7日間250キロを踏破せよ!
灼熱のゴビ砂漠マラソン
赤坂が挑むのは、「レーシング・ザ・プラネット」という団体が主催するエクストリーム・マラソン。サハラ砂漠、ゴビ砂漠、アタカマ砂漠を舞台に、毎年7日間、約250kmに及ぶ過酷なマラソン競技が繰り広げられる。そして、このうち2つのレースを完走すると、究極のエクストリームである南極マラソンへの参加資格が与えられるのだ。
世界で最も標高の高い砂漠を走るアタカマ・マラソン(アタカマクロッシング)を昨年に完走している赤坂にとって、去る6〜7月に開催されたゴビ・マラソン(ゴビマーチ)を完走することは、11月に開催される南極マラソンに参加するための絶対条件だった。
6月26日 the day before
集合、そして悪路の移動
中国西端、新疆ウイグル自治区の首都、ウルムチ。
赤坂をはじめとした約150人の選手たちが、ホテルの快適なベッドで迎える最後の朝だ。エントリーと荷物チェックを済ませ、運営側からゼッケンが手渡される。日の丸のついたウェアを着込むと、心なしか身が引き締まる。
バスに揺られ、東に150km。悪路に悩まされながら、スタート地点である砂漠地帯へと移動する。午後11時を過ぎた頃、ようやく世界で2番目に大きな塩湖があるトルファンの街が見えてくる。郊外の村に設営されたキャンプサイトで、レース前の英気を養うのだ。
赤坂は最後の贅沢として取っておいたサンマの缶詰を開け、明日からの戦いに思いを馳せながら食べた。キャンプサイトへの到着は予想外に遅れた。今夜は早く寝なければならない。
6月27-28日 1st & 2nd Day
砂漠に戻ってきた
スタートは朝9時半。明け方に起き出した赤坂は、まずトイレと食事を済ませる。残りの時間を使って、リュックから荷物をすべて出し、再び丁寧にパッキングしていく。キャンプサイトではリュックを枕にしたり、足置きにしたりする。だから毎朝、出発前に必ず詰め直す必要があるのだ。できるだけ自分に近い側、上の方に重いものを詰めた方が、バランスが取れて走りやすい。バックパッカーとして世界を巡った記憶、そして過去2度の砂漠マラソンで培った経験が、こういうところで生きてくる。
リュックの中身は、寝袋、防寒具、大会側からもらえる水、食糧、サバイバルキットや笛。そして、ナイトランやキャンプでの生活に使うヘッドライト。すべて合わせると10kg近い重量になる。今日からの7日間、選手たちはこれを背負って走るのだ。
水は原則としてキャンプサイトで1.5ℓの水を3本、10kmごとにあるチェックポイントで1本支給されるだけ。それで翌朝までやりくりしなければならない。また、食糧は選手各自が用意することになる。赤坂が持参するのは、水で1時間、お湯なら10分程で食べられるアルファ米だ。おかずにするのは、カルビ丼の素。ビーフジャーキーをお湯で戻すと、見事なカルビになる。外国選手の大半は、お湯で戻すパスタを選ぶという。
スタート30分前、選手全員に集合がかかる。これから毎日行われることになる、朝のブリーフィングだ。砂漠のマラソンは、一日でおよそ30〜40kmの距離を走る。その間にチェックポイントが2カ所。このブリーフィングで、最初のチェックポイントまではイージーだとか、このあたりは道が分かれていて迷いやすいといった簡単な情報が伝えられる。選手個々にマップが渡されるわけではないので、コースの全容を見ることができるのはこの時だけである。 赤坂は、不慣れな英語での説明を聞き洩らさないように集中し、コースの全容を頭に叩き込んだ。
スタートラインに選手たちが並び、1週間に及ぶ苦しいレースがついに幕を開ける。今日走るのは、スタート地点の標高が1500m、ゴール地点で2200mとなる約30kmのコース。村人たちに見送られながらスタートした。人里はなれた不毛地帯を突き進み、アップダウンに悩まされながらも、初日は何事もなく午後3時20分にゴール。支援してくれる人たちへの感謝の気持ちを抱きながら、久しぶりに砂漠を走る感触を楽しみながらのレースとなった。ああ、砂漠に戻ってきたんだな——そんな実感が、赤坂の胸を熱くする。
