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世界の波に挑む!
美しきインド洋の海で日没まで耐久サーフィン

Twenty years ago
憧れた50歳に自分はなれるのか?

きっかけは、20年前のサウナルームだった。
「30歳で独立して、スポーツクラブに入会したんですよ。仕事が軌道に乗ってきて、ようやく少し、そういう時間が出来たので」
いつものようにプールへ行くと、ひとりの男性が目に止まった。40代後半から50歳前半と思われる男性の肌の色は、くっきりと二つに別れていた。両肘と両膝の下が黒く、それ以外は切り抜いたように白い。「あの人、サーファーだな」と、國分利治は思った。
「スプリングっていうウェットスーツ特有の焼け方ですよね。自分よりずいぶん年上っぽいんだけど、身体もすごく引き締まっていて、カッコいい人だなあと」
國分がサウナルームへ向かうと、先客がひとりいた。さきほどの男性だった。
「気がついたら、話しかけていました」
ちょっとした質問責めだった。仕事は? 年齢は? 普段はどこの海へ? サーフィン以外の趣味は? 自分が同じことをされたら、ウザいヤツだと感じるかもしれない。だが、男性は質問を撥ね除けたりしなかった。それがまた、國分を惹き付けた。
「歳を聞いたら50歳だって言うんですけど、ホントにカッコいい人でね。自分もああなりたい、こういう年齢の重ね方をしたいと思った」
國分が呟くように語った「オレもそういう50歳になれるかなあ。その年まで、サーフィンできますかね」という言葉を、男性は躊躇なく受け止めた。印象的な笑顔とともに。
「できるよ。自分にその気があればね」
國分は1958年12月生まれである。50歳という節目は、目前に迫っていた。肉体的な衰えは感じていない。体力には自信がある。ベルトのサイズは若い頃と変わらない。 

國分利治オーナーや社員との年齢差は開く一方でも、彼らと同じように働き、彼らと同じように遊ぶこともある。しかし、あくまでそれは自分の感覚だ。客観的にはどうかはわからない。ひとりの人間として、自分はどう映っているのだろうか。若き日に出会ったあの人のように、50歳を目前にした自分は、各店舗のオーナーや社員たちから「オレもああいう50歳になりたい」と思われる存在であり得るのだろうか?
そんなときだった。「モーリシャスのル・サンジェランに行ってみたら」と、旧知の友人から言われたのは。
モーリシャスというインド洋の小さな島がヨーロッパの人たちが避暑地に訪れる場所であり、“インド洋の貴婦人”と呼ばれることなどは知っていた。すでにロンドンに海外一号店をオープンしている彼にとって、ヨーロッパやアメリカのセレブリティの動向は見逃せないものとなっている。当然、このリゾート地にアンテナを巡らせてはいたものの、國分のパスポートに、モーリシャス入国のスタンプはひとつも押されていない。
「行ってみよう」。
何よりも、周囲を海に囲まれた島である。サーフィンをするには最高の環境だ。
原点回帰。独立した頃を思い起こしながら、モーリシャスでサーフィンをしよう。日の出から日没まで、波に乗り続ける。野球で言うなら1000本ノック。サーフィンなら、おそらく100本くらいだろうか……。50歳を前にした自分の限界に挑戦するためにも、100本のライディングを目指す。
2008年11月、國分はモーリシャス行きを強引にスケジュールへ押し込んだ。

1st day
昂る気持ちに寝付けないモーリシャスの夜

疲れた体も、ちょっとしたおもてなしで癒される。さりげない心配りに、ワン&オンリー ル・サンジェランが多くのセレブたちに愛されてきた理由がわかる。

 ワン&オンリー ル・サンジェランへ到着したころには、もうすぐ日付が変わろうとしていた。成田空港を出発してから、すでに14時間あまりが過ぎている。初めての国を訪れた興奮は精神的な昂揚を誘うが、身体は正直だ。香港からモーリシャスまでおよそ10時間のフライトに絶えきった膝や腰が、さすがにぐずりはじめている。
コテージタイプの部屋へ案内された國分は、歓迎のコールドプレート(日本のお寿司が用意されていたのだ!)に感激しつつ、メールチェックなどの仕事をこなした。ボルドー産の赤ワインには興味をそそられたが、今回の主たる目的はリラクゼーションでもグルメでも、次なる海外出店を見据えた視察でもない。
とにかく、身体を休めよう。
シャワーを浴びた國分は、お寿司にもワインにも手をつけずに、日本より大きめのシングルベッドに身体を沈めた。
身体は疲れているはずなのに、すぐに寝つけない。こんな気持ちは久しぶりだ。

