Vol.011

ソーシャルゲームの新機軸で
世界市場へ

池田宗多朗

株式会社サイバード執行役員

現在のモバイル業界のみならずゲーム業界をも席巻する存在となっている「スマートフォンのソーシャルゲーム」。その多くがフリーミアムにガチャを収益の柱に据えたビジネスモデルだが、そこに “バーコード”という独自の柱を加えた設計で挑み、一石を投じたiPhoneアプリがリリースされた。一ヶ月で約30万ダウンロードを記録した「バーコードフットボーラー」である。

あらゆるバーコードから選手を生成できる画期性

サッカーゲームの新境地が、鮮やかに切り開かれた。株式会社サイバードが昨年12月に発売したiPhoneアプリ『バーコードフットボーラー』は、サッカーファンはもちろん、広くゲームユーザーの心を揺さぶって離さないものだ。
ユーザーが架空のサッカークラブの監督となり、選手を集め、育て、戦術を構築し、日本一を目ざす。これだけなら既存のシミュレーションと差異はない。バーコードフットボーラーが際立つのは、文字どおりバーコードを読み取り、自分で新しい選手を生み出せることである。
自宅で、職場で、コンビニで、書店で。自分だけのプレーヤーが生まれるきっかけは、どこにでも見つけることができる。しかも、周囲に先駆けて読み取った商品なら、好きな名前をつけることができる。自分が産み落とした選手なら、愛着もひときわだろう。
「弊社は2010年にバーコードカノジョというiPhoneアプリを出していて、これはおよそ60万ダウンロードを記録しました。バーコードを読み取って“彼女”のキャラクターを生成するのがキャッチーで、ユーザーのウケも良かったのですが、事業としては課金ができず、また、ゲーム性が乏しかった。ビジネスとしてはなかなか難しかったのです」
こう話すのは、株式会社サイバード執行役員の池田宗田朗である。バーコードフットボーラーの開発には、エグゼクティブプロデューサーとして携わった。
企画段階での課題は、ひとまずふたつである。「ゲーム性を取り入れることと、3D表現をしっかりする」ことだった。「そうすれば、かなり面白いものになるはずだ」という思いを、池田らの開発スタッフは共有していた。
「スマホは“世の中とつながっている”ツールで、誰にとっても身近なもの。一方、僕らの会社の願いは、常にお客さまの近くにいたいということ。ユーザーの皆さんと僕らの会社をつなげるものとして、サイバードらしいゲームが作れないか、と考えました。スマホにはカメラがついているから、バーコードを読み取ることができるし、位置情報も利用できる。スマホに詰まっている機能を活用したうえで、画期的でチャレンジングなゲームが作れないか、と考えました。
では、具体的にどんなゲームを作るのか。真っ先に浮かんだのは、サッカーだった。
「スマホのマーケットは、言葉の壁さえ越えればワールドワイド。スポーツで考えると、世界でもっとも人気があるのはサッカーです。その点では迷うことはなかったですね」

バーコードフットボーラーのタイトル画面。

ほかならぬ池田自身、超がつくほどのサッカーマニアである。スタッフのなかにも、Jリーグクラブの熱烈なサポーターがいて、サッカーの本場ブラジル出身の男性もいた。
ゲームとしての独自性と品質を大前提としつつ、より現実に近い世界観を編み込む──開発者としてのプライドと、サッカーを愛する者としてのこだわりを原動力に、彼らは商品化へ向けたアイディアをぶつけあっていく。ゲームだからしょうがない、という打算は一切なく、「徹底したリアリティーの追求」を合言葉にした。

