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INTERVIEW with FAUST  Hidetomo Kimurac
海からのメッセージ

 その日、木村英智は自分のオフィスにいた。神秘と官能を兼ね備えた衝撃的な体験から、2週間が経つ。初めてのフリーダイビングを終えた木村は、慌ただし い日常に戻っていた。ここ数日だけで札幌、長野、大阪と出張が続き、沖縄での記憶は、なかば強制的に頭の片隅へと追いやられつつあった。
しかし、記憶は色褪せていない。ザトウクジラのラブソングを聞けたという幸運は、今も彼の心をわしづかみにし、揺さぶり続けている。
愛する海について、フリーダイビングについて、改めて聞いてみる。紅茶の香りを楽しみながら、木村はゆっくりと語り始めた。

海と関わる生業

Mephisto(以下M)そもそも、海との関わりはどのように深まっていったのでしょうか?
Faust(以下F)どうなんでしょう……ものすごく海が好きな少年だったわけではないし、サーフィンとかウインドサーフィンをやっているというわけでもないんですね。
海水浴なんかも、たぶん普通の人よりは少ない回数しか行ったことがないと思う。湘南エリアとか鎌倉とかは、以前から好きな場所ではありますけどね
 となると、きっかけはビジネスということに?

 まあ、そういうことになるのかなあ。僕は海水性の熱帯魚を専門に扱っているんですね。海水の魚を世界中から集めるんですが、相当にマニアックな魚を輸 入してきました。一般的な魚が対象であれば、日本にいながらにして業者さんにお願いもできるんだろうけど、マニアックな魚が対象なだけにそうもいかないん です。魚の生態とか珊瑚礁の特徴とかを、現地のダイバーにきちんと伝えなきゃいけない。この魚はどういう海域にいて、そこは水深何メートルぐらいで、とい うことを細かく教えなきゃいけないんですよ。初めのうちは、船の上で図鑑とかを見せながら説明していたんだけど、『面倒臭いから、お前も潜れ』ということ になって(笑)
 それはしかし、笑い事ではなかったですよね(苦笑)。
 いま考えれば、そうですねぇ。ダイビングの経験もなければライセンスもないのに、『海のなかで説明したほうが簡単だろ』って船の上からズドンと落とされて、フィッシャーマン(猟師)たちと一緒に潜り始めたのがきっかけなんですよ
 最初に潜ったのは国内ですか、海外ですか?
 大分の佐伯でした。サイズも合っていないブカブカのウェットスーツを着せられて、タンクを背負わされて。フィッシャーマンですから、BC(浮力調整 具)なんてもちろん付けていません。おまけに、僕は視力が悪いから、普通のゴーグルじゃ見えないんです。そうしたらゴーグルのなかに吸盤で着くレンズみた いのがあるから、それを使って潜れと。まあホントに、死ぬ思いでした
 それからは、国内・海外を問わずにダイビングを?

 そういうことになります。100本には届かないですが、そこそこの数は潜っていますね。海外だとフィリピン、インドネシアのバリ、ベトナムのニャチャ ンとか。あとはパラオ、グレートバリアリーフ、フロリダ……。皆さんが知っているようなビーチリゾートだけでなく、かなりマニアックなところにも潜ってい ますよ。というのも、珍しい魚を探すことが目的なわけですから。有名なビーチリゾートに行ったとしても、潜るのは珍しいポイントばかりです
 仕事を抜きにして潜ることはない?
 いや、まあ、仕事を抜きにしても潜りますけれど、どうせ潜るなら仕事に直結させようと考えてしまう(笑)。この前のゴリラチョップには、僕らの他にも ダイバーがいたじゃないですか? 僕が潜るところでは、そういうことはないんですよ。普通の人が潜らないポイントだから。そういう意味では、僕は相当に恵 まれていると思うんです。地元のフィッシャーマンたちに、とっておきのポイントへ連れていってもらえるわけですからね

 木村さんなりの楽しみ方というのはあるんでしょうか?
 たぶん僕の場合は、視線を通じて入ってくる情報が普通とは違うと思うんです。『あ、この魚はここにいるんだ』とか、『この魚がいるから、いまは水深何メートルなんだ』とか、そういう感じで情報を集めている。一方で、潜っているときは必死ですよ。フィッシャーマンと一緒に、魚を探しているわけですからね。だから、ファンダイビングとかダイビングショップのツアーとかには、行ったことがないんです。ダイビングショップの人たちと潜ったのは、先日の沖縄で、初めてでした

