Vol.008

日本の寄付の土壌を掘り起こす

佐藤大吾

一般財団法人ジャスト・ギビング・ジャパン代表理事

我々日本人にとって、「寄付」という行為はある種の気恥ずかしさを伴うものかもしれない。
一般常識や法律にそむくわけでもなく、むしろ、人間として尊い行為であるにもかかわらず、できることなら他者に知られたくない、という気持ちがどこかで働く。日本人の心には、謙遜、謙譲の美徳が深く根ざしているからだろうか。
だからといって、日本人が他者に冷たいわけではない。名前を知らない隣人に手を差し伸べる優しさや細やかな気配り、礼儀を重んじる態度は、この国の精神的豊かさとして評価できるところである。
潜在的に求められていたのは、誰もが気軽に「寄付」をできる環境。「寄付」に対する心のハードルを下げる仕組みだった。
それを鮮やかに実現してみせたのが、寄付をしたい人と、寄付を募りたい団体を結びつけるインターネット上のプラットフォーム『ジャスト・ギビング』だ。日本の寄付に対する意識を変えてより身近なものとして引き寄せ、2011年の東日本大震災では、復興支援のための無数の寄付活動を支えた。新たな社会貢献文化を育む、その魂に迫る。

NPOの募金活動支援のために

ジャスト・ギビング・ジャパンが立ち上げられたのは、2010年3月である。「客観的に見たら、小さいNPOがひとつ立ち上がっただけですからね。周囲の反応は薄かったと思います」と、佐藤は振り返る。
そもそもなぜ、彼はジャスト・ギビングをはじめようと考えたのか。

佐藤は日本の寄付文化醸成とNPOの地位向上のために奔走する。

「キャリア教育事業で社会の役に立ちたくて、1998年に日本でNPO法が出来た(※)ことをきっかけに、恩師の勧めで、議員事務所のもとでのインターンシップを支援するNPOを作ったんです。それによってNPO経営者の仲間が増え、『なかなか資金が集まらず、思うように活動できない』という声を聞きました。NPOの主な収入は会費と寄付ですが、それが集められないと。一方で、僕は学生時代から株式会社を立ち上げていましたので、企業の社長さんに知り合いが多くいました。そういう方々に、『こんなNPOがあって、困っているようなんです』と相談したら、思いのほか好意的な反応があり、幸せなマッチングがいくつか実現したんです。なるほど、仲介をするニーズがあるんだな、ということがわかりました」
NPOが資金繰りに苦慮している。それは、集めた寄付の使い道をきちんと開示していないからではないだろうか? 寄付をする側からすれば、どのNPOが信頼できるかいまひとつ分かりにくい。 寄付を募る手段やルールも確立されていないようだ。
そうした問題を解決し、NPOの募金・寄付活動を支援するサイトを、作れないだろうか? 佐藤はすぐにリサーチを開始し、イギリスのジャスト・ギビングに行き着く。1200億円の寄付を集める世界最大級の寄付仲介サイト。これなら日本のNPOを支援できる!
「メールを何通か書きましたが、当然のように無視されました(笑)。それならと電話をしても、取り次いでもらえません。あとはもう、実際に行くしかありません。ロンドンへ飛びました」
現地から電話をすると、さすがに相手も折れた。「30分だけ」という条件でアポイントが取れた。佐藤は思いの丈をぶつける。
「日本でどうしてもやりたいんです、という気持ちを伝えました。日本には寄付文化がないと言われるけれど、イギリスより金額が少ないのは日本にジャスト・ギビングがないからです、と。じゃあ、どういう計画なのか、初期投資はどれぐらいかけるつもりなのか考えてきてくれ、と言われまして」
ジャスト・ギビング側からの“宿題”を持ち帰り、3か月後にロンドンを再訪した。新たな宿題を与えられ、さらに3か月かけて答えを練り上げる。そうした作業が4回──つまり1年にわたって繰り返され、佐藤はジャスト・ギビングとの契約にこぎつける。日本の寄付文化に一石を投じたいという一心だった。
「僕の周囲では、ジャスト・ギビングなんて日本では知られていないから提携する意味があるのか、という疑問も上がりました。けれど、たった1%という良心的なロイヤルティーで、日本に足りなかった寄付の土壌を掘り起こすノウハウをたくさん得られますし、世界一の団体を持ってきたほうが、皆さんの大切な寄付を預かるための信頼感を得やすいという考えもありました。それで、2010年1月にサインをして、3月9日からスタート。そう、準備期間は2カ月しかなかった(笑)」

※1998年3月、特定非営利活動促進法が成立。

英国ジャスト・ギビングCEOのZarine Kharasさんと。
ジャスト・ギビングでは、誰でも何かのチャレンジを掲げることで、支援したい団体のために寄付を呼び掛けることができる。また、寄付先として登録されている団体は、一定の審査基準をクリアした信頼のおける団体のみで、その団体は、システム利用料として寄付額の10%とクレジットカード等の決済費用を支払う。

