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Swim! Bike! Run!
愛と情熱のトライアスロン

1st day PM12:00
クラゲの襲来

真剣な表情でオフィシャルの説明に聞き入る稲本健一の表情に、小さなひびが入った。日本人のオフィシャルスタッフがすべてを訳す前に、彼はこれから何が発表されるのかを理解していた。5月16日、レース前日のブリーフィングでのことである。
「以前から可能性を発表していたように、ジェリーフィッシュの影響で……」
5月17日のレース当日、スイムを行なう区域にジェリーフィッシュ(クラゲ)が発生するとの予測は聞いていた。ラン、バイク、ランの『デュアスロン』への変更も覚悟していた。
「……スイムを行なうことができなくなってしまいました。今年は『デュアスロン』になります。なお、スイムもやりたいという方のために、今日これからスイム単独で行ないます。公式記録とはなりませんが、ぜひ多くの皆様のご参加を……」
実際に『デュアスロン』への変更を告げられると、稲本の心のなかで悔しさと無念さが折り重なった。

1st day PM13:30
バイクの不機嫌

トライアスロンの大会なら、一年にいくつも開催される。だが、ホノルルトライアスロインは一年に一度しかない。倒れ込むように駆け抜けた去年のゴールは、今年へのスタートである。去年の自分を超えるために、一年間汗を流してきたのだ。感情の入り込む余地のない記録という数字で、自分の成長度を確かめたかった。しかし今年はデュアスロンでの開催。当然比較はできない。それが、何とも歯痒くて、悔しかった。
とはいえ、負の感情を引きずっているわけにはいかなかった。ひとりのトライアスリートとして、デュアスロンへ気持ちを切り替えなければならない。
彼はファウスト・トライアスロンチームのキャプテンであると同時に、また、トライアスロンチーム『MIT』の副監督という立場でもあった。若いチームメイトたちを鼓舞するのも、稲本の重要な役割なのである。

「よーしっ、ミーティングをやろうぜ」
チーム『MIT』のメンバーが、ブリーフィングの終わったテントに集まってくる。「入って、入って、そのほうが“いい画”になるから」と快活に笑う稲本に手招きをされて、タレントのヒロミさんも加わる。トライアスリートとして知られるヒロミさんは、自らのチーム『51・5』を率いて参戦している。
「今回はデュアスロンになったけど、我々MITとしては今日のスイムと合わせて合算としたい。オリンピック・ディスタンスのスイムは1・5キロだから、今日は全員30分以内を目標にしよう」

メンバーが静かにうなずくと、稲本は「よし、それじゃ、バイクをチェックインしておこう。スイムは16時からだからな」
ホノルルトライアスロンでは、バイクは前日のうちにトランジションエリア(種目の変更地点)の指定された場所にセッティングしておかなければならない。レジストレーションという選手登録では、バイク、ヘルメットなどの検査も行なわれる。

「クラゲには勝てないですよ」
ひとりになった稲本が、ポツリと呟く。自分に言い聞かせるように。
「いつものことだけど、大会ではホントに色々なことが起こる。自然と闘っているなあ、という気がしますよ。デュアスロンに変更になったのは、今回が初めてですけどね」
言うまでもなく、トライアスロンでは己の肉体だけが頼りとなる。デュアスロンでも同様だ。
それだけに、身体能力を引き出すギアへのこだわりは並大抵でない。ホノルルトライアスロインのために稲本が用意したのは、フレームがゼブラ模様の特注のトライアスロン専用バイク『MOSA』だ。同じバイクを数台並べると、その斬新なデザインがさらに引き立つ。
「シマウマが休んでいるみたいでしょう」と、稲本は笑った。

そのときだった。タイヤの空気圧を確認していた稲本が、「またか……」とこぼした。バルブが緩んでいるために、前輪の空気が抜けてしまっている。
午前中に空気を入れたばかりだというのに……。
タイヤを交換する必要がありそうだった。
「こっちに来てもう、3回目なんですよ。なんでオレのだけが」と愚痴るが、表情に苦々しさはない。むしろ、楽しそうな雰囲気さえ漂う。

