冒険のクロニクル

人類は、新たな未来を切り開くために、数多の冒険や挑戦を重ねてきた。未踏の地を目指した者、知られざる世界を開こうとした者、そして、前人未到の記録を打ち立てようとした者などなど。いにしえより多くの勇気ある人々により綴られた冒険と挑戦の歴史。高度な文明を築き上げた現代にあっても、未だに身ひとつと叡智を駆使し、さらなる冒険に挑む人々がいる。「過去」「現在」そして「未来」。彼らの冒険の歴史を紐解くことで、世界はまた夢と希望と勇気を与えてもらえる。『冒険のクロニクル』は、世界で活躍する冒険者たちの生き様を書き記していく。

ブライトリング・ウィングウォーカーズ

翼上で圧巻のアクロバットを披露!ブライトリング・ウィングウォーカーズ、日本の空を舞う

オレンジカラーが目を引くレトロな複葉機の翼上に女性の姿!? 大空を舞台に華麗に舞い、様々な技を披露する彼女たちこそがウィングウォーカーズだ。このパフォーマンスは、イギリスを拠点に活動するエアショーチーム「ブライトリング・ウィングウォーカーズ(以下、BWW)」によるもの。世界各国でパフォーマンスを披露する彼らが今年5月に初来日を果たし、その圧倒的な演技で多く観衆を惹きつけた。そもそもなぜ、人はコックピットから翼の上に飛び出し、パフォーマンスをするようになったのか。そのアクロバティックなパフォーマンスに惹かれた女性たちの正体とは? 初来日のフライトの模様とともに、その謎に迫る。

飛行中の翼の上に人が!?

命知らずなスタントを見せる彼らの貴重な映像はコチラから。

大空を飛ぶ夢は古から人々を突き動かし、時に犠牲を伴いなからも進化を続けてきた。
第一次世界大戦の頃には、より高く、速く飛べる飛行機が開発され、そしてパイロットの技術も向上していった。宙返りや連続回転という技術が発達していく中、初めてウィングウォークが行われたのは、1918年アメリカのパイロット、オーマー・ロックリアによるとされている。
彼はフライト中にコックピットから翼の上に乗り、アクロバットを行うという前代未聞の技を披露。瞬く間にこのスタントは知れ渡るようになり、多くのパイロットが取り入れ始めた。 ロックリア率いるこのウィングウォーキングの一派は文字通りバーンストーマー(注釈:エアショーなどで地方巡業するパイロット)として数多くの人々を魅了していった。第一次世界大戦終戦後のこの頃、飛行機は戦闘のためではなく、エンターテイメントとしてのフライトが注目されるようになっていったのだ。

飛行機から飛行機へ飛び移ったり、翼の上でテニスを披露したりと、華々しい技が開発されていった一方で、命綱やパラシュートの着用といったセーフティに関する基準が設けられておらず、いくつかの事故も発生した。1938年にようやくパラシュートの着用が義務付けられるが、第二次世界大戦が始まる頃には、この華麗なエアショーの黎明期も幕を閉じようとしていた。

現代に甦った、興奮のエアショー

BWWの活動内容をムービーで!

現在、イギリスだけでも年間600万人の観客を魅了するBWWは、世界で唯一のウィングウォークを披露するこのエアショーチームだ。世界中の様々な空の上で、編隊を組みながら行う鮮やかなエアロバティック飛行と、翼上でしなやかな演技を魅せるウィングウォーキングで、観衆を楽しませている。

1980年代、パイロットのヴィック・ノーマンは、息を飲むようなスペクタクルなエアショーを蘇らせようと、独自のエアショーチームをイギリスで創設した。彼自身経験豊かなショーパイロットであり、レトロな複葉機の独特のフォルムやエンジン音に魅了された一人でもある。

翼上で一糸乱れぬ華麗な演技を披露するウィングウォーカーズは、すべて女性。時速約200kmで飛ぶ上空で、かかる重力は最大4G!
この過酷な状況下でも、彼女らを突き動かすのは、人々を楽しませることへの喜び、そして何より、大空に羽ばたく欲望を抑えきれないからかもしれない。そしてボーイング・ステンマンを操るのはフライト経験豊富なパイロットたち。
パイロットとウィングウォーカーズの互いの信頼係、確かなコミュニケーションなしにはこのパフォーマンスを成し遂げることはできない。