 魚が分かるというのは、木村さんの特権ですね。
 熱帯魚を扱っているわけですから、そこはやっぱり分かりますよね。『お、あそこに20万円の魚がいる』とか。値段の高い魚はレアなわけで、それを海のなかで見られるのもまた感動ですよ。なかなか見られないから、高い値がついているんですから
 

フリーダイブとスキューバの質の違う恐怖

 どのくらいの深さまで潜ったことがありますか?
 最高で45メートルくらいですかね。どちらかと言うと空間ではなくモノを見ているので、水深が深くなるごとに生態が変わっていくことが分かる。これがまた、面白いわけですよ
 45メートルの深さというのは、どんな世界なのでしょう?
 静かですよ。深さが増すにつれて、視界が狭くなったり、薄暗くなったりしますけどね、やっぱり。40メートルまで潜るということは、そこまで潜らないといないものを探しているから、目を凝らしているわけです。水深計で確認をして、『え、こんな深さまできちゃった』とかいうことはなくて、気がついたら40メートルとかいう感じ。しかも目的の魚を、一心不乱にで探している。そんな危険なことをやっているから、エアーがゼロになっていて急浮上なんてことをしちゃうわけですよ(苦笑)
 数ある伝説のひとつですね(笑)。深さへの恐怖心はありませんか?
 いえいえ、ありますよ。水は怖いし、泳ぎに自信もない。器材があるからこそ、潜れるというか。ファンダイビングだと周りにたくさん人がいて、インストラクターの方もいるけれど、僕の場合は違いますからね。潜った瞬間に、すぐにみんなが散っていく。僕以外は地元のフィッシャーマンだから、海を地形で理解している。彼ら、陸の上と同じように地元の海を知り尽くしているんです。潜りのプロですから、エアーの使い方も泳ぎもうまい。でも、僕はそのポイントに初めて潜ることが圧倒的に多いから、そういうときは不安でしかたがないです。でも、一緒に潜って魚の種類や珊瑚礁を伝えないと、珍しい魚を集めることはできない。僕はレアものの魚を集めることで名前を売っていった。ビジネス大きくしていった。だから、それぐらいの努力が必要だったんです
 命懸けの努力ですね。
 潜るときは恐怖との戦い。その恐怖をなぜ超越できたかと言うと、海のなかで見るものがあまりにも美しくて面白いから、恐怖に打ち勝っちゃうわけですよ。何だかんだと言ってもまた潜るのは、その美しくて面白い世界を見る感動があるから。フリーダイビングをやるために沖縄まで行くのも、潜ると感動があるからです。これはもう理屈じゃなくて、恐怖と背中合わせの感動を、魂が欲しているからでしょうね。
 初めてのフリーダイビングはいかがでしたか?
 タンクなしであんなに深くまで潜るのは初めてだったので……。最初の4メートルは、まあ、余裕を持って対応できました。それが倍近くになると、やっぱり全然違う。7、8メートルの深さまで泳いで潜るというのは、初めてでしたから
 45メートルまで潜ったことのある木村さんでも、そこまで違ったと?
 フリーダイビングの世界は本当に凄いと、実感させられましたね。何が凄いかと言えば、やり直しがきかないんですよ。スキューバであれば、耳が抜けないとか、恐怖心を感じたら、一度上に上がればいい。でも、フリーダイビングはやり直しがきかない。何とかすべてクリアしましたけど、精神的な圧迫感というか……
 プレッシャーですか?
 そう、プレッシャーがありますね。あとは〈圧〉を感じたときに、行くのか、戻るのか。うわっときても、もう一歩行くのか
 でも、耳抜きは滑らかでしたよ。していないのかと思うくらいで。

