Vol.002

Never Ending
――高級時計文化を一層の高みへ

パスカル・O・ラベスー

高級時計財団 デベロップメント・ディレクター

スイスにはFHHという財団の存在がある。FHHとは、FONDATION DE LA HAUTE HORLOGERIEのイニシャルで、日本語では「高級時計財団」となる(公式サイト)。今回、その財団でデベロップメント・ディレクターを務めるパスカル・ラベスー氏が来日。時計業界関係者なら誰もが知る団体、FHHの非常に意欲的な活動を紹介してくれた。

真の高級時計マーケットの確立を目指して





穏やかな口調と物腰の中にも、高級時計への確固たる想いを語ってくれたラベスー氏。

世の中に高級時計ブランドが数多く存在する今、時計選びの目安の一種になるのは、やはりブランドが有名であることのように、一般的には思われているだろう。しかし、時計の真価においては、ブランドや企業名だけではなく、本来的に高級とはどのようなものかを知ることこそが重要だ。
FHHと呼ばれる高級時計財団の成り立ちと、パートナーブランドについて、ラベスー氏は知的で落ち着いた口調で話し始めた。
「財団の設立は2005年。その当時スイスの時計業界では、多くの時計メーカーおよびブランドが、特に激しい競争の渦中にあったと記憶しています。そうして高級時計を名乗るブランドが乱立してしまったため、時計を買い求めるお客さまにとって、本質的に何が高級であり、高性能であるかという概念があやふやになってしまったのが大きな問題でした。そこで、われわれの財団のような公正で中立な組織の必要性が叫ばれ、リシュモン グループ、オーデマ ピゲ、ジラール ペルゴの3社の出資によって、財団が設立されたのです。現在は、財団の外部委員会の独自の審査によって高級時計として認定された、スイスの約60のブランドの中から27のブランドが財団に属しています。まさに高級で高性能な時計を作り続けている企業グループやブランドたちです。そしてFHHは、時計業界と時計に興味をもつ一般の方々にむけて情報発信を行い、真の高級時計マーケットの確立に取り組んでいます」

財団の活動は公正に、
情報は精細に

日本でも多くの高級時計が、専門誌や業界新聞など各メディアで紹介されているが、その情報は、カタログ的なものから精緻な職人技術や深い歴史に迫るものまで、方向性はさまざまだ。FHHでは、いかなる仕組みで、業界に向けて情報発信をしているかが興味深いところ。このあたりについてラベスー氏の考え方はどうだろうか。
「FHHでは、外部委員会をもうけることで、各時計ブランドに対して客観的で公正な立場を保っています。その立場の上で、時計業界や財団の加盟ブランドに対し、時計に関するあらゆる情報を、ウェブサイトやメールマガジン、会報誌などで発信し、各種イベントも行っています。例えば、セールススタッフが時計のムーブメントを一度分解してから再度組みたて直すプログラムは重要な知識と実践となります。このプログラムは好評でしたね。また、販売支援ツールとして、"Watch@Tablet®"というiPadとアンドロイド用のアプリを開発しまして、これによって各ブランドの情報、歴史や文化から、製造における職人技術や専門知識、ムーブメントの構造などについて、非常に詳細かつ専門的に、有益な情報を提供しています」
主な活動は、時計業界向けであるが、一般のマーケットにむけた活動も行っているという。
「イベントでは、2011年、ロシアのクレムリン美術館で、歴史的に貴重なタイムピースを集めた時計の大展覧会を開催し、成功を収めました。そして2014年には、スイスと日本の国交150周年を記念した大きなイベントを、ここ日本で計画中です。まだ詳細は秘密ですが、楽しみにしていてください。財団はこのように世界で150のマーケットに携わっており、それぞれの国で時計文化を育てていきたいと考えています」

iPadのWatch@Tablet®アプリの情報密度は非常に高い。

FHHの究極の目的と高級時計の真価

近年は活況を呈し続けているそんなスイスの時計業界も、ある時期は困難を極めた。それは日本とスイスで同時期に起こったクオーツ式時計の登場だ。だが、このクオーツの登場をきっかけに、新たな機械式時計の再興と進化の歴史が始まったのだが、その歴史の延長にあって、FHHは着実な成果を上げているという。
「1970年代に、クオーツ式時計はその正確さや手ごろな価格から世界的に普及。スイスの名門をはじめ、機械式時計の多くがビジネス的に大打撃を受けました。しかし、機械式の魅力を伝えるべくしてスイスの多くの時計企業が、機構や素材にこだわり、優れた機械式時計を作り出すことに懸命に努力しました。その結果、複雑機構や超薄型など、多くの素晴らしい時計が生み出され、機械式時計が復権、現在も目覚しい進化を遂げています。そうした歴史から、高級時計にはすべてにおいて、こと細かいこだわりが存在しており、私たちFHHの究極の目的のひとつは、高級時計の仕事に携わる人間に、そうした魅力のすべてを理解しもらい、マーケットに伝えてもらうことなのです」
そしてラベスー氏は最後に、高級時計への熱意をこう締めくくってくれた。
「ここ数年、高級時計のマーケットは、保守的な感覚からクリエイティブな発想のプロダクトへと関心が移っているように感じています。それは、新たなマーケットへの期待の高まりであり、また新たな時計との出会いであると同時に、毎日が新しい発見の連続のようでもあります。そのように、私にとって高級時計の最大の魅力とは、NEVER ENDING――決して終わりがない、ということに尽きるのです」

「高級時計を所有することへの賞賛の気持ちを大切にしてほしい」とラベスー氏。

Pascal O. Ravessoud

パスカル・O・ラベスー

高級時計財団 デベロップメント・ディレクター

スイス生まれ。90年代、世界的なコミュニケーション会社、MCIグループでトップクライアントを担当。ジュネーブのSIHH開催を成功裡に導く。2001年、医薬品開発事業委託機関、コーヴァンスでコミュニケーション・マネージャーに就任。03年、同ロンドン支社に異動、ゼネラル・マネージメントの役割を果たす。04年、ハリー・ウィンストン・レアタイムピース(現在ハリー・ウィンストン社に統一)のマーケティング・マネージャーに就任。2007年、高級時計財団にデベロップメント・ディレクターとして迎えられ、現在に至る。公式サイトの作成、販売スタッフトレーニングプログラム、展覧会、タブレット端末用プログラムの開発を手掛け、世界15拠点に向けて普及に努める。また、ジュネーブのビジネススクールのラグジュアリー・マネージメント・プログラム修士課程の講師、学術委員会メンバーも務める。

FONDATION DE LA HAUTE HORLOGERIE(高級時計財団)日本語公式サイト
http://www.hautehorlogerie.org/ja/

























2012/08/20

当「ファウスト魂」ページは、2012年8月~2014年2月まで日経電子版に掲載されていた特別企画を転載したものです。