2日目はいくつもの山を越えるコースで、初日以上にアップダウンに悩まされた。標高が高くて空気が薄いためか疲れやすく、身体が思うように動かない。しかし赤坂はアタカマ・マラソンで培った高所での呼吸法を思い出し、レースに集中することができた。日差しは強いものの、乾燥しているため気温はあまり上がらず、周囲の緑を眺めながらリラックスして走ることができた。足には少しずつマメができはじめている。
赤坂が最初に砂漠を走ったのは、08年のサハラ・マラソン(別団体主催)だ。初めて走った砂漠は、想像を絶する世界だった。砂漠とはいえ岩がちの地形。マメだらけの皮がむけた足に、ゴツゴツした石が容赦なく突き刺さる。
「痛み止めを飲んだけど、もう痛くて痛くて……。終わった後、もう二度と走るもんかと思いました。両足の親指と人差し指の爪が全部はがれて、完治するのに10カ月くらいかかりました」
今回のゴビ砂漠マラソンでは、その経験を踏まえてマメのできにくい走り方をしたという。それでもマメはできる。一度できはじめてしまったら、いくらガーゼを貼っても、テーピングをしても、大きくなる一方だ。赤坂はあえてマメを潰さず、そのままにしておく対処法をとった。その方が痛みが少なく、肉体の自然治癒力を邪魔しないと考えたからだ。マメと暑さ、これが砂漠でのマラソンにおける2つの悪魔なのだ。
6月29-30日 3rd & 4th Day
53℃の地獄
3日目は山岳地帯を下っていく。前半はごつごつした河原の石の上や、川の中を横切るコースで、みるみる足にダメージが蓄積していく。日差しは強いものの、乾燥しているため気温はあまり上がらず、周囲の緑を眺めながらリラックスして走ることができた。しかし、後半は荒涼とした大地がどこまでも続き、疲労からか集中力が散漫になり、足には少しずつマメができはじめている。
この日はオアシスの村がキャンプ地になった。村人たちの笑顔に癒される。選手はテントごとに指定された民家の一室を寝どころにした。電球がぶらさがっている部屋。電気を見るのは久しぶりに感じた。ただ、8人で寝るには部屋が狭すぎた。寝返りすらうてず、お互いがお互いの身体に触れながら寝袋で眠ることに。標高が下がってきたのか気温も上っており、さらに選手同士の熱気と汗臭さで非常に寝苦しい夜となった。
大会4日目。ここまでは想定通りにきた赤坂だったが、この日は少し勝手が違った。朝3時に起きてスタート地点へバスで移動する。暗闇の村の道を、ヘッドライトの明かりを頼りに進み、到着。時間がなくトイレに行けず、準備を整える間もないうちに、まだ薄暗い朝6時にスタートとなった。
地平線から顔を出す太陽を眺めながら、荒涼とした大地を突き進む。
太陽が高く昇るにつれ、暑くなってきた。
地平線を目指しひたすら走ることしばし、前方の選手が突然消えた!? いや、コースが急激な下り坂に入ったのだ。
そこは、もともと川が流れていた跡と思われ、左右は切り立ち、狭いところで幅50cmほどの峡谷を走らねばならない。大地が割れたかのような崖の間を、クネクネと縫うように進む。それが細かく分岐しながら、20kmあまりも延々と続いていた。
その間も、前方から容赦なく太陽が照りつけ、前の選手も、後続の選手も見えないなくなった。その閉塞感に加え、太ももの痛みも感じはじめていた。何度も心が折れそうになった赤坂を支えたのは、日本で応援してくれている人々への感謝であった。
「疲れていたり、辛い時ほど、感謝をするんです。両親に感謝したり、奥さんに感謝したり、職場の人に感謝したり、いま生きている地球に感謝したり。何でもいいから感謝の気持ちを思い出すと、身体が元気になってくるというか、ネガティブな気持ちから逃げられる」