 あれはさすがに、ダイビングで色々と大変な思いをしてきたので(笑)、慣れですかね。でも、あのスピードで耳抜きをするのは、僕も初めてだった。鼻をつまみながらやったりしたほうが簡単だろうけど、それをやっちゃいけないような気がしてね。とりあえずそういうことはやめて、潜りながら意識して、物理的なことをやらずに抜いてみようかと、自分なりにやってみて
 それが、木村さんなりの挑戦だったわけですね。
 だから鼻血とか出しちゃったんですけど(笑)、最後の最後でうまく抜けたというかね。ちょっと右耳が調子が悪かったんだけど
 音はどうでしたか? タンクを背負わない状態で感じた海のなかは?
 集中してますから、音に対しては意識していなかった。本当に静かな、シーンではなくキーンという感じかな
 クジラの声も聞くことができて。
 びっくりしましたね。初めは人の声かと思って。『おーい、おーい』なんて、人の声かと思った
M 亡霊かと(笑)
 そうそう(笑)。何だろうって。あんなにはっきりと聞こえたのは、ホントにびっくりしましたね
 木村さんにとっては、何だか画期的な体験だったようですね。
 フリーダイビングの技術を学べば、長い時間潜っていられるし、海のなかの世界を観察できる。30メートルまで潜れるようになったら、5メートルくらいは遊び感覚だと篠宮さんは話していた。そういう感覚を味わいたいですよね。篠宮さん、イルカのように水のなかを泳いでいたし。呼吸法をしっかり覚えて、もっとフリーダイビングを楽しめるようになりたいですよ
 

海を護る“ONE OCEAN”スピリット

 その篠宮さんが提唱する『ONE OCEAN』についても、考えることがあったのではないでしょうか?
 沖縄本島で潜るは久しぶりだったわけですが、海が破壊されていること、珊瑚礁や魚が減ってしまっていることを目の当たりにして、やはり色々と考えることがありました。今回はフリーダイビングで、安全なポイントというか、船で沖合へ出て行ったわけじゃないわけですよね。安全な、近場のポイントだからとしょうがないと言われたら納得できるところもあるんだけど、正直に言って、『沖縄の海が、こんな状態なのか』と。東京から飛行機で2時間半かけて、空港からさらに何時間もかけて辿り着いた場所がこれなのか、という考え方はできると思うんです
 東京からはるか遠い沖縄の海ですから、もっと美しい、綺麗なものであってほしいということですね。
 綺麗だったのは間違いないんです。今回潜ったポイントに限定して言えば、それほど魚影は濃くないけれど、魚そのものの種類は多い。ということは、過去はもっと反映した営みがあったということだと思うんです。実際に、珊瑚礁の死骸が瓦礫のようになっているところも見かけたし、それはやっぱりかつての姿に戻さなければいけないと。フリーダイビングしろ、その他のマリンスポーツにしろ、海が美しくないと楽しくないでしょう? そういう環境でやるからこそ面白いと思うし、わざわざここの海へ行って泳ぎたい、潜りたい、というところがたくさんなければいけないはずです。珊瑚礁が生い茂っていて、魚影がものすごく濃いような形に戻さなければ、と思います。それは篠宮さんも仰っていたことですけどね
 初めて潜った人間としては、十分に美しさを感じることもできましたが……。
 初めての方なら、たぶんそうだと思うんです。でも、僕なんかからすると、やっぱりちょっと寂しい
 いずれにしても、このまま放置してはいけないですね。
 何もしないのは絶対にいけないし、実際に海に接しないと伝わらない。だから僕は、東京にいながら、都会にいながら、陸地にいながら、海のなかの世界を見せることを職業にしているんです。アクアリウム・アーティストとして、水のなかの世界はこんなに美しいんだよ、モルディブの海はこうだよ、グレートバリアリーフはこうだよ、という感じで。そういうものを見ると、『あ、こんな世界があるんだ』とか『じゃあ、それに対して自分も行動をしなきゃな』と、気づいてもらうことができるんですね

 その「気づき」は大切ですよね。アクションを起こすきっかけになります。
 自分で何か具体的なことをしようと思わなくても、気をつけることにはつながりますよね。六本木ヒルズで2007年からやっている『スカイアクアリウム』へ足を運んでくれた方から、よくこんな感想を聞くんですよ。『ボートで海へ出たときに、今までは余った飲み物を捨てたりしていたんですけど、そんなことはもうできません』って。ビールとかコーラとか、自分たち人間が飲んでいるものだから海に捨てても大丈夫だろうって考える人が多かったらしいんですね。だけど、海のなかの世界を知ることで、『あ、なるほどな』と感じて、そういうことをやめようと思う人は確実に増えていくんです
 海との距離が近くなることで、この素晴らしい環境を守ろうという意識が芽生えていく、と。
 フリーダイビングやスキューバダイビングで、海と関わるスポーツや遊びを体験して、海のなかの世界を目の当たりにすることで、これは自分にも関係しているもので、それに対して何かをしなきゃいけないと思うはずなんです。街角でやっている募金にしても、海を綺麗にするためのもの、緑を多くするためのもの、盲導犬を増やすためのもの、親がいない子どもたちへ寄付をするためのもの……寄付をするお金の行き先はたくさんあるわけです。そういうときに、自分が何に対してドネーションするかというのは、自分にとって身近かどうかということが重要になってくると思う。そういった意味で、『ONE OCEAN』というプロジェクトは、海の綺麗なところはもちろん、病んでいるところも見てもらって、感じてもらって、海の現状と存在を知ってもらうツールになると僕は考えます。見て感じたうえで、行動するきっかけ作りにもなるはずです

