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INTERVIEW with FAUST Yoshiki Tuji
原生の自然に挑む、最高の贅沢──後編

 ――2日目のトレイルランのフィニッシュ直後。
今大会2度目のゴールテープを切った辻は30キロを走り抜けたそのままの格好でソファに身体をあずけた。大会事務局のある温泉宿のコーヒーサロンである。
事務局のスタッフが慌ただしく動きまわるなかに、このところ見かけなかった観光客の姿もチラホラと目につく。エクステラのためにあった数日間は間もなく終了し、丸沼は普段の姿を取り戻そうとしていた。

過酷さの先に広がる、幻想的な絶景

Mephisto(以下M) 二日間、お疲れさまでした。ようやく解放されたという気持ちでしょうか?

Faust(以下F) 昨日の夜に寝る前も、今朝起きたときも、嫌だなあ、嫌だなあと思っていました(笑)。朝の3時に目が覚めてしまいましたし。嫌々ながら表(メイン会場)へ出たら、みんなすごくやる気がみなぎっている。そこで自分もやるしかないぞ、と思いましたね。ただ、去年の僕だったら、とてもじゃないけど、トレイルランの30キロは見えなかった。でも、練習を重ねてきたことで、ぼんやりとでも見えるようになってきました



M あらためて、ゴールの瞬間の気持ちは?

F やったなあ、という。あとは、もう当分は走りたくないなあと。終われば楽しいですよ(笑)。

M 身体の具合はいかがですか?

F 昨日は上半身全体が筋肉痛で、身体がズキン、ズキンと。今日終わったあと、また全身がズキン、ズキンとしています。足はもう感覚がないですね。10キロぐらいから膝に違和感があって、15キロぐらいからまたエンジンがかかってきて。サプリメントのおかげでしょうね。エンジンがかかったのは、すごく短時間でしたけど、ハハハハ。

M 視界の悪いところも多かったですね?

F いえいえ、見事な景色でした。その意味では、僕は観光をしていたようなものです(笑)。

M 白根山の山頂が晴れていたということでしょうか?

F 雲の上というか、霧の上を走っていたんです。僕らが走っているところは真っ白で、その上に太陽が照っている。そこに辿り着くまで、ずっと幻想的な世界なんです。ちょっと大げさに言うと、『もののけ姫』の世界のようでした。

M 雲海ですね! 山頂までは、ひたすら登っていくというイメージですが。

F ええ、そのとおりです。ずうっと登っていきます。登っても、登っても、とにかく、坂が続くんです。2時間以上も登りっぱなしだったと思いますよ。少し緩やかになったと思ったら、また壁のような登りが立ちはだかる。また緩やかになり、また登る、という繰り返しで。過酷で、過酷で、死んでしまうかと思うくらいでした。

M その先に、幻想的な世界が拡がっていたわけですね。

F 日本っぽくない景色なんですよ。カナダの……カナダじゃないなあ、僕が住んでいたスコットランドに似ていました。ここは国立公園ですよね(※)。見事ですよ。こんなところを走れるなんて。奥多摩とかも綺麗ですけれど、ここまで素晴らしい景色は……最高でした。

M 苦しみを乗り越えた競技者への、ご褒美かもしれませんね。

F そうかもしれません。とにかく、素晴らしかった。実際は、景色に見とれている場合ではなかったんですけれど(笑)。登りだけでなく、そのあとの下りもキツかった。全部キツかったです。楽なところはひとつもありませんでした。

M 下りは身体を持って行かれますよね。重力に抗うというか、慣性の法則との戦いというか。

F 下りはね、走っているというより飛んでいるイメージです。着地点だけを見つけて、リズムを崩さないように。土と木の上にだけは着地しないのが、トレランの走り方なんですよ。土は濡れていると滑りやすい。木はもう絶対に滑りますから。石の上を飛んで行くように、ポンポンと蹴るようにやっていかないといけないんです。

M ペースは最初から抑え目で?

F  途中で関門を通過する時間に間に合わないと思ったので、ちょっと慌てたところがありましたが。結局、僕の勘違いでした。

M 道を失うことはありましたか?

F  3回ほど。走っている時間のうち、3時間くらいは周囲に誰もいないんです。ひとり。その一瞬がね、カッコいいんですよ(笑)。そういうときに限って、道に迷うんですけれど。目印の旗は80メートルぐらいの間隔であるんですが、「あ、しばらく見ていないぞ」と思って20メートルくらい戻るとか、そういうことはありました。

 

※ここは国立公園……白根山は日光国立公園を形成する一部。

 



ハセツネに対する欲望

M さて、ハセツネへの手応えはいかがでしょう?