「バイクってね、大人のプラモデルなんですよ。しかも、実際に自分で乗ることのできるプラモデル。これで楽しくないわけがないでしょう」

Equipment for Triathlon


「ニュートン」のシューズ
アイザック・ニュートンの作用反作用の法則から発想し、ランニングのために開発されたシューズ。アウトソールの前足部に特殊な突起を設け、“着地時のショックを前進するエネルギーに変換する”という。

「MOSA」の専用自転車
「MOSA(モサ)」はアスロニア(Data参照)のフラッグシップとして開発された、Tycoon Graphicsがデザインするブランド。これはトライアスロン専用自転車のCeepo TTベノムがベース。ゼブラ柄とスピード感のあるロゴが特徴。

1st day PM16:00
次にバイクのない、スイム

子どもたちの歓声で溢れていたビーチに、静寂が訪れる。
まだ日差しが降り注ぐ16時、前倒しになったスイムが、5歳ごとの年齢別からなるエイジグループごとにスタートする。「ピーッ」という短いホイッスルとともに、次々にグループがビーチへ飛び出していく。最初のグループがスタートすると、わずかな間隔で次のグループが続く。そのたびに、ギャラリーから拍手と歓声があがる。
稲本が出場する「40-44歳の男子」のエイジグループは、最も参加者が多い。顔見知りも少なくないようで、周囲の選手たちと談笑している。

しかし、スタートが近づいてゴーグルをはめた瞬間に、アスリートとしての本能にスイッチが入った。軽い前傾姿勢で合図を待ち、笛が鳴った瞬間に弾かれたように走り出す。180センチを超える大きな身体が、ほどなくして海のなかへ消えていく。ほとんど波のない穏やかな海のなかで、稲本のスイムキャップ規則的に揺れる。周りに引っ張られることなく、自分なりのペースで泳ぐことができているようだ。
スタートから32分が過ぎたところで、稲本のスイムキャップがはっきりと見えてきた。フィニッシュは間近だ。浅瀬で立ち上がる。腕時計にチラリと視線を向け、一気フィニッシュ地点を駆け抜けた。タイムは32分22秒で、グループ内では20位の成績だった。
ビーチへ倒れ込んだりすることはないが、さすがに表情は少し歪んでいる。チームのメンバーが差し出すミネラルウォーターに口を運び、稲本はゆっくりと呼吸を整えた。

5時47分、は穏やかだから、泳ぎやすいんですよ。でも、何だか今日は疲れたなあ……自分のイメージよりも遠かったような気がするんだ」
近くにいた若いチームメイトが、稲本に同意した。
「僕もそう思います。いつもより少し、遠かったような気がします」
キャリア3年目を迎える稲本ほどのトライアスリートであれば、自分の疲労度とタイムに因果関係を探すことができる。自らの物差しに照らしてみると、今日は少し距離が遠いのではないか、という気がしたのだ。スイムの距離は多少の誤差があることもある、という話を耳にしたともある。

「まあ、それはいいですけどね。それよりも、いつもは岸が見えてくるとバイクに気持ちをチェンジするんだけど、そうじゃないことが不思議だった。スイムだけなら全力で泳いでも良かったんだろうけど、やっぱり、いつもと同じペースになっちゃうんですよ。次のことを考えている自分がいました」

チーム全員がスイムを終えると、稲本は「よし、ダウンしよう」と声をかける。もう一度海に入り、心身ともにリラックスしていく。メンバーがそれぞれに身体をほぐしたところで、稲本が声を張り上げた。楽しそうな声色が、チームの士気を高める。
「OK、あがろう。大人の体育会系、第一部終了!」

その夜、稲本と『MIT』のメンバーは、ワイキキ市内を訪れた。体育会系の第二部は、東京でも人気の鉄板焼き屋「甚六」が舞台だ。
常連の稲本はメニューを拡げ、テキパキとオーダーをしていく。しばらくすると、テーブルの上にお好み焼きや焼きそば、そばめしやステーキなどが並んだ。明日の『デュアスロン』に備えて、炭水化物(カーボ)を摂取する夕食会だ。
彼らはどこまでも真剣に、トライアスロンという競技と向き合っている。南国の開放的な雰囲気からはおよそ連想できない生活を、稲本と『MIT』のチームメイトは送っていた。
「レースの前日はこんな感じで、カーボローディング大会です。炭水化物を摂取してエネルギーを蓄えるわけだけど、どちらかと言うと精神的に安定したい気持ちが強いかもしれない。できることはすべてやっておきたい、ということなんです」