 木村さん自身も、環境保全に取り組んでいますよね?
 珊瑚礁の保全とかに関わっているんですが、一般的に考えて、海に潜る機会って少ないですよね? 山へ登ることはあっても、海へ潜ることは少ない。だから現状では、珊瑚礁を守ろうっていうドネーション先を持っている人は少ないんです。海を身近に感じている人は、残念ながら少数派なんですよね。それだけに、海のなかの世界を広めていく活動は重要だし、何か悪いことがおこっているという負のメッセージじゃなくて、一緒に海と触れ合おうよ、ということで。楽しみながら海に触れてもらえれば、ドネーション先は海だぞ、となる人も増えるでしょうから。faustの一員として言うならば、そういうことを感じましたね
 たまたまですけれど、faustは海に近いことが多いですし。
 遠足で海に潜ることが少ないのは、コストがかかるからでしょう。逆に、山は比較的簡単に行くことができて、緑って綺麗だなあ、お花って綺麗だな、自分の家の周りにもあったほうがいいなあと感じてもらうことができる。海のなかのことを知ってもらうのは、ハードルがすごく高いんです。そこをぜひ、faustでやっていけたら
 海に行かなくても、海のなかの世界を知ってもらうことはできますしね。
 そういうことです。だから『ONE OCEAN』というのは、現場へ行かなくてもできることなんですよ。東京湾で何かをやっても、それが沖縄の海へ跳ね返る。海はつながっているわけですから
 木村さん自身は、今回のフリーダイビングでさらに海との距離が縮まったようですね。時間が許せばすぐにでも潜りたいんじゃないですか?
 それは当然ですよ(笑)。『木村さんなら、すぐに10メートルぐらいまでいけちゃいますよ』って篠宮さんに言ってもらえたけど……。体調管理が相当に大事ですね
 すいません、今回はかなり無理なお願いしました(笑)。インフルエンザが治ったばかりでしたよね。
 寒かったですし。沖縄の秘湯を探す旅に変更するべきだったかも(笑)
 次回はぜひ、最高のコンディションのもとで沖縄の海を体感しましょう。
今回はありがとうございました。


 

 

  • ◎「青の世界で ザトウクジラのラブソングを聞く」STORY本編はコチラ

 

 

Faust Profile

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木村英智(きむらひでとも)

水槽に熱帯魚や水草、サンゴなどを用いるアクアリウムと自らのライフワークであるデザイン、インテリア、アートを融合させるアクアリストの第一人者。生態 系を維持したままアートとして鑑賞できる世界を構築する唯一のアクアリストとして知られ、2007年、2008年と六本木ヒルズで行われた「スカイ アクアリウム」の総合プロデューサーとして同イベントを成功に導く。“ラウンジ アクアリウム”“リビング アクアリウム”を提唱し、新たなる価値創造の為に日々活動している。株式会社エイチアイディー・インターアクティカ代表。
  • ◎「自分も素もぐりで水深100mの世界に挑戦したい!」 という冒険者へ画像

Who is Mephisto ---メフィストとは

人生のすべてを知ろうとした、賢老人にして愚かな永遠の青年「ファウスト」(作:ゲーテ)。この物語でメフィストとはファウストを誘惑し、すべての望みを叶えようとする悪魔。当クラブ「Faust Adventurers' Guild」においては、Faustの夢と冒険の物語をサポートする案内人であり、彼らの変化や心の動きに寄り添う人物。時に頼れる執事、時に気の置けない友人のような存在は、『バットマン』におけるアルフレッド(マイケル・ケイン)、『ルパン三世』における不二子&次元&五右衛門トリオのようなものか? 今後、Mephistoは各クエストの終わりにFaustの皆さまの心を探りに参ります。どうぞよろしく。

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