BWWはこれまでにヨーロッパ、オーストラリア、アジア、中東など世界中でパフォーマンスを披露。“ジェットマン”ことイヴ・ロッシーとも、ほんの数メートルの至近距離でのフォーメーション・フライトを成功させている。
そしてついに、満を持して日本の空でBWWの演技が見られる日がやってきたのだ。

(左)世界各国の空の上で舞うBWW。
(中央)上空でアクロバットを披露するのは、美しく、しなやかなで繊細な女性だった!
(右) かつては“ジェットマン”とのフォーメーション・フライトも見事に成功させた。

BWW初来日!
岩国航空祭、翼の上のアクロバット

例年5月、山口県岩国市では航空基地祭が行われる。様々なアヴィエーション界の勇士たちが演技を繰り広げる、航空ファンや地元住民にとっての一大イベントだ。2013年のブライトリング・ジェットチームの来日ツアーもここ岩国が皮切りの予定だったが、その年の米国予算歳出削減によりイベントが開催中止となったことは記憶に新しい。さて、そんな自衛隊基地と米軍基地が隣接する岩国では毎年それぞれに航空祭(海上自衛隊第31航空群基地祭と米軍岩国基地フレンドシップデー)が行われていたが、2015年は「航空基地祭・日米親善デー2015 航空ショー」と銘打ち両基地祭が合同で行われる事となった。初の共同イベント、そして3年ぶりの岩国でのエアショウ開催ということもあり、会場には実に16万5千人もの観客が訪れた。この航空祭での豪華なラインナップは航空ファンでなくとも息を飲むことだろう。

航空自衛隊のジェットチーム「ブルーインパルス」や海上自衛隊航空チーム、米海兵隊2チームに、レッドブル・エアレース・パイロットの室屋義秀やスカイダイビングのレックス・ペンバートン…。そこに特別招聘されたのが「ブライトリング・ウィングウォーカーズ」だ。BWW以外はすべて日本もしくは米国のチーム。日本の米国基地内で開催されるイベントに英国籍である彼らチームを受け入れるにも、クリアすべき様々な難題があったというが、初来日の喜びをリーダーでもあるチーフパイロット、マーティン・キャリントンはこう語る。
「今回の日本への招待は格別なことと思っています。これを機に日本の各地で演技することができれば嬉しいです」。マーティンは2000年からチームに加わって15年、飛行時間9000時間を越える熟練パイロットだ。

BWWの所有の複葉機は全部で5機、今回はその内の2機とパイロット2名とウィングウォーカー2名が来日した。飛行機は分解されてコンテナで運ばれる。空輸され日本に入国し米軍基地のハンガーで組み立てられたボーイング・ステアマンは、照明に照らされまるで生まれたてのように輝いている。リチャード・バックの小説『イリュージョン』にでも出てきそうな、曇りひとつない、クラシックなオレンジ色の機体。
その機体の側ではチームのパイロットとウィングウォーカーが二人一組の列になり、「電車ごっこ」のように連なってフォーメーションの確認をしている。パイロットのマーティンとディビッド・バレルは、片手を操縦桿に、もう一方の手を翼に見立ててリードして歩く。ウィングウォーカーのフレイヤ・パターソンとエミリー・ギルディングは翼の上でするのと同じ様に両手を広げ演技する。ウィングウォーカーズが体験するスピードは最大時速240km、最大Gは4G。その環境下で安全で洗練されたエアショウを実現するためには、パイロットは飛行機の位置や速度に最新の注意を払わなければならない。一秒単位まで入念に計画されたフライトスケジュールに従い飛ぶために、こうしたシミュレーションが欠かせない。

BWW日本初パフォーマンス!

基地祭当日5月3日はあいにくの曇天。午後からは雨が降り、気温も低くなったが、雲による演技の高度制限があったものの、キャンセルなく全てのメニューが決行に。BWWの演技は午前と午後の部の計2回。多くの観客は傘を差しながら、滑走路脇を埋め尽くし、今回のスペシャル・ゲストの登場を待ちわびていた。

当日の来場者は約16万5千人。航空自衛隊に所属するブルーインパルスの機体の前を英国籍のBWWの飛行機がフライトするのはまたとない光景。

複葉機の翼の上に乗ったままゆっくりと滑走路を進むウィングウォーカーズ。脚を振りながら腰掛ける彼女たちの小さな姿はまるでティンカーベルのようなコケティッシュな可憐さだ。 それがひとたび上昇し、雲の合間に隠れたかと思うと超低空をかすめて観客の前を横切っていく!