2nd day
南洋で出会った陽気な友人

爽やかな朝にも関わらず、欧州からの客は姿を見せない。遅いブレックファーストなのか、早いランチなのか、10、11時頃にならないと多くの人と顔を合わすこともない。

 誰かに起こされるまでもなく眼が覚めると、デジタルクロックは6時前を指していた。分厚いカーテンのすき間から差し込む明るみは、ホテルに到着した昨晩と変わっていない。室内に入り込む明かりはホテル内の街灯か何かで、太陽はまだ昇っていないということだ。
旅のパートナーである友人とカフェで合流した國分は、普段の海外滞在より少し慌ただしく朝食を済ませ、コンシェルジェデスクへ向かった。時刻は8時30 分で、朝食会場となるテラスのカフェは意外なほど閑散としている。イギリス、ドイツ、フランス、ロシアなどからやってくるエグゼクティブは、ベッドのなかでまだまどろんでいるのだろうか。
同じホテルに泊まっている欧米人ほどには、國分は時間の余裕がない。半ば強引に押し込んだモーリシャス旅行である。到着した瞬間から、出国へのカウントダウンは始まっている。一分たりともムダにはできなかった。
朝食を終えた國分は、ル・サンジェランのコンシェルジェを案内役にして、マリンスポーツ関連の情報を集めることにした。

旅先で知り合った新しい友人、デイヴィッド。気さくで屈託のない笑顔が魅力のナイスガイ。カイトサーフィンができなかったのは残念だが、思わぬ出会いで、秘密のスポットを教えてもらえた。滞在中、何度もワン&オンリー ル・サンジェランとサーフスポットを往復してくれた。

 現地入り2日目(実質的には1日目のようなものだが)のこの日は、午前中にカイトサーフェンをやるつもりだったが、悲しいほどに風がない。午前中だけでなく、午後になっても波は立たないとのことだった。
気象条件ばかりは、誰のせいにもできない。文句も言えずにキャンセルをすると、インストラクターのデイヴィッドが意外な提案をしてきた。
「カイトサーフェンはできないけど、ノーマルなサーフィンならできないことはない。僕がいつもサーフィンをしているプライベートビーチへ案内しようか?」
デイヴィッドのハイラックスに乗り込んだ國分は、ル・サンジェランから車で20分ほどのプライベートビーチをチェックし、そこからさらに1時間近く車を飛ばしてタマリンヘ向かった。ビーチフロントのリゾートホテルが立ち並ぶこのエリアは、ローカルたちにとって格好のサーフスポットである。
「どうする? とりあえず入ってみるか?」
車を止めたデイヴィッドが、運転席から後ろから振り向く。國分の答えは決まっていた。「ここまで来て、入らないはずがないじゃないか」
サーフィン歴20年の國分だが、ここ数年は年に2、3回しかウェットスーツを着る機会がない。しかも、直近のサーフィンで若手スタッフにボードをプレゼントしてしまったため、モーリシャスに持参した赤いロングボードは今回が初めてのライディングとなる。耐久サーフィンに挑む前に、新しいボードのフィーリングを確かめておきたかった。モーリシャスの波が、どのようなものなのかも。
18時ちょっと前にタマリンに到着した國分と彼の仲間は、日没の20時直前までサーフボードとともに過ごした。わずか2時間ほどだったが、國分には価値ある時間だった。久しぶりのサーフィンに対する不安を払拭し、なおかつ、明日への希望を抱かせる時間だったのである。
サンセットの直前に砂浜へあがり、マールボロでひと息ついたときには、心地好い充足感に包まれていた。自分には少し扱いにくい波だが、だからといって操れないほどではない。今日の感じなら、うまくつかまえることはできそうだ。