食事を終えると、明朝の最終確認を行う。
「会場には4時45分に着くようにしよう。食事は4時までに、軽く食べておいかほうがいいぞ」
稲本のアドバイスを聞いた同チームの吉崎英司が、感心したように首を縦に振った。トライアスロン初挑戦の彼は、距離の短いスプリント・ディスタンスに出場する。
「こういうアドバイスが、本当に有り難いんです。稲本さんのような経験者の方がいるおかげで、僕らは安心してレースに参加することができるんですよ」
稲本たちの座ったテーブルは、9時前には誰もいなくなっていた。

2nd day AM03:00
戦いのスタートラインへ

翌朝3時過ぎ、稲本はベッドから滑り出た。身体をほぐしながらウェアに着替え、4時30分にホテルを出発する。
外はまだ暗い。鳥のさえずりも聞こえない。波の音が聞こえてくるだけだ。
週末のワイキキは賑やかだ。深夜まで嬌声が響く。ようやく寝静まった早朝のワイキキから、稲本はアラモアナショッピングセンター向かいのマジック・アイランドを目ざす。
4時48分、赤いウェアを着た稲本が会場に到着する。トランジションエリアの入り口で待ち構えるボランティアスタッフに、ゼッケンと同じ番号を腕と足に書いてもらう。稲本のレースナンバーは「1265」だ。続けて、タイミングチップを左足首に巻く。どれもスタート前の大切な儀式だ。

5時前後から出場選手が続々と集まってくる。暗闇に包まれていた空に、少しずつ青みが増していく。ワイキキは今日も好天のようだ。
稲本と『MIT』の選手たちは、5時20分にトランジションエリアを出た。芝生へ向かう。それぞれにストレッチをして、軽くランニングをする。いつものルーティーンが、少しずつ、確実に重みを増していく。
稲本はチームのメンバーに気を配りながら、自分のコンディションを整えていた。真っ赤なワンピースの足元に、イエロー×レッド&シルバーの『NEWTON』のランニングシューズが調和する。
「僕らのなかではスゴいブーム」と笑いながら話すこのシューズは、2008年のアイアンマンハワイ優勝者と同モデルだ。
赤色のシューレースは、伸縮自在のゴムでできている。トランジションを素早くするためであり、足がむくんだりしてもシューズを履けるようにするためだ。

2nd day AM05:47
ランで口火を切られたデュアスロン

5時47分、ランのスタート地点へ移動する。爽やかな日の出を迎えたマジック・アイランドに、世界中から集まった800人近いトライアスリートが集結する。日本からの参加者も、100人を超えた。
スタート5分前、法螺貝の音が鳴り響き、民族衣裳に身を包んだ3人の男性が、ポリネシアンドラムを叩きながらパフォーマンスをする。
続いて、元ミスハワイによるアメリカ国歌とハワイ州歌の斉唱が行なわれる。
稲本は身体を小刻みに揺らしながら、スタートを待っていた。チームメイトや友人に声をかけている。緊張はない。穏やかで力みのない表情だ。

ズドーンッ!
6時ちょうど、オフィシャルによるピストルの音が鳴り響き、大会史上初の『デュアスロン』となったホノルルトライアスロン2009が幕を開けた。エイジグループごとではなく、オリンピック・ディスタンスの参加者が一斉にスタートするため、最後列の選手がスタートラインを越えるまでには、30秒ほどの時間を必要とした。
最初のランは5キロ。アラモアナビーチパークを海沿いに、ワイキキと逆方向へ走るコースだ。
集団の中ほどからスタートした稲本は、前日のスイムと同じように自分のペースを守っている。いつもより抑え目な印象もあるくらいだ。

「周りのペースに引っ張られないように、注意しながら走りました。最初の5キロがオーバーペースになると、そのあとに影響してしまう。自分より明らかに年齢が上の選手や、自分のほうが速いと思えるような選手に先を越されても、急ぐな、急ぐな、と自分に言い聞かせていましたね」

稲本は22分31秒でトランジションエリアへ戻ってきた。
大会最多の55人が参加する40-44歳のエイジグループでは、38番目の記録である。しかし、1分半ほどのタイム差に10人近くがひしめく混戦では、最初のランの順位はほとんど意味をなさない。