見れば翼の上のあの妖精たちが、今やなんと空中で逆立ちし、手足を広げてぐるぐると回転しているではないか!! 観客は唖然とし息を飲み、そして瞬く間に魅了された。クラシックな複葉機、美しいアスリートによる演技はとりわけ際立つ華やかさだ。450馬力のエンジン音も、どこか人間味のある温かな音に聞こえる。2機のオレンジ色の飛行機は列をなし、離れてはまたクロス。
約15分の演技の間、BWWは一糸乱れぬ呼吸で様々な編隊飛行を繰り広げている。会場MCの米国人コメンテーターが声高らかに紹介する。
「紳士淑女の皆さん、ご覧下さい! “世界で最も勇敢な女性たち”ブライトリング・ウィングウォーカーズの素晴らしい飛行です!」

雨粒が激しく打ち付けるなかでも、華麗なパフォーマンスを繰り広げるBWW

フレイヤもエミリーも笑顔を絶やさずその日2回のパフォーマンスを披露したが、実は空の上では雨粒が氷の弾丸のように彼女たちの顔に身体に降り注いでいた。飛行時の平均時速は160km、 最高時速は240km。飛行機としては低い速度だが、ゴーグルを着けただけのむき出しの顔面と薄いフライトスーツに容赦なく叩き付ける雨の痛さは相当なものだ。右へ左へ飛行機は回転し、急上昇急降下、宙返り、失速旋回そして背面飛行。更にリグ(翼上の特設座席)に固定された身体ごと90度、180度、360度と回転しながらの空中バレエ。4Gの重力も掛かってくる。そしてこの日の冬の ような寒さ。そんなアクロバットの過酷さを微塵も感じさせず、ひたすら華麗で可憐な演技を繰り広げるウィングウォーカーズ。もちろんパイロットも彼女たちの負担を軽減するために臨機応変に操縦しなければならない。

「我々の飛行もまた冒険、挑戦の連続ですが、中でも航空ショウの世界での一番の挑戦は天候によるものが大きい。雨、風、雲などによって微妙にマニューバを変更しているんです」とはマーティン。そんな舞台裏を知れば、世界各地でこのようなショウを行う現代のバーンストーマーたちが来日し、雨の中演技してくれたことを心から感謝ぜずにはいられない。観客は滑走路に戻ってきたBWWの前で盛んに手を降り、その感動を伝えようとしていた。

“世界で最も勇敢な女性たち”

翼の上でポーズを決める安藤美姫。この後彼女はウィングウォークの体験飛行に初挑戦し、優雅に空を舞った。

それにしても、いったいウィングウォーカーズになれるのはどのような資質を持った女性たちなのだろう? 美しく、優れた身体能力とバランス感覚、そして最大時速240km、4Gのアクロバットに耐え続ける精神力の持ち主であることは容易に推測されるが。5月の初来日に先駆け行われた3月のプレス発表会で、ウィングウォーカーズの当時のチーフ・パフォーマー、ダニエル・ヒューズはこう答えている。
「私は7歳の時にウィングウォーカーズをエアショウで見て、その時に『私も将来これになりたい!』と強く思いました。ウィングウォーカーズになるのに特に資格が必要なわけではありませんが、身長160cm程度、体重60kg以内は必要条件。体操選手などアスリートやパフォーマーのバックボーンを持つ人が多いですね。チームの欠員が出たときに募集されるので、私もその時を 待って応募したんです。今こうしてチームの一員として世界を巡る夢が叶って非常に嬉しい」。
ちなみにダニエルはテコンドーの元英国チャンピオン。5月に来日したフレイヤは元体操選手で、ダンサー、パフォーマー、エミリーはウィンター・スポーツのアスリートという経歴を持つ。