ファンドレイザーへの共感が眠った寄付を呼び覚ます

NPOなどの非営利団体のために個人が寄付を集める行為を、ジャスト・ギビングでは『ファンドレイジング』とうたっている。寄付を集めようと思う個人=ファンドレイザーが何かしらのチャレンジをすることで、広く寄付を募るという仕組みだ。
「困っている人を応援したい気持ちはあるんだけど、その気持ちをどこへ向けていいのか、つまりどこの団体へ寄付したらいいのか分からない人っていると思うんです。ジャスト・ギビングは著名人もチャレンジャーとなり、自分はこの団体を応援していますと呼びかけるので、寄付先を決めやすいんです」
潜在的な寄付の土壌を掘り起こすための、ジャスト・ギビングのスキームを説明すると、佐藤は決まって同じ質問を受ける。「寄付したい人は直接NPOに寄付すればいいじゃないか?ファンドレイザーやチャレンジャーなんていらないのでは?」と。



東日本大震災直後、復興支援にジャスト・ギビングは大きな力を発揮した。引き続きの支援が呼びかけられている。

佐藤の答えは決まっている。
「それは(佐藤が2007年に立ち上げたNPOの)チャリティプラットフォーム時代に失敗済みです。募金活動の支援だといって、ホームページ上に信頼に足るNPOをいくら並べても寄付は増えない。それどころかたくさんのNPOを並べただけではどこを応援していいか選べない。数多くのなかから選べるというのは、逆に不自由なんですね。食べたことのない料理がズラリと並んでいて、『どれも美味しいですよ』と言われても、どれから手をつけていいのか分からない心理と同じです。そうすると、結局寄付はしてくれません。絶対に寄付をしなければいけない人というのは普通いませんから。それを解決するのが、ファンドレイザーなんです」
ジャスト・ギビングの真意を理解してもらうために、佐藤はファンドレイザーの重要性を説く。
「自分から寄付をするぐらい思いの強い人なら、ジャスト・ギビングがなくても寄付をしているはずです。僕がアプローチしたいのは、寄付をしたいけどどこにしたらいいのか分からない人、過去にしたけど不満を抱いた人、寄付をしようと考えていない人です。自ら寄付をしない人を動かすにはファンドレイザーが不可欠だと考えます。信頼できるファンドレイザーがあらかじめ寄付先を決めてくれているので、寄付する人からすると安心で信頼できるんですね」
「安心」と「信頼」、それに「共感」は、寄付を促すキーワードである。
「街頭募金に協力しようと思ったときに、『自分が寄付したお金は、本当にその目的に使われるのだろうか?』という疑問が浮かぶと、気持ちが後ずさりしますよね? そういう意味で信頼はとても重要です。ファンドレイザーが自分の知り合いや好きな著名人だったら信頼できますよね。たとえば、元プロ野球選手の古田敦也さん、元陸上選手の為末大さんはジャスト・ギビングで寄付を呼び掛けていますが、彼らのファンなら信頼してくれるでしょう」
ジャスト・ギビングでは、チャレンジを「共有」する感覚も得られる。ファンドレイザーに対して、サイト上から応援メッセージを書き込むことができるのだ。
「チャレンジを共有する感覚は、確かにあるかもしれませんね。コメントを書き込むことで、応援する意識も芽生えているはずです」
活動初年度の2010年は、2800万円の寄付金を扱うことができた。東日本大震災に見舞われた2011年は、8億円もの寄付活動を支えることができた。2012年は1億5000万円の寄付金額になる見込みだ。
「我々は2年半かけて9億5000万強ですが、イギリスは去年だけで350億円です。イギリスは4年目から寄付金額が跳ね上がったそうで、1、2年目だけ見ると、日本のほうがいい。イギリスのジャスト・ギビングも驚いているぐらいです。もちろん、震災支援があったからですし、まだまだ国内に十分浸透しているわけではないと思っていますが」
ジャスト・ギビングのスタイルは、日本の寄付文化を徐々ではあるが変えつつある――佐藤の穏やかな表情からは静かな確信が伝わってくる。

個々の小さなチャリティーが世界を変える

ジャスト・ギビングを通じて人々の社会貢献心を呼び覚ます、印象的なファンドレイザーは少なくない。今秋に一躍時の人となったノーベル賞受賞者の山中伸弥教授も、京都大学iPS細胞研究基金への寄付を募るために、3月に京都マラソンを走った。
「大学の高度な研究について説明し、寄付への理解を得るのは大変です。けれど、『マラソンを走るので応援して下さい』、と言えば分かりやすい。『研究のことはわからないけど、君のマラソンは応援する』という人もいるでしょう。ジャスト・ギビングのチャレンジには、難しい説明を翻訳する意味もあると思うんです。もうひとつ印象的だったのは、友情の表われとしてのファンドレイズです。長野県にある若者の自立支援のNPO『侍学園スクオーラ・今人』の校舎が火事で燃えてしまったんですね。すると、東京のライバル団体がお金を集めようとジャスト・ギビング上で呼びかけて多額の寄付が集まり、再建のメドがたちました。このNPOは今年10月に再び開校されました!」

