもあり得る。この時間でチップ量を大きく増やさないことには上位入賞は難しいだけに石井には決断が求められたが、そう思う間もなく石井はすぐに動いた。
周囲のプレイヤーを見渡し、良いカードが入っているかどうか“気配”を探っている。チップの持ち方に変化はないか? 視線が挙動不審になっていないか? カードを何度も繰り返して見ていないか? 人間には良いハンドが手に入ってしまった場合、どうしても無意識に出てしまうクセがある。これを読むこと(リーディング)こそが、石井の海外戦績を支える武器でもあったのだ。実力あるポーカープレイヤーはチップの賭け方と気配で他人のカードを難なく読んでしまう。当然ながらポーカー界のトッププロたちはいずれもこのリーディング能力がひじょうに高い。石井は他人にその気配がないとわかるや、自分に良いハンドがはいっていようがいまいが隙あらば、ブラフによるオールインを仕掛け続けた。それもただひたすらに。それは、セコンドとして観戦していた赤木が思わず、「無理するなって!」とストップをかけるほど一見メチャクチャな攻撃だった。だが、石井は周囲の心配をよそに、「extremely aggressive style」と恐れられた気の強さを発揮し、オールイン6連勝を飾ることになる。
このとき、石井と同じテーブルには偶然にもポーカーチームとは旧知の大阪在住のicebeerさんもいた。彼女は3年前にWSOPのメインスポンサーEVEREST POKERでポーカーを覚え、一年間で数ドルを1万ドル以上まで増やしたという逸話を持つ女流ポーカープレイヤー。現在は、EVEREST POKERと正式にプロ契約を結び、海外ツアーに数多く参戦するなど華々しい成績を残している。最近では5月末にロンドンで開催されたWorld Women Openで2位、$30,000を獲得したばかりとあって、ポーカー関連メディアの注目度も高い。会場でひと際目を引くゴージャスなドレスとネイルは、注目を浴びる“ポーカープロ”としての意識の表れだ。
「日本人にいちばん知って欲しいのは、ポーカーは知的なゲームであることです。日本でもポーカーは知的な人によってプレイされている、知的なゲームとして認識されるべきだと思います」
at 21:40, RIO ALL SUITES CASINO
「今日はいいハンドが入ってこない……」
DINER BREAK時に石井がしきりに嘆いていた言葉だった。このような精神状態のときに注意しなければいけないのは、中途半端なハンドで勝負を仕掛けないようにすることだ。例えば、QQ、JJ、TTあたりがそれに該当する。もちろん、赤木と金子が敗退へと追いやられた魔のトラブルハンドKQも含まれるだろう。いいハンドに恵まれないときは焦るあまり、この程度のハンドで大勝負に出てしまいがちになるが、実際、これらの勝率はそれほど高くないのだ。赤木はしきりにテーブル脇から、「焦り病になるなよ!」と声をかけていた。
しばらく大人しくしているうちに徐々にチップを削られていった石井が突然動いた。ミドルポジションの石井がビッグブラインドの3倍レイズ2400をベットした。スモールブラインドのフランス人はさらに自分の持ちチップ全額7000をオールインで返してきた。石井以外はこれほどの大勝負を受けるはずもなく、7人全員が降りている。残るのは2400をすでに賭けている石井のみ。手元に残りチップは3600しかないので、勝負するならオールインに応じなければいけない。もし、この勝負に自信がなければ、この時点で降りることも可能だ。すでにベットした2400は手元には戻らず、“無駄死に”になるが。
「I’m ALL IN…」
石井が選択したのは前者――つまりサムライとして生き死にをかけた玉砕勝負だった。チームメンバーは固唾を飲んでテーブル上の動向を追う。
「Card Open!」
ヘッズアップによるオールイン対決なので、ディーラーによる共通カードが配られる前に両者のハンドが公開される。まずはオールインを仕掛けた側のフランス人から。