実はこの岩国基地祭の前日には、プロフィギュアスケーターの安藤美姫がウィングウォークを体験し、同じアスリート・パフォーマーとして翼の上で美しいポーズを決めている。その体験について安藤は「元々航空ショウが好きで、BWWの日本初飛行という素晴らしい機会に是非挑戦したいと思いました。ブルーの海に島が沢山浮かぶ景色を楽しめましたし、自分が空を飛んでいるような気分になれました。フィギュアスケートと一緒で、優雅に見えるけど彼女たちがやっていることはとてもハード。パイロットとウィングウォーカーズが息を合わせて行うパフォーマンスは本当に素晴らしいことだと実感しました」とコメントしている。そこには苦しい時にも笑顔で演技を続けるアスリートならではの実感があったことだろう。

日本の空、日本の文化に触れたBWW

基地祭前日にはリハーサルフライトとオフィシャル映像の撮影などが行われ、ウィングウォーカーズは慌ただしい時間を過ごしていた。映像でふたりは、日本三名橋のひとつにも数えられる名勝「錦帯橋」で着物姿を披露している。身長154cm、華奢で金髪の妖精のようなフレイヤには水色の訪問着を、165cm、均整のとれたスタイル抜群の大人っぽいエミリーには黒の辻が花を。そんな正統的な日本のドレスアップに彼女たちが選んだのは舞妓を連想させる、オールドスクールな花のかんざし。きっちりと帯を締め、内股に歩きながらはしゃぐ姿はまるで日本の女性のようだ。ふたりは錦川のほとりで、緋毛氈を敷いたベンチに腰掛け野点を体験し、彼女たちのために誂えられた飛行機を象ったブライトリングのロゴ入りの上生菓子を味わい、束の間日本に触れるひと時を楽しんだ。そしてさすがはプロのアスリート・パフォーマー、着物での立ち居振る舞いや歩き方、姿勢など一度レクチャーされただけで完璧にこなし、姿勢も全く崩れない。
「ロケはとっても楽しかった。日本のお抹茶を頂いたのも正式な着物を着られたのも嬉しかったし、素晴らしい文化を体験できました。撮影が終わって、この着物もう脱いでしまうの? 残念、もっと着ていたいのに、って思ったわ」とフレイヤ。「着物は小物もとっても可愛らしくて、そして帯を締めると背筋が延びる気がします。フライトスーツを着るとやっぱりまた気が引き締まるけど、特別な気持ちになれた一日。初めての経験で、少し日本を知れたような気がします」とエミリー。日も傾き撮影が終わると、彼女たちは情緒溢れる城下の街と五連の反り橋の姿を携帯のカメラに幾度も納め、名残を惜しんでいた。

華やかなる現代のバーンストーマー

エアロバティックス・パイロット室屋義秀とのフォーメーション・フライトは圧巻の一言。このパフォーマンスが日本の空で繰り広げられたことが、日本のアヴィエーション文化の新たな一歩となることを期待したい。

BWWは今回エアロバティックス・パイロット室屋義秀とのフォーメーション・フライトの披露とその空撮も行っている。室屋が空路を案内し、岩国から瀬戸内の海上を渡り、広島市内上空へ。ブライトリング・カラーのエアロバティック専用機EXTRA 300Lと、オレンジ色の複葉機ボーイング・ステアマンに乗った美女とのアクロバット飛行の競演が、穏やかな海の上で、街の空で繰り広げられた。室屋の操縦するEXTRAの前方座席にはカメラマンが搭乗。大空に憧れた東西のパイロットたちが、こうして並んで空を飛ぶ。そんな光景を往年の飛行機乗りたちが見たら、いったいなんと言ってくれるだろう。

航空業界が花開いた1920年代の、大空に対する憧れ。そして、美しい機体と味のあるエンジン音を鳴らしながら滑空する昔ながらの複葉機の魅力を引き継ぎながら、BWWは、これからも多くの人々に喜びと感動を与え続けてくれるに違いない。また、どこかの空で、BWWに出会えることを楽しみにしていよう。

Special thanks : BREITLING (ブライトリング・ジャパン)
Text:Etsuko Soeda,Michiru Shida
Photo:TOKUNAGA-BREITLING SA、Yoshinori Eto

INFORMATION

日本初飛行来日したBWW。左からマーティン・キャリントン、エミリー・ギルディング、フレヤ・パターソン、デイビッド・バレル

日本初飛行来日したBWW。
左からマーティン・キャリントン、エミリー・ギルディング、フレヤ・パターソン、デイビッド・バレル

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