F 完全に自信を無くしました。これはキツいぞ、と。

M でも、今日も完走しましたし……。

F いや、ゴールは何も見えていません。問題点は体力と筋力。あとは食料と水分のバランス。42キロまで給水がないんです。そこで、どれくらい水をとるのかなど、手探りなことが多い。ただ、これぐらい走ったら、体力はどうなのか。身体の状態はどうなのか。そういうことが分かったのはプラス材料かもしれません。はっきりと分かったのは、あと5回練習しないと絶対に間に合わない……と、僕の身体が呻いていました。あと5回やらないと、絶対に完走できないぞ、と。

M それはスケジュール的に可能ですか?

F 週末にやるしかないですよね……でも僕、明日からパリへ出張なんです。一週間帰ってこられない。そのあとは大阪でずっと仕事が入っていて。まあ、ノー・エクスキューズですよ。そのなかでどうこなすのかが、僕らの主義なんですね。みんな4時半、5時半に起きて練習してますから。僕も夜の8時以降に走っています。5回は行けないでしょうけれど、最低3回は山に入って、そのつど1キロのアップダウンを10本くらいはこなさないと。

M トレーニングはひとりで?

F ええ、そうです。大阪でも東京でも走るのは夜なんですが、2時間半が限界でしょうね。街中を2時間半走るというのはつまらないものです。景色を楽しめないですから。とくに夜は。それと、一緒に走ってくれる人がいないから楽しめない。でもまあ、皆さん同じような条件でやっていますから。

M ファウスト会員の、稲本健一さんや髙島郁夫さんは『MIT』、同じく井上英明さんは『トライアスロンボーイズ』など、チームで練習するところもありますが?

F そうそう、トライアスロンって、たいていグループで練習するんですよ。僕はグループに入らない。入るのがイヤとかじゃなくて、ひとりでやっているほうが好きなんです。今年はずっとそうだったんで、色々とお誘いをいただいているんですけど、練習もひとりでやるほうがいいんです。でも、プログラムを作ってみんなでやったほうがいいらしいですね。白戸さんにたまにメールをして、練習メニューを教えてもらったりはしているんですが。

M 複数人でやると、お互いに引っ張られますよね。結果的に、頑張ることにつながる。

F そうなんですよね。チームじゃないですけれど、何人かで集まって練習をしている人たちもいます。丸沼に来ていたトップクラスの人たちも、集まってやっているそうです。ひとりだと、結局は自分のペースで走ることになってしまうので……。速い人と一緒に走らなくても、ついていく努力をするだけでも違うのでしょうね。

M 10月のハセツネで、完走できることを期待しています。

F ありがとうございます。いまはとにかく、ハセツネに対する欲望というものを強く持たなければと思っています。完走するんだという気持ちが、何よりも先に出てくるようにしなければ、とね。

 

 

  • ◎「原生の湖・森・山を駆け抜けろ!——エクステラ」STORY[前編]はコチラ
  • ◎「原生の湖・森・山を駆け抜けろ!——エクステラ」STORY[後編]はコチラ
  • ◎「原生の湖・森・山を駆け抜けろ!――エクステラ」をクリアした辻の体験インタビュー[前編]はコチラ~

 

 

Faust Profile

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辻 芳樹 (つじ よしき)
辻調理師専門学校校長。1964年、大阪府生まれ。  
13歳で渡英。アメリカに留学後、1993年に辻調理師専門学校校長、辻調グループ校校長に就任。変化の著しいヨーロッパ各国やアメリカの食の最前線を調査研究し、その成果をプロの料理人教育に生かす一方で、日本料理アカデミー西日本代表理事なども務め、日本の食文化の海外への発信にも積極的に取組んでいる。

共著「美食進化論」(晶文社)、編著「料理の仕事がしたい」(岩波ジュニア新書)
著書「美食のテクノロジー」(文藝春秋)

辻調グループ校は、辻調理師専門学校、辻製菓専門学校をはじめ、エコール辻大阪、エコール辻東京、フランス・リヨン近郊のフランス校など計14校からなり、日本料理、フランス料理、イタリア料理、中国料理、製菓、サーヴィス、ホテル産業など幅広い分野に、12万人を超える卒業生を送り出している。
http://www.tsujicho.com/

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