魚たちが物語る
世界は海でつながっている!──前編
One Ocean 始動!
ファウストの1人であり、アクアリウムクリエイターとして、第一人者である木村英智。彼が耳にしたある情報が、今回のQuestのきっかけである。
モルディブに“オシャレハナダイ”がいる——。
オシャレハナダイとは、ある魚の和名だ。かつて、インド洋に浮かぶ美しき島国、モーリシャス付近でしか生息していないと言われた固有種である。プレクトルアンティアス属(Genus Plectranthias)のハナダイ(Subfamily Anthiinae)で、英名を「Plectranthis pelicieri」と言う。
この希少な固有種を求めて、無茶なダイビングを繰り返したダイバーは数知れず……。そもそも、珊瑚礁域の水深50m〜70m付近に生息していると言われ、簡単に潜れる深さではない。そのモーリシャス固有種と思われていた魚が、インド洋から遠く離れた太平洋の島国、日本で発見されたのは1994年のこと。伊豆大島を皮切りに、八丈島や柏島、久米島など日本各地の海で見つかった。そして、付いた和名が「オシャレハナダイ」(※)である。日本では、もう少し浅い 30m〜40m付近で見ることができる。
そのオシャレハナダイが、モルディブなどの西部インド洋にも生息していると、木村の耳には入ってきていた。そもそも、モーリシャスと日本という両極端な海域で分布していること自体が不思議なこと。その不自然な状況は、ただ単に深場に生息している希少種であるが故に、現地ダイバーの目には止まっていないだけだと木村は言う。
二つの海域の点と点を結ぶ線。モルディブでもオシャレハナダイが発見されれば、またひとつ、世界は海でつながっていると証明できる。この試みは、木村が、プロフリーダイバーの篠宮隆三氏とともに手がけている“One Ocean”プロジェクトの一環だと考えていた(Quest 004のメフィストインタビュー参照)。
インド洋の“真珠の首飾り”モルディブへ
モルディブの語源は古代インドのサンスクリット語で「maladvipa」(マラドゥヴィバ)。「島々の花輪」という意味である。インドとスリランカの南西に位置し、インド洋上の東経72度31分から73度48分、北緯7度0分から南緯0度45分の間に、約1200もの珊瑚からなる小さな群島。この島々こそモルディブだ。二重鎖状になった珊瑚礁の環は、大航海時代から「真珠の首飾り」と称されてきた。
珊瑚と一体となった美しき島々は、「地球温暖化」の影響で50年後には、すべてが沈むと言われている。領域の99%は海であり、大きな島でさえ最高海抜が 1.8mしかない。「この奇跡とも言える、美しい自然の国をひとりでも多くの人に知ってもらいたい」。木村がモルディブに目を向けたもうひとつの理由だ。
5月下旬——。乾季から雨季へと移り変わる、モルディブの天候がもっとも不安定な時期。7月にオープンする「スカイアクアリウムIII」(2009年7月17日より六本木ヒルズ森タワー52F展望台で開催)の準備を考えると、木村がモルディブに行くのは、このタイミングしかなかった。成田からスリランカ航空の直行便で、マーレまで10時間のフライト。到着は夜だった。
入国審査を終えて空港のロビーを出た一行を待っていたのは、台風並みの強風という手荒い歓迎。モルディブで海中撮影を30回以上も行っている同行カメラマンですら、ここまでの天候は初めてだと言う。モルディブの宿泊は、島のひとつひとつに作られたリゾート施設である。すべての移動はボートか水上飛行機。この低気圧の荒れた海をスピードボートで渡らなければならない。今回の宿泊先のバンドス島までは約20分。果たして無事に辿り着けるのか。
思い起こせば、1月の沖縄の海も過酷だった(Quest 004参照)。Questに試練はつきものなのか。暗闇の中、荒れ狂う海をフルスピードで疾走するスピードボート。高波にバウンドし、船底が着水するまでの数秒がおそろしく長く感じること数回。補償のない絶叫マシンに乗せられ、命からがらバンドス島へと到着した。