バイクへのトランジションを1分51秒で終えると、稲本は愛車『MOSA』でコースへ駈け出していく。
トランジションエリアを出てすぐの直線は、各チームのスタッフや出場選手の家族などが声援を送るポイントだ。見物に訪れたロコたちも、ここで選手たちに声をかけている。
稲本にも声援が飛ぶ。流線形のヘルメットが声の主を探し当て、稲本は「よしっ」と答える。
疲労か、焦りか、走り始めはペダルにシューズのビンディングがかみ合わず、スピードに乗れない選手も少なくない。稲本は違った。スムーズにペダルを漕ぎ、前後の車輪にリズム良く力をくわえている。

オリンピック・ディスタンスのバイクは40キロを走る。アラモアナ地区からルート92号を西へ進み、ホノルル国際空港を左に眺め、カメハメハ・ハイウェイの終点で折り返すルートだ。直線が多くて緩やかなコースだが、何といっても距離が長い。車でも往復で40分はかかるだろう。
「上り坂もある? あんなの坂のうちに入らないですよ。ロタ島に比べればどんなに楽なことか」
シャー、シャー、シャー、シャーという規則正しい音とともに、細長いフレームが路面をとらえていく。喉の渇きを感じる前に給水を心がけ、皮膚に熱を感じれば水をかける。これまでのレースで培った経験だ。
バイクを漕いでいる稲本は、じっと路面を見ているわけではない。景色に目を移すこともある。ただ、目を奪われることはない。視線を移すことはあっても、ペダルを漕ぐペースは決して落ちない。少しでも多くの力をバイクに与えるために、全身の筋肉をフル稼働しているのだ。
ホノルル国際空港を越えて、右手にアロハタワーが見えてきたらゴールはもうすぐだ。愛車『MOSA』を駆る稲本の両足が、ここでまた躍動する。
疲れていないはずはない。
だが、身体は無意識のうちに反応する。
スピードが落ちることを拒む。
アラモアナショッピングセンターのワイキキ寄りの信号を右折し、稲本のバイクがマジック・アイランドへ戻ってきた。最後の直線に差しかかる。サングラスで隠れた目元はうかがえないものの、口許が少し歪んでいる。さすがに苦しいのだろう。
しかし、バイクはスムーズにトランジションエリアへ滑り込んだ。1時間9分6秒のタイムは、40-44歳のエイジグループで22位にランクされる。ここで一気に、稲本は順位をあげてきた。
バイクからランへのトランジションも、1分33秒で完了した。一度目のトランジションより、20秒弱スピードアップしている。
ランのスタート直後に声援を受けると、「よしっ!」と気合を入れた答えが返ってくる。ここまでは順調のようだ。

5倍の長さに感じられるラスト5キロ

最後のランは10キロである。「ラスト5キロの折り返し点のはずなのに、まだトライアスロン全体の中間地点のようにさえ感じられる」と、参加者は口を揃える。5キロのランと40キロのバイクを終えた者には、実際の距離以上の長さとして感じられるというのだ。
オーシャンフロント率が高まったコースはアスリートに嬉しいはずだが、もはや、景色を楽しむ余裕はなかった。
アスファルトで舗装された路面を、稲本は一歩ずつ、しっかりと走っていく。
汗が頬を伝う。
エイドステーションで水分を補給しても、渇きが癒されることはない。

降り注ぐ日差しを浴びた身体から、絶え間なく汗が吹き出る。
アスファルトに滴り落ちた汗は、すぐに蒸発してしまう。
身体が重い。
膝や足首に痛みが走る。
電流のような衝撃が襲ってくる。
ふくらはぎと太股の筋肉も、いますぐ悲鳴をあげてもおかしくないほどだ。
残り少ない体力をかき集めて、稲本はゴールを目指す。

