INTERVIEW with FAUST Kenichi Inamoto
スタートする前、自分にワクワクする
フィニッシュエリアのすぐ近くにある木陰に、稲本健一がやってきた。
ふうう、とひと息ついて腰をおろす。
ゴールした友人や知人が、次々と声をかけてくる。健闘を讃えあう握手と抱擁が繰り返される。稲本を中心としたトライアスリートたちの関係は、気持ちがいいくらいに真っ直ぐな“体育会系”だ。
「ごめんなさい、慌ただしくて。レースが終わったあとって、みんなで色々と話をする時間なんでね」
大切な至福のひと時をインタビューに割いてくれた稲本は、ゆっくりと語り始めた。
足がつっても絶対に止まらない
Mephisto(以下M) いかがでしたか、今回のホノルルトライアスロンは?
Faust(以下F) クラゲが発生したおかげで、急遽デュアスロンになってしまったのは、すこし残念でしたね。ただ、デュアスロンは初めての経験だったんですけれど、これはこれで面白かったですね。ハワイの大会は、デュアスロンだろうがトライアスロンだろうが、美しい青い海を泳ぎ、この青い空の下、爽やかな風を感じながらバイクを漕ぎ、走るから、ホントに楽しい!と改めて実感しましたよ。
M 仰るとおりですね。観ているだけでも爽快な気持ちになります。
F 海と空を背負いながらゴールに入ってくるあの感じがいいでしょう。どうですか、見ているだけじゃなくやりたくなったでしょう?
M そうですね(笑)。今回はコンディションもまずまずだったそうで。
F バイクに乗っていて、あまり向かい風を感じなかったから、コンディションは良かったと思います。個人的に大変なところもありましたけど。
M と、言いますと?
F 僕、足が攣りやすくて、バイクとランの途中1時間ぐらい足が攣ったままだったんです。でも、絶対に止まらない。頭のなかで『ドント・ストップ・ムービング』って言葉を繰り返しながら競技を続けるんです。何回も何回もその言葉を思い出して、絶対に止まらないぞ、と。どんなに遅くても、止まらなければ前へ進めますから。止まったらダメなんですよ。
M まさか、足が攣ったままで競技を続けていたとは……。よく走れますね。
F よっぽど酷くて、足が前へ出ないときもあります。けれど、少し攣ったくらいなら走り続けます。片足だけでもバイクは漕げますから。ペダルを利用してストレッチをしながら治すこともできますし。バイクを漕いでいるときはふくらはぎの上あたりで、走り出したら前脛骨筋が攣った。前脛骨筋が攣るとちょっとヤバいんですけど、自分でコントロールするテクニックも徐々に身についきて。今日はまあまあコントロールできました。
エンジンのないバイクのすばらしさ
M 40歳-44歳のエイジグループでは55人中25位、総合では346人中127位という成績でした。結果は満足できるものでしたか?
F 少し抑え過ぎたかなあ、という印象はあります。初めてのデュアスロンだったこともあって、オーバーペースにならないようにという気持ちが働いていて。もう少しイケましたね。体力的にはまだまだ全然イケますから。まあ、それも結果論ですが。
M 意図的にブレーキをかけていたんですね。
F ペース配分的に、もうちょっと突っ込んで良かったかなあと思います。
バイクは今回ダマ(固まり)になっていた上に、かなり速いバイクが多かった。そこに呑み込まれちゃって。ドラフティング(※)になりそうで、コースマーシャル(※)が注意を出しそうになったんです。それだけがちょっと、残念というか、難しかったというか(注:稲本は2分間のペナルティを取られてしまった)。
M いずれにしても、足への負担はかなりのものがあったのでは?
F トライアスロンのスイム、バイク、ランとは、明らかに疲労が違う。疲れが足に集中してますよ。まあでも、ホントに面白いですよねぇ、フフフ。
M 景色を楽しむような余裕はあるのですか?