NPO法人「育て上げ」ネット理事長の工藤啓のファンドレイズにより、火災で焼失した「侍学園スクオーラ・今人」は再建を果たした。
2012年ノーベル医学・生理学賞を受賞した京都大学iPS細胞研究所長の山中伸弥教授は、受賞前に京都マラソン完走を掲げ、ファンドレイジングしていた。

「ジャスト・ギビングで肝となるのは一般個人による小口寄付です」と佐藤は説明する。
「NPOにとって、企業や行政からの大口支援はもちろん有り難いですが、景気に左右されるところがあります。安定的な活動資金源を確保するためには個人の小口寄付が重要で、多くの人の気持ちが集まってこそ世の中を変えると僕は思っています。一つのチャレンジの寄付金の平均は3万円です。一年に一回、チャレンジをして、自分が応援するNPOのために3万円を集めましょうというのが僕の呼びかけです。個人で小口の寄付を集めるとなると、現在ではインターネットとモバイルは不可欠ですから、ジャスト・ギビングのようなツールが必要になってくるはずです」
それから、と佐藤は続ける。ジャスト・ギビングという事業を通して、彼は新しい社会貢献の形を提案している。
「NPOというのは、何か社会に問題があるから存在している。支援の現場は、つねに困っている人と対峙している。一緒に汗をかいたり、涙を流したりすることが多いでしょうが、明るいメッセージも必要だと思います。ジャスト・ギビングで掲げられるチャレンジは、自然と前向きで明るいメッセージ性を持っているんです。被災地で直接的に支援活動を行うためには、特殊技能や経験がなければできない。でも、ファンドレイズは誰でもできます。現地に行かなくてもできるボランティアです」
個人の小さな頑張りが、社会を変えるきっかけになる。地位や名誉に関係なく、ひとりのチャレンジが世の中を明るく照らす可能性を秘める。ジャスト・ギビングに宿るファウスト魂には、日本の社会貢献文化を醸成しうる無限のひろがりがあるのだ。
佐藤は言う。 
「“大嫌いな牛乳を、一カ月飲み続ける”とかいうチャレンジでもいいんです。自分が楽しみながら社会貢献ができるということを、ぜひ知ってほしいんです」

佐藤大吾

さとう・だいご

一般財団法人ジャスト・ギビング・ジャパン代表理事

1973年大阪生まれ。大阪大学法学部在学中に起業し、その後中退。企業のインターンシップ支援事業などの創業や企業合併を経て98年、議員事務所や官公庁などでのインターンシップ事業を行うドットジェイピーを設立し、2000年にNPO法人化。07年にNPO法人チャリティー・プラットフォームを設立し07年に理事長就任。10年3月、英国発祥の世界最大級の寄付仲介サイト(ファンドレイジングサイト)「JustGiving」の日本版を立ち上げ、一般財団法人ジャスト・ギビング・ジャパン代表理事に。12年11月現在で寄付総額9億5000万円超。10年から、ファウストA.G.(サイバードグループ)とのコラボでJustGiving特別賞を創設し、ファンドレイザーを称え、世に発信。日本における寄付文化の創造と醸成に取り組んでいる。

JustGiving Japan
http://justgiving.jp/

好きな本

「マンガですね。作品、ジャンル問わず、すべて好きです。小学校1年から読んでいて、漢字はもちろん読解力もマンガから学びました。お小遣いをためて週刊マンガ誌を買っていましたから、元を取りたい!という意識で隅々まで読みました」

好きな音楽

「軽音楽部出身で、ポップとロックが好きです。でも、軽音楽部、しかも部長なのに楽器はできず、ボーカル担当でした(苦笑)。とあるレーベルから、CDも4枚発売しているんですよ」

好きな映画

「もう10年近く、ほぼ毎週末に朝イチで映画館に通っています。好きな作品名をあげるとしたら、『ニュー・シネマ・パラダイス』、『ライフ・イズ・ビューティフル』、『プラダを着た悪魔』『ゴッド・ファーザー』など。『プラダ……』は上司の気持ちを忖度(そんたく)する映画なので、半券を持ってきたらお金を払うから観てきなさいと、会社の部下に勧めました。でも「あんな上司はいやです」といった反応ばかりで、僕の気持ちは伝わりませんでしたね(笑)」





2012/11/29

当「ファウスト魂」ページは、2012年8月~2014年2月まで日経電子版に掲載されていた特別企画を転載したものです。