スマホの性能を上回るチャレンジングなプロジェクト

インタビューはサイバードグループ本社の、豊かに緑化されたミーティングフロアにて行った。

「発案のタイミングは2年前で、開発には1年2か月ほどかかりました。当時はまだ、iPhoneも3GSが主流でした。携帯ゲームのヒット商品はなかなか出ていませんでしたし、僕らが試作したバーコードフットボーラーは、3GSではとても処理できないものでした。複数の3Dのアバターを同時に、アプリのなかで動かそうとするので」
3GSが処理しきれないということは、その時のiPhoneユーザーをターゲットから除外してしまうことになる。
それでも、事業として成り立つのか? そこまで難易度の高いソフトを、ゲーム会社ではない我々の会社ができるのか? 社内に賛否両論が巻き起こった。「否の意見も少なくありませんでした」と、池田も苦笑いを浮かべながら振り返る。
ここで支えとなったのが、サイバードの社風である。代表取締役CEOの堀主知ロバートは、「挑戦」をキーワードにビジネスを展開してきた。池田らの熱意が、最終的に会社側を納得させた。
その表情に、安堵の感情が走り抜ける。
「未来への投資という意味で、経営陣にはわがままを聞いてもらいました」
会社側からGOサインが出ても、商品化の道は平坦でない。設計図の上では「これでいい」と判断しても、実際に作ると動きが鈍かったり、遅かったり、最初から動かなかったり……。机を叩きたくなるような衝動に駆られたことも、決して少なくなかったはずである。だが、好きなサッカーを扱っているからこそ、池田らの開発スタッフは妥協を排した。自分に誇れるものを仕上げようと誓った。
「作ってみたら全然違うので作り直して、またチェックをして。そんなことを何度も、何度も繰り返しました」
開発が始まった当初は4だったiPhoneは、4S、5とバージョンアップしていく。スマホの機能性がアップしたことで、バーコードフットボーラーは彼らが望む完成度に近づいていった。池田らのアイディアに、時代が追いついてきたのだ。
そして、2012年12月12日にリリースへとこぎつける。「12」が並んだのは、サッカーを愛する彼らなりのメッセージである。
「2012年12月12日の、12時12分にリリースしました。12はサポーターの番号ですからね。そこはあえて狙って」

ディテールにこだわりぬいたリアリティー

バーコードフットボーラーは、実に3兆通りもの選手を作り出す。髪型、髪の毛の色、瞳の色、目の大きさ、唇の厚み、輪郭……様々な要素をパズルのように組み合わせ、3兆通りものバリエーションを実現させたのだった。
「過去の有名選手を模した選手が多く登場しますので、ユーザーからすると自分だけの夢のチームが作れる。そこがサッカーファン、ゲームのコアユーザーにウケて、面白みを感じていただいてるのかなと思います」

この容貌に、D・メッカムという名前。あの有名選手を獲得できる喜びも。

シミュレーションゲームとしての完成度も高い。トレーニングをして、ゲームを戦い、チームを強化していく。3DCGを駆使した映像は臨場感に溢れ、操作する指に思わず力が入る。
現代サッカーのトレンドである「フォーメーション」の重要性も、きっちりと反映された。バーコードフットボーラーは、実際のピッチ上で起こる化学反応にまで踏み込んでいるのだ。
「単純に個々の選手の力の合計ではなく、フォーメーションや組み合わせによって全体がうまく機能することがサッカーにはあると思います。バーコードフットボーラーにも、この選手をここに配置したらパラメータの数値が上がる、という仕掛けがあります。画面上ではあまり見えないようになっているんですが、『あれ、この選手をサイドで使ったらDFラインの数値が上がった』というような発見があります。選手の関係性というのはサッカーの監督なら誰もが考えるはずで、そのあたりがサッカー好きな方に響いているのかもしれませんね」

フォーメーションはピッチ上での化学反応を起こす重要な要素。
試合中の画面。

ビジネスモデルも構築した。大きな話題を呼んだのは、昨年公開された映画『のぼうの城』とのタイアップである。劇場で発売されているパンフレット裏面のパーコードを読み取ると、『のぼう 成田長親』を選手として入手できるのだ。
「スマホのゲームの世界でも、いわゆるガチャのような課金モデルだけでなく、新しい流れを作りだしたいんです。企業とタイアップすることで企業の価値向上にご協力させていただき、その対価としてお金をいただく。その収益は、ゲームのさらなる開発やサービス向上として、ユーザーに還元していく。そういった流れを作り出したい。たとえば、コンビニエンスストアとタイアップして、そのお店で売っている商品のバーコードから特別な選手が登場する、というアイディアもあります。選手をゲットできる楽しみをきっかけに、タイアップしたコンビニエンスストアへ行く人が増えたら、といった考えです。某有名スポーツブランドからも、一緒に組みたいというお話をいただいています」

映画『のぼうの城』とのタイアップにより、映画パンフレットのパーコードを読み取ると『のぼう 成田長親』選手が登場。

サッカーとバーコードという世界規格で
グローバルマーケットへ挑戦

サッカーは世界の共通言語である。
ブラジル人のお年寄りと握手をしたいなら、「ペレ」「リベリーノ」「ジーコ」といった名前をあげればいい。若者相手なら、「ネイマール」がいいだろう。
アルゼンチン人と仲良しになりたければ、「マラドーナ」と「メッシ」を連呼すればいい。スペイン語が通じなくても、相手はきっと笑顔を浮かべてくれる。
スウェーデン人と会話をする必要が生じたら、「イブラヒモヴィッチ」と言いながらピースサインをしたらいい。コミュニケーションのきっかけになり、うまくいけばハグを求められるかもしれない。
それぞれの国を代表するフットボーラーは、それぐらい知名度が高いのだ。国家元首よりポピュラーな存在と言っても、決して大げさではない。