赤坂は後で知ることになるのだが、この日は大会最高気温となる53℃を記録。不幸にもこの分岐で道に迷い、倒れているところを発見された選手がいた。すぐに病院に搬送されたものの、残念ながら亡くなってしまったという。
自己責任とはいえ、彼らをここまで駆り立てるものとは何なのか。赤坂も走りながら「何でこんなに辛い思いをしているんだろう」と、繰り返し自問自答したという。
この日のゴールは、かの孫悟空が修行を積んだとされる火焔山。ここに西遊記関連のミュージアムがあり、その中がキャンプサイトになっている。これがまた赤坂を悩ませた。石畳の床に寝るのだが、ものすごく蒸し暑い。館内よりはマシと、外に寝袋を持ち出す選手もいた。8人が狭いフロアに寝るわけで、それだけでもかなり暑苦しい。震えるほど寒くて目が覚めることもあった2日目とは雲泥の差。このギャップには、慣れているはずの赤坂もおおいに苦しめられた。さらに、冒険者たちならではの、意外な問題も生じてくる。
「電気がないので、日が暮れたら寝るしかない。でも、ゴビ砂漠は北京の時間を使っているので、日が沈むのは夜10時くらいなんです。ずっと明るいから、なかなか寝つけない。そうすると、つい仲間と話してしまうんですね。どこのレースが楽しいとか、次はどこのレースを走るとか、走り方の話とか、どの道具がいいとか……。結局オタクの集まりなので、話し出すとキリがないんですよ(笑)。それで睡眠時間が少なくなって、疲れが残ったりしましたね」
7月1-2日 5th & 6th Day
最後の難関、オーバーナイト
5日目と6日目は、大会最大の山場であるオーバーナイトステージ。睡眠時間を削り、2日間で100kmを走り抜く。
寝苦しいキャンプを後にして、5日目がスタート。日を追うごとに標高が下がり、標高0m前後のトルファン盆地へと入っていく。この日も40℃を超える猛暑だ。砂漠の熱気が、赤坂の頭を、肩を、足を容赦なく焦がす。
厳しいレースではあるが、赤坂はリュックにある工夫を施していた。小さな日の丸をひっかけておいたのだ。すると、後ろから来た選手が「コンニチハ」と日本語で話しかけくれる。これが、何よりの励ましになった。
「出発前に日本では国旗に寄せ書きをしてもらったり、応援メッセージをもらったり。自分がしんどい時に見ると、元気になれるんですよ。砂漠のレースって、沿道で応援してくれる人が誰もいないでしょう? だから選手同士が仲間になって、励まし合うんです。ひとりで誰とも話さずに250km走れと言われたら、たぶん無理ですね。個人で参加しているんですが、どこかチームプレーという感覚がありますね、僕は」
前半戦は、トルファンの市街を駆け抜けるコース。現地の人々の温かい声援を受け、赤坂の顔にも精気が戻る。時には沿道の住民がブドウやスイカをくれることもあった。好意はありがたいものの、ここで腹を壊すリスクは犯せない。少しだけ食べて、残りは捨てなければならなかった。
「でも、そういう触れ合いが楽しみでしたね。そこでエネルギーを使い過ぎたというのもあって、後半がキツかった(笑)」
やがてあたりが暗くなってくると、リュックに用意したヘッドライトを装着して走る。通常、コースには50m間隔で10cm角のピンクの旗が立っているのだが、ヘッドライトをしていても見えづらい。そのため運営側は、折り曲げると発光するサイリュームライトを取り付ける。だが、物珍しさで住民が持っていってしまうことがあり、選手たちが道に迷うケースも多い。赤坂も、この罠にはまった。初めて本格的に道に迷ってしまったのだ。
迷ったら戻るのが鉄則。しばし戻って旗を探し、後ろから来る選手と合流して、手分けして探す。「こっちに道があったぞー」と声を掛け合い、また分かれて探すことの繰り返し。暑さのため外で寝ている住民が、身振りでコースを教えてくれたりもした。