人っ子ひとりいない。とても贅沢なプライベートビーチに案内してもらえた。但し、難しそうな波だ。

新調した國分のサーフボード。おろしたての赤がまぶしい。友人の塩田氏とフィンを取り付ける。

Earlier in the day(3rd day)
日の出とともにモーリシャスの海へ

日の出前の一瞬の奇跡。空と海が幻想的なブルーで染まった。この空が赤に染まるまでの12時間強。國分の長い一日が始まった。 

ワン&オンリー ル・サンジェランのメインエントランスに、デイヴィッドのハイラックスが横付けされていた。東の空がほんのりと明るくなりつつある。
デイヴィッドが右手を差し出す。
「どう、目覚めは?」
國分は力強く握り返した。
「バッチリ」
「体調は? 昨日のサーフィン、久しぶりだったんだろう?」
「問題ない。筋肉痛もないしね」
國分が運転席の後ろに乗り込むと、デイヴィッドはサイドブレーキを降ろした。緩やかに発進する。ワン&オンリー ル・サンジェランの敷地内を出た瞬間、車はスピードをあげていく。
「ふうう」
緊張感を吐き出すように、國分はひと息ついた。昨日と同じ道のりが、昨日とは違う感情を呼び覚ます。少し緊張しているかなと、國分は感じる。
「さあ、着いたぞ」
國分の変化を察したのか、デイヴィッドが明るい声で言った。自分に言い聞かせるように「よし、行くぞ」と声に出して、國分は車を降りた。ハイラックスからロングボードをおろし、フィンを取り付ける。ワックスを塗る。いつもと同じルーティーンが、特別なもののように感じられる。
身体をほぐす。ビーチとは逆の空を見上げると、さきほどよりも明るみが増していた。日の出は近い。
國分はビーチへ飛び出していった。
膝から腰あたりのサイズだった波は、1時間ほどで胸あたりまで大きくなっていた。潮の流れも激しい。車を止めたポイントが、気がつくとずいぶん遠くなっている。ビーチのデイヴィッドが、両手でメッセージを送ってくる。「潮の流れに気をつけろ」と、國分は理解した。

いつのまにか、穏やかだった海に大きな変化が現れ始まる。いよいよ耐久サーフィンのスタートである。

昨日の波とはまったく違う。みるみると頭を超すサイズに膨らんでいく。

Unintended injury
予期せぬアクシデントに続行不可?!

幅ではなく、傷の深さが問題だった。パックリと割れた傷口には、洗い流しきれなかった白い砂が見える。

20本ほど波をつかんだときだろうか。
派手にワイプアウトした國分が、そのままビーチへ戻ってきた。左足を引きずっている。
足の裏を5センチほどカットしてしまったのだ。深刻なのは、傷の長さではなく深さだった。1センチほどの深さで、傷口がパックリと割れてしまっている。
「波が崩れるところが、ちょうど岩場や珊瑚礁なんですよ。ワイプアウトするたびに、ちょっと怖いなあと思っていたんだけど……」
出血が止まらない。しかし國分は、「絆創膏を貼れば大丈夫だよ」と、サラリとしたものだ。
そんなはずはない。サーフィンを続けられる状態でないのは明らかだった。デイヴィッドと日本人スタッフの強い説得で、國分はホテルへ引き返した。
メディカルルームには、女性ドクターがいた。國分の傷口を見ると、彼女はほとんど間を置かずに告げた。
「縫うべきです」
やはり……。國分に同行しているスタッフは、顔を見合わせた。ドクターは事務的に話を続ける。
「1日か2日は、海に入らずに安静にして下さい。NO WATER,NO WET」
患部を濡らしてはいけない、という。メディカルルームに失望感が漂った。そのとき、國分が口を開いた。
「オレは縫わないし、サーフィンも続ける。大丈夫、こんなものは傷のうちに入らない。絆創膏を貼っておけば問題ないよ」
「無理よ。縫ったほうが早いわ」。
「大丈夫、このままでもできる」。
ドクターは譲らない。國分も折れない。互いの主張がぶつかりあう。15分ほど経ったころだろうか。ついにドクターが譲歩した。
「分かったわ。できるだけ波の荒くない場所で、それもリーフ(珊瑚礁)じゃなくビーチ(砂浜)のところにして下さい」
すかさず、デイヴィッドが指を鳴らした。 
「それなら、タマリンのほうがベターだな」
南西部の町タマリンまでは、車で1時間以上かかる。まだ20本しか乗っていない。のんびりしている時間はない。
「さ、早く行こう」
メディカルルームを最初に出たのは、他ならぬ國分だった。絶対にやり遂げるんだという強い意思が、全身から溢れ出ている。あきれるほどの情熱に、スタッフも覚悟を決めた。

Setting sun
やり遂げることの意味 

傷のせいで踏ん張りが利かない。それでも、懸命に立ち上がり、ライディングを繰り返す。

市街地を抜ける途中にスーパーマーケットで昼食を買い、タマリンに到着したのは12時を少しまわったところだった。
デイヴィッドが空を見上げる。そばにいたスタッフに話した。
「たぶん、あとでひと雨くるよ」
デイヴィドとスタッフの会話を気にすることなく、國分は準備を進めていた。ボードをおろし、ワックスを縫っている。リーシュコードでボードと足をつないだとき、思わず本音がこぼれた。
「痛っ」
スタッフたちに不安が拡がる。國分は何も言わずにマリンブーツを履き、ボードを脇に抱えた。
スタッフのひとりが、「絶対に無理をしないで下さいよ」と、國分の背中に声をかける。無理をするのは分かっていても、声をかけずにはいられないのだろう。國分は右手を軽くあげて応えた。
沖合へパドリングしていった國分は、すぐに波をつかまえていく。最初の数本こそ立ち上がるだけにとどまっていたが、しばらくするとボードを操れるようになっていく。足の痛みがあることで無駄な力が入らず、リラックスしたライディングとなっているようだ。