「さすがはサッカーだなあと思ったのは、オープンして3、4日で香港やアジアの会社から『バーコードフットボーラーをウチでもやらせてほしい』という問い合わせがきたんです。その反応の速さには、びっくりしましたね」
サッカーのゲームを開発することになった当初から、池田はグローバル展開を想定していた。バーコードに着目したのも、「商品に紐付いている規格のなかでは世界共通の仕様だから」である。遅くとも4月には海外で展開したいとの腹案を抱く。
ただ、譲れない一線はある。
「僕らがやっているのは生きているゲームなので」と、池田は切り出した。彼らスタッフの情熱が、ゆっくりと明かされる。
「新しい選手が毎日作られていくなかで、どんな名前の選手なのかを僕らは見ているんですね。モチーフとなる選手たちは、現役選手が多いのか、それとも引退した名選手が多いのか、といった感じで。単純に言語を英語とか韓国語に変換すればいいわけじゃなく、ユーザーさんのニーズに合わせてきちんと運営できるようにしたいんです」
バーコードフットボーラーで自分のクラブを保有したユーザーは、代表戦と呼ばれる大会に臨むことができる。第1フェーズ(ホームタウン代表戦:区市町村大会)、第2フェーズ(都道府県代表戦:都道府県大会)、第3フェーズ(地域代表戦:地域大会)、第4フェーズ(日本代表戦:全国大会)とステージをあげて、ユーザーは互いに競い合う。上位に入賞すれば、レア度の高い選手をゲットできる。
世界展開となれば、戦いの舞台も国境を越える。池田の言葉が弾む。
「世界戦はやりたいですねぇ。ワールドカップが開催される2014年6月までには、何としてもできる状態にしたいです!」

リリースからおよそ1か月で、バーコードフットボーラーは約30万ダウンロードを記録した。ユーザーが生み出した選手は、60万人に達している。
「ソーシャルゲームのユーザーさんからすると、ローディングが長いとお感じになるところがあると思います。まだまだ重いところがあり、付け加えたい仕様、加えたいイベントなどなど、バージョンアップしたいところはたくさんあります。想像を上回るスピードで広まっていますが、僕らのチャレンジはまだまだ続きます」
最後に、バーコードの名付け親になるにはどうしたらいいのかを聞いてみた。池田は囁くようにヒントを与えてくれた。
「輸入品で選手を作ってもいいんです。逆に言うと、すでにコンビニに置いてある商品からは、名前を付けられる新しい選手は出てこないのでは。外国のお土産とかが狙い目でしょう」
世界でもっとも人気の高いサッカーを、世界共有仕様のバーコードを媒体としてゲーム化する。池田らスタッフの慧眼とチャレンジ精神が、携帯ゲーム市場に新たな息吹を吹き込んでいる。

池田宗多朗

いけだ・そうたろう

株式会社サイバード執行役員

いけだそうたろう。1977年、長崎生まれ。2002年有限会社ハイファイブ入社、2002年株式会社サイバード入社、2012年執行役員に就任し現任。

バーコードフットボーラー公式サイト
http://www.barcodefootballer.com/

愛用のアイテム エネループ
愛用のアイテム
エネループ

「一番使っているものです。色々な端末を使っているので電池の消耗が激しく、充電式のエネループは欠かせません」

好きな本
司馬遼太郎『峠』

「歴史モノが好きで、司馬遼太郎の作品はほとんど読んでいます。『峠』は幕末を舞台とした物語で、越後長岡藩の河合継之助が主人公。地方で育ちながら広い視野と先見性を持っているところがすごいな、と。男の生きざまとしてカッコいいですね」

好きな音楽

「サイバードに入ったきっかけが、そもそも音楽でした。僕はレコードを数千枚も買い集めるような人間で、当時の部長に着メロサイトをやらないかと誘われたんです。いまでも音楽は好きで、車の中などの移動中に聞きます。ただ、ジャンルをひとつに絞るのは難しくて。雑食系なんです」

好きな映画
『ライフ・イズ・ビューティフル』

「戦争モノとマフィアモノが大好きなんですね。戦争は人間の行為として極限とも言うべき、日常生活とかけ離れたもの。だからこそ人間性が出るのかなと思っていて、戦争モノに惹かれます。『ライフ・イズ・ビューティフル』はロベルト・ベニーニ(主人公)の父親としての愛がすごいですよね。強制収容所に送られるという悲しい状況のなかで、子どもを支えていくんですから」

2013/01/31

当「ファウスト魂」ページは、2012年8月~2014年2月まで日経電子版に掲載されていた特別企画を転載したものです。