10キロのフィニッシュは、すなわち『デュアスロン』のフィニッシュである。
しかし、最初の5キロランではフィニッシュ地点だったトランジションエリアを通り過ぎてから、マジック・アイランドをグルリと一周しなければならない。
トランジションエリアで受けた声援に、稲本はついに応えることができなかった。短く答えることも、手をあげることも、いまの彼には相当なエネルギーを必要とするのだ。
荒い息遣いを残して、稲本は最後の周回へ向かっていった。ランニングのスピードは、みるみるうちに落ちていた。
稲本だけではない。誰もが速さを失っていた。
それでも、足を止めるアスリートはいない。歩いてはいけないというルールはないし、歩いたほうが速いと思えるアスリートもいる。
にもかかわらず、彼らはかたくななまでに「走る」ことにこだわる。
歩くことを拒む。
もちろん、稲本もそのひとりだ。視線は下向きになり、首が少し傾いている。疲労の表れだろう。彼もまた、限界まで肉体を酷使してゴールを目ざしている。
稲本をそこまで駆り立てるものは、いったい何なのだろうか。

「自分で納得できる量のトレーニングは、実はできなかったんですよ。仕事との兼ね合いだから、そこはホントに難しい。でもね、トライアスロンのスタートラインに立つ気持ちになっただけで、僕らからすると称賛に値するわけですよ。だってそうでしょう。こんなに過酷な競技と向き合って、自分でやろうって思うわけですから」

2nd day AM8:00
フィニッシュゲートの先に待つもの

フィニッシュまであと100メートルほどの地点に差しかかったところで、稲本に変化が訪れた。あれほど苦しそうだった表情に、笑みが拡がってきたのだ。先に競技を終えたアスリートの声援に、しっかりと応えながらフィニッシュを目指していく。

「でも、せっかくスタートラインに立ったんだから、スタートラインに立つだけじゃなくて、できれば一緒にゴールして握手しようぜ。それが、僕らの世界観なんですよ」

緩やかな右カーブを曲がると、20メートル先がフィニッシュ地点だ。レースの余韻を噛みしめるように、稲本はゆっくりとフィニッシュへ飛び込んでいった。

46分53秒で10キロを走破した稲本は、55人が参加した40-44歳のエイジグループで総合25位に食い込んだ。悪くない結果だっただろう。
ところが、稲本自身は記録にほとんど関心を示さない。
「同じ大会でも、年度によってコンディションは違う。なにしろ、自然が相手ですからね。そういう意味では、記録だけが価値じゃないと僕は思うんです。もちろん、前年の記録は越えたいわけだけど、自分にワクワクしながらスタートラインに立って、自分の身体能力があがっていることを、競技しながら感じことができる。40歳を過ぎた僕が、ですよ。身体つきだけじゃない。ライフスタイルも変わる。こんなに楽しくて奥が深いスポーツは他にないと思うし、トライアスロンという競技に出会うことができて、僕は本当に幸運だった」

次は8月のエクステラジャパン丸沼大会(群馬)が、稲本のQUESTとなる。10月には、銚子国際トライアスロン大会にも出場したいと考えている。どれほど慌ただしい日常を過ごしていても、トライアスロンが頭から離れることはない。

  • ◎「愛と情熱のトライアスロン」をクリアした稲本の体験インタビューはコチラ体験者インタビュー~メフィストの部屋へ~
  • ◎「自分もハワイ・ホノルルでトライアスロンに挑みたい!」という冒険者へこの冒険へ行きたい方へ~Naviへ~

Data

 

ホノルルトライアスロン2009

triathlon01002.jpgハワイ・オアフ島のホノルルにて、毎年開催。6回目を数える2009年は、キッズ、ユース含め約800名が出場した。
デュアスロン:第1ラン5キロ、バイク40キロ、第2ラン10キロ
トライアスロン・オリンピックディスタンス:スイム1.5キロ、バイク40キロ、ラン10キロ
主催:アスロニア

 

株式会社アスロニア

http://www.athlonia.com/

 

昨年秋に設立された、日本におけるトライアスロンの普及を目指す会社。今年からホノルルトライアスロンを主催。代官山にショップを構え、トライアスロンスクールも運営。代表はプロトライアスリートの白戸太朗氏。取締役を、(株)パーク・コーポレーション代表取締役の井上英明氏、(株)バルス代表取締役の高島郁夫氏、(株)ゼットン代表取締役の稲本健一氏、(株)サニーサイドアップ取締役の小林正晴氏、(株)リヴァンプ代表取締役の玉塚元一氏、(株)パーク・コーポレーション取締役の冨永悟司らが務める。

 

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