まずまずのハンドだが、オールインはやり過ぎのようにも思えなくもない。おそらくフランス人は石井が降りるだろうとタカをくくっていたのかもしれない。その証拠に彼は次第に不安そうな表情を浮かべだした。対する石井のハンドはなにか? 彼のハンドに勝てる2枚とはなんなのか? 石井はポーカーフェイスを保ちながら、自分のハンドを1枚ずつ、ゆっくりと公開した。
「ドッ」と声にもならないどよめきがテーブルから起きる。まさか、赤木や金子が討ち取られたKQだとしたら、あまりに縁起が悪すぎる。さらにもう一枚を開く石井。
石井が隠し持っていたのは、AAと並んで“プレミアムハンド”と呼ばれるKKだったのだ。さらにどよめくテーブル。すでに傍観者を決め込んだ他のプレイヤーたちは口々に「降りて良かったぜ」などとつぶやきあっている。この後、ディーラーが配る共通カード5枚に、たとえKが出なくてもすでにKのワンペアが完成しているのだから相当強い。……のだが、それも現時点に限った話、ということになる。現時点での勝率はKKが71.21%、AQが28.37%と圧倒的にリードしているものの、ポーカーでは確率論を越える不思議なことが頻繁に起きる。もし、共通カード5枚の中にAが一枚でも出てしまったら、即座に石井の負けとなる。フランス人がすでにAを一枚持っているので、残り3枚のAがディーラーの持つデッキの中にあることになる。ディーラーがその一枚を引く確率は低いが決してゼロではない。ディーラーがまずは3枚を配った。
「そのままでいいって!」
ポーカーチームから日本語で大声援が飛ぶ。「そのまま、何も出してくれるな!」という意味で、このままAが出ないことを祈る叫びだった。
石井もフランス人もいつの間にか拳を握り締めて立ち上がっていた。これで負けたほうが敗退するのだ。すぐに今晩でも荷物をまとめてベガスから出て行かなくてはいけない。ポーカープレイヤーに観光やドライブは必要ない。トーナメント参加こそがすべて。WSOPの夢は数秒後には散るのだから、彼らの気合いも当然だった。フロップ(3枚)の時点で、KKの勝率は84.85%にも跳ね上がった。四枚目をディーラーが公開する。
KKの勝率93.18%――。一瞬、安どの表情を見せたポーカーチームだったが、その直後に悲痛な叫び声をあげた。最後のカードはなんとAだった。勝率6.82%の壁を突き抜け、ポーカー最強のカードAはWSOPの舞台に舞い降りてしまったのだ。ポーカーはこれがあるから最後までわからない。石井は最後の相手だったフランス人を始め、icebeerさんやフィリピン人と握手を交わす。そこで、フィリピ人がいった。
「ミスター石井、私はあなたのことを尊敬していました。今回、同じテーブルで戦えたことを嬉しく思います」
「ありがとう。アジアを代表して頑張ってよ。Good Luck!」
Faustポーカーチーム初めての「世界挑戦」は、6.82%の確率に苦杯を喫してしまったことになる。石井は語る。
「ポーカーはギャンブルというより、投資に近いと思うんですよ。自分の投資した額に対して、リターンはいくらで、リスクはいくらなのか。その計算の上で追加投資して勝負するべきなのか、またはリスク回避すべきなのかを選択する。ポーカーは、その相場をコントロールできたものが勝てると思うんです。でも、今回のWSOPはなかなかチップを増やせず、テーブル内をコントロールできなかった。もっと長い目でトーナメントを考えても良かったかな。勝負が早過ぎたという反省もあります」
ポーカーは我慢の戦いであり、自分との戦いだ。自分との戦いに勝つことができれば世界での勝利もおのずと見えてくる。ポーカーは、自己管理に長けた日本人ビジネスマンにこそ向いているといえるかもしれない。寡黙(ポーカーフェイス)なサムライたち――Faustポーカーチームは今後も世界に挑み続けていく。
取材協力:EVEREST POKER
WSOP公式スポンサーを務めるオンラインポーカー企業。無料でポーカーを腕を磨ける公式サイトは下記リンクより。
Text&Photo:Faust A.G.
2009/08/27