F 見ますよ。すっごく見るし、実は会社のことも考えたりします(笑)。それに「あ、ここの路面は昨年より良くなったぞ」とか気づくこともあるなあ。レース展開はもちろん練っていますよ。「いまはこの選手についていこう」とか「あそこでまくろう」とか、そういう駆け引きをしている。バイクはテクニックが必要なんですよ。トライアスロンの三つの種目のなかでは一番得意で、タイム的にも速いと思います。
M それにしても、トライアスロンの話をするときの稲本さんは、本当に楽しそうですね!
F (しみじみと)すごぉく、楽しい。辛いけどね。でも、人が思っているほど辛くはないですよ。
M 最後の10キロのランなんて、相当に辛いと思うんですが?
F そう、相当に辛いけれど、ゴールが近くなってきているわけだから、相当に楽しいんですよ(笑)。ゴールが近づいている感触って言うのは、何度味わってもいいもの。今日も久しぶりにやって思ったけれど、ホントに楽しいなあって。
M いつ以来なんですか?
F 去年11月のロタ島での大会以来。基本的に冬はシーズンオフなので、そういうスケジュールになります。ロタは昇り坂が多過ぎて辛いんですが(笑)。まあでも、そういうものを克服するのが楽しくて。
M 克服といえば、今回もトラブルがありましたよね。バイクのバルブが緩んでしまって。
F チェーンが外れたとか、パンクしたとか、そんなことばかりです。でもね、それがまた楽しいんですよ。今回は出来上がってすぐのバイク(MOSA)を持ってきたから、こっちへ来て一度、45キロ乗っただけだったんです。もう少し乗り込んでいたら、もっといいタイムが出たと思う。
M 2回目でレースに望んだわけですか。
F そうだったんです。走り込むことで、バイクのバランスやコンディションを整えていく。そういう作業も、また楽しい。
M 走り込むというのは、車を乗りこなしていくことと共通点がありますか?
F ううん……自転車が好きな人は、車よりも可愛がると思いますね。というのも、自転車は機械じゃないですから。車よりも馬みたいな感じかな。一つ一つ自分の手で調整して、部品を取り替えて、手塩にかけていくということとか。
余談ですけれど、ヨーロッパではF1のパイロットよりモトGPのレーサーがリスペクトされて、それよりもツール・ド・フランスのレーサーのほうが上だと聞きます。ヨーロッパは自転車、バイク、車の順番でリスペクトされていると。自転車のレーサーは、自分の肉体の力だけで前へ進み、戦っているからなんでしょうね(と言って、肩を廻す)。
M 肩の具合が良くないのですか?
F 少し痛みがあるんですよ。ゴールしてから、ちょっと、調子が悪いかな。大丈夫ですけどね。
全身で自然を相手に。これぞスポーツ
M 今回はデュアスロンでしたが、トライアスロンは何回目になりますか?
F デュアスロンやハーフも含めれば、7回目になります。最初に出場したのが半分の距離の昭和記念公園トライアスロン大会で、オリンピック・ディスタンスの最初はロンドン・トライアスロンです。2回目がいきなり、世界最大のトライアスロンの大会ですからね。ここでいきなり3時間を切ることができたんです。よし、イケるんじゃないかっていう気持ちになったし、とにかく楽しかった。あっという間にハマっていましたね。
M 出場を重ねていくごとに、競技としての面白さや奥深さを実感しているという感じでしょうか?
F トライアスロンをしていることで、 40歳を過ぎても自分の能力が伸びていくって、すごいことだと思うんです。普通なら身体能力は下がっていくわけでしょう。そういう年齢からでも始められるスポーツは少ないし。大人も楽しめるスポーツとしてはゴルフがあるけれど、僕個人が考えるゴルフは、楽しいですし、もちろんすばらしいものですが、スポーツというよりはゲームなんですね、あえてどちらかと言うと。でも、トライアスロンは全身を使って、自然を相手にする明らかなスポーツ、というよりもこれぞスポーツ! 競技はハードだけれど、その分だけ達成感も大きい。
M トレーニングもかなりハードに?
F 実はね、あまりできていないんですよ。僕の仕事は定時に始まって定時に終わるものではないし、突発的な案件も多い。ですから、仕事のすき間を見つけてという感じです。
M なるほど。
F 海外へ出張しているときのほうが、トレーニングはできているかな。朝起きたら走りますし、ホテルのプールで泳ぐことも多い。東京都内でも、可能なら自転車で移動したりしますが。ただ、スーツを着て自転車を漕ぐというのはちょっと……という感じなので、最近はどんどん服装がカジュアルになっているような(笑)。
M 今回も十分な練習は積めなかったわけですか?