夜が明けたとき、リゾート地・モルディブらしい真っ青な海と空が迎えてくれることを祈って、木村は床についた。
荒れた海の海中で得たもの
モルディブで向かえた初めての朝。木村たちの祈りは届かなかった。相変わらずの強風と、時折訪れるスコール。まさに雨季のモルディブ。
それでも木村の心は折れていなかった。
モルディブ政府と現地フィッシャーマン(漁師)たちに、One Oceanプロジェクトを理解してもらい、オシャレハナダイ探しの協力を得る必要がある。そのためにも首都マーレへ行かなければならない。
政府には、オシャレハナダイを見つけたときのために、捕獲許可をもらいたい。また、モルディブでは、海に潜るためのルールがいくつか厳密に定められている。ひとつは、ガイドダイバーによる「チェックダイブ」を必ず受けること。ダイビングの基礎スキルがきちんと備わっているかを試されるのだ。他にも“水深 30m以上潜ってはいけない”という決まりがある。もちろん、30m以下に生息するオシャレハナダイを見つけるためには、それ以上の潜行許可を政府にもらわなければならない。その交渉を政府と行う。
さらに、現地フィッシャーマンたちには、オシャレハナダイに関する情報を少しでも多くもらいたい。探し当てる可能性を高めるためにも。
木村に悪天候を嘆いている暇はなかった。
他にも“水深30m以上潜ってはいけない”という決まりがある。もちろん、30m以下に生息するオシャレハナダイを見つけるためには、それ以上の潜行許可を政府にもらわなければならない。その交渉を政府と行う。
さらに、現地フィッシャーマンたちには、オシャレハナダイに関する情報を少しでも多くもらいたい。探し当てる可能性を高めるためにも。
木村に悪天候を嘆いている暇はなかった。
早速、マーレに向かおうとした一行だが、バンドスリゾートからマーレ行きの船は午後にしかなかった。限られた時間を有効に使いたい木村は、午前中のうちにチェックダイブを済ませておくことにした。
荒れた海をビーチからエントリーし、バンドスのハウスリーフで1本目のダイビング。ライセンス取得から15年が経つベテラン木村にとって、チェックダイブなどお手のもの……ではなかった! 数々の過酷な潜水を世界中のツワモノ漁師たちと行ってきた木村に、大きな弱点が発覚した。ダイビングのライセンスを取得したのは、遠い過去のこと。あまりにもテクニカルなダイビングを繰り返してきた木村にとっては、基礎スキルの確認の方が難しかったのだ。それでも、マスククリア(マスクの中にわざと海水を入れて、その海水を鼻とレギュレーターから出す空気で押し出しクリアにするスキル)と、バディブリージング(バディのエアがなくなったとき、バディにオクトパス[予備のレギュレーター]を渡してエアを分け与えるスキル)を思い出しながら何とかクリアした。思わぬつまずきだったが、一度、潜行を始めるとまさに“水を得た魚”。海面の荒れた海からは想像もつかない美しい海中の世界を、自在に泳ぎ始めた。
そこには、インド洋ならではの、極彩色豊かな魚たちが数多く存在した。ツバメウオにヨスジフエダイの群れ、回遊魚のイソマグロ、ブラックチップシャークなどなど。ハウスリーフでさえ、この種類の多さ。次々と現れる魚影の濃さに、否応無しに期待感が増していく。「オシャレハナダイに会える」。マスク越しでも、木村の表情に微かな笑みがこぼれたのを確認できた。マーレでの交渉の前に、最高の手ごたえを感じた木村だった。
果たして政府との交渉はうまくいくのか!?
モルディブの海でオシャレハナダイに出会えるのか!?
モルディブの海を堪能するなら──
ヴィラホテル「ワン&オンリー ・リーティラ」で
Text:Masako Matsuoka
Photo:Masaaki Harada/Masako Matsuoka
2009/07/09
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