真っ青に晴れ上がっていた空が、まさに、一転にわかにかき曇った。

 しかし、ビーチにいるスタッフのカウントは、30本ちょうどで止まってしまう。波がフラットになってしまったのだ。
沖合を見つめながら、波待ちをするしかない。5分に1本程度しか、波が立たない。それも、ひどく小さめのサイズだ。デイヴィッドのアドバイスに従って左右にポイントを変えながら、國分は波を求めていった。
ようやく波が戻ってきたのは、15時過ぎだった。タマリンに到着してから、2時間半が経過している。一心不乱に波を追いかけ、つかまえていく。最後まで乗り切る回数も増えた。40、50、60……このペースなら、日没までに100本乗るのも難しくない。
ここでまた、國分を困難が襲う。駆け足でやってきた雨雲が、猛烈なスコールを降らせたのだ。日光浴やビーチサッカーをしていたローカルたちが、屋根のある場所や車へ非難していく。カラフルに彩られていたビーチは、モノクロームの世界へと変わってしまった。たったひとつ、真っ赤なロングボードを除いて。

雨上がりに1本の虹。大自然の力をまざまざと見せつけたあとは、七色の光のプレゼント。モーリシャスの自然もやさしい。

激しい雨が降り注ぐなかで、國分はパドリングとテイクオフを繰り返していた。100本という数字をクリアするのはもちろんだが、モーリシャスの波をひとり締めできる喜びや興奮を、彼は味わっていたのだった。
ただ、体力は確実に削ぎ取られていた。
タマリンでのサーフィンは、すでに7時間になろうとしている。パドリングのスピードが落ちてしまい、波に追いつけなくなってきた。バランスを取り損ねて、ワイプアウトしてしまう。腕にはズッシリと重さがあり、ふくらはぎや太股の張りも無視できなくなった。
それでも、残り少ない体力を全身からかき集めて、國分はチャレンジを続ける。

沈み行く太陽の光を背中に浴びながら、波から上がってきた國分。その胸に去来する想いとは? 達成感、充足感はあったのか?

そして……。
意地、プライド、意思、信念、反骨心、負けん気……何かを成し遂げるために必要不可欠な感情を総動員して、國分は100本の波をとらえた。乗り切った。サンセット間近の美しい夕日が、ビーチに上がってきた國分のシルエットを浮かび上がらせる。
「雨が降ったあとに、虹が出たでしょう? 見た? キレイだったよねぇ」
弾むような声で話す。7時間も海に入っていたとは思えないほど元気だ。
「波は自然が作り出すもの。同じようでいて、同じ波はひとつもない。だから面白いんだよね」
翌日も、國分はタマリンを訪れた。耐久サーフィンではないが、それでも50本は乗っただろうか。
若い社員に自分がどう映っているのかが、気にならないといったら嘘になる。しかし、モーリシャスへ来る以前ほどは、そういったことを考えなくなったのも事実だった。
他人がどう思うのかではなく、自分がどう思うのか。何を感じて、どんな人生を送りたいのか。モーリシャスを訪れたことで、そんな当たり前のことを再認識させられた。流れ作業のような日常を送っていたら、たぶん気づかなくなってしまうのだ。
目の前の壁を乗り越えることで、人間は気づきを得る。進化を遂げていく。そこに年齢は関係ないのだ。志さえあれば、成長は止まらないのだ。そんな想いが深いところを巡っていく。
「まだまだいける」。
50歳の誕生日をもうすぐ迎えようという日、彼の心にあったのは、そんな想いだった。

  • ◎100本の波に挑んだFaust体験インタビュー体験者インタビュー~メフィストの部屋へ~
  • ◎「美しき南洋の島 モーリシャスへ冒険の旅に出たい!」 という冒険者へこの冒険へ行きたい方へ~Naviへ~

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今回の宿泊先

One&Only  Le Saint Geran

Pointe de Flacq,Mauritius
Tel.+230(401)1688

http://oneandonlyresorts.com/

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