F まったくもって、積めていないですね。まあでも、ホノルルトライアスロンは「Fun」な大会ですから。去年の自分を越える意味では、どうかなあ……。まずまず成長している感じはしますけどね。
M スタートの雰囲気はまさに「Fun」でした。誰もがリラックスした感じで、談笑をしていて。
F そう、マラソンとは違うでしょう。ホントに「Fun」ですよ。全員が楽しんでいる。
昨日はkidsの大会もやっていたでしょう。ああいうのを見ていると、眼がウルっとしてくる。あの子たちは将来どうなっていくんだろう、と。日本のトライアスロンの大会も、kidsとかyouthに力を入れていかなきゃいけないんじゃないかって、すごく思いましたね。
ゴール目前で湧き上がる感情の昂ぶり
M 今後の予定についてお聞かせ下さい。
F 8月にエクステラ(※)(エクステラジャパン丸沼大会)に出て、10月は銚子(国際トライアスロン大会)に出る予定です。そして、11月にはまたロタへ行って。
M そこまで打ち込めるトライアスロンの魅力を、改めて教えていただけますか?
F スタートする前って、いつも自分にワクワクするんですよ。去年の自分を越えられるかな、身体の能力がまた少し上がっているかな、という期待感でね。トライアスロンって、入り口に辿り着くかどうかのスポーツだと思うんですよ。トライアスロンの魅力を知っている人に出会うかで、やる人とやらない人が分かれると言ってもいい。僕の場合は幸運な出会いに恵まれて、トライアスロンをするようになった。
M とても印象的だったのは、ゴールへ飛び込んでくる選手たちの表情でした。苦しそうに歪んでいた表情が、ゴールを前にしてパッと明るくなる。輝いていくんですよね。
F あの感覚っていうのは、口ではうまく説明できないですね。あと少しでゴールだっていうときの感情の昂ぶりを知ってもらうには、競技をしてもらうしかない。ね、話を聞くんじゃなくて、実際にやってみましょう!
稲本健一(いなもとけんいち)
株式会社ゼットン代表取締役(http://www.zetton.co.jp/ )。1967年12月11日生まれ。名古屋造形芸術短大卒業後、東京の商社に入社。半年後、名古屋のデザイン事務所に転職する。高校時代からバーテンダーのアルバイトを続けていた経験を生かし、会社勤務をしながら1993年に夏季限定のビアガーデンをプロデュース。また、居酒屋の改装プロジェクトにも参加し、デザイン会社を退職して本格的に飲食業へ転身。1995年10月に株式会社ゼットンを設立し、翌11月にレストランバー「ZETTON」を開業する。名古屋・京都・東京に多種多彩な空間演出による店舗を展開し、現在はオーストラリア(シドニー)、ハワイにも出店。2009年5月に横浜マリンタワーを全面リノベーションし、レストラン、バー、カフェに加え、ウェディング利用も可能な複合施設に生まれ変わらせた。公共施設をレストランビジネスで活性化させる都市開発・再生事業(パブリックイノベーション&リノベーション)に力を注いでいる。
Interview&Text:Kei Totsuka
Photos:Watanabe
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Who is Mephisto ---メフィストとは
人生のすべてを知ろうとした、賢老人にして愚かな永遠の青年「ファウスト」(作:ゲーテ)。この物語でメフィストとはファウストを誘惑し、すべての望みを叶えようとする悪魔。当クラブ「Faust Adventurers' Guild」においては、Faustの夢と冒険の物語をサポートする案内人であり、彼らの変化や心の動きに寄り添う人物。時に頼れる執事、時に気の置けない友人のような存在は、『バットマン』におけるアルフレッド(マイケル・ケイン)、『ルパン三世』における不二子&次元&五右衛門トリオのようなものか? 今後、Mephistoは各クエストの終わりにFaustの皆さまの心を探りに参ります。どうぞよろしく。
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