深夜3時をまわり、道に迷った精神的な疲れや肉体的な疲労と睡魔に襲われ、集中力が切れてきた。
気温も下がり、身体も震えてきた。ようやく残り20キロを残したところ、最終チェックポイントで仮眠をとることにした。
寒さで目が覚め、時計を見ると6時前だった。遠くの空がうっすらとしているのが確認できた。日が昇ってくると酷暑となることが予想されたので、冷えた身体を奮い立たせて出発することに。
残りのコースは一転して、ひたすら続く砂漠地帯をひとり黙々と走ることになる。しかし赤坂はそんな時も、孤独感に襲われたりはしなかった。逆に感謝の気持ちを思い出し、温かい気持ちになってくるのだという。あんなに応援してくれた人たちがいるんだから、僕もちゃんと頑張った結果を報告したい、と。
水がほとんど底を突いていたが、猛烈な暑さが訪れる前に無事にその日のゴールへと辿り着くことができた。難所を乗り越えた余裕もあり、テントの外に出て星を眺めながら眠りにつく。明日は歩いてもゴールできる、22kmの最短コース。南極への切符は、手にしたも同然だ。
7月3日 The Last Day
ウイニングラン
大会最終日は、ウイニングランの意味合いが強い平易なコース。赤坂の体はボロボロになっていたが、気分的には楽に臨めた。途中で写真を撮ったり、知り合いの外国人選手と話したりしながら、楽しんで走った。
ゴールの前では、前後に選手がいないかどうかタイミングを見計らった。
「誰もいないぞ。いいぞ、いいぞ!」
ゴール直前で抜かれても、すぐ後に誰か来ても、あまり目立てない。やはりゴールテープは切りたいし、大会側が撮影しているゴールシーンのことも意識した。ゴール前のエリアに立てられている日の丸を持って、華々しくゴールしようと考えていたのだ。
「やはり国旗って、少し特別な気持ちになるんですよね。このレースはお金を払えば誰でも参加できますが、いざ出てみると、日本代表になったような気持ちが生まれるんです」
大会直前に結婚式を挙げ、仕事も忙しかった。十分な練習時間を持てなかった赤坂のゴビ砂漠マラソンは、こうして終わった。今まで以上の苦難を強いられたレースだったが、南極マラソンへの扉は確実に開かれた。
工業系の研究開発に携わる理系サラリーマンであり、世界各地を訪ね歩いたバックパッカーであり、新婚の妻を愛する家庭人でもある赤坂。ランナーらしく引き締まった彼の体には、実に様々な色をした熱い血が流れている。支えてくれる人々への感謝を胸に、過酷な環境の中をひたすら走り続けるその姿は、人によっては酔狂とすら映るのかもしれない。
だが、彼の挑戦は根本的にポジティブであり、その前向きな思いが、我々の中にある“明日への活力”とでもいうべき感情を呼び覚してくれる。だからそう、彼にその気はないかもしれないが、赤坂の奮闘を見る我々にとって、その姿はヒーローのように映る。そして思わず応援の言葉がこみ上げてくるのだ。
「頑張れ、赤坂剛史!」
ゴビマーチ2010
2002年に設立された団体「レーシングザプラネット」が、2003年から主催するエクストリーム・レース。
2006年には、アタカマ砂漠(チリ)、ゴビ砂漠(中国)、サハラ砂漠(エジプト)、そして南極大陸を加えた4つの砂漠を走る「4 deserts」として定着した。各大会、計約250kmに及ぶ6つのステージを、7日間にわたって走破する。
2010年の「ゴビマーチ」は6月27日から7月3日にかけて開催。中国で最も気温の高いトルファンの盆地を、約150人のランナーが駆け抜けた。2011年は6月26日スタート予定。
主催:レーシングザプラネット
http://www.racingtheplanet.com/
Text:Kunihiko Nonaka(OUTSIDERS Inc.)
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